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紙の本
数々の話題作を発表されている百田直樹氏による幕末の囲碁に人生をかけた男の物語です!
2020/08/11 09:43
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ちこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、元放送作家で『探偵!ナイトスクープ』を担当され、その後、作家に転身されてからは『永遠の0』、『海賊と呼ばれた男』、『カエルの楽園』、『日本国紀』などの話題作を発表されている百田尚樹氏の作品です。同書の内容は、幕末前夜の破天荒な夢を持った風雲児の物語です。この男は囲碁に果てしない野望を抱き、「幻庵」と呼ばれていた人物です。そして、彼の前に立ちはだかる数多くの天才たちとともに、男たちの闘いが始まります。文春文庫からは全3巻で刊行されており、同書はその第1巻目です。いよいよ奇跡の囲碁小説が始まります。
紙の本
江戸の天才棋士たち
2020/09/23 21:57
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
江戸時代に囲碁の家元である本因坊丈和と井上幻庵因碩という二人の棋士が、名人の地位を巡って激しく争ったんです。いずれも名人となるだけの実力は認められていたが、名人になったのは丈和で、そのため囲碁史自体も丈和中心で書かれることが多いのだが、そこを因碩サイドから書いてみたというわけです。実際この幻庵因碩という人はなかなかの面白い人物として伝わっていて、自らを兵法家と任ずるとか、でも精神的な動揺でいいところで負けたり、家元井上家の家系図を書き換えるとか、そう言うお茶目さには着目してほしい。
とはいえ史料自体、特にこの本でも参考にされている、明治期に記された「坐隠談叢」という著名な囲碁史本が本因坊家中心なこともあって、結局はこの作品でも丈和と因碩が半々みたいなことにはなってます。さらに因碩に師の服部因淑や、丈和の兄弟子の奥貫知策、師の本因坊元丈、そのライバルだった安井知得仙知、そのまた師の安井仙角仙知といったところまで話を広げ、さらに因碩の弟子の赤星因徹や丈和門下の本因坊秀和、秀策、秀甫まで登場すると、江戸後期全体の囲碁史のような壮観です。
作家の江崎誠致やいろんな囲碁ライターの書いた小説や読み物と内容はだいたい同じなのですが、因碩の少年時代のライバルで夭逝した安井門下の桜井知逹との関係を深掘りしたところは新鮮。また当時はもう欧米各国の船が日本近海に現れて圧力をかけにきているのだが、因碩がそういう情勢も意識している人物とされているのも新しいが、たぶん因碩一人、あるいは囲碁界だけに限定されない、当時の文化人全般に共通の認識ではあったかもしれない。実際にその後に御城碁は中断、秀和の名人嘆願には、寺社奉行より内憂外患を理由に却下されるというように、時代の流れは確実に囲碁界にも及んでいく。
そして従来の本との違いは、とにかく囲碁好き以外の人にも分かってもらおうと工夫して書かれてるところです。棋譜はほとんど使わず最小限にして、勝敗の岐路を対局者の心理に絡めて描いています。勝った、負けたを全部書いたり、一手ごとに攻めたとか守ったとかを延々書いてるのは、作者が勉強したことを余さず読者に伝えようと言う熱意のあらわれで、読むのがめんどかったら読み飛ばしていただいても全然大丈夫です。
江戸後期に天才棋士が多く出たのは、文化の成熟による必然と思われるが、他の棋士より抜きん出た実力が必要という名人制度は、発祥から200年を経てすでに時代遅れになっていたわけで、力の拮抗した棋士がいると尋常では誰も名人になれないという悲劇を生んだのは確か。有名な秀策以外にも、知達、智策、因徹、他にも井上春策、林柏栄など、厳しすぎる競争の中で無念を抱いて早世した棋士たちにも、思いをはせていただくのもいいのではないでしょうか。
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