紙の本
凛とした空気の漂う小説
2021/04/12 07:29
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:トッツアン - この投稿者のレビュー一覧を見る
小説の内容はネタバレになるので控えるが、一読をすすめる。
穏やかな始まりの中で静かに時が流れていくが、次第に波乱に満ちた転回が始まる。
文章は少し硬く、漢字も色々と凝っている。読めない漢字もあり面倒くさいところもある((笑)。けれども、漢字のニュアンスが非常に伝わり、よく推敲された文章。
凛とした空気感が漂う。
情景描写や季節の移り変わりなども非常に的確で読む側の想像力を掻き立てる。一風のよい情景画をみているような気分。
志賀直哉とまではいかないが、表現が上手い。
「令和の藤沢周平」と言われているようだが、それは藤沢周平にも著者にも失礼だと思う。
時代小説のジャンルに入るのだろうが、文学としてもよいものを感じる。
読後感もよく、よい映画をみたような気分。
次作が楽しみ。
紙の本
読書の醍醐味を味わえる一冊
2022/03/09 15:17
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投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
直木賞こそ受賞にはならなかったものの、2021年の出版界においてこの作品ほど評価の高かったものはなかった。
「本の雑誌」の2021年度のベストテンでは3位、もちろん「時代小説ベスト10」にも選ばれている。その記事を書いた縄田一男氏は「今年度、作品の持つ美しさで最も読者を唸らせる一巻」と絶賛している。
主人公はタイトルにあるように「高瀬庄左衛門」。彼はこれといった特徴もない十万石ほどの神山藩で郡方の仕事についている。
五十を前にして妻を亡くし、家督を譲った息子も事故で喪う。残された息子の嫁志穂は実家に戻ることになるが、舅庄左衛門を慕って志穂は絵を習いに彼のもとに通う。
志穂の自身への熱い思いを感じながらも、庄左衛門は地味な郡方の仕事に勤しんでいる。
そんな庄左衛門がいつの間にか藩の見えざる黒い闇に取り囲まれていく。
この作品ではそんな藩の闇は解決をみるが、この作品の美しさはそこにあるわけではない。
年を重ねながら、「いつの間にか、いろいろなことから目をそらす癖がついて」いた庄左衛門だったが、「ちがう生き方があったなどというのは錯覚で、今いるおのれだけがまこと」という境地にまで至っていく。
庄左衛門をそんな風に変えたのが、志穂であり、彼が出会う若いものたち、そして青春時の友との思い出。
その友に裏切られ、志穂の身に危害が及びそうになった時、庄左衛門の怒りは頂点に達する。
ラストの庄左衛門と志穂の別離の場面の、なんという美しさ。
いい読書であったという満足感で、本を閉じた。
紙の本
静かではあるが真摯な生き方を感じる物語
2021/04/28 15:36
2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:nekodanshaku - この投稿者のレビュー一覧を見る
郡方を務める高瀬庄左衛門は、50歳を前に、妻を亡くし、息子を事故で失い、倹しく老いて逝く身となる。亡き息子の嫁・志穂とともに、つかず離れずの不思議な関係を保ちながら、寂寞と悔恨の中で生きていく。藩の政争の嵐に巻き込まれながら、穏やかで静かに生きようとするが、混迷の世の流れに抗うことはできない。美しくとても良い時代小説だ。このシリーズを追いかけたい。
電子書籍
高瀬庄左衛門御留書
2022/08/20 17:04
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投稿者:雨読 - この投稿者のレビュー一覧を見る
著者、砂原浩太朗氏の作品は初めて拝読しました。
主人公の高瀬庄左衛門は十万石ほどの神山藩の下級武士で郡方を務めていたが、妻に先立たれ、家督を譲った息子をも事故(事件)で失うこととなる。
その後、郡方に復職し息子の嫁である志穂やその弟に以前から心得があった絵の手ほどきをすることとなる。
志穂に対する感情も切なく表現されていました。
平穏な暮らしはそのまま続くわけもなく、藩を揺るがすような事件に直接巻き込まれることとなる。
少年時代の友情や軋轢、死闘を織り交ぜて面白く描かれていました。
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藤沢周平の世界が令和の時代によみがえった。
これから注目すべき作家が現れた。
気が早いが2021年のベスト‼
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とても読み易い本である。
はじめは、御留書と、なっているので、事件性の物が描かれているのかと、、、思っていた。
