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  3. タカザワケンジさんのレビュー一覧

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先月(2017年5月)

タカザワケンジさんのレビュー一覧

投稿者:タカザワケンジ

18 件中 1 件~ 15 件を表示

楽天イーグルスの1年を著者独自の視点で描いた異色スポーツ・ノンフィクションの傑作

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 楽天が初年度から黒字を達成したと聞いて、「えっ」と思った人は多いのではないか。
 一つは、近鉄とオリックスの「合併」が象徴するように「プロ野球球団の経営は厳しい」(というか、赤字を親会社が補填するのがあたりまえ)から。
 もう一つは、なぜ、あんなに負け続けたチームが黒字なのか? という素朴な疑問だ。
 『97敗、黒字。』は、タイトルの通り、野球の試合では負け続けながら、プロ野球ビジネスでは黒字を達成し、とりあえずの勝利を収めた「楽天イーグルス」の一年を追ったノンフィクションである。
 楽天イーグルスについては、試合そのもの以外でずいぶんと話題をまいた。しかし、テレビのニュースを見ていたぼくらがどのくらい楽天イーグルスを知っているかといえば、実はほとんど何も知らないに等しかった。本書を読めば、楽天イーグルスという球団の全体像が見えてくる。
 選手と監督がいる。「フロント」と呼ばれる、オーナー、球団社長をはじめとする事務方がいる。このへんまでは、プロ野球ファンならずともピンとくる。
 しかし、楽天イーグルスをビジネスとして成功に導くために集まってきた、各方面のプロたちがいた。
 キャラクターグッズをどう売るか、球場で売るお弁当のクォリティーの大切さ。球場の広告スペースを埋めるために営業が地元を回り、ボランティアのチアガールが笑顔を振りまいて、応援を盛り上げた。本書に登場する「ふつうの人々」の活躍なしに楽天イーグルスの黒字はなかった。
 一方、その才能を発揮して脚光を浴びるべき選手たちはどうだったのか。結果は100敗寸前の低調ぶりだ。他球団の「いけず」で選手が集まらなかったということが最大の要因なのだろう。しかし、著者は現場に足を運び、プロ野球を職業とする男たちの等身大の姿を描き出そうとする。
 彼らは、数多くの人たちの中から選ばれた野球の才能を持った男たちである。しかし、その彼らをしても、プロで一流の選手になり、結果を残すのは難しい。それでも、彼らは、職業人として、生き残ろうとする。その熾烈な戦いが静かに描かれる。テレビのニュースや、スポーツ新聞からは見えてこない、プロ野球選手の姿が浮き彫りにされる。
 ふつうの人たちが球団を黒字にし、才能を発揮すべきはずのプロ野球選手が勝てなかった。本書に描かれた楽天イーグルスの光と影は、さまざなまことを考えさせてくれる。
 ある人は、ビジネスマンの観点から、楽天イーグルスの成功について考えるだろう。ある人は、職業人としてのプロ野球選手に親近感を感じるだろう。ある人は、プロ野球界がこれからどう変わっていくか、その一つのモデルを見いだすだろう。
 ビジネスの話だけでも、野球の話だけでもない。そのどちらもが面白い。これまでになかったスポーツ・ノンフィクションの傑作が誕生した。

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紙の本女王様と私

2005/09/28 15:33

爆発する妄想は現実へとあふれ出す!

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 一度、ブログに書いてしまったし、すでに世評の高い作品について書くことは屋上に屋根を架すような行為だが、まだ読んでいない方がいたら、ぜひおすすめしたいのであえて書いてみる。
 物語はこんな感じである。
 真藤数馬は引きこもりのロリコンだ。フィギアに「絵夢」という名前をつけて年の離れた「妹」として妄想している。ある日、絵夢と出かけた日暮里で、数馬は12歳の少女と出会う。彼女は「ロリは少女の敵」と数馬を罵倒し、数馬を「教育する」と宣言する。そして、数馬をたびたび呼び出しては、服を買わせ、高価な食事をご馳走させる。
 ところが、彼女の態度が一変する事態が起きる。彼女と仲が良かった元同級生が何者かに殺害されたのだ……。
(以上、自分のブログから引用)
 まず、オタクが探偵役を務める少女連続殺人事件として読めるだろう。そして、歌野ファンなら、その次にどんなどんでん返しが待っているかワクワクしながら読み進めるに違いない。歌野初体験の読者は、いきなりのどんでん返しと、とんでもない方向へ走り出す物語に目を回すに違いない。
 まずは無心で読むことがこの小説の最高の楽しみ方だが、すでに読んでいただいた方とは話してみたいことがある。
 主人公の真藤数馬とは何者か? だ。このような男は、本当に、ただのフィクションのなかの登場人物にすぎないのだろうか? 真藤数馬の持つリアリティの確かさに、めまいさえ感じるのだ。
 本書を読み終えた後、一見、デザイン風に見える、見返しにびっしりと書かれたテキストを読んでみて欲しい。本文からあふれ出した言葉は、見事に、本書の世界を象徴している。
言葉で編まれた物語の持つ力に圧倒されることうけあいの、掛け値なしの傑作(と、また書いてしまった)。

