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山形県の山あいにある小さな小学校に「毎月本代を送ります」という手紙がきました。差出人のないその手紙はそれから50年間毎月届き、同封されたお金で、小学校にはすばらしい文庫が育っていきました。子どもたちはいつしか送り主のおじさんにお礼が言いたいと思うようになり…。
真摯な思いに胸が熱くなる、本当にあったおはなしです。
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2020.5
本代をおくるおじさんもそれを受け取る子どもたちや先生たちも、想い合う気持ちがあってのもの。まだまだこんな経験できるよね。気持ちさえあれば。
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小学校に本の代金を寄付し続けた男性と、名前を名乗らないその男性との対面を希望する学校の先生や子どもたちとの交流の実話です。
1973年に、たまたま地元の小さな小学校を訪れたある青年が、その学校の蔵書が少ないことを知ります。彼は、自分が奨学金で高校に通ったことと、もっと本を読みたかったなという思いを持っていたので、自分が受けた恩を地域の他の子どもたちに返そうという気持ちで、この小学校(母校ではない)に本のお金を寄付しようと思い立ちます。
この寄付は「毎月、本代を送ります」という手紙とともに翌年1974年から始まり、毎月毎月季節のお手紙と寄付は42年後の016年に小学校が閉校になるまで続きます。
子どもたちは、名前を名乗らない『おじさん』の寄付してくれたお金で買った本を「おじさん文庫」として大切にして、いつか『おじさん』に会いたいと思って想像の似顔絵を書いたり、感謝の会を開いたりします。親子二代で小学校に通い「おじさん文庫」を読んだ生徒もいます。
『おじさん』と、子どもたちとの対面は、小学校が閉校になるときについに果たされました。
この『おじさん』御本人の写真も載っていますが、じつに上品でダンディなおじさんです。
これこそ教育であり、次世代に伝えてゆくってことですね。
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図書館で見つけて子供用に借りたのですが、素晴らしい実話に、どっぷりと本の中に入り込んでしまいました。
ある里の全校児童数が20人ほどの小学校にある年から毎月『本代』として、必ず毎月数千円のお金が短い、しかしとても心のこもった手紙と共に匿名で送られてくるようになりました。
以後数十年に渡って毎月届いた本代は数百万円にもなり、本も千冊を越え、おじさん文庫という名前がつき、歴代の児童に読み継がれていきます。
子どもたちは、こんなに本代をプレゼントしてくれるおじさんがどんな人なのか会いたくて仕方ないのに、おじさんが名乗り出ることはありませんでした。
子どもたちが本の面白さに気づいていく姿、名前も顔も分からないおじさんに思いを馳せ、おじさんに感謝するおまつりを開いたり、感謝の手紙や想像した似顔絵を描いて、会えないながらも交流のようなものが続けられていることに感動。
最後にあることがきっかけでおじさんがとうとう名乗り出ることになり、本にはおじさんのそのときの写真も掲載されているのですが、子どもたちの期待を裏切らない、誠実で優しい雰囲気が漂う素敵な方でした。
そのときにおじさんは皆の疑問に思っていたこと、なぜ本代を送り続けたのか、なぜ匿名で行ったのか、なぜ名乗り出ることにしたのかを明らかにします。
子どもたちとおじさんの目に見えない交流のようなものに涙しそうになりました。
まるで、現代版の『あしながおじさん』のようだな、と思いました。
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とても心温まるお話でした。
40年、毎月手紙とお金を送り続けるなんて、家族宛にでもできないなぁ
立派な方が素敵な学校に出会って、素晴らしい縁を築いた話に触れられて良かったです。
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小学校へ本を買ってほしくて、毎月お金を送っている話があると
聞いて、興味を持ち読んでみました。
おじさんは、キャンプで小学校に訪れた時に、
2つの小さい本棚にある本が図書館の本と聞い事が物語が始まりました。
私も最近から本が好きになって、小さい頃から本をもっと読めばよかったと
思っている中で、小学校の図書館にある本がとっても少ないとの事を
考えて、とても悲しくなりました。
子供たちの為に2,3千円を毎月匿名で送金してて、
匿名に理由はいつ辞めてしまうか分からないからとの事でしたが、
結婚して子供も授かり、東北大震災で大変な思いをしたが、
42年間続けて、小学校の子供たちも、大人になりその子供も
同じ本を読んでるとの事にとっとも感動しました。
お金と一緒に添えらたれてるおじさんの言葉も
子供たちに残っていると思います。
感動しました。読んでよかったです。