紙の本
キーワード「血縁」
2018/07/05 19:53
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投稿者:真太郎 - この投稿者のレビュー一覧を見る
昨今家族の定義は様々で、一概に血筋とかに固執しなくなったと思う。主人公正子もその一人で、3姉妹の姉と妹と離れ、他人の女友達を「姉妹」認定する。果たして正子のとった行動は正解なのか否かはお楽しみ。
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姉妹を名乗る必然性
2018/09/24 10:30
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投稿者:ぷりしら - この投稿者のレビュー一覧を見る
血縁より、気が合う他人と暮らす方が上手くいくと思う。
その意味でこの主人公の生き方は全然あり。
しかし、何故「友人」ではなく「姉妹」を名乗りたいのか。
色々書いてはあるのだがいまいち分からない。
法的制度にまでなれば違いがあるだろうが、現時点であえて「偽姉妹」を標榜しなくてもいいような?
叶姉妹や阿佐ケ谷姉妹は芸能人のキャラ設定として「姉妹」と言っているだけで、彼女らも市井の人なら「とても仲のいい友人」ということになるのでは?
とは言え、何となく「普通」と流されていることに対して「ほんとにそうかな?」と突きつけてくる著者の視点は好きだ。
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なかなかポップなので読みやすかった。
なんだろ、姉妹小説(偽だけど)だからかちょっと押しの強い江國さんっぽいなーって印象。
家族ってなんだろ、血のつながりってなんだろ、きっとつながりなんてそんな大したことないんだよね、難しくもあるけれど。
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相変わらずのナオコーラ節というか、周りの人がこう思おうが、私はこう思う。自由だ!という潔さがブレてなくてよい。
最後は珍しく?ハッピーエンドで、きれいな終わり方だなと思った。
あぐりが良いキャラしてた。
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私、お姉さんたちとは別に、姉妹になりたい人ができたの――まったく新しい家族のつくり方を模索する、ポップで自由な家族小説
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なかなか意外な内容に一気読み。実の姉妹が嫌いなわけじゃないけど自分のなりたい人と姉妹になるという新しいかたち。悪くはないけど、わたしには血もつながっていて唯一無二の姉がいてよかったとつくづく思いました。だから正直、この小説の実の姉妹たちが、なんだかちょっぴり哀れにも思えました。
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初めての作家さん。不思議な小説でした。
姉妹、兄弟とは何だろうと考えさせる本です。
親とは違う近しい他人なのかな。
正子みたくきっぱりしていないからなのかもしれませんが、「偽」姉妹を宣言する勇気も度量もないな。
そしてここに描かれている登場人物はみんな自由奔放!
こんな人生を送ることができたらいいな。
そうすれば、この物語みたくなるのかも。
人間関係に疲れている人にお勧めかもしれません。でもこの本の登場人物みたく過ごせというわけではないので悪しからず。
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3億円の宝くじが当たった真面目で地味な正子(35歳)。 当選金で『屋根だけの家』という風変わりな家を建て、イケメンの夫・茂と息子の3人で暮らしていたが、茂の浮気で離婚。シングルマザーの正子は、姉妹の衿子・園子と暮らしていた。しかし、生き方の違う2人の姉妹との共同生活に息苦しさを感じ始め奇想天外なアイディアを思いつく。「お姉さんたちとは別に、姉妹になりたい人ができたの―」。実の姉妹とではなく友人の百夜とあぐりとの暮らしを選ぶ。
