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  3. 大阪の北国ファンさんのレビュー一覧

大阪の北国ファンさんのレビュー一覧

投稿者:大阪の北国ファン

41 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本辺境中毒!

2017/03/05 16:27

辺境のワクワク感を教えてくれるのみならず、著者のウイットの利いた文も楽しめる

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『アへン王国潜入記』が面白かったため、その余韻を引きずったまま一気に本作に突入。こちらはハードボイルド感はなく、肩の凝らないエッセー的作品ながら、著者の考え方がよくわかる興味尽きない作品。
船戸与一、角幡唯介ほか“探検家”諸氏との対談も滅法面白い。
しかし人類学的知識を著者の作品から学び取ろうとする欲張りな私が本作で最も魅せられたのは、「ゾウ語の研究」というホンの4ページの小論。ネタばれを避けるために敢えて中身は書かないが、これには西南シルクロードと茶馬古道とインド-中国産物往来ルートを研究する私も、その方法論の卓見に唸らされた。この小論には小噺のようなオチまでついており、目から鱗が落ちた思いがした。ほかの部分も文句なく楽しめる作品である。

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紙の本アヘン王国潜入記

2017/02/26 18:00

貴重なフィールドワーク。「肩の凝らない民族誌」とでも呼びたくなる好著

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中国雲南省からミャンマーにかけて居住するワ族。そのワ族は20世紀前半まで首狩りの習慣を持ち、しかもゴールデントライアングルと呼ばれるアヘン生産の中心的役割を担ってきた。その地に潜入し、実際に村人達とケシの種まきから収穫までを一緒に過ごし、村人目線で現地の生活を描き出した、正に貴重なフィールドワークそのものである。学術的な調査・論文は別にして、一般市民が普段接することの少ない少数民族の生活実態をここまで描ききってくれた著作はないものと思う。著者はまた、現地生活の困難さからアヘン中毒という「貴重な」体験まで報告してくれる。
驚きだったのは、一般的に「反政府ゲリラ」といえばどうしようもない暴れん坊という印象をもつが、ワ族の人々は礼儀正しく謙虚で、原日本人像とも重なるような態度を示す人が多いという点。「西南シルクロード」に登場するカチン族とも共通する感覚を受けた。照葉樹林文化との関係があってもおかしくない地域に生きる人々の生態をもっと知りたいと思う。
なお軍事政権時代とは言え、現地少数民族から見た時の、ミャンマー政府の無能ぶりも存分に描かれている。現在にも共通する病根がこの国には残存している可能性が濃厚である。

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紙の本菜の花の沖 新装版 4

2017/01/09 18:10

司馬先生が惚れこんで、書きたかった主人公の人物像を実感できる、内容の濃い巻でした

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択捉島での活躍の幕が上がる。
本巻の冒頭に嘉兵衛は高田屋箱館支店を任せた金兵衛に「決して金儲けと思うな。たかが金儲けで、上方と蝦夷地を往復するという命がけのしごとがつづけられるものではない。蝦夷地を、京のある山城国や江戸のある武蔵国とおなじ暮らしができる土地にするためだ。」という。
また巻末に近く、択捉の蝦夷びとに漁法・加工法を教えたあと、これまでの為政者 松前藩は住民の幸せなど一顧だにしなかったのに対して「人の一生は、息災に働くことにあるのだ。息災のためには、住む場所、着るもの、食べるものが大切だ。エトロフ島を蝦夷第一等のよい処にしよう。」「今年の冬はひもじくないぞ。腹いっぱい食べて、温かい寝床に寝て、丈夫な子を生むのだ。」という。
住民である蝦夷びとから見ると(彼らのカミは大自然とそこにおわす大いなる意志であっても、また嘉兵衛が以上のセリフを実際に云ったかはさておき)「まさに神が目の前に現れた」という心境ではなかったかと想像する。
現代の云い方をすると、一介の“流通商人”である高田屋嘉兵衛という人物の生き方を通して、われわれ一般市民は「そんなこと(=住民の福利厚生の充実)は政治の責任だ」という言い訳しかしていない、言い換えれば思考停止している怠惰さに対して、司馬先生の大いなる叱責の声さえ響いてくると思える。
横道にそれたが、物語はいよいよ北方最前線の東蝦夷地・択捉島開発に関して、最上徳内・近藤重蔵・伊能忠敬などというお歴々が登場し、嘉兵衛が自身は望まないながらも大公儀定雇船頭に出世。官船並びに自分の船8隻を同時に建造し、北の海をめざすところで巻をとじる。本巻では北方での主人公の活躍の前奏曲を堪能した。 巨大な金額を投資することばかりに人目が集まる現代においても、その投資に如何ほどの地球レベルの福利厚生意欲が盛り込まれているのかも考えてみたいと感じるところである。
正月を迎えると、間もなく菜の花の季節がくる。司馬先生の旧居に、今年もまた菜の花を拝見にお邪魔しようかと思っている。

