紙の本
なんかわくわくする感じ
2018/11/29 10:45
4人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:のりちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
禁足地を巡る本というので早速読んでみた。作者の分析はとてもいいと思う。実は私も知らぬ間に禁足地に足を踏み入れてしまったことがある。確かに禁足地というバリヤーは、色々な要素を醸し出していると思った。
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法律的に一般の人が入っていけないとされていたり祟りがあると信じられていて誰も入らない場所を紹介していく本です。
もっとオカルティックでおどろおどろしい内容かと思っていたけれど意外とさくさく読める内容でした。
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禁足地…その名の通り、足を踏み入れてはいけない場所
その理由は、神様の場所であったり、禍々しい場所であったり…様々
この本は日本全国にある噂の禁足地に行ってみて、その理由を探ったり推測したりしたというもの
平将門の首塚伝説は、実はその当時よりも後年になってからの方が祟りに対してナイーブになった話とか
高度成長期に祟り話が増えたとか
犬鳴村伝説とか
異界駅の話とか
色々な考え方はあるけど
祟り話って人間の世界で「何らかの超えてはならない」部分にブレーキをかけるような何かがあるような気がする~
超自然的ブレーキ
とでもいうのかしらん?
そうあってほしいと私が思ってるからなのかな~。
とか言いながら、私は樹木の祟りとか禁足地とか信じてる方なのよね。
だってね、そういった樹や場所に行くとホントになんか神々しいような何とも言えないすごさを感じるのよね。そう思ってみているからだけなのかもしれないけどね。
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「禁足地」という言葉には、それが醸し出す、何とも言いようのない(著者も書いているように)“ロマンと恐怖と畏怖の混ざったワクワク感”がある。
ま、この場合、“ワクワク感”よりは、ゾクゾク感の方がキモチにフィットするだろーという気もするがw
とはいえ。その「禁足地」に“ロマンと恐怖と畏怖の混ざったワクワク感”は持てても、民俗学にそれほど興味はあるとはいえないわけで。
つまり、“読ませるエンジンとしてのオカルト要素”も適度に散りばめられてないと、この手の本は「つまんない」で終わっちゃうように思うのだ。
ていうか、それは何より著者がそういう人なせいもあってか(さらに言えば、一般向けの新書という制約もあってw)、民俗学的要素とオカルト的要素、それなりにいいバランスの本になったように思う。
ただ、そのバランスの良さが、内容の良さにつながったかというと、必ずしもそうは言えないところがこの手の本のまた難しいところで。
好奇心をそそらせてくれる面白さという意味で言うと、そのバランスの良さゆえに、どっちつかずの内容になってしまった感がなきにしもあらず……、のようなw
というのも、第1章:代表的な日本の禁足地、第2章:人の手が入らない「なにもない空間」としての禁足地、第3章:祟る樹木、森神信仰の畏れ、第4章:現代に残された本当の禁足地「天皇陵」までは、民俗学的(あくまで“的”で、“学”ではない)に興味を引いて面白い反面、な~かいま一つ物足らなさ感があるんだよなぁ…。
つまりだ。人というのは他者に対してだけでなく、実は自分に対してもタテマエとホンネがあったりするわけだ。
つまり、タテマエ的は「今時、祟りだの呪いなんてあるわけないじゃんw」で読むわけだ(何の根拠もないくせにさw)。
でも、ホンネ的には(内心では)、「その民俗学みたいな話はもういいからさ。それより、例の“ロマンと恐怖と畏怖の混ざったワクワク感”の要素の祟りとか呪いとか、おどろおどろしくってゾクゾクさせてくれる話!それがもうちょっとあっていいんじゃないのぉ~」みたいな感じ、とでも言ったらいいのか?w
ぶっちゃけ、4章の天皇陵とかなくてもいいからw
1章の代表的な禁足地や3章の祟る樹木をもっと紹介してくれるとか。もしくは、2章の沖縄の御嶽(ウタキ)とか、もっと詳しく知りたいんだよぉもぉ~、みたいな感じ?
とか言って、巻頭のカラー写真にある「神武天皇陵」の写真、あれは何か妙に心をざわっとさせられて、ちょっと驚いた。
何なんだろう?あれだけの空間に人が一人もいないから?それだけ?
