紙の本
”文明人”こそが読むべき
2020/12/12 20:49
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投稿者:butnot - この投稿者のレビュー一覧を見る
人に勧められて読みました。
まだまだ自分の知らないことがこの地球には沢山あるのだと改めて気づかされます。
ノンフィクションですが、物語調の文体も入り、非常に読みやすい小説となっています。
これからの調査へつながる内容もあるので、継続的な興味が湧きました。
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投稿者:ハム - この投稿者のレビュー一覧を見る
シンプルに世界は広いんだなと感じました。NHKのノンフィクションでしたが本で読んでも、わりとよかったです。
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NHKディレクター国分拓氏のノンフィクション作品、主人公は『ヤノマミ』と同じくアマゾンのジャングルで暮らす人々。
南米ペルー・アマゾン奥地の集落で村長を務めるロメウ氏と、ジャングルで実際に出会った未知の先住民、イゾラドたちとの交流の様子を綴っている。取材者である国分氏がロメウ氏やイゾラドの視点で物語を描いているため、まるで自分もジャングルで一緒に生活をしているような、不思議な感覚を覚えた。
作品の中にも詳しく記されているが、未知の先住民との接触に関しては細かい制約がある。その大きな理由の一つとしては、彼ら先住民が感染症に対する抗体を持っていない(かもしれない)という事だ。数百年前に起きた大航海時代の悲劇が、現代へ続く教訓となっている。
先住民については、保護されるべき存在である事は間違い無いと思う。しかし、彼らにも車を運転したり、SNSで世界中のフォロアーと繋がる権利はあるハズだ、とも思う。一方的な保護政策だけではなく、お互いに話し合い、彼らの権利を最大限尊重し、共存する事が必要なのではないでしょうか。
でも、もしかしたらそんな事を考える事自体が、文明社会で暮らす自分のエゴなのかもしれない。彼らはきっと今日もジャングルのどこかで、彼らの生活を営んでいる。
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いまだ私の中に鮮烈な印象を残しているNHKスペシャル『ヤノマミ』、そのディレクターであり同名のドキュメンタリー小説の著者でもある国分拓さんが、『大アマゾン最後の秘境 イゾラド』の取材を元に書き上げたノンフィクションが本書『ノモレ』だ。
前述の映像番組『イゾラド』では冒険心や恐怖心、好奇心を煽るような部分もテレビ番組という制約上幾らかあったが、『ノモレ』にはそれがさほどない。川を隔てて彼らと対峙するとき、彼らと私たちの違いは何か、そして私たちとは一体誰のことかという疑問が立ち現れる。
素晴らしい作品だが、これをノンフィクションと呼んでいいのかは難しい。石牟礼の『苦海浄土』がノンフィクションと呼ばれない理由と同じ要素を、この文章はもっている。いっそ良い小説だと言ってしまった方が清々しいかもしれない。文章の質感は限りなく南米文学のそれに近い。
ドキュメンタリーの賞にしろ小説の賞にしろ、この作品が然るべき評価をうけるべきものであることは間違いない。
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自分の脚の速さ以上のものにたよらず
むろん、電気やガスや水道の恩恵も被らず
地球の上に暮らしていた
我々の祖先がいたことは確かである
今も その時のままの生活を
している人々がいる
その人たちを
我々は 未開の人々などと
軽々しくは言えない
その人たちが
文明から取り残されているなどと
全く 言えない
私たち 人間は どこから来て
私たち 人間は どこに向かおうとしているのか
改めて
考えさせてもらえる
そんな一冊である
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ヤノマミのような価値観を揺さぶられる本ではなかったものの 文明と未接触のイゾラドがいて どのように関わるのかという問題があって 生涯をかけて関わる人がいることは 新たな世界を見せられた気がする。
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NHKスペシャルの「大アマゾン 最後の秘境」第2集「ガリンペイロ 黄金を求める男たち」を観てぶったまげ、エンドロールを目にし「あの『ヤノマミ』の国分拓氏か~…」と妙に納得したのが2年と少し前。
同じく国分ディレクターによるシリーズ第4集「最後のイゾラド 森の果て 未知の人々」ももちろんすごかったが、その書籍版である。
読み進んでいくと、ああこの場面か、と2年前に視聴した番組の内容及び、そこに満ちていた得も言われぬ緊張感が鮮明に思い出される。
ただ放送時には確か本書のタイトルにもなっている"ノモレ"にまつわるエピソードは省かれていたように記憶している。
ある意味、情緒的とも言える"ノモレ"というストーリーを盛り込むことによって、一冊の文芸作品としての完成度は高まっているように思う。
が、章間に詩的なブロックを挟むなどといった技巧が凝らされていることに関しては、個人的にはあまり賛成ではないかな…、ド直球の描写でも充分読み応えとインパクトのある内容だけに。
ひょっとしたら遠くない先祖が同一かもしれず、ある程度言語も通じる相手でありながら、本当の意味での意思の疎通を図るということがこれほど至難なものなのか、ということに驚きを新たにした。
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100年も前に生き別れた同胞を今も忘れ得ぬ元先住民。ある日密林から現れた、ほぼ同言語を話す未開の人間は彼らの”ノモレ”なのか・・・?
