紙の本
朦朧老人による黒い笑い
2022/02/02 08:24
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投稿者:HR - この投稿者のレビュー一覧を見る
俳句の世界ではちょっとした有名人である俳人・月岡草飛翁を主人公にした連作短編集。歳を重ねて朦朧たる意識の中で暮らしているこの老人がとにかくやりたい放題すぎて笑ってしまう。幻想味もあり、奇妙な味感もあり、何ともジャンル分けしづらい作品。明らかに投げてしまっていると思われる話が入っていたのがちょっと残念でしたが、それを差し引いてもすごく面白い小説でした。個人的にはこういうブラックユーモア小説を年に一冊読めるとしあわせ。
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【老俳人・月岡草飛が行くところに怪異あり?】月岡のもとに持ち込まれる謎めいた依頼の数々。生きる欲望に貪欲に突き進むうち、いつしか異界に迷いこむ。ブラックユーモア短編集。
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老俳人を主人公にした奇妙な短篇集。
どうも変な話というのが好きで、これも店頭でアンテナが反応した。
読んでいる間中、倉橋由美子の『桂子さんシリーズ』や梨木香歩の『f植物園の巣穴』を思い出していた。この辺が好きな人は好きだと思う。
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『鴉はその恐ろしい国から俳人のところへやって来た、お迎えの使者、死出の旅路の先導役、まあそういった見立てになろうか。しかしそんなふうに話の筋を通してしまうと、たちまち理に落ちた凡句になってしまうなと月岡は苦笑した』―『人類存続研究所の謎 あるいは動物への生成変化によってホモ・サピエンスははたして幸福になれるのか』
松浦寿輝は東大でフランス文学を学び、パリ第三大学で博士号を取得、詩人として文壇に登場し、その後評論を認められ、小説では芥川賞も受賞したという絵に描いたような文人。歯に衣着せぬ物言いで人の感情を逆なでるなどという単純なことはしないけれど、持って回ったような高尚な理路で人の不興を買うことはある(例えば村上春樹に対する評のように)。この作家には「川の光」なんていう子供向けのアニメの原作になる作品があったりもするけれど、むしろ世間的には堅物と言われそうな読者向けの作品が多いし、個人的には「そこでゆっくりと死んでいきたい気持をそそる場所」のような暗澹たる雰囲気の漂う作品が好み。本作「月岡草飛の謎」もその「そこで~」と同じくらい面妖な連作短篇集。その意味では好みといえば好みの作風だが、それをスノッブだと評する人もいるかも知れない。
snobbish(俗物的)という言い方は、紳士を気取っているとかお高くとまっているという意味合いで使われると思うけれど(今風に言えば上から目線というやつか)、本作のような作品を読む限り、松浦寿輝の場合、それをわざとやっているようなところがあると思う。敢えて俗物的な価値観を持つ登場人物を描き、それに嫌悪感を抱かせておいて、読み手の感情もまとめて切りつけるという構図があるのではないかと。そもそも、判り易い理屈を提示しつつ、実はそんなものには意味がないと切り捨てるような捻ったものの見方が主人公の物言いには通底している。作家の価値観の一部が投影されているとも思う(と決めつけることもまた一つの罠か)主人公、月岡草飛の価値観も、一歩引いて見た時、その俗物的な面をあげつらうことが躊躇われる。単純に嫌悪することは天に唾を吐くようなもの、という構図が見えてくるからだ。その思わず胆が冷えるようなところへ読者を連れていく剛腕が、松浦寿輝の特徴であるような気がする。
例えばこの主人公のショービニズム的ですらある男尊女卑的志向を、旧世代のもの、時代遅れと単純に切り捨てる読者も出てくるだろう。しかしその時、松浦寿輝は「何故そう言い切れるのか」と厳しく問うてくるだろう。何かを評する時、人は自ら問いを立て、自ら答えねばならない。そんな厳しさを、何故か感じずにはいられない作品。