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レビューアーランキング
先月(2017年6月)

病身の孤独な読者さんのレビュー一覧

投稿者:病身の孤独な読者

9 件中 1 件~ 9 件を表示

紙の本シナリオの基礎技術 新版

2017/08/18 21:19

物語作成の教科書

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「どのようにしたら面白い物語が書けるのか?」
 この疑問に悩む方は多いと思う。小説家や作家を志望する方だけではなく、PRやCMの企画など上記の疑問の答えを血眼になって探している人はごまんといる。漠然と「この作品はいい」とか「この作品は面白くない」とかはわかるが、いざ作るとなるとわからなくなる。
 その疑問を解消する書籍が本書である。本書は映画や演劇など「見せる」芸術のシナリオを扱った書籍だが、小説など物語のプロットを考える際にも役立つ。
 本書は、物語構成の基礎知識を体系的に学べる数少ない本だといっていい。様々な章で細かい技術や悪例なども紹介されており、解説がわかりやすく具体的であるので非常に実践的でもある。
 本書に貫徹している主張はいくつかあるが、「テーマをしっかりさせろ」「筋を通せ」「情緒を描け」というこの三つは特に重要であり、かつ現在の日本芸術に欠けているところだと言ってもいい。主張自体は普通であるが、その普通が蔑ろにされているからこそ「面白くない」作品にあふれているのである。
 プロが最も重視するのは基礎である。基礎があるからこそ創造性や個性を生かすことができる。
 書くことにも基礎・基本は存在する。様々な物語にあふれる現代だからこそ、もう一度原点に立ち戻るべきではないのか。そんなことを思わせられる書籍であった。

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教育議論の羅針盤

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本書は、「よい教育とは何か」という疑問に示唆的な意見を述べるわけではなく、この疑問を議論するための前提及び地盤を築くことを目的としている。
現在、膨大な教育に関する研究があるが、上記の問いを考慮せずに行われている研究が多く、教育の議論が不毛になりがちであることを著者は鋭く指摘する。そこで著者は、教育の機能を分け、その中で特に「主体化」に焦点を当て、「主体化」と個人における自由の関係、そして自由と民主主義への関連に議論を進める。最後に、民主主義下で個人が自身の自由を享受できるようにするべきだと述べ、教育論争の地盤を確立しようとしている。
 そのため、「よい教育とは何か?」「どんな方法を採用すればよいのか?」についての応用的意見を求めている方にとっては、本書は少し違った書物となる。
 私は本書の試みは非常に重要だと考えている。近年では「エビデンス・ベースド・エデュケーション」を重視する傾向があり、実験データで「そのように教育するほうがいい」とか「その研究結果に則った教育を構築するべきだ」という意見をよく耳にするが、「よい教育とは何か」という規範的な方向性が定められていない議論は水掛け論に終わってしまう。この状態を脱する一つの道を本書は示している。
 しかし、本書には課題も多い。「よい教育とは何か」を議論する地盤はできたが、まずはその地盤を基に研究資料を全て整理しなおして、具体的に「よい教育とは何か」という問いに答えられるように議論構築しなくてはならない。しかし、この過程を経て得た結果はあくまでも一つの仮説にすぎない。もっとよい教育もありえるという反論も生じるし、研究資料の解釈如何によって全く違う教育法が提唱される可能性もある。著者の見解を進めてみるとこのような長い時間をかけた作業をし直さないといけない。
 初めの疑問は、難しい問題だからこそこのような長いスパンを必要とする過程を経ないといけない。だが、その出発点を作ったことこそが、本書の意義だと思える。我々は、教育について根本的に考え直す必要がある。

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死とはなにか 新装版

2017/08/17 11:15

死の虚無とそれを見つめる希望

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自分の死は経験できないから語れない。死は虚無への移行である。
ただし、死があるからこそ人間である。死なない者は生きない。
死は捉えがたくどうしようもないものだが、死を見つめないわけにはいかない。
死を題材に人間存在を考える。本来は『死』を読むべきであるが、『死』には書かれていないジャンケレヴィッチの思想を垣間見ることができる。