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カチン族・ナガ族の風俗・習性は情報が極端に少ないが、それを身近に報告してくれる好著。日本文化の源流を考えるにも参考になる。

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中尾佐助先生が『続照葉樹林文化(中公新書)』で仰った、『インドアッサムと雲南を結ぶ道』の痕跡を求めているうちに、中国でのこの分野の権威であるトウ(登ヘンにオオザト)廷良氏の『謎の西南シルクロード』とともに本書にいきあたった。面白そうだったので早速読み始め、一気に読了した。
著者は雲南省の少数民族の町を経由し、ビルマに入国。カチン族、ナガ族とともにインドを目指してジャングルを大旅行し、インド・ナガランド州にゴールする。
反政府勢力が活動する地域は政治的な規制もあり、一般人の手に入る現地情報が限られている中で、本書はその反政府(反ビルマ政府・反インド政府)側の人々の目線で描かれたビルマ・北東インドの民族誌であり民俗誌であると云える。メモを取りながら読んだが、本書を通じて得られた現地の民俗誌的情報は小ノート半冊に迫るほどの量であった。
特に印象深かったのは
1.反政府ゲリラといえば一般的には「ならずもの・乱暴者」のイメージだが、カチン・ナガともに礼儀正しく統制のとれた軍隊をもち、これはビルマという為政者が無理やり自国領土に組み入れたに過ぎないという歴史を雄弁に語っていること。
2.民俗学的には、カチン・ナガとも数十年前までは首狩り族として恐れられた民族であるが、著者記述にあるとおり、現在の整理整頓され雑草のない焼畑の作付け状況をみれば、首狩りは野蛮の象徴ではなく、彼らの精霊信仰、邪悪な霊を退治せんとする真面目なアニミズムに過ぎなかったという仮説が充分成り立ちうること。
3.山間に住んでいて、広い平坦地を農業のために確保しにくい彼らが、手っ取り早い換金作物としてケシを栽培しアヘンを取り扱っていくことはわかりやすい説明であること。またこれを『振り回すだけの正義感』から「悪」と云うならば、私からすればタバコの栽培も製造も同じ「悪」であり、周囲の人々への悪影響は同じであるのに、中毒性の高低で「タバコはいい」などというファジーな基準は、手前味噌な言い訳に過ぎないこと。
著者が挙げた納豆・発酵食品、麹による醸造酒、祝い赤飯、水田による稲作、焼畑による陸稲・根菜栽培、鵜飼などは代表的照葉樹林文化であり、西南シルクロード沿いにも、それらが伝わっていった痕跡が残っていることは本書によって確認できたことは著者の探検行の大きな成果だと思う。私自身、学術的フィールドワークとしての論文にも幾つも接したが、本書がそれに引けを取るとは思えない。
但し、著者の紀行した雨季には溢れんばかりの吸血ヒルに遭遇していくような困難な道のりであり、照葉樹林文化を伝えていった人々はこの道や地域を何のために通ったのかという動機が見えてこないと、ただ「そこに道がある。しかしそれは通りにくい道である。」というだけでは日本文化の基層を求める道のゴールにはならないと痛感している次第である。