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近未来の「戦場になった日本」を生き抜く孤児たちを描く恐るべき傑作。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 日本が最後に戦争をしたのは太平洋戦争。1945年に敗戦した。以来、60年近く、戦争はよその国で起こっているものだった。経済的に大きく関わった戦争はあったし、治安維持や物資輸送などの後方部隊として兵隊を出したこともある。しかし、すでに日本国民の大多数は戦争を経験していない。戦争はどこかの国で起こっていることで、戦火に逃げまどう人たちはテレビの画面に映っているものでしかない。

 しかし、そんな平和はいつまで続くだろうか。

 『裸者と裸者』はごく近い将来、あるかもしれない「未来」を舞台にした悪夢のような戦争を描いている。

 日本国内では財政破綻と金融システムの崩壊。中国大陸ではチベットと新疆ウィグルの独立と中国国内の内戦、サハリンの油田を背景にした極東シベリア共和国のロシア連邦から独立。大陸の戦火から逃げるため、日本に難民が大挙し押し寄せてくる。経済システムが破綻した日本に彼らを受け入れる余裕はなく、治安は悪化の一途をたどる。
 軍部の一部が反乱軍と化し、首都を制圧する。政府軍はアメリカ軍の支援を受けてすぐさま反撃。首都を取り返したものの、地方の反乱軍は軍閥化し、てんでに政府軍への反撃を繰り返す。日本各地が戦火に包まれ、経済はアンダーグラウンド化し、マフィアと軍閥が持ちつ持たれつやっている。

 そんな戦国時代が復活したような時代「応化」(仏が姿を変えて救済に現れるという意、だそうだ)。父は米軍の誤爆により死に、ホステスをしていた母は軍閥に誘拐されて行方不明。彼、海人(かいと)は7歳11カ月。4歳の妹、恵と2歳の弟、隆(りゅう)と3人だけでで、生き抜こうとする。
 上巻では、海人が政府軍から徴兵され、「孤児部隊」と呼ばれる最前線の部隊を率いていくまでが描かれている。下巻では、海人に命を助けられた十五歳の双子の姉妹が主人公となり、彼女たち、月田姉妹は海人とは異なる道を歩む。狂った世の中のシステムそのものに牙を剥くテロ集団パンプキン・ガールズを設立し、多摩丘陵のスラム街を拠点に東京を支配するマフィアと、人種差別を旗頭にする宗教団体とその傘下のテロ集団に立ち向かっていく。

 『裸者と裸者』というタイトルはノーマン・メイラーの『裸者と死者』を連想させる。『裸者と死者』は、太平洋戦争に従軍したメイラーが一兵士の目から戦争の現実を暴露した戦争文学の古典だ。どのような修飾詞がつこうとも、戦場には畢竟「裸者」(弱者、と言い換えてもいいだろう)と「死者」しかいないとするメイラーの卓見に対し、打海文三は『裸者と裸者』しかいないといいたいのか。

 物語の舞台となっている時代は、軍閥、マフィアとも、人の死をまったく敬っていない。死体はモノ扱いで、人間は消耗品だ。そんななかで、「裸者」たる孤児部隊の海人、パンプキン・ガールズの月田姉妹は、死体を敬うことを知っている。

 むごたらしい描写、容赦のない死はまさに悪夢である。日本が戦場になるということを一度も考えたことがない(想像すらしたことがない)現在の日本人にとって、フィクションとはいえ、鳥肌が立つような恐ろしい世界。常陸、いわき、多摩といったなじみのある地名が戦場になる。作者の想像力によって、読者は戦争に巻き込まれていく。まさに恐るべき迫力で描かれた戦争小説である。(タカザワケンジ/bk1エディター)

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ダンテ・クラブ

2004/08/27 13:51

ダンテの「地獄篇」を模倣した連続殺人事件。犯人の狙いはどこに?