そういえば、前に知り合いが仁徳天皇陵(大仙陵)を見に行った後。
「あれだけの物を造らせた権力者の欲なのかなぁ…。何とも言えないどろどろしたものを感じて、見ていて気持ちいいものではなかった」と言っていたのを思い出した。
とはいえ、その時代においては、“祀る”ことが政治であり科学でもあったわけだ。それを“権力者の欲”と言ってしまうのは現代人の価値基準でそれを推し量っているだけとも言えるわけで…
でも、神武天皇陵のあの写真なんか見ると、どろどろした“ロマンと恐怖と畏怖の混ざったワクワク感”感じてしまう、かなぁ…w
そんな、「もうちょっとオカルト感あってもよくな~い?」な4章までだが、それが真逆になっちゃうのが、第5章:現代の禁足地「心霊スポット」だった。
いや、正直言って4章まで「もうちょっとオカルト感あってもよくな~い?」だったから、5章はもう期待しまくりだったのだw
ところが…
全っ然!(笑)
というのは、5章は怪談作家としての著者が出すぎちゃったんだと思う。
それが出すぎちゃったがために、読者としては「自分は超常現象なんて信じない賢い現代人だからね。この本はあくまで民俗学的興味で読んでるんだからね」というタテマエに反しちゃう内容になっちゃったんじゃないだろうかw
それどころか、「5章って、これじゃいわゆる実話怪談じゃん。“ロマンと恐怖と畏怖の混ざったワクワク感”、じゃないじゃん!」なんて思っちゃったりw
あ、でも、ないこともないのか?
オカルト的な要素が好きな人からすれば。
ただ、この内容だと、そのオカルト的な要素が好きな人ほど既知の話だと思うんだけど…。
ていうか、むしろこれは純粋に民俗学的な興味で読む人(オカルトには興味がない)からしたらとっても興味深い内容なのかな?
そう考えると、もしかしたら著者は5章を含め、あくまでその視点でこの本を書いたってことなのか?
ただ、民俗学“的”好奇心49%、オカルト的要素の好奇心51%で「禁足地」について書かれたこの本を読む自分のような者からすると、1章から4章的内容、5章的内容、別々に本を書いて欲しかったかなぁ…、なんてw
(昨今、そうそう本も出せないんだろうけど)
この手の本は難しい、というのはそういうことだ。
興味が完全にオカルトの方にいっちゃっている人はともかく、信じてないんだけど信じてる人、あるいは信じてみたいんだけど世間からバカにされそうで信じないと言う人みたいな、(おそらく)世間の大半の人の“ロマンと恐怖と畏怖の混ざったワクワク感”を満足させるさじ加減というのはものすごく難しく、それこそ禁足地の神さまにお百度でも踏まないと無理なんじゃないかとw
というのは、この手の事象というのは現在は世間一般的に、“近代以前に信じられていた非科学的なことで、迷信にすぎない”と「信仰」されている傾向があるからだと思うw
その反面、よっぽど民俗学的興味に寄った人は別として、普通の読者がこの手の本をとる時というのは、心のどこかにオカルト的な要素(面白さ)を期待しているからだと思うのだ。
つまり、読者の中に超常現象的なことは基本的に否定するという常識と不可知なものに対する好奇心という相反するものがあるため、そもそも無理なところがあるように思うのだ。
なぜならば、現代人は現代の原理原則となっている科学が否定する“近代以前の原理原則であったその手の事象”を、現代科学への「信仰」から理解を拒否する傾向があるため、内容に少しでも非科学的なことがあると、その部分のみならず内容全体をオカルトと判断、非科学的なバカバカしい話と片付けてしまう傾向があるからだw
と、なんともまあわかりにくい文章で(しかも同じことをくどくどw)自分で書いていて笑ってしまうが、ぶっちゃけ言うなら、(微妙にニュアンスは変わるが) オカルト的要素を期待して読む人と、民俗学的要素(ま、“学”まではともかく)を期待して読む人では、この手の本は真逆の評価になりがちだ、と言ったらいいのか?w
そういう意味で、著者はこれを書くのに(たぶんネット世論を含め)いろいろ気を使ったんだろうなぁーと、いろんな意味で「ご苦労様でした」と言いたいw
この本はちょっと辛口の評価になってしまったけど、 “ロマンと恐怖と畏怖の混ざったワクワク感”を満たしてくれる本、ぜひまた期待してますので頑張ってくださいw
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面白おかしく興味本位に書かれたオカルト本とは一線を画す内容。
