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  3. 朝に道を聞かば夕に死すとも。かなり。さんのレビュー一覧

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    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

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    中野 ジェームズ修一 (講師),日本放送協会 (編集),NHK出版 (編集)

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朝に道を聞かば夕に死すとも。かなり。さんのレビュー一覧

投稿者:朝に道を聞かば夕に死すとも。かなり。

137 件中 1 件~ 15 件を表示

読んではいけない

13人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

いわゆる極論、不愉快な真実とかが書いています。もともと近著『「読まなくてもいい本」の読書案内』のスピンオフでして、その近著をラフにまとめると「知のパラダイム転換が起こっていて、自然科学と人文諸科学は統合され、旧来の心理学や政治学なんかは、心理学が進化心理学になったように知の統合が起こっており、若い人はそのパラダイムに乗り遅れちゃいけないよ。」です。

新書に書いていることを一部抜粋するとですね、

安静時心拍数が低い人の反社会的行動の率は高い。東アジアの人は不安感が強い遺伝子傾向があるから高い知能を渇望し、国際比較での試験結果がいい。幅広の顔の人はテストステロン(男性ホルモン)濃度が高いため攻撃的、親の教育よりも子どもの友だちの影響の方が強い、などなど。

この新書のみ読むと還元主義のインパクトのある部分のみが読後感に残ってしまいますが、不都合な事実があるけどそれを認識した上で効率的で衡平で少しでも合理的な世の中にしていけたら、という筆者の思いがあります。(これも近著に書いています)

恐らくこうした還元主義に反発を覚えるのは「人間の能力は後天的に決まる、特に教育とか」と考える人のフェアネスを瓦解されるからです。反面、還元主義のピットフォールは「努力しなくてもいいじゃん。遺伝子の問題じゃん」ですが、遺伝は半分、教育は半分くらいの認識なら、知識偏重社会で人間が集団形成している幻想にある程度の距離感が保たれると思います。

プロテスタント労働倫理による個人の努力によって、行動主義で自分は変わる。けど「限界ある」のを私たちは薄々知っています。口には出さないけど。アメリカは行動主義が大好きですので、つい私たちも「そうなのかな?」と思っているので、ここの価値に軸足を置く人は不愉快な思いが募るかもしれません。筆者は最後にこう述べます。

「ちなみに私は、不愉快なものにこそ語るべき価値があると考えている。きれいごとをいうひとは、いくらでもいるのだから。」

好みの分かれる本ですが、背景にある筆者の熱意は本物です。

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買った方が、親孝行ですよ。

11人中、11人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

がんなど「軟着陸」で亡くなる人もいれば、別居していて急死していたなんて場合もあり、どっちにせよ慌てます。この本のいいところは、チェックリストで、葬儀、法要のタイムテーブルに合わせて死亡届や公共料金等の手続きなど「そういえば忘れていた」という痒いところに手が届く本です。

 一昔前なら、エンディングノートと一緒でそんな話題をあげる事自体、親子間で「なんか悪いなぁ」って遠慮がお互いにありました。

 昔のように親族の共同体が知恵を出して「これはこうしろ」とか言ってくれません。葬儀会社は葬儀会社で死亡手続きや火葬届までといった分業化があるので「で、トータルでは、ざっくり何が必要なの?」って本が意外と少なかった。

 で、タイトルがうまいんですよ。これだと本棚に置いていても「大切な人」ですから心理的抵抗が少ない。これがもし「親が死んだときの相続ライフハック」とかになっていたら…。

 子どもさんは、親が生前元気なうちにテーブルに置いておくだけでも親が見て「実は…」って言ってくれるかもしれない。

 生前贈与で相続税を節約したい場合、毎年の限度額があるので、亡くなるよりももっと前にスタートしないといけないとか、残される家族の負担を考えたら、親だって子に迷惑かけたくないのは、どこのご家庭でも一緒だし、そもそも亡くなったら静かに親に感謝をしたい気持ちで過ごしたいニーズがあるのに、死んだ直後から煩わしくなる。

 で、四十九日で「ありがとう」っていうよりも「しんどかった」が勝る。今までってこうだったんじゃないですか?でも、親への感謝があるからこそ、亡くなった時、親への思いをじっくり考えたい時間を確保したいっていうニーズがあればこそ、この本を手に取ってみてはどうでしょうか?

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残酷な現実の「政治化」から抜け道を見つけたい。

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

商品説明に5つの分野があがっていますよね?この分野でビッグバンがあって、それ以前のものは、一旦読書リストからはずしましょう、っていう考えです。

 こういう「おススメ本」系ってのは、書き手がおススメの本にちょろっと解説してあとは読者に丸投げっていうパターンが多かったんです(しかも「風雪に耐えた古典が」とか言いやがる)が、ぜんぜんワクワクしないんですね。「昔の人もそう考えていたのか」程度。

 たくさん本があるから、費用対効果とか効率性をうたっていますが、それぞれの分野で「何がビッグバンだったの?」っていう指摘だけじゃなく、解説を紐解いている良心がうかがえます。