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ダンテの『神曲』に登場する地獄の劫罰を模倣した連続殺人事件が起きた。探偵役を務めるのは、アメリカで初めてダンテを翻訳しようとしている「ダンテ・クラブ」の面々。犯人はなぜダンテを模倣しようとしたのか? 

 19世紀半ばのアメリカ東部ボストン。ハーヴァード大学の元教授にして、ニューイングランドを代表する詩人であるロングフェローを中心に、アメリカで初めてダンテの『神曲』を翻訳する計画が進んでいた。これまで英訳はあったものの、ダンテはアメリカでは無視された詩人だった。あまりにもイタリア的で、あまりにもカソリック的すぎるという理由で。
 しかし、ロングフェローたちはダンテの作品のなかに、宗教を超えた人間への洞察力を認め、その世界に強く惹かれていた。そして、ともすればヨーロッパのカソリック世界を敵対視するあまり、その文化に冷淡なアメリカ人に対してダンテの素晴らしさを伝えたいと強く願っていた。

 ところが、そこに陰惨な連続殺人事件が起きる。最初の被害者は「奴隷逃亡法」に則って、市民の声を無視して逃亡してきた黒人少年を奴隷農園に突き返す判決を下した判事。次にはケンブリッジの老独裁者と揶揄される実力者のトールボット牧師。
つの殺人が起こった時点で、ダンテの翻訳に取り組んでいた「ダンテ・クラブ」の面々はあることに気づく。2つの殺人は、ダンテが『神曲』の「地獄篇」の中で描いた地獄の劫罰を模倣したものだったからだ。このことが明らかになれば、ダンテが血塗られてしまう、それだけではなく、自分たちも容疑者に加えられることになる。かくして「ダンテ・クラブ」は事件の究明に身を乗り出すが、新たな殺人事件が起こってしまう……。

 著者は、実在するロングフェロー訳『神曲』の復刊を手がけた編集者だという。なるほど、詩人たちの個性の書き分けの微に入り細にうがっているうえに、原語を交えてのダンテについての講義など、ペダンティックな楽しみがふんだんに盛り込まれている。しかも、南北戦争の傷跡が癒えていないアメリカを舞台に、酸鼻きわまりない連続殺人事件が起こるあたりなど、エンターテイメント的な要素も忘れてはいない。「ダンテ・クラブ」とは別のルートから犯人像へ迫る黒人初の刑事など、脇に控えた登場人物たちも印象に残る。

 ダンテを知らない人はまずいないだろうが、『神曲』を読んだことがある人は決して多くはないだろう。『ダンテ・クラブ』にはダンテの『神曲』が重要なモティーフとして登場するが、恐るるなかれ。ダンテ知らずの読者が読んでも十分に楽しめるうえに、『神曲』の内容とダンテの生涯に興味が沸くに違いない。
 著者のダンテと、ダンテを初めてアメリカに紹介した詩人たちへの熱い思いがあって、はじめて成立したミステリー。一気読みをするにはいささかテンポがゆったりとした小説だが、ここは焦らずじっくりと読んでいただきたい。読み終えた時には、ため息とともにしみじみと達成感を味わうことができるだろう。(タカザワケンジ/bk1エディター)

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終戦のローレライ 上

2003/01/07 07:43

いま現在の日本で書かれるべくして書かれ、読まれるべくして読まれるべき、正真正銘の傑作!

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ライン川の崖の上で黄金の櫛で髪をすき、美しい声で歌を歌う美少女ローレライ。彼女の歌声に惑わされた水夫たちは、船もろとも川底に沈む運命にある──。福井晴敏、入魂の長篇小説『終戦のローレライ』は、世界大戦が終わろうとする時代の荒波の中にローレライの歌声を聴き、その波に翻弄される男たちの物語である。

 物語の舞台は第二次世界大戦末期、ナチスドイツはすでに白旗を揚げ、潜水艦「UF4」は秘密兵器を手みやげに日本海軍に身を寄せようと海中を航行していた。米海軍はこの潜水艦を「シーゴースト」と呼び、神出鬼没、亡霊のような不気味な存在として恐れていた。米海軍の二台の潜水艦はこの亡霊を追って日本海域へ迫る。そのため、シーゴーストは、その秘密兵器を海中に落とさざるを得なくなる。

