紙の本
そこに救いはあるか
2018/12/16 00:59
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投稿者:バームカステラ - この投稿者のレビュー一覧を見る
待ちに待った高村薫さんの合田雄一郎シリーズの文庫であった。高村さんの作品は全てを通じて読むのに時間を要する。話が緻密であるのもそうだが、重厚であるがゆえにじっくりと付き合っていかないと内容が頭に浸透して行かないのである。今回もその御多分に洩れぬ重厚さだった。
内容としては、ある二人の男がクリスマスの日に歯科医師宅での強盗殺人をはじめとした犯罪を起こし、その二人の罪と事件の真相に合田が向かって行く話である。はっきり言って、全体を通じて事件の真相はぼやけたままである。何故なら、彼らは目的があって一家殺人を企てたわけではなく、成り行き上で「何となく」殺したからである。この「何となく」が合田をはじめとする事件を捜査する人間を苦しめてゆく。
理由の無い犯罪ほど、救い様の無いものは無く、訳も無く犯罪を起こす者ほど、裁き様が無い。それ故、彼らは罪には問えるがその罪が適正なのかが判然としないのだ。
合田も担当刑事として彼らと向き合う中で、報われない気持ちに襲われてゆくが、それが逆に合田の人間としての苦悩を克明に描いている要因となっており、ますます合田の人間臭さが好きになってゆくのである。
それと同時に、読んでいる者たちに「お前たちにこいつらを確実に裁けるか」と高村薫自身が挑戦状を叩きつけた感覚にもなる。私自信の感覚で言えば、何も考えない突発的な行動は誰しもあるものだが、それが殺人などの犯罪に直結するかと言えば、そうとは限らない。しかし、誰しもが結果としてそうなることもあり得る。要は、「お前たちもいずれはこうなる運命がどこかにあるんだよ」と伝えているような気がしたのだった。
紙の本
冷血 上・下
2019/06/16 15:59
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投稿者:なみ - この投稿者のレビュー一覧を見る
一家四人殺害事件が起こり、犯人二人が逮捕される。犯行を認め、素直に供述するが、「覚えていない」「分からない」「何となく勢いで」を繰り返す。動機がはっきりしない。
久々に高村薫作品を読んだが、重厚で繊細。
事件が起きるまでの家族四人の生活、犯人の様子、逮捕されてからの取り調べの内容。犯人らの心の動きを細かに追う刑事達の、犯罪心理を分析するかのような執念に、圧倒された。
読後感は、良いとは言えない。合田刑事の人間味が救いだった。
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「マークスの山」からこんなところまで来てしまわれたのか、と若輩ながらおもう。ほぼ1年ほど前に読んだ単行本版は懸命に読んだという記憶が強く残っている。今回はじっくり読んだせいか、被害者さえも置き去りにされるその犯罪というものの不可解さ、恐ろしさをより強烈に感じた。文中のことばを借りれば「透明人間」。透明人間となってしまう霧のなかで、合田さんたち刑事の執念のみがこころを慰める。皮肉なことに被疑者を追い、逮捕し話を聞く刑事の。被疑者との“近さ”がその執念を生むのであれば、犯罪にいちばん近いのは法ではなく刑事だ。
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上下巻纏めて。
髙村薫の小説は妙に生々しい。今作においては、特に犯人が逮捕されてからの供述の描写が際立っていた。本当にこういうやり取りがなされているんじゃないか、こういう凶悪犯っているんじゃないかと、『思わせる』のではなく、『感じさせる』辺りが髙村薫だなぁと思う。
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高村薫久々の犯罪小説。上巻で犯人は捕まっており、下巻ではこういう展開にならざるを得ない。
人間の生き死に、心の闇、家族とのつながり、他人とのつながり、幼い頃の心象風景、人間を形作るものは何だろう。
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戸田は、最後の最後で、初めて人間らしく扱ってもらえたんだろう。
殺されても良い人なんていないと言いつつ、殺されても良い理由を探すプロセス。
死刑制度がもつ矛盾点に胸が重くなる。
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上巻は一週間と一日をかけてやっと読んだが、この下巻は三日間をかけて読み干した。
とまれ、毎日繰り返される「未来の死刑囚」への刑事たちの取り調べを統括する合田警部の主眼は、犯人たちのほんの一瞬の心の動きに移って行く。否、移って行かざるを得ない。死刑相当の犯罪の事実認定は明らかでも、犯意、計画性、殺意認定は、判決に必要だからである。
何故、2002年末に行われた犯罪が、2012年末に刊行されたのか。
ひとつ、どんな死刑囚であれ、犯行、逮捕、起訴、判決、死刑執行に至るまで、最短でも(一審で確定したとしても)、ここにあるように2008年までの6年間はかかるのであり、その総てを見せて刊行するまでは、これぐらいの(サンデー毎日の)連載開始が必要だったということなのだろう。
ひとつ、私だけの感想で他のレビューには一切出てこないが、犯人たちのまるで思いつきのような、「勢いで」「眼が合ったから」殺害に至るようことは、2003年から死刑執行の頃まで、イラクで同時並行で行われていたファルージャ掃討作戦に付随して無数に行われたイラク市民への殺害の場面でもあったのではないか、と思うからである。金銭目的でもなく、殺意もあったかどうかはわからない、年少の頃のトラウマを引きずり、「決着を着けたい」という想いで「やり過ぎてしまう」兵士たちは、ハリウッド映画で明らかにされているように無数にあっただろう。小説は、どこまでも内面に潜り込んで、それを我々に見せる。作者の意図はどうであれ(それを匂わす文は一切なかったが)、私はそこに、この小説の意義を見出すのである。
『新リア王』『太陽を曳く馬』の文庫化を飛び越えて、何故『冷血』が文庫化されたのか。
これも、作者の意図は知らず、私の単なる推察なのだが。
ひとつ、『新リア王』(2005年発行)は栄と優の原発論議をそのまま改訂を入れずに文庫化するのに躊躇する部分が、何処かにあった。『太陽ー』(2009年刊行)は、今年オウム死刑囚の死刑執行が行われるまで、やはり躊躇する部分があった。ということなのではいか。
ひとつ、それでも合田雄一郎を世間に出しておきたかった。それは即ち、もう一度、原発事故以降、関東平野で野菜つくりに精を出す合田を我々に見せたいために、この文庫化を急いだのではないか?つまり、合田雄一郎は、また書き始められているのではないか?
