紙の本
コロナ禍に伴走するかのような新聞連載小説
2023/03/14 14:01
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ぴんさん - この投稿者のレビュー一覧を見る
かつてない疾走感に後半の祝祭感もあいまって、押し流されるように一気に読了。格差や貧困といった現代社会の中で生きる女性たちの試練とエネルギーを描いた長編小説。大きな生き物に引きずり回され、なすすべもなく身を任せるしかない。そんな読書の快楽を思う存分味わえる小説。葬っていた記憶や過去が、現在を不安にさせるような雰囲気だけがまずあって、お金、家、犯罪をしっかり描く。みんながわーっとなっていくカーニバル感。社会からはじき出され、肩を寄せ合うようにして生きる彼女たちは懸命に働くが、次々と試練に見舞われる。貧困の連鎖から抜け出そうともがくことで、どうしようもなく罪を犯してしまう。主人公の花が物語の中ほどで、絞り出すようにして語る言葉「正しくないよ、そりゃ正しくはないけど、でも間違ってるわけじゃない。そう感じるの。」人間の責任感とか一生懸命さは、場所や状況を選ばない。誰が花を責められようか、というシリアスな話ではあるけれども、生きるって、もっとドタバタだから。泣き笑いで倒れ込んでいくようなエネルギーを感じてほしい。
紙の本
深く悲しく、やさしさに泣く
2023/07/22 08:46
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ろろろ - この投稿者のレビュー一覧を見る
貧困の中を生きていることを成長するにつれ自覚を深めていくが、抜け出すことは外を知らないから狭い中でもがくばかり。それでも花ちゃんは大切だと思ったものを守るため純粋に走り抜けようとするから、胸が痛い。
そして黄美子さん、軽度の知的障害を思わせるように散りばめられたエピソード。右手と左手の区別が分かるように親に刻まれた右手の刺青、お金の細かいことは話さないように花ちゃんに忠告する映水さん。黄美子さんの優先することはひとがお腹が空いてないかどうか、そして身の回りを拭き上げ、整えること。これはおそらく幼い頃からの身についた行動かな…彼女の持つ障害には誰も積極的に関わってこなかったのでは、と気持ちが沈む。しかし、それに花ちゃんが気づかずとも黄身美子さんを守るべき人として描かれていることは救いであった。
冷蔵庫をぱんぱんにするところ、安岡章太郎の「ガラスの靴」を想起した。冷蔵庫にたくさん食べるものがあるうちは人生は終わらない、希望のように感じた。
紙の本
一気読みを強いられる
2023/03/27 19:56
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:BB - この投稿者のレビュー一覧を見る
『乳と卵』で川上未映子作品に引き寄せられ、その後も全部ではないが作品を読んできたファンからすると、読み始めたときの第一印象は「これまでと違う」だった。
何か普通の(何が普通かという問題はさておき)社会派エンタメ作品、だと感じたのだ。
独特な文体や奇妙な登場人物で、読者が感情移入することを拒んで引っ張る文学ではない。
登場人物と、たとえ境遇や生まれた時代は違っても、ぐいぐい入り込んでしまう不思議な物語。大部な1冊を一気読みしてしまった。
紙の本
風水的に黄色は金運を上げる
2024/02/10 12:47
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投稿者:nekodanshaku - この投稿者のレビュー一覧を見る
人は、いろいろな人の親切、手助けで生きていくのだが、それが相互依存のような状態ならば、どのような人生になるだろうか。一人で生きていくには不安で、互いに関わりながら一時疑似家族をつくり過ごした女たちを描く。いわゆるセフティーネットワークには救われない人たちが、法的には犯罪であることで金を稼ぎ、互助する状況は、確かにあるかもしれないなあと思う。貧乏は、確かに暴力だ。
紙の本
何となく期待外れ
2023/02/25 20:14
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:earosmith - この投稿者のレビュー一覧を見る
読み応えがあり、とても続きが気になる作品ではありました。ただ、登場人物の独白部分がやけに長かったり、途中でキャラが微妙に変わってしまったように感じてしまい、力作ではありますが自分にとっては期待外れでした。
電子書籍
ミレニアル世代の回顧ノワール小説
2023/02/24 05:08
4人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:くみみ - この投稿者のレビュー一覧を見る
