紙の本
田舎のウェットかつドライな空気感を纏った作品
2018/08/02 23:16
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投稿者:オオバロニア - この投稿者のレビュー一覧を見る
田舎で日々をやり過ごす男の感情の遷移を描いた小説。主人公は人と濃密に接することが苦手だけど、薄い付き合いは何となく持つし、人嫌いではない。ある意味すごく正直な生き方。群馬のローカル描写と、田舎コミュニティの描写も相まって、小説全体に濃淡が効いた不思議な作品。
同じく地方を題材にした群像劇「雪沼とその周辺」の堀江敏幸さんが書いた解説も良い文章。しかもどちらの作品も谷崎潤一郎賞を獲っている。どちらの作品も好きだけど、「薄情」の方が生々しさがあって、読む人を選ぶかもしれない。
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絲山秋子氏の谷崎潤一郎賞を獲得した作品で、地方の徹底した厳しさとその先にある人々の優しさを描いた一冊です!
2020/05/19 10:29
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投稿者:ちこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、絲山秋子氏が谷崎潤一郎賞を獲得された代表作です。内容は、主人公で神主の跡継ぎである宇田川静生の人生を中心に描いた物語です。宇田川は他人と関わるのが苦手で、東京から移住してきた木工職人の工房で、何となく日々を過ごしています。工房でのそんなにしがらみのない人との関係が心地よかったのです。しかし、ある日、名古屋から戻ってきた元同級生に再会してから、宇田川の人生は徐々に変化していきます。同書には、地方が持つ徹底した厳しさと、その先に開かれる深い優しさが描かれた作品です。
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私は主人公の気持ちが痛いほどわかる
2019/08/21 21:49
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投稿者:ふみちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
作者の作品を読むのは、芥川賞受賞作の「沖で待つ」以来、あの作品は同期入社した男女の友情ものだった。終わり方としては、男の方は亡くなってしまったけど暗い終わり方ではなかった。この作品のタイトルが「薄情」なので、楽しい終わり方ではないだろうなと読み進める、このタイトルの意味は主人公が他人に対して(いっときは仲良く接していても)薄情なことからきている、とくによそ者には冷たいようだ。でも、そういったことは、主人公の宇田川だけのことではないだろう、私などもその傾向が強く、あまり自分から積極的に動くということが少ないせいか、ふと気が付くと仲の良かった人と疎遠になってしまっていることが多い、主人公のように「過去が過去になってなっていくのを感じて」、新しい光を見つけたいのが、もう手をくれかな
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忘れられたワルツを先だって読んでいたので、
鹿谷さんと二人組の田中はもしかして、この世の人ではないのでは…とちょっとドキドキ(そうではなかったけれど)。境界とか彼岸・此岸とかって話が出てくるから余計にそう思ったのかも。
富山では、よそから来た人のことを「旅の人」と言うらしい(旅行者の意味ではなく、県外から富山県に越してきて間もない人のことを指す)。「よそ者」は「いつかは去ってしまう(かもしれない)存在」だという諦念を感じる表現だと思う。この本でいうところの「鹿谷さん」はまさしく「旅の人」だ。
とても面白く読みました。
鹿谷さんのサンドイッチがすごくおいしそう。
出てくる食べ物がみんなおいしそう。
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地元、出戻り、余所者。都会への劣等感。
悪い意味だけではない、気遣いとしての薄情。
そもそも中心のない性格。
雄弁でない自問自答。句点省略で独特な文体に。
打算的な女たち。
やはりロードムービーで唐突に少年と交流を持つが、彼も忘れがたい。
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地方に住んでいると、ふと感じる狭さだったり、その心地よさだったり、見下したくなるような、私は違うといいたくなるような気持ちになったりする。
ないないものねだりは、どこかにあると知っているからだ。外から来た人が持っていると知っているからだ。
でもないものを引き受ける覚悟もない。
絲山秋子はいつだって残酷だ。私たちが、「いやそんなつもりなかったんだ」といってへラリと笑ってみせることを指さしてくる。
でも見ないふりも、澱が積もるようで身体が重い。
だからまた、彼女の本を手に取るのだ。
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なんというか、しみじみとよかった、という感じ。