筆者自身が訪れ取材する各地の「禁足地」。淡々と真面目にレポートされるその場所は、かつてのおどろおどろしい忌避される場としての顔はもうなくしている所も多くひどく日常的だ。
そうして読み進めると現れる最終章の「心霊スポット」。ここまでの現実的な内容とはそぐわないように思えるワード。
それ故、ここまでの内容が気に入っている人は、この章を読まずに本を閉じてしまおうするかもしれない。
けれど最後まで読んだ方がいい。この非現実的な名前の最終章が現代の私たちと1章から語られてきた「禁足地」を恐れたかつての人たちのマインドを繋げてくれた気がする。
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「禁足地」という言葉に惹かれて読了。
ちょっと後ろめたい。いけないのだけれど見てみたい。触れてみたい。
経験してみたいという。
してはいけないことに触れてみたい。
好奇心や冒険心(冒涜心かも?)を駆り立てる内容。
一般人が足を踏み入れてはならない本当に存在する場所。
行けるけれど誰もなんとなく触れなくなった場所。
この世に存在しない場所までいろいろな「禁足地」について書かれている。
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禁足地とは、触れられないものに触れる感覚がある本でした。ただ、読み終えたときに、考えさせられる部分もあり、奥深いものだとも言えます。
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ネットで見かけて。
あまり学術的ではなく、
どちらかいうとミーハーなにおいもする、
禁足地談義。
禁足地と半アウトローは相性がいいとか、
禁足地は異界であり、
異界に行って帰ってくる疑似行為として
イニシエーションを行っているのではないかとは、
面白い指摘もあった。
対馬にある禁足地「表八丁」では、うっかり石塔を見てしまった場合、
履いていた草履を頭の上に乗せ、
「インノコ、インノコ(猪または犬の子の意)」と唱えながら後ずさりしないと命を失うと言われている、とあった。
いやいや、神様はそんなことではだまされないでしょ、と思ったが、
そうやって人が畏れや敬意を示せば許してくれるのかもしれない、神様は。
それと、壱岐島の北の無人島、「ケンの池」と呼ばれる池には、王と王妃の財宝が隠されたという伝説があるそうだ。
宝を求めて池を覗き込めば、
その中心に本人がいちばん欲しいものが浮かび上がり、それを取ろうと手をのばせば水底に引きずり込まれてしまう、ということだ。
自分なら、そこに何を見るのだろう。
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「禁足地」・・・なんとも言えない背徳なイメージと,
うっすらとしたロマンを感じ手に取りました。
(立入禁止場所)とは違う、響きになんとも期待感が膨らみます。
著者は怪談研究家とのことですが、古代の事案について民俗学的なアカデミックな考察を進め、またネット版怪談話においては、現代のネットだからこその流布・展開を考察され、納得できる内容でした。
近所の「禁足地」を探してみたくなるような一冊です。
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ただただ怖がらせるだけの内容ではなく、取材に基づいた事実がメインの本。
怪談としてはあまり怖くはない。
しかし、ルポルタージュとしてはなかなか読み応えがあった。
この人の怪談はあまり嘘や誇張が多くないように感じるので一度怪談を聞いてみたい。
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2022年9月4日読了。人の立ち入りを禁ずる「禁足地」、語り継がれる祟りや神道・天皇家などに関連する神聖性などについて取材の上考察する本。土地や宗教の歴史の専門家でない著者のため、自分で断っている通り各考察には食い足りないと感じる点も多いが、「禁足地」に感じるある種のロマンというか、「禁じられているからこそ行きたい・見たいけど見たくない」という二律背反した感情に関して、天皇陵にある通り「空っぽの対象を秘することで神秘性が生まれる」のではないかという仮説・分析は納得できるところもある。後半の心霊スポットに関する分析、実在の場所からきさらぎ駅などの「ネット上で参加者が共有する架空の禁足地」に関心が移ってきたのではないか、というあたりはなかなか読み応えもあった。