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先月(2017年6月)

炬燵猫さんのレビュー一覧

投稿者:炬燵猫

6 件中 1 件~ 6 件を表示

紙の本ふたり道三 1

2003/01/25 14:04

痛快!歴史小説.息付く暇もなく読みました.

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 油売りから身を起こしたといわれ,「蝮の道三」といわれるほど知略,謀略の限りを尽くして美濃の太守まで上り詰めた戦国一代の梟雄,斉藤道三.早くから信長の実力を見抜き,娘を嫁がせたという逸話が残っていることからも並の武将ではありません.しかし,謎めいた経歴と娘婿の織田信長のように華々しく合戦を戦うことがあまりない上,主家乗っ取りというダーティなイメージもあってファンが少ないことも一因なのか,なかなか小説の主人公にはなりにくいようです.最近では油売りであったのは道三の父,それを受け継いで美濃を支配したのが道三で,いわば美濃の国盗りは父子合作ともいわれています.
 小説の上での道三親子合作の国盗りという展開は,岩井三四二氏の「斉藤道三(原題「簒奪者」)」がその嚆矢というべきでしょうか.もっとも油売りではなく,道三とその父である長井新左衛門に,美濃国守護又代の長井越中守の重臣としての地位からのスポットを当てることで親子二代にわたる美濃支配の確立を活写されておられます.この作品では道三親子は斎藤家の内紛,それに続く土岐家の内訌いずれも勝ち組となる側に最初から与することで以後の力を伸ばします.さらに道三は父が忠実に仕え続けた長井家,斉藤家を踏み台として切り捨て,美濃を支配下に置くことになります.
 この小説もそれと同工異曲かと思って読み始めましたが全く予想外の展開でした.この作品では後鳥羽上皇の時代より続く伝説の名刀工,櫂扇隠岐の伝承者たるおどろ丸(といっても世襲名なので10代目のおどろ丸です)が第一巻での主人公として活躍します.並々ならぬ膂力と名刀「櫂扇」を手にした彼は乱世を生き抜く力を得るために刀工から侍に転身することを決意し,庇護者を求めます.紆余曲折の結果,美濃国では守護代斉藤妙純に拮抗する勢力を持つ家老石丸利光に迎えられました.しかし折から起こった斉藤家の内訌で負け組になり,最初から苦難の道を歩むことになります.石丸家が滅んだ後,敵方の長井越中守(岩井氏の作品中の長井越中守と同一人物)に迎えられ,自ら斉藤家内訌の決着をつけます.その功で長井越中守の家臣として西村勘九郎と名乗りを改めます.これが本作品では道三の父になるわけですが,肝腎の道三は第一巻最終章(第八章)で活躍を始めます.この章のサブタイトルは「梟雄還俗」.おどろ丸が西村勘九郎と名乗りを換えてから15年後,妙覚寺の僧法蓮坊として,ここで初めて成長した道三が登場します.そしてここまでの経歴はぜひ本文を読んでいただきたいと思いますが,この時点でまだ道三は自分が西村勘九郎の子であることは知りません.
 第一巻の最後では道三の下剋上の過程で史実としても様々にかかわってくる美濃守護土岐氏,守護代是妙院斉藤家,守護又代長井家,さらにさまざまな稗史や小説にも登場する松波庄五郎や灯油商奈良屋等のほぼオールスターキャストが揃います.歴史上の著名人が主人公になる場合,流行のifものを除けば史実からの大幅な逸脱が許されないという制限が生まれます.プロットとしては全く自然なこれらの名前を使いながらもそれを宮本氏の筆致でつなぎあわせていくことで独自の展開を見せ,なおかつ,腰巻きに「大型時代活劇」と謳ってはありますが,荒唐無稽な歴史を作り上げるのではなく,破綻無くさらに我々の知っている史実と寄り添って発展をみせます.そしてまた,氏の描写は一つの映画を見るような躍動感や臨場感にあふれ,この独自の緊迫した世界に読者はついつい引き込まれていきます.長編の歴史小説でこのような体験ができるのは氏の才能による以外の何物でもないと思います.読後もこれから美濃簒奪の過程で道三父子はどうなるのかということを含めいろいろ予想していくことも楽しめ,本当に秀逸な作品に仕上がっていると考えました.

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今の日本(人)が忘れたもの

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 安野氏の絵というのは程度の差はあれきっと誰でも見ているのではないのでしょうか.自分が子供の時読んだ氏の絵本…今,自分が子供に与えたくて購入して読んでみてもその感動は変わりませんでした.さまざまなシチュエーションで展開する氏の想像力は,決して画一的なものではなく,読み手に自由度を与えながらの安野ワールドを築き上げています.そこで,読み手は自由に自分の想像力で楽しむことができます.エッセィを通じても作品に対する氏の思いが伝わって来ます.氏の作品の優しさや美しさの原点がわかるような気がします.安野氏の作品に限らず息の長い絵本を読むと日本人はこうだったんだ…と考えさせられることがあります.最近いろいろと事件があるたびに「ゆとりの教育」が叫ばれ,見当違いとも思える指導要領の削減が新聞をにぎわせますが,小さいときに英語や算数など(もちろん大事でしょうが)をたたき込むよりも美しい日本語と優しい絵,きれいな絵に触れることが一番のゆとりであり,ぜいたくではないでしょうか.

