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・長友千代治「江戸庶民のまじない集覧 創意工夫による生き方の智恵」(勉誠出版)を読みかけてゐる。専門書で本文350頁以上といふのだけでも読みにくさうである。しかもその内容が書名通りである。つまり集覧である。この集覧といふ言葉、手許の辞書でさがすと、どうやら出てゐないらしい。俚言集覧や雅言集覧といふ江戸の辞書の書名として、また史籍集覧の類の史料集の書名としても使はれてゐるのだが、集覧そのものは辞書にはなささうである。本書もまたその辞書か資料集の類だとは言へる。序にあたる一文の最後に「以下、庶民の日常生活に関する呪い方を中心に紹介、解説していくことにする。」(8頁)とある。確かに本書は江戸庶民のまじ なひを集めた書なのである。ちなみに「呪い」といふ表記は「大言海」が要領よくまとめてあるといふ(3頁)が、要するに呪、まじ なひと詛、のろひの表記は近世では確定してゐないらしく、節用集を参考にして呪をまじなひと表記すると決めた(同前)といふこと らしい。
・本書にどのくらゐの呪ひが載るかといふと、これは目次を見れば良い。いや、帯を見れば一目瞭然である。全15章、最初は表記や基本的な意味等の問題であり残りが呪ひである。実に多くの呪ひが載る。最初は十二支や日々の吉凶、暦、天気等の「吉凶だけが人々の生活を呪縛している」(19頁)と筆者が書く事どもである。今年の恵方は云々といふ類のものであらう。もちろん毎日の吉凶もある。今日は何をするに良い日、何をすると悪い等々である。これ以外にも様々なことが分かる。さうしたことが記された雑書の「類が明治に至るまで年々本屋から出版販売されており、一方ではこれらが購入されて各種の大店から得意先へ配り物にもされてい」(22 頁)たといふ。現代でも暦が配られてゐるが、これと似たやうなものであらう。昔も今もこれが基本であつて、実に様々なことがこの やうな呪ひの類で決まつたりするのである。現在は「吉凶だけが人々の生活を呪縛」とはいへないまでも、それに近いことは行はれてゐるはずである。実際、地震、雷、火事、親父は言ふまでもなく、人間関係の様々な問題から、犬猫の動物、蚊、蝿の害虫、そして様々な病気、ここにないのは植物関連ぐらゐであらうか。かういふ呪ひが重宝記や雑書の類に載る。これをまとめたのが本書であつ た。実は著者は重宝記の集成をした人である。全45巻、総索引付きといふ大部の書である。これに収められる書その他を使ひ、その内容を項目別にして本書はできてゐる。私は重宝記といふ類の書物があるのは知つてゐる。その名の如く重宝な書なのであらうと思つ てゐた。まちがひではなささうであるが、何に対して重宝であるのかといふ点が分からない。本書からすれば、あらゆる物事に対しての重宝な情報が載る書とでもいふべきものであらうか。実用書であり教養書であり、それゆゑに様々なジャンルの書があつたといふことか。本書はその中の呪ひである。現代でもかういふ書物は多い。呪ひや占ひの書も多い。いや、さすがに詛ひの書は少ないであらうと思ふが、思はぬところに呪ひどころか、詛ひ、のろひを含んだ書が出てゐたりするのに驚いたりもする。さうしてみると、江��の人々がこのやうな多くの呪ひで毎日を過ごしたのもある意味当然のことであつた。これなくしてはやつていけないのである。病気や人間関係、動物や害虫、これらすべてがままならない。「凡人は不安のあげく呪いに頼らなければならないのである。(原文改行)呪いの伝承は今に続いている。」(8頁)本書はそのための書であつた、かどうかは知らないが、多少は役に立ちさうな気はする。