 5つのトピックはなんで選ばれたの?ってとこですが、すごく簡単に言うと、「人間のOSって石器時代からそんなに変わっていない。そこから合理的にわかっていることが出てきたので、それを挙げてる」という考えからきています。しかも、そこからいろいろ繋がってくる。

 ちょっと理系よりの本なのかな?って思っていたんですが、理系の本って意外と縦軸で「こういう流れで今こうなってます」っていう本が少ないです。

 ゲーム理論においてキューバ危機が取り上げられており、文系ネタも入っていて最初の章の「複雑系」が難しく思えたらこっちから読んでみてはどうでしょうか?おかげさまで、ゲーム理論が経済学でパッとしない理由がわかりました。で、その後にパラダイムが変わっていく…って話は本書を参照してください。

 橘さんは『「反知性主義」に陥らないための必読書70冊』において「ヒトの社会はきわめて複雑だから、単純な道徳感情だけですべてをカバーすることはできない。道徳は状況ごとに独立していて、整合性は容易に破綻する」って書いていまして、「じゃ、その“状況”ってどんなの?」「どうして知的アッパー層は正義感覚を持ってそれを真剣に押し通すの?」ってところで本書を読むことで「ああ、こういうことだったの」ってのがわかりました。

 一見、文系よりな人からみたら、すごくドライな印象ですが、橘さんは、私たちの欲望によって自己増殖する資本主義やテクノロジーにおいて、ビッグバン前の学問は衰退するという残酷な現実のもと、今進んでいる「知」を認めて、いかに「合理的で自律的なシステム」を作るか?ということを若い人に期待しています。

 つーか、この書評書いているの、おっさんなんだけどね。

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糖質制限本がなんとも「いまいち」な訳

6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

もともとアメリカの糖尿病治療が糖質制限であり、じょじょに浸透してきた考えです。日本は主にカロリー制限です。

筆者は簡易ケトン体測定器と出会います。簡易血糖測定器みたいなので、ケトン体(β―ヒドロキシン酢酸)が測定できます。

調べてみたところ、中絶した女性から許可をもらって絨毛とか内容物を測定したらケトン値が非常に高かった。そして胎盤にも臍帯血にもブドウ糖ではなくケトン体(β―ヒドロキシン酢酸)は、成人の20~30倍も大量に存在し、脂肪をエネルギーとしている証拠がそろったわけです。

つまり、胎児や新生児が栄養にしているのは主にブドウ糖ではなく、高ケトン環境で成長している。

ヒトは糖代謝のエンジンとケトン体代謝のエンジンの2種類がある。前者は実は効率が悪いエンジンで、動物の身体に蓄えられるエネルギーは、脂肪であることが多く、糖質は一時しのぎだとします。

ケトン体は飢餓の時に脂肪を燃焼させるサブエンジンみたいに思われていたけど、ケトン体のほうが実はメインなんじゃない?と考えます。そういえば、お砂糖とかの糖質は少なかったけど私たちは生きています。消化器構造が肉食動物なんですね。

赤血球のみが糖を利用し、脳もケトン体を利用する。あれ?なんかのCMで「脳の栄養はブドウ糖だけ」って言ってなかったっけ?って思ったあなたは本書を参照してください。

インスリンが少ないと、ケトン体がたくさん出てきて体が酸性に傾いてケトアシドーシスになって意識障害が起こるというのがこれまでの考えでした。しかし、筆者はケトン体が高くても、インスリン分泌があって血糖がコントロールされていたらアシドーシスは起こらないと説明します。

糖質制限をしている人のケトン値があがっても、アシドーシス症状はひきおこされておらず、実は高血糖でインスリンが不足してブドウ糖がエネルギーにできないから、ケトン体は自分がエネルギーになるために活動していたら「ケトアシドーシス」と呼ばれるようになったと筆者は述べます。アシドーシスが先にあって、ケトン体が出動しただけ。

妊娠中は脂肪を貯えやすくコレステロールもたまりやすい。女性の体がまるみを帯びているのは、子孫繁殖のための栄養の貯蔵所だから。妊娠糖尿病は妊娠母体が「糖質を拒否」している病態です。糖尿病は人体の糖質過多に対する反抗、拒否反応。

私見です。確かに科学的優位性は糖質制限に分がありそうで学会は抵抗勢力のように見えます。だけど、糖質を脳内の報酬系の神経を刺激し、ドーパミンと言う神経伝達物質を分泌させる「マイルドドラッグ」と表現するのはどうでしょう?

糖質制限をやったら一緒にカロリー制限をやってしまう人がいるってのは、本当に「思い込み」からくるのでしょうか?

実際に糖質制限で血糖値が下がったら、欲張ってカロリー落として体重も減らしたくなります。欲張っちゃうのは、女性のダイエットを見たらわかります。

食品業界では糖質ゼロやオフがどんどん出ています。でもいまだに甘いもの摂らなきゃいいんでしょ?っていう理解でとどまっているのは、なぜ?