めっちゃドラマチックやんけーと期待して読み始めたんだけど、結論から言うと筋は期待外れ。途中までは複雑な立場にいる主人公側の期待と不安がグツグツと描いてあったのに、ねぇ何でそんな急に中途半端なラストなの?縛り口を開いた風船みたいに萎んでって美しくないよーと思う。
素材はよかったのに、もー超もったいない。誰か上手にこれを仕立て直して緊迫した映画とかにしてくれんかと思う。ノンフィクションに期待しすぎたのが悪いのかなー。でもこれ独白みたいなのが挟まってできてるから純ノンフィクションでもないし。その選択にケチはつけないから、そこに至る過程の空白にページを割いて!!って感じ。
でもでも消化不良ながら、評価をつけたのはその他の部分。100年前じゃなく、2015年というリアルタイムな実話で、働き盛りのしかも夢見る余裕もない状況で、そんなピュアに昔の兄弟分の存在を信じて尽くす人間がいるなんて、正直衝撃。いや、自分の常識でモノを測っちゃいけないのは承知だけど、自分の日常と何もかもが違い過ぎて世界の広さを思った。
それと同時に、
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冒頭の序章3ページでぐぐっと引き込まれる力作。
2016年8月7日に初回放送されたNHKスペシャル「大アマゾン最後の秘境」
第4集「最後のイゾラド 森の果て 未知の人々」は、
もう人類全員見たほうがいいやつなんですが。
イゾラドというのは文明と一切接触していない、アマゾンの奥地に暮らす人々。
ほとんど人目に触れることはなかった彼らが、森林開発の影響で追いやられ、文明の前に姿を現すことになるわけだけど、
そこには本当の意味での裸の人間、プリミティブな抜き身のヒトの姿があるわけです。これがなかなか衝撃で。
言葉も通じず、共通認識も殆ど無い彼らはときに凶暴で、用心深く、そして好奇心が旺盛。
そんな事がわかるのもNHK本気の取材力、番組ディレクターであるこの本の筆者の力なんだと思います。
「ノモレ」では、NHKの放送では語りきれなかった様々な関係者、特にイソラドとの接触を可能にした唯一無二の男、
2世代前まではイゾラドだった先住民出身で、知性と勇気とタフネスを併せ持ったロメウの奮闘が描かれます。
彼は政府との交渉から村の運営、そしてイゾラドとのコンタクトと切迫した局面に常にさらされながらも
その才覚で少しずつ物事を前に、おそらく正しいと思われるはずの方向へと進めていきます。
彼は祖父から受け継いだ古い先住民の言葉を使い、少しずつイゾラドとの共通語を見つけていき、
イゾラドとも「ノモレ」(=友達)としてつながっていきます。
本作の意図は、イゾラドと文明人の対話を描きたかったというところもあり
一部想像で書かれている箇所もあるのでノンフィクションとしてどうかというのもあるのだけど、
未知との接触の緊張感は本物で、特にはじめての接触の場面、
国からは禁止されている独断による接触を、相手を助けるために行う決断をするロメウと
彼を信頼し同行に即座に同意するメンディエタ医師のシーンは痺れる。
先住民代表でありながら、
極めて合理的な判断を短時間で行うことができる、このロメウの存在が
文明に触れていないイゾラドが単なる野蛮な生き物ではなく、
我々と同じ知性を持った人間であることの説得力にもなっていて、
NHKスペシャルを見た人ならより理解を深めることができるはず。
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図書館で借りた本。
大昔、祖父の祖父が奴隷として働かされていた頃、農園主を襲って仲間「ノモレ」と一緒に逃げてきた。その途中で二手に別れ2度と会うことはなかったと気化されていた。
先住民の子孫としての生き方、いまだに先住民と呼ばれる人たちは、「ノモレ」なのか。
文明と伝統。どちらが正解なのか。誰もが住みやすい世界は神話なのか・・・。いろいろ考えさせられる本でした。