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経験と科学の混交石としての文章論

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本書は、一般の文章論や書き方のコツを記載している書籍とは少し毛色が異なる。
 本書を読んで、私はアリストテレスの『詩学』を思い起こした。他の書籍と比較するのは良くないが、本書の主張はアリストテレスと重なる部分も多々あり、文章を書く上での基礎を忠実に守って読者を惹きつける方法を詳述している(実際にリサ・クロン氏はアリストテレスを引用している)。
 特に、原因と結果を重視して物語を構成する姿勢を本書であえて記述しているのは注目に値する。この考えはアリストテレスがとても重要視していた点でもある。例えば、後の展開と全く関連のない前置きや前触れのない突然の物語の展開は、読者を飽きさせたり興ざめさせたりする典型である。そのことをはっきりと明示しており、その明示行為が、現代文学の大半がいかに基礎をおろそかにしているのかを示唆しているように私には思えた。
 当たり前のことが当たり前にできることがプロの条件の一つであると私は考えている。本書は、神経科学の力を借りながら自身の主張の正当化を行って文章論を書いているが、文章を書く上での基礎をわかりやすく学べる価値ある書籍だと私は思う。
 ただし、価値ある書籍でも問題点は存在する。最新の神経科学の研究を引き合いにだして自身の主張を正当化する記述法自体に問題点がある。そもそもエビデンス(科学的手法に基づいた実証的根拠)を出す必要がない。さらに、本書で引用されているエビデンスの信用性が低いので、その分本書の主張を弱めることになる。この傾向は、科学的研究を引用する書籍には必ずつきまとう問題点である。また、そのような科学的研究の説明が読者を飽き飽きさせる可能性もあり、内容の一部がある意味反面教師となっている。つまり、主張と行いの食い違いが少しだけあるということだ。
 問題点も確かにあるが、本書は過去の膨大な知を継承しており基本に忠実である。そのため、文章を書くことについて考えたり悩んだりしている方にはとても助けになる書籍だと思われる。

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独自の観点から政策者・経営者への能率改善提案

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本書は、アトキンソン氏の独自の観点から日本の生産性を向上する方法がわかりやすく書かれている。また、筆者自身がいままでの統計結果を「人口ひとりあたり」として計算しなおすことで日本の問題点を新たに浮き彫りにしている。
 経済学の常識として、人口の多さは生産性やGDPの増加につながる。そのため、「人口ひとりあたり」で割って計算しなおさないと、人口という変数が経済的指標を大きく動かしていることになる。特に、1億人という世界的にも人口が比較的多い日本では、実質的な生産性やGDPを把握するのに「人口ひとりあたり」で割った数値を見ないことには現状を把握できない。そのような警鐘をアトキンソン氏は鳴らしている。実際、「人口ひとりあたり」で割って計算しなおすと日本の世界的指標の順位はかなり低くなる。そのことを、示していることが本書を読む意義の一つである。
 さらに、アトキンソン氏は自身の調査や仕事の経験から、日本の生産性向上の具体的提案を行っている。著者が注目しているのは、政策側と経営者側の意識についてである。日本における公務員や政策者の仕事の効率や生産性の低さを指摘している。この指摘は、P・ドラッカー氏も同様にしている。なぜこれらの人の効率が悪いのかは本書を読んでいただくとよいと思われる。他方、労働者つまり雇用される側の状態を経営者側に改善するように主張する書籍は膨大にあるが、労働の効率的改善という点で経営者側へ改善提言している書籍は、あまり見かけない。この意味でも本書を読む価値はある。
 以上の二点において本書を一読する意義はあると考えられる。しかし、本書にも問題点はある。統計指標を「人口ひとりあたり」で割って考えるのはよいが、指標によっては計算の仕方を変えないと数学的に誤った統計結果が生じてしまう。本書は一般書でもあるので、詳細な計算方法等は記載されていないが、アトキンソン氏の計算結果を簡単に鵜呑みにすることはできない。そのため、その誤った計算結果から展開される論理や主張にも納得しかねる部分がいくつか生じてくる。
 問題点はあるものの、紹介するのに値する書籍であると思う。

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紙の本資本主義対資本主義 改訂新版

2017/08/20 17:18

冗長と現代への教訓

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資本主義をネオアメリカ型とライン型に分けて、それぞれの長所と短所を述べていき、ライン型資本主義を擁護する。しかし、ライン型資本主義の国もアメリカ化している現状を指摘し、今後の資本主義の方向性を模索するための警鐘を鳴らす。
 本書は、ネオアメリカ型資本主義の説明のためにアメリカの現状を述べるところから始まる。内容が詳細なのはいいが、本論と逸れるくらい長く、非常に退屈に思える。正直、その部分を飛ばしても本論には影響しない。
 その後の議論は、ライン型資本主義の長所を分析し、ライン型を採用している国々が経済的に崩れていないことを議論してライン型を擁護する。しかし、ライン型資本主義を取る国でもネオアメリカ型に近づいているところがある。上記のネオアメリカ型資本主義の反省を生かして、今後の経済政策の一つの教訓を提示する。
 この教訓を知るという意味では読む価値はある。しかし、本書の内容が古すぎて現在にも通じるかというと正直難しい。

