紙の本
大乗仏教の存在意義とは
2021/04/08 07:05
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投稿者:福原京だるま - この投稿者のレビュー一覧を見る
近代仏教学によって大乗仏教は歴史的ブッダの直説ではないことが判明してしまったことで揺らぐ大乗仏教の存在意義について考えた本。他者を救うためなら歴史的ブッダの教えにすら反していく利他ゆえの仏教否定が大乗仏教に見られることを挙げ、歴史的ブッダではなく仏伝的ブッダの模倣により福徳を積むことで人間としての高貴性を高めることに大乗仏教のアイデンティティを見出すという主張をされている。
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しらみつぶしに大乗非仏説を吟味していく。
論点が網羅的に整理されている。
前半は否定的だが、後半はぐんぐんと力強く大乗の本質、可能性を声も高く論証している。
・大乗仏教の悟りとは、自己と外界とを隔てていた自我の殻がなくなる体験、無我体験であると考えられる。
・大乗仏教のアイデンティティは、利他ゆえの仏教否定にある。
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大乗仏教は仏陀の唱えた「仏教」ではないという大乗非仏説
に関して細かく考察し、日本の大乗仏教の存在意義、そして
これからどのように進むべきかを提言する本。索引や註、
そしてまとめなどからわかるように誠実な著作であり、
肯ける内容ではあるのだが、私の心には今一つ響いて来な
かったな。おそらく、もともと大乗仏教が仏説であろうが
なかろうが、大事なことはそんなことではないと思っていた
からなのだろう。門外漢だしね。仏教に関わる人であれば
読んでおかなければならない本かも知れない。
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「大乗非仏説論」(大乗は仏説に非ずという論)に晒されてきた大乗仏教徒。
大乗仏教の存在意義を懸命に探し求めてきましたが、新来の上座部仏教(テーラワーダ仏教)の正統性に追従する近年の日本大乗仏教諸宗は、大乗仏教の存在意義を見失いつつあります。
本書では、大乗経が仏説であることは推理によっては論証できないことまでも明らかにしていきます。
そして、大乗仏教は歴史的ブッダの宗教(原始仏教、部派仏教)とは異なる宗教であることを明らかにした上で、原始仏教と部派仏教とに対する大乗仏教の存在意義を明快に説いていきます。
こんにち、都市部においては、新来の上座部仏教団体が、変動する社会において救いを求めて浮遊する人々を、瞑想を教えることによって惹きつけつつある。そのような人々のうち、科学崇拝との親和性が高い人は「仏教は宗教ではなく科学である」という考えかたに親近感をいだきがちである。ただし、それはかならずしも多くの日本人ではあるまい。多くの日本人は、神社仏閣に参拝し、お守りを身につけるなど、祖先を含む大乗仏教的な神仏に、あたかも空気や水に対するような自然な親近感をいだいている。昔の人に較べ、親近感だけであって、感謝にもとづくつつしみが薄れてきているにせよ、もともと、宗教は人の心に湧く泉のようなものであって、何らかの大きなきっかけがないかぎり、湧かないのは当然である。いつの時代にも、大きなきっかけによって心に泉が湧き、大乗仏教にもとづいて、「神仏の加護」に感謝をささげ、「神仏が見ていらっしゃる」とおのれの身をつつしむ日本人は現われ続けるに違いない。仮に「仏教は宗教ではなく科学である」という考えかたが日本を席捲する時が来るとすれば、それは日本が日本でなくなる時であろう。 ー 233ページ
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大乗仏教はブッダ(お釈迦様)の教えではないとする、大乗非仏説に対して、大乗仏教である日本仏教界は自分達の教義とお釈迦様の教えを同期させようとして、却ってその価値を損ねているのではないか、と問題提起している本。
大乗仏教の価値は、むしろ仏教の教説を否定してでも、誰かのためになること、救いになることをする尊さにあって、その価値を大いに肯定しようといったポジティブな理論で、初期仏教と大乗仏教は、ユダヤ教とキリスト教ぐらい違うものだと説明している。
その説明の方が、仏教になじみのない人が理解しやすいし、実態を適切に伝えていると思う。また不当に大乗仏教を貶めることにもならないので、この理解が社会に広まればいいのにな、と思った。