時代と環境が生み出す闇に取り込まれたJK主人公が、謎だらけの女と少女たちとの過去の朧々とした共同生活を回顧するノワール小説。
裏社会の仕組みや用語説明などに多くを割かれていて、読みやすさが余計に淡々とした空気を醸し、600ページの中にあまり登場人物の感情が見て取れない印象だった。2000年前後の犯罪の変遷や、ミレニアル世代のJKの漠然とした考え方の描写など、今の時代からは考えられない現実味のなさには変な説得力があった。不安が伝播して、揺るぎない何かに縋ろうとする心。気持ちは不確かで変化するもの、お金は変わらず安心を与えるもの、でも「もの」である以上は一瞬で失う事もある。長編だけどすごく刹那的なものを感じた。
電子書籍
連載中に少し……
2023/03/22 23:47
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投稿者:エムチャン - この投稿者のレビュー一覧を見る
新聞だったと思うのですが、連載中に少し読みました。こうして、完結して、あらためて、最初から読むと、なんとも言えない……。ストーリーは、2020年春、惣菜店に勤めている花が、ニュース記事に60歳の黄美子の名を発見するところから。
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帯の煽り文と読後の印象が違いすぎて一瞬モヤった。無関心の親の元に生まれた孤独な少女が必死に生きた数年間の話として捉えれば、かなり良かったのではないか。途中「あんたは運がなかっただけ」というセリフがあり、これは本当にそうだなと思った。この本の中に生きる「花」は運が悪かった。私たちは逆に運が良かった。大きく異なるそれらの人生を隔てるのは、ただの運。それだけであり、それだけの壁がこうも大きく、厚いのかということを考えた。運を持たない人は、壁の向こう側に行くためにどうすれば良かったのか。
ただその前に生活がある。普通に生活をするだけでも金が必要で、それは一生働き続けて得なくてはならない。いつのまにか生きていくために必要な金だったのが、金を稼ぐことそのものが目的になってしまった。でもそれは貧乏だからだ。金持ちは金のことは考えず、貧乏人は常に金の心配をし続けている。なんとなく日々考えていたことがほとんど書かれていて驚いた。
誰が善で、誰が悪とも言えない。なんとなく後味が悪いような読後感。
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読むのに命を削った感覚がある。
この先、これ以上の書籍に出会えなさそうな感じがして、なんだか寂しさも感じた。
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家庭環境に恵まれず、金に生活を支配され、やがて犯罪に手を染め、堕ちて行く女達の話。
人は生まれながらにして、運命って決まっているのか?と考えてしまった。
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これ…川上さんの創作なんですよね?実際にあった事件を基に…とかじゃないんだよね???
すごすぎて途中胃を痛めながら読みました。圧巻の600頁超。ラスト賛否あるのかもしれないけどわたしはすごく好き、記憶が呼び覚まされ、共依存というか…コロナ禍で孤独ななかわたししかいないんだが強く出ちゃってる感じ、好きです。
記憶に蓋をして、それが開かれてからの回想なんだけど凄まじかった。また読みたいかって言われたらノーだけど、この時代にこれを読めてよかったです
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読んでいる途中、毎日のように悪夢を見ました。
それほど、私は花ちゃんになりきって読みました。
本当に本当に素晴らしい小説です。
善と悪の境界線はどこにあるのか。
私は分からなくなりました。
始まったばかりですが、2023年一番かもしれません。
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追記:
単行本は、新聞連載時やプルーフで読んだものとはラストが大きく変わっているんだけど、川上未映子さんがご来店くださった際、その変更部分について「黄美子さんが急に知らない人になったみたいでちょっとショックでした…」と言ってしまった。
私としては、黄美子さんの言葉に宗教的な雰囲気を感じたから、それは年月を経て黄美子さんがすっかり変わってしまったことを表しているのかと思っての発言だったんだけど、多分未映子さんは、何回も読んだ作品のラストが変わったこと自体に私がショックを受けたと思ったのか、「ごめーん!
以下ネタバレ注意↓
この家にみんないるよって感じが書きたかってん〜(多分こんな感じのこと?)」
とおっしゃってて、私が邪推したようなことを伝えたいわけではなかったみたいで、ほっとしていいラストだなって思えた!