一般の人にとって「甘いものが好きなんです」という気持ちに寄り添う事なく科学的優位性を押すと「ドラッグ」という言い方に強い嫌悪感を覚えたりします。

だから一般向けの本としては、学会の言い争いとかエビデンスレベルの話よりも、言い方の問題が重要になってきます。

内田樹さんが言ってました。「自分にとって健康な食事法をしていると他人がバカに見えてくる」と。そこを差し引きながら読むリテラシーが必要なので、面倒なんです。

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紙の本性風俗のいびつな現場

2016/01/18 22:46

3回読んだけど、あとがきの最後のクイズ、マジわかんないんすけど。

6人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

(;゚∀゚)=3!!って感じで読もうと思ったのですが、今までの「風俗で働く女性のインタビュー、ルポ本」とは異なります。筆者は上野千鶴子さんが指導教員だったこともあり、社会問題としての風俗、そしてその解決に果敢に挑んでいます。

2014年に話題になった『最貧困女子』。そして、女性が自分の体を売り物にしているというだけでなく、男性経営者が男性客に女性の体を媒介として商売しているので、男女問題でなくもっと複雑多様な世界。

90年代後半から2000年代は風俗黄金期で、施設型風俗は、リアルな女子高の設定を作ったり、遊び心と創意工夫をして熱気に満ち溢れていました。でも、繁華街消化作戦やネット上での無店舗型に移行、デフレなどにより、私たちの眼から見えにくくなりました。

風俗内部にもインフォーマルな関係があり、ママ同士のネットワークもあります。お金に余裕ができて、子供と過ごす時間が増え、心の余裕が生まれる、つまり、お金に勝る精神安定剤はない、とします。そう。風俗がなくなっても、男は死なないけど、女性はとっては死活問題。

筆者は、風俗を単に擁護するだけじゃなく「社会的に排除された女性たちに雇用の場を創出しているというのは詭弁に過ぎない。社会的に排除された女性の支援は行政や福祉の仕事であって風俗がそれを肩代わりする必要も希望もない。」とします。

とはいえ、公助において、未婚妊婦や若年シングルマザーへの現金給付や社会的支援を手厚くしているのか?という現実があります。生活支援の側面があっても、私たちは「だって風俗でしょ?」で貧困ビジネスとしてのスティグマが確定します。

「貧困女性のセーフティーネット」として一面的に風俗を捉えない姿勢が、筆致にあらわれています。とはいえ、安易に現状放置で、残酷な現実で知的障害など、共助や公助から疎外され、自助努力もできないほどに疲れた女性は、表の支援を受けようとしても、待っているのは、やっぱり自助努力を促す「就労支援」。だーかーらー、働けないことが問題じゃなく、貧困から抜け出せない事が問題なんだよっ!って当事者の声が聞こえてきそうです。

で「福祉との連携というフィルターを介して個々の現場を丁寧に分析した上で社会問題化することができれば良い。」と提案します。

意外な事実として、風俗の女性って生活保護や、知的障害のある人は障害者手帳所得など何らかの形ですでに福祉や行政に繋がっている人が多いのですが、「生活保護申請」「自己破産申請」といった申請までで、長期的なスパンの支援がありません。

そのためには、風俗はグレーな部分を残しつつ、ホワイトな健全化一本でなく、夜の世界のソーシャルワーカーが必要であり、福祉と風俗が一緒になることで司法や医療といった他の命綱と組み合わせることができます。

そして、はじめて切れ目のないセーフティーネットとなります。風俗はそういう意味で「社会問題としての貧困と戦うための最前線の防御起点にして情報集積・発信基地」であり、風俗は福祉の敵ではなく、一緒に共闘しませんか?ってことで、最後の方では具体的な活動の中身を知ることができます。

福祉って「かけこみ寺」な申請主義なわけでして、寺は「かけこんできた人」に対応するってのが、私たちの「常識」だったわけですが、寺が駆け込まないと個別のきめ細やかな福祉ニーズに対応できず、そのための具体的な動き、考えがわかる福祉で言う「アウトリーチ」の具体例としても楽しめる側面もあります。

ここまで読んできて、一味違った風俗関連書籍を読みたいと思った方は是非。

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私って、たぶん反知性主義者です。

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この本を読む前は「反知性主義」ってマイルドに「バカ」と言っているだけなんじゃないの?って思っていたんです。

  ホフスタッターがネタ元なんですが、日本的な意味を修飾され、知的アッパー層が「反知性主義とは…」とオリジナルを損ねた「劣化品」に自分のバカ像を付け加える「仕様」だと思っていました。で、私は「そーですか、選民思想ですか」と退却する。

 森本あんりさんの「真の「反知性主義」とは、知性が既存の秩序や既成の権威とは別のところにある、という知的確信のこと」というのが一番しっくりきます。「知性は権威とくっつくと、ろくなことねぇよ」っていうのがもともとの反知性主義にはあります。

 反知性主義者に知性がないのは間違いで、理論武装してるし、トリヴィアな知識はある。知と道徳を分離するのは難しく、理論的正しさと道徳的正しさを混同しやすいので、これが厄介なんです。

 「知性主義」って言った時に、私たちの「常識」を駆使すれば「知性主義」が必ずしも万能じゃないし、弊害もある事がわかるし、そもそも常識だって固定的なものじゃないので、常に更新しないといけないわけです。愚直なまでに。それこそ筋トレみたいに。