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事実をもとにした「物語」といった方が正確なのかもしれないが、巧みな語り口に導かれて、アマゾン奥地の先住民の今に立ち会っているような気分にさせてくれる。避けようのない文明化の中で人は何ができるのか。考えさせられる。
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NHKでやった「イゾラド」は衝撃的だった。
そのディレクターさんが書いた本。
昔、100年くらい前に、アマゾン奥地の森で、敵に追われ右と左に分かれた仲間「ノモレ」。
出会った未知の民族は、その「ノモレ」の子孫たちなのか?
おもしろいから、ぐいぐい読んでしまうんだけど、途中で「あれ?」っと思った。
観光客が船で来て、写真を撮りまくるシーンが批判的に書いてあるけど、
ほんじゃ、NHKのカメラは?テレビカメラはグイグイ行ったんじゃないのかい?
そのことが、まったく触れられていない。
そっか、だから日本人の自分じゃなくて、現地の青年を主人公としたのか。
それにしても、やっぱりひっかかる。
番組を作った彼も、その映像を面白いと思って見た私も、みんな同罪なんじゃないの。
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アマゾンの奥地には、現代文明と接することなく暮らしている人たちがいるらしい。
彼らの中には、一度奴隷のような形で現代社会に無理やり引き出された後、白人のパトロンを殺し再度アマゾンの奥地に逃げ帰った人たちもいる。
同じ先住民で現代化されている種族は、森の中に消えた人たちのことを「友(ノモレ)」と呼ぶ。
アマゾンの奥地で今も続く、現代文明と接していない人々と現代社会の付き合い(それは、会えて接触しないという方法も含めて)を描くノンフィクション。
その話は、今も続いている。
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南米ペルーのアマゾンでイゾラドと呼ばれる少数の先住民.彼らはイネ族の祖先が生き別れた「ノモレ」ではないか?そうであった欲しいという願いで奔走するロメウの姿を追って取材は続く.読みながら彼らのどう転んでも追い詰められているような閉塞感に,胸が締め付けられるようだった.
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ある日、異世界に転移する。
ある日、異星人と遭遇する。
そういう誰もが夢想するようなことが現実に起きたら。
ペルーで侵略者によって原住民たちがプランテーションに駆り出され、そこから逃げる時に森の中に別れた同胞がいた。逃れた原住民は文明と出会い、近代化し暮らしながらも別れた同胞を思っていた。そうして100年後に原住民が現れた。同胞を意味するノモレという言葉が通じるかれらは、かつて別れた同胞なのかもしれない。
という、なんだろう、ある日突然異文化交流する場合のわけのわからなさ、そしてノンフィクションゆえのオチのつかなさが見事。
原住民をそのままにしておけない、という現実。もう人の手の入らない森は存在しえないのではないかと思う悲しさ。かつて持っていて失ったもの。あるいは文明化により得たもの。さまざまなことを思うきっかけになる。
ただし、実話怪談を読んでいて「そして誰もいなくなった」的な描写があると、実話なのに誰が語ってるんだよ!って思ってしまう私には、語り手の顔が見えないこの本は苦手である。題材がものすごい好みであるだけに余計そこが気になる。なぜ気になるかというと、小説のような語り口に作為を感じてしまうからだ。
私は「どんなことがあったのか」よりも「ある出来事があり、それに対して著者がどう感じたか」を知りたいタイプの読み手なのだと気づいた。
どこかのレビューにあったけれど、映像では素晴らしかったのだろうな。