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紙の本菜の花の沖 新装版 3

2016/12/11 17:40

一人の船頭の目を通して見た北方史の物語が幕を開ける。正義感の強い主人公の立ち回りが痛快。

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いよいよ嘉兵衛の兄弟たちが結集し「高田屋」の旗揚げとなる。
待望の北前船「辰悦丸」が竣工し、嘉兵衛が船頭となり松前に向けて出航する。
司馬先生による松前藩史も展開されるが、それはこれほど無能で私腹を肥やすことだけに専念し、「住民のための政治姿勢」を微塵も感じさせない呆れた支配層も珍しいと云うトーンで語られていく。極端な秘密主義を貫いたのは、幕府からの搾取を恐れたかららしいが、自らは搾取のし放題という驚くべき藩である。しかも搾取の対象が謙虚で礼儀正しいアイヌだというから恐れ入る。所謂弱いものイジメである。われわれも昭和の世になってからの近現代にも周辺諸国に似たようなことをしていたのではないかと謙虚に振り返らないといけないと考えるものである。
さて、正義感の強い嘉兵衛は、その松前藩の下級武士たちとの諍い、小競り合いを起こしながらも、最上徳内、三橋藤右衛門という人情味溢れる幕臣達と出会っていく。いよいよ北の海を駆け回る嘉兵衛の生涯を懸けたドラマの幕開けだ。
北方でのロシアとの接触や国防、また日本人の起源を知る上でも、「オホーツクから樺太・シベリアと日本の関わり合い」は日本人として知っておかなければならない大変重要なテーマだと考えるが、歴史教科書では幕末から維新の数十年の出来事として数行の記述しかないのは、教科書執筆者達の勉強もしくは見識が足りないのではないかと思わざるを得ない。少しは本編や「ロシアについて」などの司馬先生の本を入口として、自らの研鑽を積まれんことを期待するものである。

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著者の旅から35年以上経つのだろうが、今読んでも色褪せない、輝く旅の記録である

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いよいよ旅の最終地点ロンドンへ・・・の筈が、その前に大迂回してスペイン・ポルトガルへ。もう何時でも日本に向かえる場所にいながら、敢えて旅を終わらせるつもりのない著者の気持ちが伺える。当時、若者の思考を表すコトバとしてモラトリアム人間などというのが流行ったが、そのような心持ちだったのだろうか。
リスボンのレストラン街で、見知らぬ しかし親切な男に声を掛けられ海の幸とビールをご馳走になり、そして実質 旅のゴールとなるサグレスという町を知る。そしてそこにはあたたかいファミリーが旅の終わりを演出してくれる。
その後、パリに向かい、ロンドンでの幕切れへと進んでいくが、やはりこの旅の精神的終点はポルトガルで構わないと思った。
6巻を読み終えて、著者と一緒に旅した心地よい疲労感が残った。

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本巻の終わり近くに珠玉の場面がありました

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旅はイランの首都テヘランへ。ローカルバスの旅で観光地化されていない、現地の人々や外国人貧乏旅行者との車中でのやりとりも面白い。
ノアの方舟の聖地アララト山を眺めながら国境を越えトルコへ。アンカラで日本からの使者をつとめたドラマや、イスタンブールで雑踏にまみれながらする町歩きなど読んでいて楽しい。
ただ著者も書いているが、旅に慣れてきたこと、またアジアからヨーロッパに近づくにつれ、いわゆる近代化された地域が日本と変わらなくなっていくことに、旅のはじめ頃の圧倒感がなくなってきている様子も読み取れる。
本巻の最後を飾るギリシア、パトラスでのエピソードには、読者としても心が洗われる思いがした。それは、道ですれ違った現地の青年から見ず知らずの家の誕生会に招待され、おじいさんから孫たちまでの食事会で、著者が退屈そうにしている子供のために始めた日本の紙ヒコーキ遊びに全員が興じ、そのまま言葉も通じない、その家に泊めてもらう場面。全部でたった5ページ分の記述だが、全編の珠玉とも言える箇所である。その最後の6行を引用させて貰う。
『その夜、私たちは何ひとつまともな会話はできなかったが、少しも退屈しなかった。顔を見合わせニコニコしているだけで充分だった。
用意されたベッドで横になった私は、電気を消した部屋の中でなかなか寝つかれなかった。それはベッドのスプリングや枕などのせいではなく、この一夜が旅の神様が与えてくれた最後の贈り物なのかもしれないな、という感傷的な思いがどうしても消えようとしなかったからだ。』
いい話に感動した。

