紙の本
柴先生のご冥福をお祈り申し上げます
2021/09/25 21:32
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投稿者:ふみちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
先ず新版が刊行される直前にお亡くなりしなられた柴先生のご冥福をお祈りするとともに、先生の遺志を継がれて校正を続行され刊行されたかつてのゼミ生の皆様に賛辞をお送りしたい「よくぞこの本を世の中にだしてくださいました」と。ユーゴが解体したのは、カリスマ的指導者のチトーが逝去されたからだと考えていたのだが、それも要因の一つであったことは確かだけれど、そんなに単純ではないことが理解できた。セルビア人、クロアチア人、スロヴェニア人がそれぞれに強烈な民族的なイデオロギーを持ち続けていたこと、もっとも西にある豊かなスロヴェニアと東に位置する貧困なコソボやマケドニアではあまりにも経済格差があること、こういったこともユーゴが分裂し、悲惨な独立運動へとつながっていったのか、なにかやりきれない
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遺作となりました
2021/09/01 11:12
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投稿者:ニッキー - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、前に出版された『ユーゴスラヴィア現代史』の増補版、つまり主にその後の歴史を追加したものだと思っていました。それだけでも、興味があります。しかし、本書を読んで、初めて書写である柴先生がお亡くなりになっていたことをしりました。学会などで2~3回ちょっとお話しをする機会がありました。残念です。
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これほど複雑な国家が本当に存在したなんて
2022/04/05 01:31
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投稿者:719h - この投稿者のレビュー一覧を見る
30年前に解体してしまった、かの国の
歴史を大づかみに理解するのに便利な
新書判ユーゴスラヴィア史の改訂版です。
チトー大統領もボスニア・ヘルツェゴビナ紛争も
知らない世代に。
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およそ19世紀頃からの旧ユーゴスラヴィア地域の歴史について、コンパクトにまとめられた新書です。
1996年の旧版から25年の時を経て新版として刊行されています。
旧ユーゴスラヴィア地域の複雑な近現代の歴史を改めて復習できたとともに、現時点で理解できていない点やもっと知りたいことも明確になりました。
客観的な記述ながらも、どこか文章の端々に、著者の柴先生の、旧ユーゴの地域や人々への愛や未来への希望が込められているのが感じられるのも良いです。
新書という形態の制約からだと思いますが、参考文献リスト(特に、本文中に言及のある具体的な研究の出典の記載が無いこと)や索引が無いのが唯一残念な点でした。
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柴宜弘(1946~2021年)氏は、埼玉大学教養学部卒、早大大学院文学研究科博士課程満期退学、ベオグラード大学哲学部歴史学科留学、東大教養学部・大学院総合文化研究科教授等を経て、東大名誉教授、ECPD(国連平和大学)客員教授、城西国際大学特任教授・中欧研究所長。専門はバルカン史。
本書は、1996年に刊行された『ユーゴスラヴィア現代史』に、ユーゴ解体後の状況を加えて「新版」として2021年に出版された。
私は以前より、世界各地で続く宗教・民族的な対立や紛争に関心が高く、それらについて論じた本や、現地を取材した(フォト)ジャーナリストの書いた本を多数読んできた。その縮図ともいえるエルサレムとヨルダン川西岸地区には、フリーで訪れたこともある。
そして、ユーゴスラヴィアもそうした問題を抱えてきた場所であり、その歴史が現在にどのように引き継がれ、それをどのようにして乗り越えようとしているのかを、いつか訪れて肌で感じてみたいと思っており(コロナ禍で実現できるかもわからなくなってしまったが)、今般本書を目にし、そもそもの歴史を詳しく知りたいと思い、手に取った。
ユーゴはもともと「はざまの国」といわれた。それは、冷戦期に東西両陣営に属さず、政治・外交的に非同盟政策を採っていたことに留まらず、古くは東ローマ帝国と西ローマ帝国の境界線上に位置していたし、中世においてはビザンツ・東方正教文化圏と西方カトリック文化圏の接点でもあり、更に近代では、ハプスブルク帝国とオスマン帝国との辺境を形成し、イスラム文化との接触も進んだことなどによる。