将軍が、登場するわけでもなく、又、史実の係累などや剣豪の裂帛した技が、描かれることも無いのだが、・・・・
主人公の高瀬庄左衛門の優しさに 心響くものがある。
40歳後半で、亡き妻 延の溺愛の一人息子 啓一郎が、出立の時に 玄関口で、寝過ごして、ばつが悪いのだが、「気をつけてな――」と声をかけたのだが、・・・
元気な息子は、崖から落下の事故で、何も言えない状態の骸になっていた。
息子の嫁の志穂は、子供を授からなかったので、実家へと、・・・そして、小者の余吾平も 息子と同行しなかった事を悔いて、暇を出す。
武士たるものが、一人で、家事をできるのであろうか?と、思えるのだが、家事の大変さも書き記している。
志穂の兄弟、立花弦之助、二八蕎麦の半次という若者達あ、登場してくるのだが、・・・
少しづつ、笑顔が、出て来るところが良い。
2年目の管轄の村ヘ庄左衛門と弦之助と訪れるのだが、隣村からの一揆に遭遇してしまい、人質になってしまう。
そしてその一揆の張本人の疑いもかけられるのだが、弦之助の兄 立花監物の 次から次へと 証を出して来るところは、小気味よさを感じてしまった。
しかし、庄左衛門が、若き日に3人の友と道場の一人娘を嫁にと競った事。
そして、その友の一人が、一揆にも加担し、落ちぶれいた事。
最後に、その友が、息子啓一郎を事故死させたのも、そして庄左衛門を殺そうとするところ、・・・・人間の醜さを表している。
志穂が、勘定奉行の息女のお側仕えに江戸ヘ出る事も、庄左衛門が、背中を押す。
志穂が、舅の優しさ以上の気持ちがある事も、そして、庄左衛門も、娘以上の可愛さを感じている事も・・・
小説では、書かれていないけど、又、高瀬家ヘ、志穂が戻って欲しい。
そして弦之助も 高瀬の名を・・・と、養子の事を庄左衛門に話、「照れくさい」という事が、理解出来たと微笑むところが、いい。
小説では、1年目、2年目と、書かれているのだが、その翌年は、もっと、良い事があれば・・・・と、思いながら、何故か、こんな人達が、もっと幸せを掴んで欲しいものだと、本を閉じた。
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郡方の高瀬庄左衛門。
〈野山を歩き、土にまみれる役目〉。
妻も息子も亡く、非番のときは手慰みに絵を描く静かな日々。
しかし、藩の政争など彼の周りは慌ただしくなってくる。
物語は堅いばかりではなく艶もある。
少し老いた庄左衛門の次も楽しみ。
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食うや食わずの武士息子が死にその嫁との絵を描いてほんわかと、郷見廻りの時に事件が、そして息子死の真相をやがて知る。当時の生活がよく出ていて久しぶりに楽しく読んだ!
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凛とした優しさが、ひんやりとした熱が、薄墨のようなまぶしさが、ここにはあった。
妻を亡くし、息子敬一郎も「事故」で亡くし、趣味の絵を描きながら悠々自適な隠居生活を送るはずがまたお役目に戻ざるを得なかった庄左衛門の、静かならざる日々。
実家に帰した息子の元嫁、志穂との穏やかだけど強い関係。嫁と舅、遠いようで意外と近い関係。間に絵を挟んでいるところがいい。
藩校の試験で息子が勝てなかった神童、弦之介。夜泣き蕎麦屋の半次。若かりし頃、ともに腕を競った二人の友。
それぞれが抱く屈託に、庄左衛門、敬一郎、志穂のそれも加わり人の世のままならぬさまに胸を締め付けられる。
後半立ち上がる藩内の政争。巻き込まれた庄左衛門の、人としての男としての武士としての矜持がまぶしい。
ずっと読んでいたい、彼らと共に生きていたい、そう思った。
照れ臭い、という言葉の豊かさ。人と人の関係の中でこの感情を持つ意味。そこに集約される思い。いや、深いなぁ。
人の命のはかなさ、美しさ、そして豊かさを、あちこちにちりばめた伏線と抑えた描写で見事に描き尽くしているこの一冊を多くの人に勧めたい。
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大それた野心もなく、功名心にはやるでもない下級武士のつましい日常が舞台。無欲清貧ながら何くれとなく平穏とはいかず、難事が降り掛かる。そこをゆるやかに、一芸秀でた才をも発揮して解決に導いていく。こうした時代小説に触れるとほだされる。庄左衛門、たしかに齢を重ねて覇気も衰え、身内の不幸に心が萎えるのも分かるが、ちともどかしい。平素は控えめであれ、百姓の強訴にここ一番の働きをと期待すれば、達者なはずの剣もからきし生かせず仕舞い。最後ようやくうさを晴らしてくれるのだ。志穂との関係は似合わぬが、これも一興ってことで。
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「神山藩シリーズ」第一弾!美しく生きるとは、誇りをもち続けるとは何か、武家もの時代小説の新たな潮流が此処に。
作者・砂原浩太朗氏に注目!