 そもそも、役に立つ知性って何だろうね?ってとこに行きつき、人によっては、それは「想像力」であり、「無知の知」であり、「先入観を持たない誠実さ」としています。

 いろんな人が書いているので、それぞれの読み手の期待する「反知性主義」って答えがあると思います。自分の感性に沿わない文章にも触れるでしょうが「落ち着いて、いろんな人の話を聞いてみましょうよ」って態度がヒントになるのかもしれません。

 とか言いつつ、読後も「くそインテリが…」みたいな感情が溢れているってのは、やっぱ反知性的なマインドがあるんでしょうね。

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丸善がぁ、薦めるからぁ、買ってみたよ。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

↑こういうの、一度、言ってみたかったんですよ。

著作権ってのは、音楽業界の著作権や、製薬会社の特許権みたいなシビアなルールのある業界もあれば、コメディや料理といったこうした独占には「ゆるい」業界もあります。

でも、フタを開けると、コピーが氾濫しても驚くくらい創造性が反映しており、筆者らは「著作権侵害のパラドックス」と分析し、多岐の業界にわたる実例をあげていきます。

知的財産権にはクリエーターを保護する目的があるのですが、規制が多すぎると、競争が少なくなります。これまでコピーは創造性の敵とみなされてきたんですが、ココ・シャネルのように「コピーされるのは成功の代価」とする人はいても、少数でした。

コピーを許すことで、洋服のブランド名はダメだけど、そっくりな柄のコピーはファッションにとってターボチャージャー的な部分もあります。料理におけるコピーだって借用することで発達がある。競争の発達でさらなるイノベーションが起こる。

アメリカの著作権保護法は「原作者にオリジナル作品で、有形の表現媒体に限定」されたものしか保護しません。だから、料理やコメディの「業界」では悪質なコピーは評判による制裁、元ネタの熱狂的ファンがパクった人の「恥さらし」動画をアップしたりしていたのですが、オリジナルへのリスペクトがちゃんと示されていたら、友好的なようです。法律的な保護が少ないゆえに、業界の社会規範が重視される世界です。

知的なアイディア、例えば、将棋やスポーツの戦法も著作権で保護しません。パイオニアは大きな改善をするけど、検証が十分でなく、改変するパクリによってエッセンスが抽出され、多様化され、もっと効果的なバージョンになったりします。これは評判が対価で、これにお金が介在すると、すぐハードル高くなってダメになります。業界自体が衰退しかねない。

私たちは創造への強い欲求があるのですが、創造とコピーはコインの裏表で、対立するもんじゃない。

最近広がってきたオープンソースは、創造的な人が持続的イノベーションのために開放的で、本質的に協力に重点を置きます。支配がないことに基づく世界。

そうしたネットワークが「ある」だけで他よりも価値を高めることができ、逆に新規参入の劣悪なコピーを排除することにもなります。その上で、コピーは「入門編」という役割を兼ねたりするので、「本家はこっちですよ」っていう道しるべにもなる。

こういう意味で既存ブランドは、評判の検索の必要なくいい品質を得られるショートカットです。だから法的権利だけが利益を増やす唯一の方法ではないし、多くの人は「自分の方が平均より頭いいし、創造性がある」という楽観バイアスがあって、コピーと創造性において、そのバイアスはエンジンになったりします。

逆に特許レースに勝ったら「一人勝ち」で僅差の準勝者には何もないというトーナメント的性質は実はコピー業界にもあって、あえて規制しない世界は意図的にフリー戦略をあらかじめとったのではなく、保護が認められなかったけど、たまたまよかったっていう結論になります。

私見です。ネットオークションが導入当初、絶対サギばっかりになるっていう悲観論が「評判」によって案外そうでもない世界っていうのを目の当たりにしたのを想起しました。

日本の強みは、ゼロからのクリエイトな部分じゃなくて、すり合わせ能力、つまり具体的な課題があって改変する能力に特化しているんですが、なんかそれカッコ悪くない?ってなっています。2番でもいいじゃない。強い部分はそのまま生かしましょうよ。

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紙の本戦略がすべて

2016/01/08 01:53

僕はチミたちに書評を配りたい

4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

『僕は君たちに武器を配りたい』でビジネス書大賞受賞の作者がその考えをもとに、地方創生やオリンピック、AKBなどいろんな社会問題を分析しています。

 そもそも、そこそこの性能でいいやっていう家電は、炊飯器とかいろいろあるんですが、こうしたコモディティ化の波は、人材についても押し寄せてきています。マックジョブ化で、大勢の人が低賃金で責任が軽めの職に就き、少数の人たちがプロデューサーとなる世界。

 「大抵の学習可能なスキルは高報酬に繋がらないと私は考えている。たとえ弁護士や医師などの専門職でも同じだ。」

 その中でドラクエの話が出てくるんですよ。戦士とか、魔法使いとかジョブごとの分業システムとかキーアイテムのショートカットが存在するとか。

 それで「無意味にレベル上げに熱中する人は企業目標を無視して、自分のスタイルを追求する可能性があり、一スタッフとしては使い道もあろうが、大きな意思決定をする立場には不適格である。」と述べます。あ、これ私だわ。