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電子書籍深夜特急4―シルクロード―

2016/11/12 21:37

著者の深い精神性が読める痛快な書だった

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インド/デリーを出発し、パキスタン、アフガニスタンを経てイランに至る。この地域は文化や風俗の集積度から考えて、現代の南西シルクロードとも言えるアジアハイウエイ1号線の山場の一つである。著者が乗合いバスを使うことで、現地の市井の人々の暮らしぶりを教えてくれる。本巻でも3巻までと同じく、学術論文やごく普通の紀行文では読めない生の生活の一端を紹介してくれるのが大変面白い。
著者の考え方に特に共鳴した点-名言だと思う-を2点挙げておく。
○周囲に坐っているアフガン人の好奇の眼がうるさく、ときおり示される親切がわずらわしかった。私たちのような その日ぐらしの旅人には、いつの間にか名所旧跡などどうでもよくなっている。旅にとって大事なのは、その土地で出会う人なのだ。ヒッピーとは、人から親切を貰って生きていく物乞いなのかもしれない。少なくとも、人の親切そのものが旅の全目的にまでなってしまう。それが人から示される親切を面倒に感じてしまうとすれば、かなりの重症といえるのかもしれなかった(P.82-83から抄録)。【筆者感想:単なる自分勝手だと思う】
○私自身、旅の最中に、いったい何百、何千の物乞いに声を掛けられ手を差し伸べられたことだろう。だが、私はそのたったひとりにすら金を恵んでやることがなかった。ひとりの物乞いに僅かの小銭を与えたからといって何になるだろう。しかも、人間が人間に何かを恵むなどという傲慢な行為は、とうてい許されるはずのないものだ。そのような思いが私に物乞いを拒絶させた。しかし、それは単に「あげない」ための理由づけにすぎないような気がしてきた。自分が吝嗇であることを認めたくないための、屁理屈だったのではないだろうか。そうだ、俺はただのケチであるにすぎなかったのだ。そこまで考えが及ぶと不思議に気持ちが軽やかになってきた(P.104から抄録)。【筆者感想:精神的にも無限に与えることができれば、それは神の子の領域に近づけるのかも知れない。憧れます】
以上だが、前にも書いた如く著者の深い精神性が読める痛快な書だった。