セリフの意味を作家さんご本人にたずねるのはなんか違うと思ってるし、おまけにラストにケチをつけたように受け取られてしまうかなと思ったけど、ものすごく気さくに答えてくださってうれしかった〜!
(2024年3月3日追記。昨日未映子さんの投稿したコメントをみて、どうしてラストのセリフを変えたのかわかってしまった。絆が切れるわけじゃないっていうメッセージだったんだなって思った。
去年の47歳のお誕生日にはじめて、生んでくれてありがとうって書かれていた、その心境の変化も。)
ほかにも、覚えのなかったこたつぶわんなど、新聞連載では字数制限があったせいで書けなくて、増えたり変わったりした箇所があるのを確認できた。
これは多分ご本人に聞かない限りわからないから…。
本当に素敵な楽しい方でした!
感想:
初読みは読売新聞の連載でした。
花は大丈夫かなと毎朝確認するように読みました。
最後までずっと頭の中にあったのが、
黄美子さんと初めて会った日のこと。
花の同級生に一体なんて声をかけたのか、
同級生たちを笑顔にする言葉なんて私には思いつかないけれど、
黄美子さんなら納得となぜか思えてしまう、
黄美子さんの不思議な魅力が一瞬で伝わってくる印象的な場面でした。
本になったものを再読するときには、
文章の端々や全体を見やる余裕ができて、
人を犯罪に追いやるのは、
生い立ちなのか、境遇なのか、
個人の性質なのか、それとも運の悪さなのか、
「悪」について、「金」について、
考えずにはいられませんでした。
人は、何か落ち度があったから、
何かを間違ったから、犯罪に堕ちていくのか。
登場人物たちが感じた、不安も焦りもどうしようもなさも、私は経験したことがないしわかるはずもないのに、読めばまるで自分が感じたことのように、わかる、と思ってしまう。
すごい作品です。
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お金がない、稼げない絶望感や不安でおかしくなる主人公の心理が丁寧に描かれていて、読んでいる自分までつらくなった。特に、親の借金のためにお金がなくなるところが辛かった。
お金を稼がなければいけないプレッシャーも辛かった。
楽しい話ではないけれど、読んでいると登場人物たちに愛着がわいて、どんどん続きを読みたくなる。
蘭や桃子がその後どうなったのか、もう少し詳しく知りたいと思った。
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苦しい作品だった。自分で稼げるようになったお金をなんの苦労もしていない他人に奪われる悲しさと虚しさと悔しさと。そんな恋人を持ち、娘が必死になって稼いだお金を奪われてもなお、どうにもしない、どうしようもないなんの考えや計画性もない母親から生まれ、そんな母親を見て育ったよく考える娘は、愛情をちゃんと形にして、そばにいてくれた人・黄美子を選んだ。そんな花ちゃんが黄美子さんとスナックをはじめ、どう考えたって社会の端っこにいるような友達と出会って、頑張って、幸せになっていく姿が嬉しかった。でも、そこから転落して、ごろごろと急な坂を転がり落ちるように闇の世界に堕ちていき、とんでもなく計画的に、闇の世界でも頑張っているのに、友達は考えなしで、勝手なことばかり言い出すことに憤慨した。なんで社会はこうも勝手なのだろう。なんでこんなにも不幸が偏っているのだろう。ついてないのだろう。頑張りが報われないのだろう。悲しくて、辛くて、でも最後は少し救われた。でも、苦しい作品だった。
p.35 中学校に上がると、友達の顔も態度も、いろんなことがもっとくっきりと感じられるようになった。その子が普通の家の子で、どの子がそうではないのかが、まるで色の違う帽子でもかぶってているみたいに一目でわかる気がした。
p.122 それは携帯電話が手に入ったことに対してではなく、なんというかーー誰かが自分のために何かを用意してくれたこと、そして本当なら、自分が思うべき責任の1部を引き受けてくれて、何も心配は要らないと言うようなことを言ってくれた事に対する、安堵と感謝が入り、混じったような感情だったーーなんだか守られたみたいだ。うまく言葉にはできなかったけれど、その時私は感じていたのはそういう気持ちだった。私は何度も映水さんに礼を言った。
