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おーもしろかった!自分は差別しないし差別意識がない、なぜなら。。と挙げる理由が既に差別意識に基づいているし問題に向き合っていない、という主張。リベラルを明言している親が自分の娘の恋人がブラックと知ると半狂乱になる的な話はよくある。あと、差別の話はマジョリティ側の問題なのにいつも被差別側の話ばかりなのはなぜか、とか(「黒人の問題なんていうものはないのです。あるのは白人の問題だけです」)マジョリティ側個人に話を向け、深掘りすると100%取り乱し「自分は差別なんかしていない」と感情的に話を遮りそれ以上議論が進まない、とか。それはたとえば、交通事故の対応にきた警官が事故を起こしてしまった罪悪感でショックをうけ泣いている加害者の対応に追われて、瀕死の被害者を放置しているのと同じなのです、という。日本ならたとえば身体・精神障害者、出自による差別、父子母子家庭やホームレスとマジョリティとの対比に置き換えるといいかも
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出版社HP: https://www.akashi.co.jp/book/b581162.html
監訳者・貴堂嘉之氏Twitter: https://twitter.com/ykido66
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白人の心の脆さ、について書いてあるのだが、優位性、権利意識を認められない、affirmative actionへの嫌悪など、どうしても男性の事に置き換えて読んでしまう。白人が白人のために書いてあり理解しづらいかと思ったが、白人=シスヘテロ男性と考えるとすごく読みやすい
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ノンフィクション というよりは,思想書というカテゴリーにはいる.訳文のせいなのか,原文のせいなのかはわからないが,硬い文体で読みにくい.
さらに論理の展開が平易ではないので,読み通すのが難しい本.言いたいことはよくわかるが,もう少し平易に,短くならないのかというのが正直な感想である.
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レイシズムについて、一貫して白人の問題として指摘しているのが、新しく感じた。個人的には、映画 幸せの隠れ場所、での描かれ方もまた白人至上主義の裏返しであるとの説明が成程なあと思い。面白い感動する映画だと思っていたので、自分もまた社会化されていたのだなと思った。
解説にもあったように、日本人としては、差別される側、する側という両方の側面があるのでまた、読みながら考える必要がある。
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非常に耳の痛い話。でも自分の中でなんとなく違和感があった「俺わかっている」的な感覚を改めて戒めてもらえてすごくよかった。ここから進めなければいけない。
今のところ本年ベスト3に入る書籍。これは読んでよかった。
「わたしたちはなぜレイシズムに向き合えないのか」と白人に向けて書かれた本ではあるが、これを少し日本人の視点に変えて読んでみると、我々の中にもしっかりと様々な差別が潜んでいることがわかる。
・レイシズムは「個人主義」的視点で、簡単に解決できるような「個人」の問題ではなく、構造的に「社会化」されたものであることをまず受け止める必要があることを著者は訴える。
・そして日本でも姿形は違えど、様々な社会化されたこのような「差別」的なものは、どんなに学校や社会が綺麗ごとを並べても依然存在していることを突き付ける
-男女差別、学歴差別、職域差別、地域差別、欧米文化から知らないうちに吸収している「レイシズム」ももちろんetc-
・社会化された中で、このことを真摯に受け止めていくことはとても大変なこと。本書での例として「レイシズム」に対する「白人女性の涙」は全てではないにしろ、往々にして、ただの白人の脆さを表すだけだと厳しく一蹴する。
自分自身、国外も長く「レイシズム」も当たり前のように受けたこともあるので一定程度理解しているつもりであったけれども、これは本当に深く反省。自分が真に様々な「差別」に向き合うには全く違った心構えが必要なんだな。ということが改めて良く分かった。
ただ、これは本当に「覚悟」のいることで、社会化された「マジョリティ」の中で挑んでいく難しさというものを感じる次第ではある。
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大変面白かった。
解説者の解説にもあったが、この脆弱性というのはマジョリティとマイノリティとの関係において圧倒的に優位に立つマジョリティ側が持つ脆弱性であると思われる。そのため、アメリカにおける白人だけでなく、日本における日本人にももちろん当てはまるし、各国における主要民族となるマジョリティ側は全て当てはまるのではないだろうか。