文章に淡々としたユーモアがあって、するする読める。
すごく大きな事件とかはないんだけど、でも読みながらなんとなく、人間関係とか人生とか日々の暮らしとか、いろいろ考えさせられる。ラストには希望のようなものがあってさわやかな感じもして。好きだ。
主人公は、30代男性、将来は神主の職を継ぐことが決まっていて、群馬県の実家で暮らし、ヒマなときは農家の住み込みのアルバイトしたりとか、基本、ふらふらっとしてる感じで。基本、淡々と生きてる感じで。
自分にはなにかが欠落してると思っているけれども、最初からなかったものは、そもそもなにがあったのか、なにがあるべきなのか、わからない、とかいってるのには、なんかわかる、と思ったり。
地方で生まれて育って暮らすっていうのはこういう感じなんだなあとも。
舞台になっている高崎とか群馬の温泉とか、行ってみたくなる。日本の地方のどこかが舞台の小説っていいな、と思った。
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普通の人たちの普通の出来事が面白くてじゅうぶん小説になるってよくわかった。地方に暮らすこと、地方って田舎とは違う意味があると思うので、この小説に書かれているのは地方ということだろう。東京や名古屋などに一度出て帰ってきたひとは地方出身者と言いきれるのかどうか。主人公の宇田川と後輩の蜂須賀がかかわった相手と場所は東京出身の鹿谷と鹿谷の作った工房で、それは東京という大きな場所とつながっていたいと心のどこかで考えていたからじゃないか、とか思っていた。はっきりと書かれているわけじゃないし、そこはわたしの感想です。あと、恋愛恋愛してないのも良かった。そういうの読みたいわけじゃないから好感度かなり高いです。宇田川のちょっとした恋愛話はスパイスというほどではなくでも相手の女の子が面白すぎる。人間関係が興味深くてこんな風に全部じゃなくても書けるし良いと思いました。
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谷崎潤一郎賞受賞作。
エンタメ作品というよりも文学性が強い作品。
兎に角、群馬、群馬、群馬。
自然、土地勘、生活の息づかいに至るまで群馬。
群馬県民読むべし。
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絲山秋子の谷崎賞受賞作品の文庫化ってことで入手。しばらく文庫化に気付かなくて、このタイミングになっちった。『ばかもの』が随分好きだったけど、やっぱり根っこには、当たり前だけど同じ雰囲気を感じた。タイトルからして、薄情な登場人物が活躍するもんだと軽薄にも思っていたんだけど、主人公にしろ周りの人にしろ、あまり薄情とは違うよな、って思いながら読み進み。殆ど終わりの頃になって、一度だけ”薄情”って言葉が登場するんだけど、なるほどそういうことかって感じ。薄情に見えるけど実は情け深いというか、そんな微妙なニュアンスが作品をもって綴られていた訳ですね。本作も、流石のクオリティでした。
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題名と内容をつなげる癖があって、この題名をつけたのなら作者の言いたい核ってなんなのかといつも考える。主人公の性格なのか、主人公の性格を形成した土地なのか。究極、人間ってみんな薄情なのかな?とか。話の内容は田舎で起きる些細な出来事の連鎖なのだけど、思考ってそういうところから広がっていく。
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田舎の空気がとても的確に描かれている気がする。そして群馬県民的には、群馬あるあるが多くてとても楽しい。
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句点を置かずに時折現れる宇田川の「どこへとも向かない気持ち」が心地よいリズムで語られるのが、この作品の印象をグッと深くする。
群馬の自然がほんのりと味わい深く、そしてマイノリティであろうとする宇田川の繊細とも形容ならない感じがバランスよく、程よく感情移入できた。
終わりにかけて『薄情』というタイトルの真意がつかめてくる。
バランス良い小説でした。
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広々とした群馬の土地感と、人間関係の狭く近しいさまが対比していて面白い。人や事を受け止めた上で受け容れない、守り維持するための薄情さがそこにはあった。(守る対象は個人だったり自身だったり、コミュニティもしくは縁そのものだったり)
距離感、視え方、がテーマなのかな。それは地方でばかりあるものではないのだけれど、舞台をそうしたことで背景の長閑さが読み心地を大らかにしてくれていたように思う。
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群馬とその周辺の地名が多く出てくる。群馬に少しばかり行っていたことがあるが、聞き馴染みがある地名が出ることによってなんとなくそこの世界に入りやすいような、切ない感覚を覚えるような。宇田川の感情、思考がなんとなくわかるような。
全部なんとなく、、、そんな感じ。