 海軍の中で特異なポジションにある浅倉大佐は、海軍のそこかしこでくすぶっている「規格外品」たちを集め、「伊507」と名前を変えたシーゴーストを操って、秘密兵器を引き上げるよう命令を下す。
 人間魚雷回天の乗組員として、特攻命令を待っていた17歳の折笠征人は、その潜水能力を買われて秘密兵器の引き上げに従事するが、海底に沈む秘密兵器に近づいた時、潜水服越しに少女の歌声を聴いた……。

 浅倉はこの「秘密兵器」を「日本民族の滅亡を回避し、あるべき終戦の形をもたらす」ために使うと発想する。あるべき終戦の形とは何か。そして、浅倉のイメージする「終戦の形」は我々が現在生きている日本の現実とどうリンクしているのか、あるいはリンクしていないのか。物語を読みながら、ぼくは現在の日本を思わずにはいられなかった。過去を描いていても、本書は今日本に生きている人々に読まれるべく書かれた小説である。

 福井晴敏は1968年生まれ。これまで、国家の防衛問題への関心を核に、『川の深さは』『トゥエルブY.O.』、『亡国のイージス』と男たちのドラマを描いてきた。しかし、この『終戦のローレライ』は、その三作品の延長線上にあるものではない。国家と防衛、戦争といった題材は似通っているが、その関心はより深く、原点へと向かっている。それは、人はなぜ戦い、なぜそのために死ぬのか? という問題だ。
 現代日本を描く場合には避けられない、軍備を是と見るか非と見るかというような皮相的な政治的な視線に惑わされることなく、人間存在の本質に迫り、なおかつその物語の面白さで飽きさせない。まさしくエンターテインメントの王道をゆく、堂々たる作品となった。
 『終戦のローレライ』は、一作ごとにたゆみない前進を続けてきた福井晴敏の、新たなる第一歩であり、大いなる転換点であり、なおかつ作者にとって、これまでの作品の中での最高傑作である。(bk1エディター タカザワケンジ)

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紙の本ダ・ヴィンチ・コード 上

2004/06/02 13:19

隠された歴史の「真実」をめぐるノンストップ・ミステリ

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 ルーブル美術館館長ソニエールが謎の襲撃者によって殺害された。事件現場は深夜のルーブル美術館。その晩、ソニエールと会う約束をしていたハーヴァード大学の宗教象徴学の教授、ロバート・ラングトンは、フランス司法警察中央局の手で参考人として現場に連行される。そこでラングトンが目にしたのは、床に大の字になり、腹に自らの血でペンタクル(五芒星)を描いた全裸のソニエールの姿だった。しかも、ブラックライトを当てると、ソニエールの全身を円が囲んでいた。その姿はレオナルド・ダ・ヴィンチが残した「ウィトルウィウス的人体図」そのものだった。しかも、そこにはこんな謎めいた言葉が残されていた。

 13-3-2-21-1-1-8-5
 おお、ドラゴンのごとき悪魔め!
 おお、役に立たぬ聖人め!

 ソニエールは死の間際に何を伝えようとしたのか? ラングトンは司法警察から重要参考人と見なされるが、ソニエールの孫娘でもある暗号捜査官ソフィーの助けを借りてルーブルから脱出、専門の宗教象徴学の知識を用いてソニエールの遺志の解読に挑む。しかし、そこには人類の歴史の「常識」を覆しかねない大きな秘密が隠されていた・・・・・・。

 上下巻の大長編ともなると、いざ、読もうという決断にも勇気がいるが、こと『ダ・ヴィンチ・コード』に関する限り、覚悟も決意も必要はない。読み始めるやいなや、最後まで一気に読み進めることになるだろう。したがって、上巻だけ先に買うと、下巻を手に入れるまでにじれったい時間をすごすことになる。ぜひ上下巻同時に購入することをおすすめする。