更に、バルカン半島は、民族構成が複雑で、諸民族が混在し、混血も進んでいた地域であり、第二次大戦後に再建された「第二のユーゴ」は、「7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字、1つの国家」と表現される、世界でも稀な複合国家であった。東西冷戦終結後は、連邦を構成していた6つの共和国(スロヴェニア、クロアチア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、モンテネグロ、北マケドニア)とコソヴォの7ヶ国に分かれて現在に至っている。
読了して、あらゆる面での複雑さに驚き(到底想像の及ぶものではなかった)、また、「ユーゴの縮図」と呼ばれるボスニア・ヘルツェゴヴィナが今も非常に複雑な統治体制(ボスニア・ムスリムとクロアチア人からなるボスニア連邦とセルビア人からなるセルビア人共和国の二つによる連邦制)の下にあることを認識したのだが、最大の疑問は、「第二のユーゴ」が壮絶な内戦により7つの国に分裂したことは必然だったのか、である。そして、一般的には、原因は複雑な民族構成や宗教の違いにあったと、いわば決定論的に説明されるのだが、著者はそうした考えには与せず、人々は長年に亘り、お互いの違いを認めながら、知恵を絞って共生してきたにもかかわらず、一部の政治エリートがそうした違いを意図的に際立たせ、人々を煽り立てた側面が強いと分析している。即ち、あの目を覆いたくなるような悲惨な戦いは、避けることができたはずだと言うのだ。
著者は旧版「はじめに」で、本書について「ユーゴを含むバルカン地域、そして民族問題をかかえる��くの地域において、今後、多様性や異質性を保障する、新たな思考や枠組みを作り出す糸口を見つけること」を目指している、と語っている。
旧ユーゴは紛れもなく世界の縮図である。その何(十)倍もの国家・民族・宗教を抱える世界が向かうべき道を考える上で、我々はユーゴの歴史を参考にしなければならない。
(2021年8月了)
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本書初版が刊行されたのは1996年5月、それから四半世紀が過ぎ、新版が出された。
元版が刊行された時期は、ユーゴが分解し内戦が繰り広げられ、NATOの空爆が実施されるなどして何とか収束に向かっていたころで、ニュース報道がかなりされていたのは知っていたが、正直その頃はあまり関心がなかった。
本書を読もうと思ったのは、最近読んだA.J.P.テイラーの『ハプスブルク帝国 1809-1918』がきっかけである。その中で、オーストリアとハンガリー、そしてボヘミアの関係は大体理解できたのだが、セルビア、クロアチア等のバルカン諸国との関係、またそれら諸国間の関係が良く分からなかったので、その辺りの歴史を勉強したいなと考えていたときに、本書に行き当たった。
本書は“現代史"と銘打たれてはいるが、ユーゴという枠組みの持つ意味を歴史的に再考してみたいとして近代の歴史にも触れられており、第一章、第二章において、
オスマン帝国支配下のセルビア、モンテネグロ、マケドニアについて、ハプスブルク帝国支配下のクロアチア、スロヴェニアについて、そしてオスマン支配からハプスブルク支配へとなったボスニア・ヘルツェゴヴィナについて、それぞれの歴史や地域特性が簡潔にまとめられている。
そして第一次世界大戦後、紆余曲折はあったが、南スラブの統一国家として「第一のユーゴ」が建国される。
第二次世界大戦の過程でユーゴを取り巻く国際環境は悪化し、遂にはドイツ、イタリアに分割統治されるが、チトーを中心にしたパルチザンにより解放され、戦後、共産党主導の連邦人民共和国として『第二のユーゴ」が発足する(第三章)。
チトー指導下のユーゴは、自主管理社会主義と非同盟政策により、ソ連型社会主義とは異なる政策の実験場として、世界から注目を受けていた(第四章)。
しかし、80年のチトー死後、連邦制は危機に陥る。経済危機にうまく対応できなかったことから、各共和国で民族主義的傾向の強い指導者、政党が登場し、遠心化が進んでいく。
ただ、著者は次のように分析する。社会主義体制下で連邦制の多民族国家が解体したが、これらは多数民族が連邦中央を牛耳っていたため、抑圧されていた民族が民族自決権を掲げ反旗を翻したのだと説明される。しかし、74年憲法以降、"緩い連邦制"を取っていたユーゴでは連邦権限はかなり限定されていた。解体の引き金となったスロヴェニア、クロアチアの"独立宣言"は、自己利益を優先させる先進地ならではの経済的要因が大きかった、と。(第五章)
第六章では、当事者は変わりながらも各地で繰り広げられた内戦の展開が叙述される。また、EU、アメリカ、ロシア等の国際社会との関係も論じられる。独立宣言をしても、承認を受けられなければ対外的にあまり意味はないし、国際社会からの仲介や協議、さらには空爆といった干渉もなされた。(著者は、セルビアを是とするものではないものの、かなり一方的に"セルビア悪者論"が国際社会に広がってしまったと言う。)
第七章は、「新たな政治空間の模索」という見出しで今回加筆されたもので、内戦収束から現在��至る旧ユーゴの国々の動きがまとめられている。過去に対する謝罪、和解の動きや、歴史の見直しの動きが紹介されている。もっともこうした動きの背景に、EUという新たな政治空間加盟に向けての地慣らしの要素もあるのだが。
新版追記を読むと、本書原稿完成後校正作業の時期に、著書は他界されたとのことで、本書は正に遺著となってしまった。ただ一読者からすると、細かな叙述的な点は別として、著者が完成させた内容を読むことができるのは、誠にありがたい。