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紙の本深夜特急 3 インド・ネパール

2016/10/23 11:00

「ある意味、人間の最も苦しい生き様」を一緒に体験させてくれた。素晴らしい本。

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今まで香港・マカオ・マレー半島・シンガポールと回ってきて、社会の貧困層を見てきた著者だが、綺麗に言えば『エスニック』な世界を体験してきたという範疇に入れても問題なかったと思う。
しかしこの巻からはもうそのレベルではない。インド・カルカッタに着き、いきなり連れていかれた10歳そこそこの少女がもう何年も客を取っているらしき売春宿、外に出た道路で無数のうごめく物乞い貧老人に足を掴まれて動けなくなるシーン、公園で地面が蠢動すると見えた鼠の大群、スシ詰めの列車の最上席は頭上の荷物棚であるのを発見したこと、ガンジスに水葬されていく多くの人々等書ききれない地球上の最貧困の一部が凝縮されている。
その中での一抹の救いは、日本の農大生たちと一種のボランティアとしてアウトカーストの子供たちに農業技術を教えにいく合宿に参加し、現地の子供たちと心を通わせ娯楽のない彼らが大変喜んだ場面。しかし、それでも最後に施設責任者は語学のできない農大生に「支援の意味がない」という不満を漏らす。子供たちを育成する中での彼の期待は理解できるが、精一杯尽くしてくれた学生達に感謝もせずにクレームを漏らすのは、例えば人力車に乗る前に交渉して決めた運賃を、降りる際に道が悪かっただの混んでいただのとの理由をつけて高い値段を吹っ掛けてくるインド人の思考様式に共通するものが感じられた。貧困が度を超すと「厚かましさ・ずるさ」の温床となり、相手に敬意を持つとか、礼儀正しいとかとは無縁の世界に陥ってしまうことを改めて感じた。人間がギリギリの命がけで生きている世界では当たり前のことであり、ビジネス上よく言われる「インド人はハードネゴシエーター」との評価の所以かも知れない。江戸から明治にかけて、儒教精神も取り入れながら日本社会を節度と礼儀ある姿に作り上げてきた先人達に敬意と感謝を表明するものである。(昨今の節度と礼儀を持たない人々は、理想的日本人とは思わない。)
ストーリーはネパール・カトマンズで身近に体験した麻薬の話、インドに戻り熱と病気に苦しむ話などにつながっていくが、教科書的ではない現地の生の地誌を追体験させてくれる痛快な本であった。巻末の、上記農大生シーンの前後に登場する此経さんとの10年後の対談も「ぶっちゃけ話」が多く、楽しめた。
文句なく面白い本。

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旅行記としても、自己省察の書としても文句なしに面白い

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今はチャオプラヤ川と言う、当時メナム川畔のバンコクからマレー半島を南下し、チュムボーン、スラタニー、ソンクラー、マレーシアのバターワース、ペナン、クアラルンプール、マラッカなどの中小の町々を「体験」してシンガポールに落ち着くまでの道中模様を描く。前巻から引き続いてはいるが、一層輪をかけて面白いのは、著者内面に対する自己省察の程度が深まっていること。例えば行く先々で夫々新しい南国風景や食物・習慣を目の当たりにしながらも「香港ほど刺激的ではなく退屈」と感じていた原因が「全ての町に香港のコピーを追い求めていた」と気づき、自らの人生と同様 それに気づくのが遅過ぎたと振り返る箇所。これに気付いたことで、次巻の巻頭からは新しい町毎に新鮮な感動が続いていくものと期待されるが、この過去に素敵だった「香港」という町の刺激が忘れられず、そのコピーを幻影のようにずっと追い求めてしまい、結局いつまでも満たされない失望に苦しむというような経験は誰にでもあり得ると感じた。
もう一ヵ所、衝撃を受けた箇所があって、それはペナンの現地青年が「日本企業はひどい。ダムを作れば日本の資材と技師で作ってしまうし、工場を作れば組み立て工場ばかり。マレーシアの連中には何ひとつ勉強させず、安い賃金でこき使うばかりだ。マレーシアには仕事がないのをいいことに、日本人は吸い上げることしか考えない」と憤る場面。現在の中国が世界の新興国で批判をあびる一方、日本企業は『現地人の育成と共存共栄』を謳ってそれを批判し、値段が高くても買って貰おうとしているが、その今の中国と全く同じことを40年前の日本がやっていたし、それが現地憎悪の対象となっていたということ。ブラックジョークそのものだし、やはり衣食足りて余裕ができないと自分の儲けしか考えられない、狭小な器の人間にしかなれないのかと残念に思った。我々は現在の中国人の行動様式を少したりとも批判する資格など持ち合わせていないのではないかと、恥かしく思ったのだ。
僅か200ページながら、以上感じるところの多い本であった。

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紙の本深夜特急 1 香港・マカオ

2016/10/02 12:57

普段の電車で読むなら、肩の凝らないこんな本がおススメです。

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単なる行き場を失った若者の放浪随想記などと解すべき書ではない。大げさに明治期の哲学者の名を挙げ、それに匹敵するというつもりはないが、この本を表面的にだけ読んで「旅は自分でするしかない」などと著者に失礼なレビューを書いている人はよく考えた方がよい。冒頭のデリーや続く香港での目的のない旅の「目的」についての気持ちの動き、マカオでの賭博である法則に気づいた後に展開される著者と胴元との精神戦など、凡人では書けない描写が生き生きと活写される。
エンターテイメントとしても楽しめる極上の一冊である。

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紙の本菜の花の沖 新装版 2

2016/09/18 17:43

主人公が船乗りとして、また船主として、大いに名を挙げる快挙に拍手を送りたくなる。頑張れ嘉兵衛!