 あのアイザック・ニュートンやヴィクトル・ユゴー、ボティッチェルリ、そしてダ・ヴィンチも総長を務めたという秘密結社「シオン修道会」。殺人の背景には、彼らが守ってきた「要石(キーストーン)」の存在があった。「要石(キーストーン)」とは、カソリック教会がひた隠しにしてきたある事実を暴く「何か」だった。「要石(キーストーン)」のありかをめぐって、カソリックの原理主義団体オプス・デイが暗躍し、ラングトンたちを追ってフランス司法警察の鬼警部が横紙破りの捜査をする。手に汗握るサスペンスと、驚愕すべき歴史的事実が次々に明らかになる。

 本書の冒頭で、作品に記述されている登場する絵画や史料や組織はすべて実在し、記述されている内容も事実に基づいていると作者は断っている。読者はまず、常識を覆すような「事実」の奔流に愕然とさせられるだろう。しかも「ネタ」の面白さを巧みに物語の推進に生かし、スピーディーな展開で読者を引っ張る手腕は並大抵の力量ではない。いったい、作者のダン・ブラウンとは何者なのか。64年ニューハンプシャー生まれというからまだ若い。英語教師を経て2000年にラングトンシリーズ第1作の『天使と悪魔』(角川書店)で作家デビューしたが注目はされず、2作目の『ダ・ヴィンチ・コード』が突如ベストセラーランキングの上位に登場し、脚光を浴びたという。角川書店の『ダ・ヴィンチ・コード』に掲載されている著者インタビューによれば、ダ・ヴィンチの絵を研究していたこともあったようだ。
 
 ダ・ヴィンチ、カソリック教会にまつわる謎とタブー、秘密結社、異教信仰の実態、暗号解読……これらのキーワードにピンと来る人にはたまらないミステリーだ。なお、本書に登場するダ・ヴィンチの絵や教会については図版が一切掲載されていない。興味のある方は(いや、読んでいれば、必ず見たくなる)角川書店の公式サイトを参照することをお薦めする。ただし、上下巻最後まできっちり読み終えてから、だ。(タカザワケンジ bk1エディター)
→下巻はこちら

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紙の本幻夜

2004/02/27 18:17

『白夜行』を越えた、ヒロインの生命力の強さ、したたかさ

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 大災害がきっかけで、人生の転機が訪れた男と女。光と影のように寄り添いながら進む、二人の道行きをドラマチックに描いた傑作だ。

 雅也は工場の資金繰りに悩んで首を吊った父親の通夜の翌朝、阪神淡路大震災に遭遇する。一瞬にしてがれきの山となった町で、雅也は父の借金の借用書を持っている叔父、俊郎が倒れている姿を発見する。俊郎にはまだ意識があったが、雅也は俊郎の頭の上に石を振り下ろして命を奪い、俊郎の懐から借用書を抜き去った。
 その時、視線を感じて振り返ったその先に1人の女がいた。近所のアパートに住む両親のもとをたまたま訪れていた美冬という女だった。美冬に犯行の現場を見られたのではないかと恐れた雅也だったが、美冬は雅也の犯罪に口をつぐんだだけでなく、いっしょに東京へ行こうと誘う。

 阪神淡路大震災が起きたのは1995年。バブルが弾けて、日本経済に沈滞ムードが漂っていた矢先の出来事だった。戦後、平和の中で繁栄を謳歌していた日本人がほとんど初めて直面した都市部の大規模地震は、多くの人の人生を変えたにちがいない。この物語は阪神淡路大震災という未曾有の災害に「ありえたかもしれない物語」として書き出されている。おびただしい数の死体の中に、もしも殺された死体が混じっていたら? そんなミステリー作家ならではの着想がうかがえる。

 物語の舞台は東京へ。阪神淡路大震災からわずか2カ月後に起こった地下鉄サリン事件の衝撃が収まらない中、銀座の宝飾店「華屋」で異臭事件が発生する。この事件は1人の男性従業員のストーカー行為と関連性があると疑われたが、その渦中にあったのは美冬だった。美冬はその後、美容院の経営に乗り出し成功し、やがて「華屋」の社長夫人の座を射止める。時代を先取りし、事業に成功を続ける美冬は鮮やかにステップアップしていく。しかし、その背後にはいつも雅也の謎めいた行動があった……。