p.201 東京大きく、後から後から人が湧いてきた。衝突や事件が起こるたびに、悪事にもずる賢さんにも強さにも、上には上がいることを思い知らされた。どうすればいいのか、自分たちはどうなって行けばいいのか、わからなかった。2人に分かっていたのは、とにかく中本自分たちをのむらなければならないと言う事だけだった。そのためにはもっと強くなる必要があった。強くなるとはどういうことか。雨俊さんは、ちょっかいをかけてくる奴らを、これからも殴り倒して集団をもっと大きくすることだと息巻いていたけれど、志訓さんはそうではないと言った。頭数を増やしたり、ケチな盗みのアイディアを思いついたり、売られた喧嘩を買って、それに買って見せたりするようなことでは、もうない、強さとは、1つには金を持つことであり、そして自分たちがその1部であると示すだけで、相手が手出しするのをためらうような大人たちと、つながることだと考えた。
p.279 でもやっぱり違ったのだ。何も誰もあてにはならないのだ。金のある奴と一緒になったからといって、その金が自分のものになるわけではないし、広い家に住めている奴と一緒に暮らしたからといって、それが自分の家になるわけではない。家でも金でも何でもいいけど、仮にその誰かのものを自分のもののように使えるような状況になったとしても、それはあくまで使わせてもらってい��だけのことなのだ。それは多分、結婚とか、親とか家族とかでも同じことで、それがどんな関係であったって、その金を稼いだ奴は、それが自分の金であると言うことを絶対に忘れないし、金のある自分が自分より金のない奴に自分の金を使わせてやっているんだと心のどこかで思っているはずなのだ。金を出すやつは金を出してもらうやつより強い。金を出してもらわないといけないやつは、金を出してくれるやつより弱い。金を出すやつは口を出すし、それが通0金を出すやつには、意識していても、いつも優越感があって、出してもらう方は、無意識のうちに卑屈になるし、顔色を伺うようになっていく。つよいものは、弱いものを自分の都合でいつだってないことにできる。現に、スナックを辞めて不動産屋の仕事を一緒にやるんだと目を輝かせていた。母親は1年もたたないうちにそうなった。別れたのが病気の後なのか前なのかわからないけど、結局何にもならなかった。いつだったかエンさんが言っていたことも思い出す。金を持っている男にロクのやつはいないーーもちろん金を持っているのは男の方が多いから、エンさんの言う事は筋が通っているのかもしれないけれど、でも肝心なのは金を持っているのが誰なのか、つまり、金のありかではなのではないだろうか。貯めて貯めてちょっとこぼれてくるのすするくらいがちょうどいい、エンさんはそうも言っていた。自分で稼いだ金だけが自分の金で、自分を守ってくれるのは、誰かの金ではない。自分で稼いだ自分の金だけなのだ。
p.373 「あー、あんま考えないでいいよ。世の中は、できる奴が全部やることになってんだから、考えたって仕方ないよ。無駄無駄。頭の使えるやつが苦労することになってるんだよ。でもそれでいいじゃんか。苦労する事はいいことだとは言っていないよ。しょうがないってこと。でも苦労もできない。馬鹿やかましでしょ。あいつらは幸せかもしれないけど、馬鹿だよ。あんた幸せ何かになりたい?幸せな人間ていうのは、確かにいるんだよ。でもそれは金があるから、仕事があるから、幸せなんじゃないよ。あいつらは考えないから幸せなんだよ。あんたは頭が使えるんでしょ。じゃあいいじゃん、それで。頭使って金稼げば。博奕(ばくち)なんかやんないで普通に生きていく分には、金はわかりやすい力だよ。それはそれで何か面白いもんだよ。知恵絞って体使って自分でつかんだ金を持つとね、最初から何の苦労もなしに金を持ってる奴の醜さがよくわかる。頑張んなよ」
