ウィトゲンシュタイン家の人びと 闘う家族 みんなのレビュー
- アレグザンダー・ウォー (著)
- 税込価格:1,650円(15pt)
- 出版社:中央公論新社
- 発売日:2021/04/21
- 発送可能日:1~3日
文庫
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紙の本
アレグサンダー・ウォー氏によるウィーンの破格の家族を描いた傑作です!
2021/05/03 12:58
2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ちこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、オペラ批評について書かれた『クラシック音楽の新しい聴き方』で知られるアレグサンダー・ウォー氏の作品です。同書は、ウィーンで最も裕福で常軌を逸した一族の二度の大戦をはさむ100年を、天才哲学者ルートウィヒと、「片腕のピアニスト」パウルを中心に描いた傑作評伝です。ブラームスやマーラー、クリムトらが出入りする華やかなウィーンの邸宅で、強権的な父親のもと家庭内で教育を受けて育った8人兄弟は、みな人づきあいが不得手で自殺願望に取り憑かれていたといいます。それぞれが長じて発揮する浮世離れした変人ぶりと才能の煌めき、相互の確執、ナチスとの攻防、そして『左手のための協奏曲』作曲時のラヴェルら芸術家の素顔まで、エピソードに満ちた破格の家族史です!
紙の本
永遠に封じられた未知の左手ピアノ協奏曲
2021/05/23 21:40
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:kapa - この投稿者のレビュー一覧を見る
謝辞に「左手ピアノ楽曲の専門家」として登場するハンス・ブロフェルト博士が立ち上げた、左手ピアノ作品を作曲した800人以上の作曲家とその作品を整理したインターネット・サイトPiano Music for the Left Hand Aloneには「片腕のピアニスト」であるパウル・ウィトゲンシュタインPWへの献辞が書かれている。「PWの思い出に捧ぐ。彼は片腕でありながらコンサート・ピアニストとして国際的な名声を追求し、偉大な左手ピアノ作品によってピアノ作品を豊かにし、多かれ少なかれ彼と同じ境遇にある後世のピアニストにインスピレーションを与えてきた」。
PWに関心を持った契機は、PWと大作曲家との交流の重要な一場面となったヒンデミットの「管弦楽付きピアノ音楽」である。この作品は、PWが気に入らなかった、また、理解を超えていたからか、お蔵入りとなり、80年以上たった2004年サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィル、ピアノは病のためPWと同じく片腕のピアニストであったが、当時は両手に復活したレオン・フライシャーによって世界初演された。作曲・お蔵入りの歴史、そして世界初演の経緯などが紹介され、PWに興味を持つともに、「左手ピアノ」作品CDを購入・蒐集するきっかけとなった。それまでは、ラヴェルの協奏曲から得た断片的な情報だけであったが、博士のサイトなどで体系的にPWと左手ピアノ作品を調べてきた。しかし邦語情報は少なかった。その点本書は、PWの一族の伝記という形ではあるが、その穴埋めとなる貴重な情報源である。特に作曲者別の作曲委嘱米$額は興味深い。
タイトルと物語の展開は、トーマス・マンの『ブッデンブローク家の人々』に着想を得たと思われるが、本書はウィーンで最も裕福だが風変わりなウィトゲンシュタイン一族の盛衰を、二度の大戦をはさむ百年に凝縮して、8人兄弟姉妹の変人ぶり、開花していく才能、相互の確執、ナチスとの攻防を通して描いた評伝である。一族の名誉と財産を守るために奮闘するグレートルが狂言回しのような役割であるが、中心となるのは天才哲学者ルートウィヒとPWである。W家はピアニストPWが一族の最後となるが、マンの小説と似ている。
ルートウィヒの哲学は、彼の「言語ゲーム論」により音楽美学理論を展開する本(「言語ゲームとしての音楽:ヴィトゲンシュタインから音楽美学へ」矢向正人2001年勁草書房)を少しかじった程度であるが、歯が立たず。著者も同じなのか、『論理哲学論考』にはほとんど触れずに、彼の変人ぶり中心に描いている。そうなると、戦争中の英雄的行動、コンサート・ピアニストへの熱意、そして左手ピアノ音楽の追求を風変りな性格・人柄も交えて描かれたPWが主人公ということになる。PWは、彼のロマン派音楽の嗜好に合わない作品、ヒンデミット、ラヴェル、プロコフィエフなどを頑なに拒絶したとされるが、実際はラヴェルの音楽には理解を示し演奏回数も多い。プロコフィエフの「一音たりとも理解できない」エピソードは事実かどうかわからないようだ。ヒンデミットお蔵入りは、PWには作品の良さを伝えきれないので演奏できないという作曲者への配慮も感じられた(全額前払いの条件である生涯独占演奏権のため陽の目を見なかったのだが)。
本書では有名作曲家以外の作品も紹介されているが全部ではない。PW委嘱作品と委嘱料目当てでPWに献呈された作品は、20人の作曲家による合計46曲になる。全てが初演されたわけではなく、無視された作品も多い。PW死後2001年彼の資産は競売で中国人実業家の所有となった。その中には、未知の左手ピアノ作品が含まれている可能性もあるが、それも永遠に封じられてしまったのは残念である。
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