 『幻夜』の姉妹編ともいえる『白夜行』(ストーリーに関連性はない)は、なんといっても精密に組み立てられたストーリーの面白さが魅力だった。『幻夜』もまた、伏線を巧妙に張り、最後までぐいぐいと読者を引っ張っていく。しかし、『白夜行』よりもむしろ優れていると感じたのはヒロインの個性の強さだ。独得の人生哲学を持った彼女の生命力の強さ、したたかさは、際だった存在感を示していて印象的である。震災の街に頼りなげな風情でぽつんと立っていた女性が、頭の回転の速さと美貌を生かして成功の階段をのぼっていく。彼女の発する輝きのおかげで、ほかの男たちは影になってしまう。物語づくりの巧みさではすでに定評のある東野圭吾だが、『幻夜』では強い印象を残すヒロインを作り上げ、新境地へと踏み出した。(タカザワケンジ/bk1エディター)

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紙の本生誕祭 上

2003/06/11 12:18

バブル末期を舞台に「ゴージャスな悪夢」を描く傑作!

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 『不夜城』をはじめとするアジアン・ノワールを得意とし、アンダーグラウンド社会に生きる人間たちを描いて定評ある馳星周だが、『生誕祭』はこれまでの作品とはひと味違う。

 体言止めを多用するスピーディーで切れ味の良い文体、二転三転する起伏に富んだストーリーテリングはこれまでの馳作品と同様だが、暴力描写には抑制が効き、人も死なない。バブル後期を舞台に、金銭欲に中毒した男と女が、目も眩むような大金をめぐって権謀術数の限りを尽くす、上下巻に渡るエンターテインメント大作である。

 堤彰洋は21歳。大学受験に失敗し、予備校からもドロップアウトし、六本木のディスコ「マハラジャ」で黒服をやっていた。そこで、幼なじみで初恋の相手、麻美に再会する。貧しい母子家庭で育った麻美は変貌を遂げていた。美貌に磨きがかかっただけでなく、全身を高価なブランド品で固めていた。麻美は「地上げの神様」と呼ばれる波潟の愛人になっていたのだ。
 黒服の仕事に飽き飽きしていた彰洋は、麻美に紹介された齋藤美千隆に夢中になる。美千隆は30代半ばで数十億単位の取引をする不動産会者社長だった。美千隆は彰洋を気に入り、「二人で王国を作ろう」と囁く。
 彰洋は美千隆の教えを忠実に守り、土地を持つ老人を騙し土地をせしめ、高く転売する。地上げの障害になっていた頑固オヤジを陥落させるために、その息子をワナにはめる。そのたび、彰洋の体温は上がり、快感を覚える。麻美はそんな彰洋の眼を「金に中毒した眼」だと感じ、その変貌に喜びを感じた。

 「王国」づくりのために先行者である波潟をハメようとする美千隆。美千隆を愛しながらも、それ以上に金を求めてやまない麻美は、波潟にいつか棄てられるという不安を抱きながら、美千隆のプランに乗る。彰洋は麻美のお膳立てで波潟の娘、早紀と恋仲になり、秘密の恋に溺れるが、麻美に弱みを握られ窮地に陥る。彰洋は底のない金銭欲の世界に足を取られ、無様に落ちていく……。
 この3人を中心に、波潟ほか金に群がる食えない面々が策を弄し、物語は錯綜する。ページを繰る手を休める間がないほど、物語に引き込まれる。

 人間の果てなき欲望は、離れて見れば、醜く滑稽なシロモノだ。現在の視点でバブルを振り返れば、踊った連中がみな阿呆に見える。しかし本当にそうだろうか? 欲しいものを存分に手に入れ、札びらを切ることで味わえる快感は何ものにも代え難い格別のものではないか。『生誕祭』を読んでいると、気分はバブルまっただ中。いつか壊滅するとわかりきっているマネーゲームに、ひりひりする思いを感じる反面、登場人物たちの豪快な金遣いに、奇妙な快感を味わえることもまた確かなのだ。

 石崎健太郎が手がけた装幀もこの作品にふさわしい。光沢のある黒いカバーを外すと、オビにあしらわれているヒエロニスム・ボス(ボッシュ)の「快楽の園」があらわれる。奇々怪々な化け物の姿は人間の欲望を連想させる。まさに、『生誕祭』の世界だ。
 馳星周が、その世界をさらに深める第一歩となりそうな一作が誕生した。(タカザワケンジ/bk1エディター)

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紙の本銀塩カメラ至上主義!