印象に残った著者の発言。
「最近の動きを楽観的に見過ぎているのではないかと思われる人もいると思います。しかし、そういう新しい動きに微かな希望を見出していきたい、というのも私の考えです。」
民族浄化というおぞましい行為などあれだけの内戦を経た上で、何とか平和裡に国家運営をしていこうとする旧ユーゴ社会に希望を見ようとする著者の思いは、実に重い。
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旧版から25年を経ての新版。
旧版当時、本書のほかに、千田善「ユーゴ紛争ー多民族・モザイク国家の悲劇」という新書も出ていた。
千田の「ユーゴ紛争」が当時進行中だったユーゴ紛争の今をジャーナリスティックに描き出したのに対して、本書はより巨視的かつ歴史的な視点で南スラブの状況を解説。
アプローチはかなり異なりつつ相互に補完しあう内容で、このふたつでユーゴの知識を得た人も多かったんじゃないと思う。
(ちなみにこの千田善氏、オシム監督の通訳やってた人で、吉田戦車の従兄弟らしい)
旧版はボスニア紛争の和平合意が成立したくらいで、まだ南スラブの趨勢が不透明のままの状況だった。新版では、旧版後に起きたコソボ紛争やマケドニア紛争などもカバーし、2020年代に至る経過も概観する。
紛争自体は終わったもののその清算は残っているし、旧ユーゴ南側の諸国のEU加盟の問題もある。その一方で、多民族・多文化の共生の試みも続いているという。こういう紛争後のプロセスはなかなか知ることができないので、複雑で見えにく南スラブの状況をきちんとアップデートした新版出てくれるのはとてもいいことだと思う。
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学生時代に20回は読んだであろう本書、新版が出るということで飛びつき、販売直後に新品を購入し、元柴ゼミの先生方が主催するオンライン読書会(講演会に近い)に参加した。お世話になった教授とも再会でき、貴重な会だった。本の内容としては、やはりボスニア紛争以降が盛り込まれており、他書で補完するしかなかったコソヴォ紛争やマケドニア紛争についての記述が充実した。まさにユーゴ現代史の決定版といえる。
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巷に流布するセルビア悪玉説とも歴史修正主義とも距離をおき、正確に起こったことの事実とそのメカニズムを分析しようという姿勢に、学者としての矜持を感じた。複雑なユーゴスラビア史が平易にまとまっているだけではなく、学問への姿勢や意義といったものまで伝わってくる稀有な傑作新書だと思う
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クロアチアでも純粋なクロアチア人を求めてセルビア人の虐殺が行われた。収容所も作られた。チトーはソ連から独立性を保った共産主義を実現したが、死後は再び内乱となった。
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現代史というよりは近代史からの流れで、なんとなく説明されてきたセルビア悪というような形ではなく、事実を多面的に公平に説明されている点が非常に分かり易く且つ気持ち良く読め良かったです。それにしても非常に複雑な問題、、、
刊行をまえに亡くなられた柴先生残念です。この地域の今後には是非注目したいです。
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一人旅の際にコソボのプリズレンとプリシュティナを訪問した。私は街の人々のあたたかさに強く惹かれるとともにこの人たちの辿ってきた歴史を知りたくなった。
はじめはユーゴ全体ではなくコソボに関する歴史が知りたかったのだがコソボやコソボ紛争に関しては一般人の私が読めるような資料がとても少なく、結果的に辿り着いたのが本書であった。
本書を読むにつれ、まず当初私がコソボを単体で理解しようとしていたことが大きな間違いであったことを理解した。コソボを含めた旧ユーゴスラビア地域の国々は旧ユーゴスラビア以前の歴史から理解する必要があったようだ。
本書を読んでいるともし自分がユーゴに生まれていたらということに思いを巡らせずにはいられない。日本人の両親から生まれた私は生まれてからずっと日本に住み、自分が日本国民であることを疑問に思ったことはないし、疑問に思うきっかけにすら出会ったことがない。一方でもし自分が旧ユーゴスラビアで生まれていたら、自分ははたしてどの国の何者だという確固たるアイデンティティを保持していただろうか。例えば両親がユーゴスラビアの別々の国出身で民族も異なる。家の近所にも別の民族の人がたくさんくらしている。そして彼らは当然のように自分と違う言語を話す。もし自分がそんな環境にいたら、自分のアイデンティティを持つことはとても難しいような気がする。
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旧ユーゴスラヴィアの事を全く知らなかったのが、ほとんど知らないくらいになれたかもしれない。もう少し勉強してからまた読んでみたい