果敢な正子の決断を「何とまあ!」と撃退するか、あっぱれと認めるかは読者次第。私は後者に傾く方。血縁関係を重視するあまりに生き方を束縛されお互いが疲弊していく。疎ましい感情が湧き上がる自分を責めて落ち込む経験は誰しも経験しているだろう。既成観念に縛られず、新しい家族形態を生み出していく小説中の登場人物たち。どこまで進化していくのだろうか。
小津安二郎映画監督について語られていた会話があった。『監督は市井の人の普通の生活を淡々と描いているって言ってるけど、上流階級の人たちの話がほとんどだよね。会社の管理職、大学の研究者などの登場人物が多い。娘の結婚を描く作品も結婚相手は医者とか美容院を切り盛りしている人とか」。高評価を受け続ける小津監督の映画に共感できなかったのはそういうことだったのかと妙に納得いった。
ロボットと人間が仕事を奪い合うのに関して、正子が「機械ができないことをやるのが人間じゃなくて、機械が出来ることをそれなりに創意工夫して社会参加することが仕事だ」というスタンスは新鮮だった。
正子は「身にまとう家具」というブランド名でアクセサリーを作っているのだが、いわれはフランス音楽家のエリック・サティ氏が提唱している「家具の音楽」からだった。意識的に聞かれない音楽を目指し、壁紙のような主張しない音楽だそうだ。
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宝くじを当て、その賞金を資金に、変わったデザインの一軒家を建てた正子。
実の姉妹衿子と園子との同居を経て、友人の百夜とあぐりと偽姉妹として暮らし始め、その家を舞台に喫茶店を始める。
同じ親から生まれ、同じ環境で育ってきても、相性のいい姉妹ばかりとは限らない。
独特の感性を持つ正子には、生真面目なホントの姉妹よりは、百夜とあぐりの方が居心地の良い相手だったのでしょう。
気の合う仲間と同居してお店を始めた、という話はいくつか読んだ覚えがありますが、敢えてそこを偽の家族にするという著者の発想に脱帽です。
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ちょっと実際の姉妹に失礼じゃないか? と思ったりもしないが、関係性が近いと鬱陶しいということも多々あるし、友だちというのとも少し違う、ビジネスパートナーとしての偽姉妹、なかなか考えたもんだ。
同年代でなく、姉や妹のような年齢の人と付き合うのも面白いのではないか? となると偽親、偽叔父、偽いとことかもアリなのか? 兄弟、姉妹あたりが微妙な関係性でいいのかもね。
個性が生かされて、カフェが長続きしているのもいいな。
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こんなに自由な生き方でいいんだろうか?
これからの生活スタイルの一つである。
私たちは、将来の不安により家と家族に対して、固定観念による生活をしすぎている。
正子の前向きな生き方はすごく共感される。
大切なことは自分の一生をどう生きるかである。自分の価値観そしてその価値観に共鳴してくれる仲間とのつながりをもって生きていく。それは、革新的な行動になる場合もあるが、固定観念の中で歴史、風習などに沿って生きる生きかたもある。どちらも正解である。
ちょと~ 考えさせられる内容ではある。
【本文より】
流行りの「偽姉妹」という関係性にも興味がある。まだ法律はきちんと整っていないが、気に入った相手と姉妹の契りを交わし、財産を共有したり、病気を患った相手を助けたりして、仲良く老いていく人たちが年々増えている。顔立ちや体型がまったく似ていなかったり、人種が違っていたり、年齢が大きく離れていたり、男女の性別の決まりもなく、従来の姉妹観に当てはまらない偽姉妹がたくさんいる。
姉妹婚をして、仕事の関係者や近所の人達に、「これから、私たちは姉妹になります」と公の場で挨拶する偽姉妹もいる。負担が不公平だったり、どちらかが甘えっぱなしだったりしても、「姉妹だから」と公言しておけば、周りから批判されないのが利点だ。友人関係だと、自立のプレッシャーがあったり、ギブアンドテイクが基本だったりするが、姉妹間だとそれがなくても世間的に許される。
自治体によっては条例を制定しており、姉妹証明書を発行している。証明書があれば、病院の「家族のみ面会可」の場合に見舞うことができたり、電話などの契約時に家族割引を受けることができたりする。