 で、『僕は君たちに…』と違って「勘違いしないで欲しいのだが、わたしは起業を進めているのではない。真に大切なのは自分のポジショニングの点検と新しい仕組みというイノベーティブな発想ができるか。」と書いていて、『僕は君たちに…』だと若者向けだったので、もっと「起業してこーぜ」的なアツいものがあったんですが、ちゃんと読み手を意識した書き方になっています。
 
 瀧本さん、ええ人やわぁ。 

 そして正解の見えない世界でおススメするのが、教養なんです。で、裏をとるというスタイルでなく、逆を取る。自分の考えとは違うものをどんどん吸収しようという述べます。ディベートなんかでよく言われますね。こういうスタイル。反論のための敵情分析。

 自分の「ものさし」以外の「ものさし」をもっと見ようと。

 例えば、政策で言えば、「政策形成が霞が関限定」「財政上の制約が大きい」「内閣支持率をベンチマークにしてほどほどの政策にする」から「政策に違いがない」ように思われます。

 そんな世界だからこそ、ワンフレーズ選挙が「合理的」で、アメリカやイギリスでも似通った政策となっていて、差別化は難しく、単純化が起こっており、不合理なくらいのイメージ性や感情的なストーリー性を希求していた方がより効果的なんだそうです。

 知的アッパー層は「愚民化だぁ!」って言いますが、ワンフレーズポリティクスになるのはそれなりの理由があったわけです。 

 安倍政権の経済政策に賛成したつもりで、アベノミクス選挙に投票したら、抱き合わせ販売で「安全保障政策にも賛成」したことになっている私たち。総理が憲法解釈において「最高責任者は私だ」「私が責任をもって、そのうえで選挙で審判を受ける」というのに戸惑った人も多いんじゃないかしら?低反発枕買ったのに知らないうちに高枝切りばさみも届いてました、みたいな。高枝切りばさみ届くならちゃんと前もって言ってくれよ!って不消化感です。

 安保や経済とかいった政策には、バラ売りで支持をしたい私たちは極端な抱き合わせ販売につき合わされています。実はこの瀧本さんの考えは消費財マーケティングの考えをヒントにしているのだそうです。

 まるっきり違う分野から「こういう考えと似ている」というヒントから問題解決には至らなくても、構造が理解できるだけでもスッキリするのかもしれませんね。

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結婚・出産なんて「ぜいたく」だ。

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

題名は私が言ったんじゃなくて、本書の帯にそう書いてあったんです。社会福祉士である筆者による貧困世代の定義とは「一生涯貧困に至るリスクを宿命づけられた状況に置かれた若者たち」とのことです。筆者の想定では今の10代後半から40歳までを貧困世代と考えています。ちなみに筆者の前著『下流老人』は20万部突破のベストセラーになっています。

本書「貧困世代」とか「下流老人」というワードを用いながらその相互関係をわかりやすく示そうという姿勢は反貧困運動の失敗の総括から来ているというのは知りませんでした。

私たちは努力至上主義や精神論を若者に求めます。しかし今は、働いても貧困が温存される時代です。労働万能説を唱えるおじさんはもともと自らの雇用を安定させるために若者を非正規にすることで自分のポジションを安定させる事になっています。

そんな若者は下流老人予備軍でその層は「相当に分厚い」と筆者は考えます。若いうちから資産形成のための賃金が貯まらないのに出産や子育てどころじゃありません。親もゆとりがないのである程度の年代まで育てたら「あとは自分でなんとかしなさい」となります。

筆者は「若者たちに対する社会一般的な眼差しが、高度成長期のまま、まるで変わっていないのではないだろうか?」と問います。

少子化対策として保育の義務化とかがありますが、そうした支援の効果は限定的と考えており、若者への社会福祉は就労支援のワンパターンであり、社会保障が高齢者、身障者、児童という対象を重視していたので、給付やメニューの不足があります。

「そんな事言ったって俺たちだって苦しいんだ!」という「貧困世代」じゃない私たちおじさんの叫びが聞こえてきそうですが、筆者は単に問題点の指摘でなく、貧困世代問題解決のための一定の解を示し、なおかつアクションを実際に行っているという点が語られています。

若者は公営住宅からはじかれやすく、公的な低家賃住宅によって世帯形成率は高まり、少子化の原因は住宅にあるのかもしれないという仮説を立てます。

そして新しい労働組合の取り組みなど、言葉だけでない、極めて実地に足のついたアクティブな印象を読み手に与えてくれます。社会福祉士という仕事柄か、社会のセーフティネットの網から零れ落ちる人たちの問題を解決したいというパッションが伝わってきます。

今の国債は民間貯蓄で補っているから大丈夫という言説がありますが、国債発行額以上に民間貯蓄がないといけないのですが、内閣府の国民純貯蓄データからも将来世代に富を残せておらず、富が集っているのは企業貯蓄で、家計の貯蓄はマイナスだけど企業貯蓄があるから民間貯蓄がプラスに見えるという日本の現状があります。