逆に言えば、歴史的には支配層が被支配層に対して持っていた特権が、そのまま現代社会においても社会制度として残存しており、その特権について突っ込まれるとマジョリティの脆弱性が表面化するのかもしれない。
現代そして未来の日本において移民や混血などLGBTなどの多様性の問題は避けて通れない問題となるだろうが、本書で指摘されている脆弱性をしっかりと認識できないと、これからの国際社会についていけなくなるのではないだろうか。
それとも本当にもう一度鎖国でもするのだろうか。
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BLM運動が起こったのは2020年。アメリカの人種差別問題の根深さを思い知らせれた。レイシズムは国の成り立ちと供にあった。それは「制度」「構造」の中に組み込まれてしまっている。白人が何気なく発した言動。差別と指摘され、倒錯する。誰もが差別主義者とはみなされたくない。脆い心が解決を遠のかせる。・・日本に存在する多くの差別。背景の違い。単純比較はできない。批判に晒された後に抵抗したくなる気持ち。過度の攻撃は反動につながる。目的は差別をなくすことであり、人の糾弾ではない。学ぶべきところを誤ってはいけない。
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本書は「白人の心の弱さ」という著者の白人性研究の中で培われた概念をベースに、現代の人種差別の形を非常に明瞭に指摘する著作です。
人種の差が無いかのように振る舞い、「私はレイシストでは無い」と言うリベラルな人々はレイシズムという制度の中で社会化された自らを顧みることなく、レイシズムを無かったことにしてしまうという議論はレイシズムに限らず、女性差別、外国人差別、障害者差別、LGBT差別など全ての差別に通ずる議論です。
「私は一切差別をしない」と考えている人がいかに多く、それを指摘して話し合うことがいかに難しいかは日本にいても女性差別や障害者差別等の場で日々体験していることです。自分もまた差別的行為をしてしまうように社会化されていることを強く感じました。
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非白人不在の白人による白人のための差別論。
筆者は構造的に組み込まれた差別を突きつけるセミナーを行っている。内容や記載を見るに多くは白人が対象なのではないかと推察する。
推察通りであれなかれ、非白人の存在や主張についてはこの本には出てこない。人物や像が不在であるという印象を持つ。構造的に差別が社会に組み込まれているというのは事実だろう。構造を自己強化している力は両側にあることが多く、白人へのアプローチという方式が効果を出すのかが大きな論点であると考えるが、そのようには個人的には見えなかった。
多くのこのような本を読む人物はリベラルな思考を持っているだろう。筆者が『ある日同僚の前で突然差別者に分類される恐怖を与える』対象は、あからさまなレイシストではなくこのような層に対してであり、このような不協和に耐えられず信仰するか、反発するかを選ぶ。信仰した人も反発した人も対立の軸に置かれる。
おそらく普段リベラルな意識を持っている人ほど自分が差別者ではないと証明するために必死になるだろう。現在日本的リベラルがSNS上で多用する、この人を批判しないということは差別に加担しているということです、という言説はこの手法であると個人的には感じている。
表のテーマである「構造的に白人から非白人への差別は社会に組み込まれており、差別的な行動はしばしば無意識的に行われる」という点は異論ないが、本の内容としては必要以上に繰り返しが多く無理に引き延ばされているように感じてしまった。
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レイシズムという社会制度について説明している
特権がある側の立ち居振る舞いが、制度の在り方に関わる点は能力主義と共通しているように感じる。
レイシズムが課題であること自体は当然知っていものの具体的な内容については無知だったので、何が問題なのか/なぜ問題なのかをイチから知るきっかけになった
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差別されている人達から見れば、所詮は優位に立つ白人の言うことで、特に目新しいことではないかもしれないが、著者の問題提起は少なくとも白人の側から無意識化された差別意識あぶり出して、自分たちの差別的言動への理解を深めていこうとする真摯な努力が見られるように思う。先入観は生きてきた年数だけの経験から育まれているので、そう簡単に払拭できるものではないということを、肝に命じておきたい。
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めちゃくちゃおもしろかった。アファーティブアクションで実は最も恩恵を受けているのが白人女性だったとは知らなかった