2007/01/23 07:56

カメラ狂の詩

11人中、11人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 いまどき「カメラを買う」といえば十中八九デジタルカメラだろう。ほんの数万円で、失敗もなく撮影できて驚くほどよく写るデジタルカメラが手に入る。実用的な撮影機材として考えた場合、デジタルのアドバンテージは大きい。
 しかし、一方で、人気フォトグラファーたちの多くは銀塩カメラを使っている。あるいは、写真を趣味にしている人たちはしばしば「銀塩フィルムカメラでしか出せない味」について熱心に語っていたりもする。カメラ趣味、写真趣味を持たない人にとってはある種の「信仰」としか感じられないかもしれないが、人間の精神生活を豊かにするのは、合理主義で切って捨てられない魅力を持った道具とのつきあいではないだろうか。
 赤城耕一の『銀塩カメラ至上主義!』は、まさにそのような道具とのつき合い方を教えてくれる一冊だ。
 著者は写真家として雑誌、広告などで活躍する一方、カメラ雑誌でカメラやレンズについての論評を行っている。そのスタンスは、カメラを仕事のための道具としてシビアに批評する一方で、写真の歴史を作ってきた写真作家たちの作品づくりを参照することにより、カメラという道具の可能性を探るものである。そのカメラ評論に信頼を置くファンは多い。
 本書は全84機種の35ミリフィルムカメラを取り上げ、それぞれの特徴、魅力を伝えている。赤城式カメラカタログとしての充実は、400ページを超えるページ数に現れている。
 これまでの赤城の著書と比較して、まず、その登場するカメラの量に興奮させられるが、内容も充実している。「アサヒカメラ」の連載を元に加筆訂正されたものだが、長期連載という「場」の力なのか、ほかの著書よりも肩の力が抜けて本音が垣間見える。
 たとえば、それぞれの項目の書き出しはしばしば、急速にデジタル化されていく仕事での撮影現場であったりするのだが、周囲の状況がデジタル化していくのに反比例するように、赤城は銀塩フィルムカメラへの傾斜を深めていくようだ。そこには失われゆくものへの郷愁など微塵もなく、ただ「写真を撮る」ことへとまっすぐに向き合おうとする著者の姿勢があるばかり。そのあたりも、この著者ならではのスタンスだろう。
 とはいえ、真面目一方の堅苦しさだけではない。これまでの著書以上に、著者が根っからのカメラ好きであることをはからずしも「告白」しているのも本書の魅力だ。いわば、カメラへの愛を時には照れながら、時には大真面目に語っているのがほほえましい。
 本書に収められている35ミリ判カメラ以外にも、連載には登場する。ぜひ続編を期待したい。加えて、版元にお願いしたいのは、一点でも多く、作例写真を掲載してほしいということだ。本文を読むと、そのカメラで撮影した写真が見たくなる。それはカメラ好き、写真好きなら共通する欲求ではないだろうか。
 銀塩カメラファンはもちろん、デジタルから写真に興味を持って、銀塩カメラに入門したいと思っている人にもおすすめの一冊である。

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震災列島

2004/11/05 09:38

地震災害は本当に「天災」で済まされるものなのか?怒りの長篇小説

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 新潟中越地震の余震が治まらない。まだまだ予断を許さない状況だ。しかも、避難生活の困難さは日々伝えられている通り。日本は地震列島と呼ばれながら、いったい、その教訓が生かされているのか? と疑問を投げかけたくなるような混乱ぶりが報道されている。日本人にとって「地震は天災」で済まされていいものなのか。

 『震災列島』は、こんな時だからこそ、日本人にとって「地震とは何か」を考えさせてくれる長篇小説である。何よりも、著者が物語に仮託して訴えている「天災国家ニッポン」の危うさに慄然とするだろう。この国の政治家、行政が地震について取っている対策のお粗末さを告発した小説なのである。

 近未来の日本が舞台である。消費税は12パーセントに跳ね上がり、財政は破綻寸前。海外派兵は既成事実化され、アメリカと同調して世界各地に派兵している。それでも、なんとなく平和を享受できている不思議な国、それが日本。いまの日本の延長線上にある、驚くほどのこともない近い将来だ。

 そんなとき、東海地震の警戒宣言が出る。
 
 ところで、地震は予知できるものなのだろうか。東海地震は「必ず来る」と言われていながら、今のところその気配はない。現代の日本人が地震に対して持っている漠とした楽観は、ひとつには東海地震がなかなか来ないことにも起因していると思う。