じゃ、企業からお金とればいいじゃん、ってなるのですが、そもそもそんな企業が少数で、会社務めの人の7割が中小企業務めという状態です。今の団塊ジュニアの2050年問題は「2人で1人のお年寄りを支える肩車時代なわけです。

しかし、公教育費の専門書とかの書評も書きましたが出産や教育は、個人や家族の問題と考える人は圧倒的多数派です。世代間倫理の話題がそうなんですが、私たちはまだ生まれてこない若い人よりも今の問題の方に意識が集中するというのは太古から持っている感情です。

私たちはこうした問題を頭で納得しても、つまるところ「他の人と同じようにふるまっていけば安心安全」という生存選択をセレクトしてきたのであり、「アクションにする」というフェーズにおいては「いばらの道」があることを知るのです。

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お前誰だよ的表紙。

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

前巻よりも、ちょいギャグが多めだから安心しました。お金にガメつくて声が大きい人が活躍しています。ヅラがタイマンしてます。声が大きい人とヅラのお話から、リーダー論がちょこっと入っています。

まぁ、難しい事はよくわかねーけど、簡潔に言うとですね、陸奥ちゃんかわいい。

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『翔んで埼玉』の時代的考察

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この本のおまけマンガで「埼玉県についての風土記的考察」っていうのがあったので、それをモジってみました。

本書はいわゆる「埼玉叩き本」で、埼玉の描写がとても江戸時代のような極端な描き方になっています。初出が1982~83年。著者の大ヒット作『パタリロ!』がアニメ化されたのが82年です。

作品の感想は他の書評におまかせします。ここで話すのは、なんであんなにも「ど田舎差別ネタ描写なのか?」です。今、こういう描写で世の中に出したら炎上確定です。

80年代は高速道路や新幹線ができて流動性が高まる過程のまだ「地方と都市」が均質化されていない時代でした。

ツービートはブスと田舎者の悪口を言い、あんまりよくわからない「地方」のことを笑える時代だったのですが、「埼玉に海がない」とか、埼玉県民がリアルに気にしているネタは言わずに地方独特の話し方を誇張してみたり、地方の世界を極端な描写にして、第三者が見ても「いや、そこまでひどくはないのは知っているし、パロディだよね」という誇張による担保があって地方の悪口が成り立っていたんです。

敗戦からコンプレックスの固まりで戦ってきたけど、気づいた時には「ジャパンアズナンバーワン」ともてはやされ、それなりの「ふるまい」として見栄を張るようになった80年代。『金魂巻』の「まる金」「まるビ」という「貧乏」がギャグとして受け入れられていました。

「東京対地方」において、日本はパリコレに進出し、若い人たちは自分のファッションに自信を持ち、豊かで平等な社会という印象があって、土建国家的資本が地方に流入し、余滴が中央から地方に分配される時代。流動性が今みたいに高くないがゆえに「周辺としての地方」がありました。均質的なものから個性が尊ばれ、東京から風土や歴史がノイズとして消去され、個性的な周辺としての「地方」に魅力があった時代。豊かになるという総中流の同一性だからこそ「大衆」というのを嫌い「ダサい」「イモ」という差異をかえって欲しがっていた時代だったわけです。

今「貧乏ディスり」っていうのがギャグにならないのは、パイの縮小があって、貧しいことがリアルになり、今の貧困が特定の属性を持つ人たちに集中して発生していて、それは都会や地方という住む場所という「属性」に限らなくなってきたから、と考えられます。

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紙の本孤独の価値

2016/02/23 19:57

孤独という自由は安楽か、苦痛か。

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

『無縁社会』に代表されるように、「絆」が大事とかいう風潮はあるけど、孤独ってそんなにいけないことなの?それって「絆の肥満」じゃないの?って常識と言われるものに、田舎で悠々自適の生活を送る筆者の問いです。孤独に悩む人の肩の荷を少し降ろしたい、と述べます。

人は他人に合わなくても生活の基盤を築けています。群れから離れたら即生命の危険というわけでもない。そう考えると孤独に寂しさを感じるのは本能からくるものかもしれないし「寂しいよぉ」って感覚は個人差があるとも言えます。

「孤独に対しての閾値は人それぞれ」と私は思っているのですが、孤独の人が世帯に占める割合がこんなに増えているのに、孤独死をはじめとし、婚活もそうですが、なんか「孤独はいけないもんなんだよ」って空気が強いです。

孤独からくる思考は没頭できる思考でもあり、他者を必要としない幸せなんてのは、人に伝えるのってやっぱ難しいよね?と森さんは問いかけます。

かつては一人で過ごす時間ってのは贅沢で貴重なものでした。でも家事が楽になります。こうした贅沢は忘れ去られ、自由な時間が広がります。洗濯板で毎日洗濯したり薪を割るみたいな生活していたら、私は孤独を強く希求するでしょう。

とはいえ、森さんは極めて常識的な立場から「社会とは、大勢の人間の協調で成り立つものだ」というバランス感覚を失わない筆致に努めています。チームプレイも大切だけど、考える時には一人静かに考えた方がいいんじゃない?他人と一緒になる本能よりも、私たちの歴史って、思考重視で非自然な積み重ねでここまで来て、こういう生活になっています。