p.377 「キャッシュカード、クレジットカードってどう違うんですか?」「キャッシュカードは、そいつが銀行に貯めている金にアクセスするためのカードでしょ。まぁ貯金箱の鍵みたいなもんや。で、クレジットカードっていうのは、現金がなくても、物買ったり、契約にキャッシングもーーつまり借金もできる。で、使うなり借りるなりした分の請求が1ヵ月後に来て、持ち主がそれを払う。…カード会社は手数料で儲ける。例えば、あなたがクレジットカード、もってて、それ使って店でものを買うとするでしょう。はいあんたが店でカードを切る。決済した金額は、カード外車に届く。そしたらカード会社が、先に店に金を払うんだよ。金額から手数料引いた分をね。それであんたは、後でカード会社に金を払う。店���あんたの間にカード会社が入ってんの」
p.384 「その人たちは困らないんですか…わからないけど、その人たちも時間をかけて…その、止めたのかもしれないなとか、ちょっと思って」「そんなわけあるかよ。いい?口座にいくらあるか知らないで済むような金持ちは、抜かれても気がつきもしないでいられる。ボンクラの金持ちどもは、何の努力もしてないよ。努力なんか必要ないし、あいつら金持ちが金持ちであることに、理由なんかないんだよ。自分の頭と体を使って稼いだ奴らは、ちゃんと金に執着があるからね。貧乏人と同じように、金についてちゃんと考えたことのある人間だよ。でも、家の金、親の金、先祖代々のでかい子子に守られているようなやつ、そいつらがその金を持っていることには、何の理由もない。そいつらの努力なんか一切ない。あんたを書きの頃から金に苦労したんでしょ?あんたが貧乏だったこと、あんたに金がなかったことに、何か理由がある?理由があったか?ないよ。あんたが生まれつき貧乏だってことに言う何か。それと同じ。ある種の金持ちが金持ちなのは、最初からそうだったからだよ。それで、こういう鈍い金持ちは、自分らが鈍い、金持ちでいられるための、自分らに都合の良い仕組みを作り上げて、その中でぬくぬくやり続けるの。親の代から、婆爺爺の時代から、自分らが絶対に損しないように、脅かされることがないように、涼しい顔して、甘い汁出続けることができる、自分らのためだけの頑丈な仕組みを作り上げて、それをせっせと強くしてんの。あんた、金持ちが金を持ってることと、自分の間には、何も関係がないと思ってるでしょ。でもね、金の量は決まってるんだよ。金持ちのところに金があるから、あんたのとこに金が来ない。絶対に来ない。すごくシンプルな話なんだよ。金持ちが死んだ後もずっとずっと金持ちのままで、貧乏人が死んだ後も、ずっと貧乏人のままなのは、金持ちがそれを望んでいるからだよ。金を持ってる奴が、金を持ってるやつのためのルールを作って、貧乏人はそのルールの中でどんどん搾り取られていく。そしてカスになったやつは、カスになるだけの理由があったんだと思い込ませる。まるでカスにもカスにならないで済むチャンスがあったみたいなことを平気で言う。ふざけんじゃねーよ、お前らが搾り取ってるからカスになってカスのままなんだろうが。金は権力で、貧乏には暴力だよ。貧乏には最初からボコボコに殴られてるから、殴られるってことがどういうことかわからない。タコ殴りにされて、され続けて、頭も体もバカになってる。それが当たり前のマスターズ。だからいろんなことがわからない。でもわからなくても腹が減るでしょ。腹が減ったらくいもんがいる。公文を手に入れるには金が入る。金を手に入れるにはどうしたらいい?働けばいい?どこで?どんなふうに?それは、あいつらのためのルールだよ。私はそんなルールを知らない。あんたも知らないで良い。だから、金持ちの金については一切考えなくて良い。あいつらの鈍さだけ、みにくさだけ、想像してればいいよ。どんどん抜いてやればいい。あいつらの金は、私らの金とは違う。データだと思えば良い。ていうか、データだから」
