紙の本
モラルインジャリー
2021/09/20 08:13
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投稿者:BB - この投稿者のレビュー一覧を見る
魂に刻まれた傷をモラルインジャリー(道徳的負傷)というそうだ。
戦地に赴いた兵士は、肉体的にだけでなく精神的に大きな傷を負うことは知られている。アフガンやイラクに派遣された米兵のトラウマやPTSDは、映画などでも取り上げられるテーマだ。
しかし、モラルインジャリーとは…。
暴力への加担と目撃に加え、帰還した兵士が市民生活に戻ろうとしたときに襲われる困惑や無力感、背徳感が、その原因であると、本書は述べている。
そしてそれは、時間が解決するものではないらしい。記憶が強化されて、むしろ傷痕が治りにくくなることもあるんだとか。
本書はイラクからの帰還兵のトムと、姉で作家のレベッカの共著。
退役後も忘れられない、戦地での過酷な体験。
仲間や現地の市民の無数の死など戦場での記憶を前に、帰国しても居場所が感じられない孤独がひたすらつづられている。
そんなトムは、アメリカを歩いて横断する旅に出る。自らの体験を周囲に話しながら、自分で自分の行動や考えを言語化していく。モラルインジャリーに気付き、認識し、それがほんの少し、彼の痛みを和らげることになったのだろう。
しかし終盤、旅を終えたトムはややスピリチュアルな世界へ入っていく。
本人は旅を終え、こうして本も著して、幾分か救われているのだろうが、傷は本当に癒えているのだろうか…とやや心配になった。帰還兵の戦争は、もしかして、彼らの魂の中で(本人が認めないにせよ)生涯終わることはないのではないかと。
印象的だったのは、本書のこんな言葉。
モラルインジャリーを認め受け入れ、癒やす責任を負っているには、モラルインジャリーに苦しむ本人だけではない。国民の代表として若者を戦地に送ったならば、私たちは彼らの行為の共犯者だ。共犯によって生じた苦痛は、私たちにも負担する責任がある。
復員軍人が英雄視されがちなのを知っていますか?実際に英雄だといわれることがあります(略)でもその実態は知られていません。
反戦平和を求める余り、戦争や軍隊そのものを直視することを避けてしまいがちだが、「反戦平和」を単なるお題目にしないためにも、もっと戦争や兵士の実態を知る必要があるのではないか、そう思わせる一冊である。
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→ https://note.com/masakinobushiro/n/n7da8b63511c5
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著者は2003~2006年まで米陸軍の現役兵として勤務、2004年から1年間、米国陸軍第25師団第1旅団第21歩兵連隊第3大隊前哨狙撃兵小隊で偵察歩兵として従軍した。本書は、著者が帰国後、戦場で負ったトラウマ=心の傷をめぐって自問する中で、アメリカ大陸を東海岸から西海岸まで徒歩で横断する旅(Trek)に出ることを決意、自分自身の記憶と向き合う中で「モラル・インジャリー」という概念と出会い、瞑想の師と出会うことでようやく自らの「戦争」の終わりを感じ始めていく、という内容。前半部分は合州国がアフガン戦争・イラク戦争の帰還兵にどのようなメニューを用意していて、しかもそれがどこかピントを外れている様子を詳しく教えてくれ、興味深かった。後半部分はTrekの中で出会ったヒーラーをきっかけに瞑想の意義に気付き、最終的にはインドにまで出掛けてしまう。
そのような言葉こそ使われていないが、本書の内容は「レジリエンス」の典型的な語りとなっている。戦場で負った耐えがたい心の傷はあくまで自己自身だけのものであり、自己自身で正対しない限り回復は難しい。そのためには、心を無にして自分の回復力を呼び起こす必要がある――。著者がそのような決意を固めていくにつれて、本書の記述から、帰還兵と社会の距離・乖離にかんする記述が目に見えて少なくなっていく。「レジリエンス」だけをとくべつに強調することの危うさを感じてしまう本でもあった。
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戦場からの帰還兵、身体に障害を負ったわけではないが、心の問題を抱え、病んだり自殺したりするケースも多いらしい。大戦時は日本を含めもっと多くの帰還兵がいたはずだが、そのような問題が取り上げられることがなかったためか、あるいは、ベトナム戦争やイラク戦争など、正規軍どうしの戦いよりも市街地テロなど敵と市民の見分けが難しい戦闘形態になったためだろうか、ベトナム戦争よりも後に帰還兵の心の問題が取り上げられるようになった気がする。
著者もまた心の問題を抱える帰還兵だったが、心の救済や帰還兵問題への支援を訴えるために、ウィスコンシンからカリフォルニアまで、アメリカの東西の3分の2くらいの距離を歩くトレックを行った。そのときに同行のドキュメンタリー映画作成者の勧めで行った瞑想体験で魂の癒しのきっかけを得て、その後、本格的な瞑想の修行や瞑想を通じた帰還兵の救済に身を投じる。そうした一連の出来事や活動が本書に詰め込まれている。
日本にいると帰還兵問題は縁遠い話だが、様々な事情で心に深い傷を受けた人の癒しという面で、この瞑想という方法の持つ可能性を感じる。
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良くも悪くもアメリカ的。様々な不安や困難を自分はいかにして乗り越えたのかを、わかりやすくドラマチックに、ヒロイックに、そしてまたややナルシスティックに語る。もちろんそれぐらいでないと、戦争で受けた心理的傷を何とかすることは出来ないのだろうけれど、なかなか素直に心を動かされるということにはならなかった。
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モラルインジャリーという言葉を初めて知った。
日本語に訳すと道徳的負傷。正気を保ったまま生き地獄にいるような表現。躁鬱病でも精神分裂でもなく、道徳心が傷つくとはどんなことなのか?本の中では、モラルインジャリーの説明に“屈辱感”、“罪悪感”という言葉がよく使われている。つまり正気の基準が揺らぐのが原因だ。幼少期の教育や家庭環境、信仰に影響されて正しいと思っていたことが通用しないと感じることが屈辱や罪悪という表現に繋がっている。極端な絶望感や孤独感へは直結しない。モラルインジャリーには正気が介在している。だからこそ苦しそうでもある。そして狂気の現場を目撃した帰還兵だけがモラルインジャリーを患うのでなく、一般生活でも大なり小なりの道徳的負傷はありそうだ。
仕事に置き換えると、真の自分を置き去り、別の自分を表に出す瞬間がある。自分が持つ正義感が自分自身を蝕むときがある。お付き合いをする相手の道徳観に自分を合わせなければならない時の屈辱感。真の自分を隠し、別の自分で仕事相手・仲間をまとめる時の罪悪感。日常もこんなことの連続だったりする。
この本の主題は著者がネイティブアメリカンから言われた言葉だと思います。
〜私の部族の伝統では、外野の人間には傷を癒せない。君の癒しの責任は、君が負うんだ。-----この苦しみから教訓を学んでやる。こいつから力を得てやる〜
著者の叫びと実行力を味わってみてください。