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紙の本黒祠の島

2001/04/22 11:32

不安小説…

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 日本語の魅力というのは,最近の出版物で堪能することは少なくなりました.しかしこの作品が一気に読め,さらに感情移入ができたのはひとえに小野氏の使う日本語の魅力に他ならないと思います.ミステリー,推理小説等いろいろに分類できると思いますが,読み進むうちに感じるのは不安感でしょうか.氏の「東亰異聞」は具体的な恐怖がこれでもか襲ってきますが,それとはまた変わった恐怖です.島の俗信から端を発していますが,決してそれだけではないものがあり,閉鎖社会に取り残された様な主人公の言い表せない不安感が巧妙な筆致で伝わります.どちらが好みかは読み手次第.江戸川乱歩は横溝正史に「僕は犬神とか獄門とか言う俗信のは好きじゃない」と言ったとか…確かにこの二人の御大の作風は対照的ですが,小野不由美氏はその対照的な作風を自由自在に操れる希有な作家だと思います.

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最大の矛盾

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もう一つの桶狭間から本書まで,太田牛一の「信長公記」を下敷きにしたといわれているこのシリーズですが,最後に本シリーズの成り立ちについての最大の齟齬があります.「信長公記」の作者である太田牛一は実名信定,最初は又助と名乗り,晩年に和泉守を称しています.ところが筆者は「武功夜話」に記載がある「太田孫左衛門」がこの太田牛一と同一人物としておられます(その根拠については触れてありません).そして「武功夜話」の内容から,その作者と太田牛一が昵懇であるとし,お互いが補い合うような形で「信長公記」と「武功夜話」が補填しあっていると「武功夜話」の方を評価されています.しかし本シリーズの筆者が最初の方でよく引用されながらいつの間にか「でたらめを滔々と書く」甫庵と評価されてしまった小瀬甫庵の「甫庵信長記」では太田牛一と太田孫左衛門は明らかに別人として書いてあります.そこにはやはりこの筆者の恣意的な史料の取捨選択が見て取れます.私は「武功夜話」やそれに関する論文を読んだかぎりではやはり信頼性の低い後世の創作の混じった史料ではないかと考えます.「信長公記」同世代の他の史料に裏付けられ,戦国時代の一級史料とされています.となると本シリーズはやはり,例えば大岡越前や水戸光圀という実在の人物にフィクションを絡めて作り上げた大岡政談や水戸黄門のような読み物として接するのが無難だと思いました.

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やはり…納得がいきません.

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もう一つの桶狭間に続いてこちらも読みましたが,やはり「信長公記」の補填として「武功夜話」を無条件に参考とされている点が気になりました.
一例として,筆者は秀吉が竹中半兵衛を訪ねて誘致する場面を挙げ,前野長康という武将の書き残した「五宗記」を典拠にして書かれた「武功夜話」の確かな信憑性について言及されておられます.しかし,この部分には戦国時代には使われていたことがない言葉がしばしば出てくるため,一方では後世の創作の疑いも濃厚です.しかし,その点を書き残した長康は詩人であり,表現が史書のようでないので…と説明されて実話と決めつけておられますが,実話とする具体的な根拠は記載がありません.少なくともこの部分,「武功夜話」を偽書とする立場の書籍にはきちんと誤謬についての記載がありますので,それに対して十分納得のいく説明とは言わないまでもそういった意見があることを提示して欲しいと思います.

さらにこの筆者の前著「もう一つの桶狭間」の冒頭近くでは小瀬甫庵の「甫庵信長記」をわりと取り上げ,「極めて優れた史書として遇さねばならない」と書いておられたのにもかかわらず,本書では最後の方で「でたらめを滔々と述べる甫庵」と同一シリーズ内での評価が一致していません.それならその間に読者が読んでいた甫庵の文書の扱いはなんなんだと言いたくなります.

日本史をひっくり返す問題作と腰巻きにかいてありますが,確かにノンフィクションとしては恣意的に解釈された部分で日本史はひっくり返され,問題作です.やはり歴史書と謳うのであれば,資料の検討を一度で良いから反対の立場からもやって吟味して欲しいと思います.他にも読んでるうちにいろいろと突っ込みたくなるところがありますが…フィクションとしては笑えます.

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期待外れでした

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帯に書かれていた「信長公記」が語っていたという文とタイトルに期待するものがあって購入したのですが,純粋に信長公記のみを読み解かれたものでないのが期待外れでした.
「信長公記」と併せて「甫庵信長記」と「武功夜話」も典拠としてあげておられますが,「武功夜話」の信頼度については書札礼や表記,内容の整合性など.いまだ確立されていないことが多いことについては注釈を加えるなり,慎重な記述がしていただきたかったと思います.筆者は「偽書『武功夜話の研究』」という書籍を読まれたことがあるのでしょうか.武功夜話を参考文献とするのであればこの書籍も資料や参考文献に挙がっていてもおかしくないと思いますが,記載はありませんでした….「武功夜話」を手放しに信頼しておられるスタンスが非常に疑問です.さらに「信長公記」に記載がないことが「武功夜話」に記載されていた場合,「信長公記」著者の太田牛一が「武功夜話」の主人公前野雄吉と昵懇(これも「武功夜話」にしか論拠がありませんが)であったため,そちらに役割分担させたとしておられ,特に213ページからの記載にその説明があります.「信長公記」が一級の史料なのは異論がないところですが,筆者の推量を前提に「武功夜話」や「甫庵信長記」が「信長公記」から公認されている(実際に「信長公記」にはそのような記事はありません)からそれらの史料は信頼できると述べておられる筆者の恣意的とも思える解釈しか感じられず,全体の信憑性が希薄になります.この点で公平性とか信頼性を欠くのではないかと感じました.文芸作品として考えたほうが不満が少ないと思いました.

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