p.390 そのATMの中には、たくさんのお金が入っているはずだった。あそこには1台につき、一体いくら位入っているんだろう。想像もつかなかった。あのATMの中に現金が詰まっているんだと思うと、なんだか不思議な気がした。そこにいろんな人が次から次えとやってきて、ひっきりなしにお金を引き出していくことも、なんだか奇妙な感じがした。お金は、ATMの中にあるうちは誰のものでもないお金なのに、それを引き出した瞬間に、引き出した人間のものになる。いや、どうなんだろう。引き出して、財布に入れたところで、その金はすぐにまた別の所へ行ってしまう。金が、誰かの、あるいは自分のものになると言うのは、どういうことなんだろう。何かを買って手に入れたとしても、それはものが自分のものになるだけで、金が自分のものになると言うのとは違う気がする。金はいつも、移動しているだけだ。あっちからこっちへ、誰かから誰かへ、どこかからどこかへ。移動すること、それが金の正体なんだろうか。金が必要だと思う時、ほしいと思う時、その気持ちと金の正体には、一体どんな関係があるんだろうーー私はそんなとりとめのないことを考えながらATMの取り出し、口から現金を手に取ってバックの中に入れ、夏の終わりのうだるような熱気の中を歩きまわった。
p.424 私たちはどん詰まりだった。稼働してるのは、私だけ出て、桃子も嵐も、紀美子さんも家にいて、テレビを見たり、どこに出かけているわけでもないのに思い出したようにメイクを試したり、ビデオを見たり寝ていたりしていた。
p.428 みんなってどうやって生きているのだろう。道ですれ違う人、喫茶店で新聞を読んでいる人、居酒屋で酒を飲んだり、ラーメンを食べたり、仲間でどこかに出かけて思い出を作ったり、どこかから来て、どこかへ行く人だし、普通に笑ったり、怒ったり、泣いたりしている、つまり今日を生きている明日もその続きを生きることもできる人たちは、どうやって生活しているのだろう。そういう人たちがまともな仕事について、まともな金を稼いでいることを知っている。でも、私がわからなかったのは、その人たちが一体どうやって、そのまともな世界でまともに生きていく資格のようなものを手に入れたのかと言うことだった。どうやってそっちの世界の人間になれたのかと言うことだった。私は誰かに教えて欲しかった。不安とプレッシャーと興奮で眠れない、夜が続いて、思考回路がおかしくなって、母親に電話をかけてしまいそうになることもあった。もしもし、お母さん、お母さん、私大変なんだよ、どうしていいかわかんないんだよ、夢と現の境目で、私は母親に話しかけていた。ねぇ、お母さん、お母さんはどうやってってどうやって今まで生きてきたので、私が子供の頃、もっと小さかった頃、お金もないのに、どうやって、一体どうやって生きてきたの、みんながどうやって毎日を生きて言ってるのかわからない、わからないんだよ、ねお母さん、今どうしているの、お母さん今まで辛くなかった?強くなかった?ねお母さん、生きていくのって難しくない?すごくすごく難しくない?お金稼ぐのって、稼ぎ続けて行かないのって、お金がないとご飯も食べられなくて、家賃も払えなくて病院も行けなくて、水も飲めないので、すごくすごく難しくない?ね。お母さん、私わからないんだよ、どうしていいかわからないの、今すごく難���いの難しいんだよ、どうしていいかわかんないの、ねーお母さん聞こえてる?ねお母さんーーすると、母親はインスタントラーメンを食べている手を止めて、私に向かってにっこり笑う、あれは、いつかの夏の日、やっぱり、夏の日、買ったばかりの真っ白なヒールが嬉しくて、履いたまま、畳に座ってる、お母さんが、私に向かってにっこり笑う、やだ、はなちゃんてなんで泣いてるの、泣かない泣かない、泣いても何にもいいことないよ、そういった母親、にっこり笑う、子供の頃、それを見ると、嬉しくて、思い出すと学校の帰り道、自然にかけはしになった笑顔だった、ほら、はなちゃん、泣かないで、はなちゃんはいつも笑ってないと、大丈夫だよ。里々花ちゃんなら、賢くって何でもできて、はなちゃんだったら大丈夫だよ、私はこんなにだめだめだけど、頼りなくて迷惑かけてばっかりでダメダメなお母さんだけど、はなちゃんは全然違うもん、私なんかより全然すごくて、お母さん、はなちゃん凄いと思う、自慢の花ちゃん、里々花ちゃんなら絶対大丈夫、ありがとうありがとうって、いつもいつも思ってる、お母さん、はなちゃんに借りてる岡宗盛返すから、ちゃんと全部返すから、今すごく頑張ってるから、ほんとにほんとにごめんねだけど、絶対全部良くなるからね、はなちゃんそんなに泣かないで、はなちゃんなら何があっても大丈夫って何があっても花ちゃんなら大丈夫、全部全部大丈夫ーー私は枕に家を押し付けて、とめどなく溢れてくる。涙をせき止めるように目が痛くなるほどまぶたをゲット押し付けて、嗚咽が折れないように、ライアン桃子に気づかれないように、喉にありったけの力を込めて締め付けながら、母親の言葉を何度も何度も繰り返した。