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本当に面白い本だった。
菜の花の沖 第2巻は、兵庫の湊の豪家北風家の描写から始まる。この時代の物品集散の大中心地大坂が近過ぎるため、船もモノもヒトも通過してしまう「兵庫」に活力を与えるため、北風家当主が、縁があろうがなかろうが、やってくる全ての「船員」に、風呂も食事も宿泊も無料で厚くもてなすさまを描く。それによって、少々の荷物であっても兵庫に流れ、商いの場所となり賑わいを生むとともに、集まってくる船員同士の操船技術や航海情報などの情報交換の場ともなり、また商品相場や航路沿岸の情報集積の場ともなった。何やら今日の商工会議所活動の数段先をゆく活動とも思え、商売繁盛の原点を教えられた思いがした。
続いて江戸に清酒を届ける樽廻船で一番乗りを果たして名を挙げた主人公嘉兵衛の、北風家デビューの場面へと続くが、この北風家との接点が後に嘉兵衛が船を持つ重要な契機となる。次に嘉兵衛は、紀州藩銘木12本を筏に組み、弟たちとともに無謀にも真冬に江戸まで波と潮にのっていくという快挙を遂げ、益々名を挙げる。
そして滞在していた江戸で、船を手にできるとの情報を得る。その船で荷を運んだ秋田での「船大工棟梁」との出会いが、自分の巨大船、千五百石船建造へと繋がっていくが、数々の冒険譚の合間合間に、司馬さんらしく木綿の大衆化の歴史と北前船によるその肥料の運搬、酒田など寄港地の賑わいの風景などが「街道をゆく」さながらに描かれる。また司馬さん独自の「日本人の気質や村社会文化の特性」、「商人からみた武家社会の非合理性」への考察も展開され、読んでいて飽きさせない。それにしても作家である司馬さんが、和船、唐船、オランダ船などの船の構造と耐久性、その進化について、これほど深く極められたことに敬服せざるを得ない。また脱帽させられた。
物語は商売と船建造資金、船員育成への人材援助を求めて、若い頃村八分にされた故郷へと戻っていく。そこで思わぬ吉報が待っていた。
次の第3巻が楽しみであるとともに、6巻本の この第2巻だけでも一編の歴史小説、商売の極意に触れられるビジネス書としても充分楽しめるたいへん内容の濃い一冊であった。

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日本人が初登頂した登山記としても探検冒険記としても文句ないアドベンチャーを体験させてくれる