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息子に公職を引き継いだ武士、高瀬庄左衛門。妻には先立たれていたけれど、息子夫婦と静かに暮らしていた。
しかし、突然の息子の死から物語は動き出す。騒動に巻き込まれ、嵌められる。無実を証明するには、その騒動を起こした友人の名前を言わなくてはならない。そうしなければ、死罪になるかもしれない。
そういう状況にあっても、庄左衛門は「まこと、齢はとりたくないもの」と忘れたふりをする。その後、庄左衛門の罪なきことが証明される。
庄左衛門の生き方がそう思わせたのだろう、心が洗われるようだった。まっすぐに美しく生きていきたいと思う。
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内館牧子の小説で「終わった人」という作品がありました。タイトルが怖すぎて読めませんでしたが…本書は「終われなかった人」とでもいうべき江戸時代のある藩の一度、息子に家督を譲った武士の物語です。息子の死によって隠居から復帰した「終えようとしたけど終われなかった人」。「終わらない人」「終わりたくない人」的なギラギラ、ギトギトとは全く違う、淡々とした心情が基底に流れていきます。小説の文体も饒舌にならず、文章もミニマルで、50代の人生を清潔感を持って描けています。細かいところですが、作中の大根汁や蕎麦の表現も、すっきりなんだけど奥深い、この小説の空気を作り出していると思います。基本は徹底的に受け身で、状況に巻き込まれていくという設定ですが、一方で、若いころ剣術道場で人生を模索しながらも現役時代は一度も、刀を抜いたことのないという主人公が、50代になって初めて、しかも2回、太刀を構える、という物語でもあります。瞬間、突き動かされる熱い熱情もテーマのひとつです。諦念と衝動。本書が中高年に人気なのもわかる気がします。定年とは諦念、だけど熱き心。しかも、庄左衛門のストイックさの周りには過剰な濃厚な感情が集まるのです。息子の嫁からは慕われ、小物の余吾平や、蕎麦屋の半次からは尽くされ、息子と因縁の秀才、立花弦之介からはまとわりつかれ…本人の主体性の結果ではなく。ロマンチックストーリーの真ん中にいる感じ。これは時代の中心から外れはじめている世代にはたまんないだろうな、と思います。おっさんのハーレクインロマンス…これは読み物として新しいジャンルなのではないか、とも思います。多様な登場人物の因縁、張り巡らされた伏線、そのすべてが見事に収斂されるのも作者のただならぬ力量を示しています。50代男性ファンタジーを成立させる太い縦糸として青春の剣術修業時代の三人組の友情も織り込まれているのですが、実はこの小説の絶対的悪がそこに起因する仕掛けになっています。惜しむらくは、その悪の薄さがもったいないと思いました。婿に入れない武士の家の次男坊、でその先を求めてしまいました。
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時代物だけでなく、虚しい中年男の心の奥底までさらけ出す傑作。
どこかの藩の郡方を勤める高瀬。結婚した息子は死んでしまった。義理の娘志穂を実家に帰そうとすると、弟中心の家に帰りたくないと言う。自分がちょっと描いていた絵に興味を持つ志穂と弟。穏やかに暮らしていた高瀬に藩内の様々な謀略が降り掛かってくる。
一概にどういう話だとは説明しがたく、江戸時代の50代さえない男を通して描く、人間ドラマ。読後、これほど余韻のする小説はなかった。
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寂しさや辛さ、やり切れなさを受け止めながらも、人を思いやる心を持ち続ける主人公の姿が読後も優しく残りました。
また、それぞれの人たちにしっかり魂が入っていて、どうてもよい人が誰もいないのもすごいと思いました。