介護をはじめ、案外、対人サービスはお金で解決することが増えています。孤独じゃない方が幸せなんだよっていう「人の幸せ」ってやつは、婚活した人の離婚率の高さとかメッキがはがれかけています。

自由な生活を求めたライフスタイルの副産物は孤独であり、それはトレードオフなのかもしれない。人は多少なりとも他人に迷惑をかけながら生きています。

森さんは、あとがきでこんな言葉を紡ぎ出します。「生きているだけで、誰もが少なからず他人に迷惑をかけている。だからこそ、他者から受ける多少の迷惑を我慢し、自分がかけた迷惑分は、なんらかのお返しをする必要がある」

友情や愛情もまずは「欲しい」と願い求めるものではなく、自分から提供しないと相手も提供してくれない。「感動をありがとう」とかネタ動画で心を満たされる私たちですが、感動はそもそも頂き物じゃなく、自分から感じるものだったっていう歴史があります。

ツイッターのようなSNSは確かに世界が広がったように思いますが、属人性が強く、自分にとって心地よい情報のマッサージを受けているとも解釈できます。

このレビューを読んでいるあなたは、どうでしょうか?本好きって孤独の世界に浸る時間を持っています。単にベストセラーだから買います的なことがなくて、ベストセラーは買わない集団が一定数いるので、多様性が担保された世界とも言えます。

孤独がいいとか、悪いとかじゃなくて、相手の言い分も聞いてみましょうよってスタンスが一番なのかもしれません。ここまで読んでも婚活や孤独死というワードにやっぱ不安を感じるわぁ、ってあなたにぜひ本書を。

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被災地外からの勝手な忖度にならないために

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「東日本大震災からあなたが学んだことを具体的にいくつ挙げられますか?」5年経ち、やはり私たちは根底では、あの映像で驚いただけにとどまっていないでしょうか?と筆者の金菱さんは問いかけます。

もともと震災に関する本は、開沼博さんの仕事が丁寧で、震災本はこれだけでいいやって思っていたのですが、筆者の金菱さんは東北の大学の教授なのでつい、買いました。よかったです。この本。

どういう本かと言うと、災害を文化的現象、社会的現象として取り出して、人間社会ってどうなのさ?と考える本です。

だから震災の規模がどうこうっていうよりも、復興のロードマップで何が起こっているのか、急性期の対応とかその後は、東北に住まない人たちにとってどうなのか?っていうところを書いてくれています。

心のケアについては、痛みを除去するよりも、被災者自らが記録を書いたりし、痛みを温存する考え、また、個人が癒されるよりも、コミュニティの互助機能を生かした方が自然という考えは「なるほど」でした。

なかでも独居になるとアルコール依存になるという「常識」が私たちにはありますが、あえて飲みたくなる気持ちを阻害せず、会を開いて、飲み過ぎないようにするという柔軟性が紹介されています。

共同飲食して相互扶助関係が生まれたり、まさにその人「のみ」の経験を尊重する関わりが紹介されています。私たちだってヤケになったら放っておいてほしいとか、ありますよね?

「被災者だから」というラベリングにおいて特別にケアしないといけないという負担を私たちは感じてしまいますが、衝撃的な経験を持った人たちゆえに、被災者以外の「世間」がウチであり、ソトの人として考えようとしてしまいますが、もともと同じ人間だという事に気づけば…ということにページをめくっていくうちに気づかされたんです。

津波にさらわれ、行方不明の括弧つきの「死者」をどのように受け止める過程を経るのか?という霊性にまで話が及んでいます。でもいろんなテーマに触れつつも、読後感はそんなに雑多な印象は残りません。

亡くなった命は戻りません。しかし、阪神淡路大震災があったから、復興住宅で孤独死が増えた、そしてボランティア元年という教訓を得て、今回の東日本大震災に活かされた「教訓」だってあるはず。

あとがきで金菱さんはこう述べています。

「他者の悲劇にそのときは共感するものの、あとは忘れてしまうようであってはならない。「あなたの尊い犠牲があって教えてもらったものが役に立っている」と伝えることのほうが、どれだけ価値があるかを、今の私たちは知っている。」

新書サイズですが、まるで被災地の方々が「俺たちの思いは、ホントはこうなんだ。」と本の紙から聞こえてきそうな中身の濃い一冊です。ここまで読んで「引っ掛かり」を感じた方は、ぜひ本書を。

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紙の本働く女子の運命

2016/02/14 02:10

日本型雇用と女子の関連

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働く女子の問題に「日本型雇用」という補助線を引いて、女性論として他書には乏しい付加価値をつけた、と筆者。

『育休世代のジレンマ』から生まれた「マミートラック」分析も行われており、日本型雇用システムがわかっていないと、育休時代のジレンマに悩む総合職女性が増えるままだよ、と警告します。