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先だって読んだ『続・照葉樹林文化』の中で、中尾佐助先生・佐々木高明先生が仰ったアッサムと雲南を繋ぐ道の検討からヒントを得て、あまり詳細ではない学習用地図を眺めて暮らすうち、その地域はインド・中国・ミャンマーの3国国境地帯であり、その周辺にはカカボラジというミャンマー最高峰が存在。長い間未踏峰であったのを1996年に日本人尾崎隆氏を中心とする登山隊が初登頂に成功したという記事を目にした。早速書店で本書を見つけ、面白くて夢中で読み進むうち、まる一日で読破した。
特に印象に残ったのは
・尾崎ファミリー4人が仲良くキャラバンに参加していること
・長いアプローチの周辺の民族地誌とその住民との触れ合いが描かれていること
・ライバル隊2隊(フランス隊と一橋隊)の動向にハラハラさせられたこと
・スポンサー探しの絶望と再出発にエールを送りたくなったこと
・命懸けのアタックの手に汗握る場面
などである。
人類学的には
・ミャンマー最北のタフンダン村住民はすべて200年前にチベットから移住したダルン族であること。
・途中のクローン村には少数民族で成人しても身長が130センチ前後の世界で最も小さい種族といわれるタロン族が暮らしていること。
・下界は亜熱帯だが、標高3500メートルの森林限界を超えると高山植物が色とりどりに咲いていること。その途中は温帯照葉樹林であり、また頂上部は氷河とクレバスの世界と、気温と降雨による植生の豊富な垂直分布が見られること。
などに大変興味が惹かれた。
尾崎氏自身の言葉を引用すると『カカボラジ一帯には非常に珍しい植物が多く、アジアでもインドとミャンマーの北部は未調査地帯になっていると聞く。この地域を調査すれば、すでに調査されている東西のつながりが判明して、植物の進化の謎が解明されるのではないかといわれている。(尾崎隊に同行した)若き植物学者ソウルィンの調査結果が楽しみだ。』(本書P.154) 私もそう思うし、私はこの地域を経由した植生や習俗の分布から文化の広がりを探っていきたいと考えている。登山記としても探検冒険記としても文句ないアドベンチャーを体験させてくれるし、文化人類学的読み物としても面白い。
若くしてヒマラヤでこの世を去った尾崎隆氏のご冥福をお祈りする。

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越前をみると、日本の精神文化史をほぼ全て語れるということに驚いた。

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この本はその名の通り、越前・福井県を歩いたものだが、驚いたのは福井県を語れば日本全体が描けるということである。勿論司馬先生が語るからという前提つきだが。
この本に登場する福井県ゆかりのトピックスとして、展開される話題を順に挙げると
継体天皇、「越」の国名と蝦夷語、道元弟子の寂円と宝慶寺、越前民家と寺院建築、飛騨大工、中国杭州民家との類似性、曹洞宗一世道元・二世懐奘・三世義介・四世義演・五世義雲とその事跡、平泉寺白山神社と泰澄による白山開闢伝説、神奈備信仰と道教・泰山府君、平泉寺僧兵による農民虐待と一揆による焼討ち、今日の禅定道菩提林の杉林と苔の美 それを守る皆さんとの出会い、福井県北部の古墳群と弥生稲作文化、朝倉氏の来歴と一乗谷文化、越前和紙、越前漆器、日野川と製鉄、三国港と北前船、古越前と須恵器 など すべて示唆に富む蘊蓄であり、肩肘張らないで楽しめながら読めた。一回で忘れてしまうのも勿体ないと思い、メモを取りながら二回目も読了した。
中で一か所、特に気になったところを引用する。(この条は、本願寺が欲ぶくれし、門跡の称号を金で買って、高い精神性を有すべき宗教者から贅沢三昧の貴族趣味に毒され、庶民以下になり下った顕如から数代の話である。越前の一向一揆の支配者どもは、信長を怨敵とよんだり、仏敵とよんだりして、門徒の戦意を高めようとしたという部分である。)司馬さん曰く、『俗世以上に俗な本願寺坊主におどらされて、おのれの身のためにもならず、世のためにもならず、ただいたずらに刀槍を振り回すだけの機械のようになりさがったひとびとは、信長からみれば、魔性の眷属のようにしか見えなかったのであろう。・・・元凶は、成り上がり公家として坊官をひきい、王侯のくらしをして、門徒を領民化していた本願寺門跡にあった。かれらは・・・信長と和し、大坂を退去するのだが、織田勢のために草のように刈り殺された門徒たちの供養をしたという話はきかないし、その後の本願寺においてもそういう法要があるという話はきいたことがない。馬鹿を見たのは、殺された門徒である。』 ここを読むまでは、私はいつも被害者なのは弱民救済を願った本願寺全体だと思っていた。しかし、この記述に、私は少なくとも当時の本願寺のトップの本質と、被害者は多くの一般門徒のみだったという現実をみた気がする。当時の加賀能登越前で権力と闘い武力を追い出したのち、織田勢に無残にも刈り殺された門徒の法要が、「過去に被災した全門徒」などというファジーな集団の中に埋没されず、現在の京都本山において、特別な法要の対象となっていることを心から期待するものである。現在の本山黒書院や唐門の壮麗な装飾が、庶民のための宗教ではなくなっていたことを物語っているとすれば、これほど悲しいことはない。