もうひとつだけ、云っておきたいことがある。作者とは預かり知らぬところで、文庫本編集者の書いた巻末の『晴子情歌』文庫本煽り文句に対してである。「『冷血』に繋がる圧倒的長編」という文字は、殆ど詐欺である。私は文庫本を読んでいないので確定的ではないが、全く「繋がらない」はずだ。次の重版のときには消去して貰いたい。
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強盗殺人にいたった二人の犯人の殺意のあいまいさと医療過誤事件の犯罪性のあいまいさの対比、
そのあいまいさに煩悶する刑事の姿
あいまいさを残したまま、起訴、裁判、処刑
もやもやとしたまま、寂寥感を感じながら読み終えた。
まとまった時間を作って、読み直そうと思う。
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他人に対する共感の無さとか、想像力の欠如とか、それぞれが持つ幼少期のトラウマや心身的なトラブルなど、二人の男があの陰惨な事件を引き起こした要因はどれも当てはまりそうなのに、それを断言せずにただ彼らがどう警察に語っていったのかだけで綴られたら、確かに読んでいるこちらも困惑する。しかし些細なことで人は罪を犯し、その自覚も持てないでいることは辛うじて理解できる。騒がしい世間と折り合って生きていると思っても、もしかして誰もが一線を越えて自覚しないまま罪を犯してしまう可能性があるのかもしれない。こういう言葉しか言えないが、久々に触れた髙村作品は頭がぐらんぐらんになりながらもなんとか全部読み通した。作中に登場する映画たちもその心情を考えるヒントになるかもしれない。
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上巻は起承、この下巻は転ですが、このパートは非常に深く内省的。生とは何か、死とは何か、人間の罪、そして罰とは何か。決は読者それぞれが考えるしかないのですね。素晴らしい小説でした。
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カミュの『異邦人』におけるムルソーがアラブ人を殺した理由は『太陽のせい』だとしたら、この一家4人を惨殺してた犯人2人の動機も正にムルソーと同じはないか。
ただこんなキチガイが現実にいるのは間違いなく、煽りドライバーも一緒、そいつらに会ったら最後、神を呪えと。
上巻と下巻では全く別の小説のような展開に、ぶっちゃけ下巻はつまらんと言うか、下巻では犯人心理の追求と、警察と検事との裁判迄の遣り取り、そして裁判模様のリアルな流れが切々と語られ、確かそれはそれで興味を持って読めるし、惹き込まれるのも確か。それに現実にその事件があったかのような展開に筆者高村薫氏の綿密な調査力、そして才能にあらためて感服するのだが、やはりつまらん。いや、高村薫氏は好きです。尊敬しております。
『冷血』と言うタイトルからもっとグロテスクなものを期待していた私だが、上巻までのゾクゾク感が下巻までやってこなかったのには、高村薫さん!私には冷血な事をしないで下さい、もーバカ!
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係長になって偉くなって現場から少し離れた合田。
歯科医師の幸せな一家が惨殺されるが、殺人の動機は犯人も警察も分からない。そもそも動機がないのだから分からない。小説の中では、9.11テロを始め災害、脱線事故等の記述があり、ひとの死が何の前触れもなく訪れることを書きたかったのだろうか。最後の方に合田刑事と犯人との交流があるのだが、見届け人のようでもあり。
伏線やどんでん返しもなく、多くの警察関係者が登場する髙村氏らしい緻密な描写は健在だ。
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久し振りの高村薫さん、上巻に続いて読了。
既に殺人強盗事件の犯人は捕まってしまっているので、犯人逮捕という範疇での小説としては終わってしまっている。
下巻は犯行の動機・犯人の生き様・合田と犯人との心の通いがメインテーマとなってて、ほとんどが合田の語りで綴られている。
犯人は病死・死刑執行でなくなってしまったけれど、本質は解明されないまま、読者に委ねられる終わりになってしまう。
重い十字架をこれからも合田は背負っていくんだろうか、それとも私たちなんだろうか。
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闇サイトで知り合った男同士で最初はATM強盗を企てるが失敗し、最終咳には強盗に入った家の人間を殺してしまう。犯罪者心理を描いていいるお話だが、最後まで犯罪者の本当の気持ちはわからなかった。ただ、「なんとなくつまらなくて」「なんとなくどうでもよくなって」「意味もなく暴れたい」というような気持ちはわからなくもない。犯罪者2人にも文章の才能があったり、工芸品をめでたりする部分があったり長所もあったのだから違う部分で役立てて生きていけてたらなあ、ともったにない気がした。
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まずは、そういう過程で事件が起こる事もあり得るかもしれないと思った。井上、戸田共にその行動からはうかがえない内面を持っていることは、合田の殺伐とした職場と矢切の畑程の落差だと感じる。多様な人間模様が織り込まれた作品だと思う。