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紙の本abさんご

2017/08/21 19:12

小説の反面教師

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率直な感想を言えば、非常に読みづらい小説であった。哲学書や思想書のように内容が抽象的で難しくて読みづらいのではなく、漢字やひらがなの使い方、そして文章構成が読みづらいのである。言い換えると、単純に日本語として読めないということだ。
 アリストテレスの『詩学』やその他文章論でも言われているように、物語は「明瞭でかつ普通でないこと(内容)」を主張するように書かれるべきである。どれほど優れた内容であっても、読めなければ(読まれなければ)意味はなさない。
私の理解不足かもしれないが、この小説は’’難しかった’’。

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紹介本と独論

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あえて大雑把に言うと、本書はモデル思考を駆使して政治・経済・宗教などを理解する書籍である。扱う内容は、マックス・ウェーバーの考え方や方法論を軸として、資本主義について考察している。内容の割には文章が難くなく読みやすい書籍である。
 一読した印象としては、著者の言う「モデル思考」は、変数を決めてシミュレーションしたりする科学的モデルという意味ではなく、比較を通して概念同士の違いをわかりやすく整理し、学問の流れを理解するための図解思考といった意味での「モデル思考」であるのではないかと感じた。そのため、一般的なモデル思考とは少し意味内容が異なる。
 個人的には、本書は最後まで読むに堪えることができなかった。私の理解不足の点は大いにあるかもしれないが、著者の意見や主張は説得力に欠ける。というのも、ウェーバーの知見に頼りっきりで、あとは自作の話をつづっているだけにしか思えないような記述が多々ある。例えば、宗教の話が出てくるが、この話が後に繋がるのはほんの一部分だけである。他の話は、本書の目的を失い、結局数節や一章まるまる使って何を主張したいのかがわからないところが多かった。
 重要な点としては、本書を通じて新たに得られることが少ないことだ。過去の知見を駆使して反論や批判を行うこともなく、新しい仮説や方法論を提示することもない。そして、ウェーバーの書籍を無批判に受け入れて、そこから著者の独自的な知見を何も新しく積み上げていない。マックス・ウェーバーの原著をあたる方がより得られるものが多いのではないかとさえ思う。

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羊頭狗肉

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※本レヴューにおいては、内容の考察は避け評価のみ言及する。
 人工知能の進歩が目覚ましい昨今において、人工知能自体をちゃんと理解し考えなければ未来の行動は制限されてしまう。
 そのような中で本書の題は待望の書を思わせる。
 しかし、内容としては一般に想定されることが書かれているだけで、私は本書からあまり新しいことは得られなかった。
 タイトルから想像すると、人工知能について「哲学」的な考察を展開する書籍だと考えていた。近年では、ロボットの限界点を指摘し現段階での技術ではどこまでのことが可能なのかという議論はかなりなされている。「ロボット倫理学」という分野もあるくらいで、これらの分野を踏襲して「哲学者」ではなく「人工知能研究者」として独自の仮説を提示するのではないかと期待していた。しかし、「哲学」とは名ばかりで、人工知能の問題点、人工知能のメタ的考察、人工知能技術進展のための新しい考え方などの考察はあまりなされていない。
 本書では主に心理学の知見を土台にして、人間にできて人工知能にできないことを提示しているが、主張そのものが一般書を超えるものではない。また、土台となっている心理学の知識が学部レベルでの考察に終わっており、内容としても表面的にとどまっている。例えば、知覚の話を出すのなら、「人間には閾値があるが人工知能には閾値のようなものは考えにくいから、人工知能と人間では世界の捉え方に差がある」ということに言及して、「では、どのようにすれば完全自律型の人工知能が実現された未来で、人工知能が人間と上手く折り合いがつけられるのか?」というように考察を進めると、哲学的な内容になり、深い議論を展開でき、なおかつ新しい主張をすることができると考えられる。これはあくまで一例であり、私も全ての人工知能の書籍を読んだわけではないのであまり大きなことは言えないが、このような視点の書籍はあまりみかけたことがないので意義もある。せっかく「哲学」と名をうっているのだから大胆な仮説でも提供していただきたかった。
 上記のことを切に思いました。

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