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日本の文化風習がどこから来たのかの議論で、「あの」ツァンポー溪谷が一気に身近になった本

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『照葉樹林文化』(以下『前書』)の続編という書き出しで始まるが、前書が上山春平先生の司会のもと、今西錦司先生グループの先生方フル出場(梅棹先生ほかは除く)のいわば「概論的」位置づけであったが、本書では同じく上山先生の司会のもと、農業起源論の大御所 中尾佐助先生と 焼畑をはじめ雑穀・稲作文化の第一人者 佐々木高明先生が 日本の基層文化について専門的な掘り下げた議論を展開され、こちらは「専門課程」という趣きである。
前書は1969年、本書が1976年のシンポジウム記録であるから、7年間に積み重ねられた研究の成果も伺える。続編とは言え、前書を読んでいないと理解できないということはなく、本書だけでも充分面白い内容である。
本書では順にヤムイモ・タロイモ・バナナの起源、シソ・エゴマの伝播経路、イネの品種分類と栽培起源、ジャポニカ・インディカライスの伝播などから、日本人や東アジア人のモチ種雑穀への好みへと議論は展開していく。こののち、納豆・蒟蒻・茶などの食物に続いて、アジア地域における牛や馬の分布、絹・絹の洗剤ムクロジ・漆・カジノキ・鵜飼・歌垣など工芸・習俗・民俗などへも「アジアのなかの日本文化」という観点から話題が進む。そして全体として、東南アジア北部の照葉樹林帯が熱帯林と接する湿潤地帯のど真ん中に、イネ・ダイズ・アズキ・ヒエ・ソバなどの起源地の集中する「東亜半月弧」を設定し提唱した。
以上は一般的な書評だが、本書で特に面白かった点を2点紹介すると、
1.植物の分布のほか、牛の分布に着目。インドのこぶ牛、ジャワ・ミャンマーなどにいる原牛類、インドと中国南部にいる水牛等、インドアッサムあたりが中心となり、多種の牛が分布していることに注目し、次の如く地形的要因を特筆している。「インドからブラマプトラの谷をずうっと入ってロヒットの谷をつめ、その谷を越えると雲南の高原に入る。雲南高原からは川沿いにこんどは東南アジアへも中国へも拡がっていけるという、なにか地形的に扇の要みたいになっていることも重要でしょうね(佐々木先生)。イネのばあいに非常にその辺を重要視してるけど牛でも同じことで(中尾先生)。」と雲南のサルウィン・メコン・長江の三江並流地点の意義と重要性を採り上げ、ヒマラヤやアラカンの障壁を越えられないヒトやモノが、すべてこのルートを通り収斂・拡散していったのではないかとの推論を立てていられる点。三江ではないが、地理的にはキングドン・ウォードの著したツァンポー溪谷にも近く、その旅行記や植物採集記が描いた地域にも繋がっていくストーリーであり、佐々木先生の雲南高原のフィールドワークと並んで、これから是非読んでいきたい書物だと思った。
2.十五夜とイモ祭りのくだりで「焼畑では雑穀とともにイモが作物としてかなり重要視されているということもあって、イモ祭りというのがあります。十五夜の月見の行事などがそれです。・・・その日にはイモにお供えものをするとか・・・(佐々木先生)」。私はてっきり十五夜は、豊穣を願って満月に 丸いイモやモチ・ダンゴを供えるのかと思っていたのだが、イモが祀りの対象であり、供える物ではなく供えられる物であったとは、目から鱗が落ちたような話だった。
というように、中尾・佐々木両巨匠によるシンポジウムは前書にも劣らない「名講義」であり、自分自身の新たな発見に満ち溢れた名著書であった。これは面白い。

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