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今の時代だからこそ、書ける内容だったと思います。血が繋がっている親、姉妹、兄弟であっても仲が良く一生のお付き合いが出来るのかどうかは定かではない。血縁同士の3姉妹が一緒に暮らしていくうちに窮屈になり、気が付けば血縁である姉妹2人が出て行き、次女が気の合った友人二人と暮らす事になる。人生100年と考えるとすれば、気の合った人と過ごすのが最適と考えたらなら、、、。お金や気持ちに余裕があって自由な人生が送れるなら、仲良くなった他人と暮らすもの良いかも、と思ったり。。。価値観や血縁というものについて考えさせられた一冊です。
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一見、地味で真面目な主人公。
でも中身はなかなか破天荒。
目から鱗な斬新な人生観。
それにしても、
姉妹を自分の好きな人にしてしまうなんて。
そんな発想どこからでてくるのか
それでもうまく回ってしまうのが
案外本当なのかもしれない。
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「はあ。性を軽く扱うのね。そんな風に、男の性欲を簡単に満たしてあげていいのかな? もっと女性の誇りを持って生きないと」
「あのさあ、男の人を常に加害者側と認識して、女性を常に性的に搾取される側として扱うのは、むしろ、女性という性を軽んじていると思う。」
「あー、ちょっと言い過ぎだよ。道徳的に生きたい人は、自分がそう生きればいいと思う。道徳を大事にして、自分の人生を作ればいいんじゃないかな?」
「恋愛にもルールがあるんだから、他人の恋愛についてみんなで考えるべきだよ。そうやって社会を作っていくんじゃんか」
「園子ちゃんはさ、真面目に生きてきて、自分はルールを守っているから、ルールを守らないで幸せになろうとしている人を見ると腹が立つんじゃないの? ズルをしているように見えるんじゃない? ルールを守ってきた自分がバカみたいに思えてくるから、ルールを守らない人否定せずにはいられないんじゃないの? それだけなんじゃないの?」
「あるいはそうだとして、それの何が悪いの?」
「もっと自分に自信を持ちなよ。ルールが好きなら、自分がルールを守って、ルールを楽しめばいいだけじゃないの」
「自分ひとりで生きているんじゃないんだから、社会人として、この社会がもっと良くなるように、周りに働きかけるべきだ、って私は思う」
「無関係の人が、不倫をしている人に言葉の暴力をふるってはいけない、って私は思うよ」
『自分のことは自分で決定して、前向きに子どもと過ごす努力をしていくべきなのに、どこかで「縛り」を欲し、自由の苦しみから逃れようとしているのかもしれない。』
「もちろん、『ありがとう』を伝えるのは当たり前のことで、絶対に、言った方がいい。ただ、適切なタイミングで、ちょうど良い量の『ありがとう』を言うことが求められるていると思うの。」
「昔は、結婚相手も親も子どもも、自分で選べなかったんだよ」
「そうだよ」
「でも、今は、結婚相手も親も子どもも姉妹も、自分で選べる時代になったっていうわけ」
「はああああああ」
「自由な時代なのに、姉妹だけ選べないのはおかしいじゃないのさ」
「そうね、小説だってロボットが書けるようになるらしいよね。でも、機械ができないことをやるのが人間じゃないよ。機械ができることでも一所懸命にやるのが人間だよね」
「いいこと言うね。自分にしかできないことをやるのが仕事じゃない。誰にでもできることでも自分なりに面白がって社会参加するのが仕事だよ。うん、うん」
「親が名付けた瞬間に思ってたことなんて、名前というものにとって重要事項ではないのかも、という気がしてきた。名前の意味を作るのは、結局のところは自分自身だよね。名前を呪いと捉えるのは、親を過信しているかも。自分の力をもっと信じた方がいいのかもなあ、って」
「由紀夫の名は、文豪の三島由紀夫が由来なんだけれど、関係なく育ってもらって構わないもんなあ。私が考えた由来を振り切るくらいに自由に生きていって、由紀夫という名に新たな意味を作って欲しいよ」
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着け外し可能な「姉妹」という概念。
幸せであれば、家族の在り様は様々あってよい、ということでしょうか。