p.470 黄色コーナーの、すべての小物の黄色に、埃が積もっている。さっきグッド飲み込んだはずのいろいろが急激にせり上がってくるのを感じた。それは、まるで、体温計、高温度計中の液体が激しく上昇して、目盛りというか枠自体をぶち抜いてしまうじゃないかと言う勢いだった。なんなんだよ、と私は思った。ほんと、何なんだよ。2人は一体何してるんだよ。さっきも私が1人で具合を悪くなるまで、金谷稼ぎは将来について、あれこれ本当に限界まで考えたって言うのに、2人は何も考えず、へらへら、テレビ見て笑って、適当で、全てが人任せで、でも食べるものは気ままに食べて、いつだってそうで、それでいて目の前にある黄色コーナーが埃まみれであることにも気がつかない。なんなんだよ。私は目を閉じ、手のひらをぎゅっと握りしめた。
p.488 わたしと同い年位の女の子たち。みんなの顔からはみ出そうな屈託のない笑顔を見せて、みんな幸せそうに見えた。その幸せは多分、親なのか家族なのか彼氏なのか知らないけれど、でも自分より強い誰かに守ってもらっていると言う自信と安心からにじみ出ている。何かであるように感じられた。そんな光景を見た後には、胸のあたりにどす黒いものが渦巻くのを感じた。
p.488 いいんだ。私には金があるから。いつも誰かに守られて、のんきに生きている、ここにいるアンタラの誰より私は金を持ってるんだ。自分で稼いで自分で手に入れた自分の金をーーそう思うと、気持ちが少し鎮まった。
金はいろんな猶予をくれる。考��るための猶予。眠るための猶予、病気になる猶予、何かを待つための猶予。世間の多くの人は自分でその猶予を作り出す必要がないかもしれない。ほとんどの人間には、最初からある程度与えられるものなのかもしれない。けれど、私と黄美子さんは違った。もちろん、自分でやってることが人に言えないことであると言う事は分かっていた。だからこそ、私は事あるごとに恐ろしさに震え、眠れない夜を過ごしてきたし、もし全てがばれたら、私は警察に捕まってニュースになって、世間の人々が口々に私を非難して責めることもわかっていた。誰だって、みんな金が必要で、だからこそ汗水たらして働いているのだと。でも、私は半笑いで言ってやりたかった。私も汗水垂らしていますよと。誰の汗水がいい汗水で、誰の汗水が悪い汗水なのかを決めることのできるあなたは、一体どこでその汗水をかいているんですか?多分とても素敵な場所なんだろうね、よかったら今度行き方を教えてくださいよ、と。
p.524 初めて聞く琴美さんの歌声は、細くて、でも澄んでいて、流れてくる歌詞のひとつひとつ、音のひとつひとつに目を合わせて肯くような、それはそんな歌声だった。
p.528 夏の夜道は心地よく、私は琴美さんのことを考えながら歩いた。琴美さんのことを思うと、誰を思うとも違う不思議な気持ちになった。それは最初からそうだった。最初から悲しくて、最初から切なくて、寂しそうで、会わなくても大切に感じる人だった。後なのかわからない。私は琴美さんに幸せでいて欲しかった。幸せっていうのが何なのかわからなかったけど、そう思っていた。でも大丈夫、映水さんだっているし、黄美子さんもいるし、志訓さんだって見つかったし、仕事とはいえヴィヴさんだって同じ側にいる。みんないるもの。私はとても感傷的になっていて、仲間とか友達がいるって言うことに、そういう存在そのものに、なんだかすごく感謝したような気持ちになっていた。家。私たちの家は今は混乱が続いているけど、苛立つこともむかつくこともあるけれど、でももう一度やり直せるんじゃないか。なんといっても卵と百個ほどこんなに深く付き合った友達はいないのだ。2人は、私の友達なのだ。もう一度話し合って、ちゃんとして、何とか全て良い方向にーー夜道をふらふらと歩いてたどり着いた。玄関先で、そんな私の願いを打ち砕かれた。金を持って逃げようとする桃子と鉢合わせしたのだ。