欠員補充としてジョブの穴埋めをする社会感覚がジョブ型社会。日本は、会社と社員の婚姻関係であり、日本はメンバーシップ型社会です。そして、日本の賃金は家族賃金論です。生活保障を大前提とする賃金体系なので、「お父さんがこれくらいの給料なら、女房子供も養えるだろう」というのが給料の基準です。

意外なことに、その昔、そんな考えが労働組合が賃金要求活動に理論的根拠を与えるものとして、多くの組合に受け入れられ、支持されたという文章に出くわします。

労働再生産は、労働者がずっと働き続けられる程度の生活がギリギリできるお金の程度。賃金は労働者が行う量と質に応じて支払うというのは、マル経からしたら間違っています。マル経では労働力の価値分割があって、女性が労働力化すると、労働力の価値が下がります。介護とかそうですよね?賃金は、労働の価値ではなく、労働力の価格であるというマル経の考え方は、この生活給のロジックを超えて、日本社会で支配的なメンバーシップ型労働社会のあり方と密接な論理的因果関係を有しています。

今は知的熟練論が盛んです。しかし、本流に「女房子どもを支える生活給思想」が根強く残っています。もともと賃金は本人及び家族の生活が成り立つ水準でなければならないことは、アダム・スミスが唱えたことで、こうした限界効用理論に立つ世帯賃金論、賃金生存説にしても忘れ去られ、個人別賃金論が制覇し始めています。

そして出てくるのが「どこもみんな苦しいんだから」です。これが進めば、労働力の生産・再生産の基礎となる家族が解体されるから、労働力供給は先細りとなります。こうしてパラサイトシングルや晩婚化によって少子化となります。

だから、若者に元気がどうのこうのっていう問題じゃない構造が浮かび上がってきます。日本では仕事に値段がつくのか、人に値段がつくのか、という賃金論の最初が無視され、職務無限定というデフォルトがそのまま生き残っている中、その見直しがなく「成果が上がってないから賃金下げる」であり、職務の定めなき成果主義強行だと指摘しています。

企業と社員の親和的関係でうまくいっていた時代はありましたが制度疲労を起こしており、専門職で生きていく女性、特に看護師がそうですが、看護師の育児休業を求めたのは、労働組合ではなく、旧厚生省です。出産育児で退職されては困るのが特定職種の人たちですので、女性の「手に職つける」志向は当然の流れだったんですね。

海老原嗣生さんの、入り口は日本型のままで35歳くらいからジョブ型に着地しては?という雇用モデルについてもコメントしています。女性という変数を加えるとどうなるのか?詳しくは本書の最後の方で。

非正規雇用について書こうとしたら文章が多くなって「この本一冊分くらいの分量が必要だった」から削ったとのこと。という事は、非正規労働者論はいつか出してくれるのかしら?待ってます。

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国からお墨付きの民主主義ガイドライン

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民主主義の危機が叫ばれています。しかし、明治維新前までは天皇の顔も知らない人たちは「お上のやることなんか、知らねぇ」って人が多く、その伝統があるから、案外2,3世議員が選出されても、それで良しとします。

案外、封建主義的なものが好みなのかしら?とはいえ、そんな日本で民主主義を導入しないといけないという事態が襲います。そう、GHQ統治下です。

民主主義は金や銀のように可視化できない精神的なものですので、可視化した「ものさし」はみんな分からなかった。だからこそ、民主主義を語る本は個人の思い入れが多く、ファンにしか届きにくい本が多く、真実と著者の願望が入り乱れた本が林立しているわけですが、西田さんは1948年から53年まで使われた中学高校の社会科教科書「民主主義」に着目します。

イギリスの民主政治は900年の国民の努力によって成りたっています。日本人の心に封建的な気持ちが残っていますが、逆に考えたら「ほんまもんの民主主義」を導入してから100年も経っていないわけです。信頼における評判社会、ポジティブゲームは、まだ始まったばかりです。しかも、日本はさらに複雑性を増した社会構造で民主主義を行わないといけない。

だから、ついリーダーシップのある人が引っ張ってくれたらいいと考えてしまいますが、プラトン的哲人支配論は、権力は必ず腐敗し、堕落が生じるという歴史が繰り返されています。

植民地経営の都合から、ある程度自治を許す方が植民地経営の費用も少なく、事業がうまくいかなかったときの損害も少なく済むという「都合のよさ」からアメリカ民主主義がスタートします。決して温情から来たわけじゃない。

よく、自分で勝ち取らない民主主義は、本当の民主主義じゃないみたいなことを言われますが、アメリカだって借り物の民主主義だったわけです。

西田さんは、現代の日本社会と民主主義の現状を採点するならば、75点と評しています。「こんなの理想論だ!」って思いながら読んでいたのですが「民主主義はこういう歴史があってね」っていう筋道立った書き方なのでストレスをあまり感じない「つくり」になっています。

各章の末尾にある「考えてみよう」は当時の考えと「今の私たちに照らし合わせたらどうだろう?」を結ぶ補助線としてうまく機能しており、問いを与える本となっています。

面白い本って、すぐに解答を用意してくれる本じゃなくて、知性のスイッチが入る「問い」こそ読書の醍醐味なんだ、っていう人におススメの本です。

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