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核兵器の技術的側面について,日本語で読めるこれ以上ないほどの良本。素粒子物理学者が執筆しているだけあって,嘘や臆測がなく信頼性のおける内容。
平易にと言いつつ原理から丁寧に説き起こし,入念な準備のあと核爆発という現象を詳解。素晴らしい…!
核兵器の本というと,国際政治に焦点を当てたものか平和追及・核廃絶のスタンスを前面に出したものが大半で,肝腎の「核爆発とは何か,核爆弾とはどのような仕組なのか」については等閑視されている。
その種の本では,核兵器が破滅的な破壊力を持つことは当然の前提として扱われるだけで,破壊力の源泉が核反応であることだけ述べてそれ以上の詳細には立ち入らない。しかし,「人間がその破壊力を自然界からいかにして引き出すか」という具体的な技術についても,政治や平和と同様,知識を深めたくなるのが人情ではないだろうか。
以前から,核爆発について個人的に興味があって,書籍やネットの断片的な情報を調べてみることがあった。
それをまとめたりもしたけれど,こういう知識は専門家によるまとまった著作から勉強する方が良いのは間違いない。
https://twitter.com/Polyhedrondiary/status/895049560405442563
数式は多用しているわけではないがところどころ顔を出す。でも高校数学を修めていれば十分ついていけるし,定量的な議論は理解を深めてくれる。グラフも効果的に載せられていて,とても読みやすい。
核燃料の章,今まであまり知らなかったことが多くためになった。ウランの採掘から,U235の濃度を高める各種濃縮法の話,プルトニウムの原子炉による生産(物理)・薬品による抽出(化学),デューテリウムの濃縮,トリチウムの製造。過早爆発を引き起こすPu240がPu239の中性子捕獲で増えてしまうので頻繁に原子炉を止めて燃料棒を取り出さなければならないこと,DD反応は難しいけどDT反応なら何とかなる件,半減期12年のトリチウムは保存がきかないので核融合爆発のためにはLi6に中性子を当ててその場で作るのがベストなこと。
本書の最後は,アメリカの核兵器技術の粋を集めた核弾頭の紹介。
潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)トライデントⅡに搭載されるW88核弾頭は,テラーウラム型の3F爆弾で,核出力475キロトン。
W88 - Wikipedia https://en.m.wikipedia.org/wiki/W88
プライマリーがラグビーボール状で,円錐形の再突入体の尖った方に入れられるので,核融合を担う球状のセコンダリーが大きくできる。
核分裂爆弾であるプライマリーは,主流の原爆と同様にプルトニウムコアを球対称に爆縮させるタイプなのだが,爆縮レンズへの点火位置を僅か2箇所にすることで細長い形状を実現した。
長崎に落とされたファットマンのような初期の原爆では点火位置は32個(つまりサッカーボールの面の位置)で,これをナノ秒単位で一斉に起爆するのに特別な技術を必要とした。コンピュータの発達により,爆縮レンズを最適に設計することで2点点火が実現したという。