 しかし、本書によれば東海地震は必ず来る。年4センチの速度で日本列島に向かって動いているフィリピン海溝プレートが日本列島の地下にもぐりこもうとしている。御前崎はその力に引っ張り込まれ、年々沈降しているのだそうだ。しかし、その沈降も、岩盤の強度にはばまれ、限界が来るとストップする。そして、フィリピン海溝プレートとの接着部に亀裂が生じ、反動で跳ね上がる。それが東海地震になるのだという。つまり、東海地震は科学的必然で必ず起こるのである。地震を予知するための研究についている予算は3億5千万。

 その成果が警戒宣言につながった。

 実際に地震は起きた。しかし、震源地は浅く、東海地震ではなかった。それでも人的被害、経済的打撃は大きい。しかも、近い将来、東海地震が起こるのは確実だった。

 ……というような状況のなかで、地質調査のボーリング業を営んでいる男が主人公となって物語が始まる。明石は妻と娘と老父と平凡だが幸せな生活を送っている。一度目の地震でも、被害はほとんどなかった。ところが、町内に企業舎弟を隠れ蓑にしたヤクザが住み着き、地上げまがいの活動を始める。あげく、明石の家族も被害に遭ってしまう。明石は、次に来る東海地震を利用してヤクザへの復讐をもくろむ。

 シリアスな状況設定にあって、明石一家の遭遇する悲劇と復讐譚にはどこかユーモラスな味わいがある。それがこの小説のユニークさでもあるのだが、決して軽いわけではない。

 バブルでもないのに、ヤクザが地上げをするのはなぜか。この国の国会議員と官僚とヤクザがつるんで働く「悪事」のためである。同様に、天災国家ニッポンは、その天災を忘れて「日本列島改造」にいそしんだあげく、地震が起こったら救いようのない被害を甘んじて受けるほかない国になってしまった。

 小説の物語は、主人公のヤクザへの復讐が中心となっているが、それはこの国の「仕組み」の象徴なのである。小説の端々に、日本という国の不可思議なシステムへの怒りが書き込まれている。

 今回の新潟中越地震に関しても、「起こってしまった天災は仕方がない」とあきらめる向きが多いだろう。しかし、日本列島が地学的にいって天災をさけようのない国家であることは自明のことだ。国や行政はそのことに鈍感すぎるのではないか。

 小説とはいえ、フィクションとして読みすごすことのできない「怒り」を感じる力作である。(タカザワケンジ/bk1エディター)

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紙の本憤怒

2003/10/09 17:01

孤高の新聞記者、フランク・コーソが活躍するこの秋注目のミステリー!

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 社会を敵に回した死刑囚がいる。一般市民の誰もがその男の死を待っていた。
 しかし、その男があと6日で処刑されるという時に、事件の被害者が自分の証言を翻した。男はもしかすると無実かもしれない。しかし、男の口からは、事件の犠牲者への暴言や、社会への呪いの言葉が次々と飛び出す。そんな男を死刑から救うために、警察や検察、裁判所に闘いを挑み、一般社会をも敵に回そうとする人間がいるだろうか。もしいるとすれば、その男はたいへんなへそまがりで、ドンキ・ホーテ的な愚かさを持った、しかし本物のヒーローであるに違いない。

『憤怒』の主人公、フランク・コーソはまさにその愚かなるへそまがりの英雄である。コーソは「ニューヨーク・タイムズ」紙の敏腕記者だったが、ある記事で虚報騒ぎを起こし解雇された。シアトルの地方紙「サン」が彼を拾いあげ、遊軍記者として契約する。最初にぶつかった事件が、8人の女性が次々にレイプされ、殺され、ゴミ箱に捨てられるという陰惨な猟奇殺人事件だった。当局は性犯罪の前科があるハイムズを逮捕し、ただ一人生き残った被害者の証言を得て送検するが、コーソ一人が新聞紙上で捜査の杜撰さを批判した。その結果、コーソは憤った市民に襲われ、「サン」は大きく売り上げを減らした。以来、コーソは記者としては第一線を退いた。執筆した実録犯罪ものの本がベストセラーになり、生活に困らなくなったコーソは、今では2週間に1度「サン」紙にコラムを書くだけの隠遁生活を送っていた。

 しかし、穏やかな日々は、ハイムズ事件の被害者が証言を撤回したことで打ち破られた。唯一の生存者、リーンが独占取材のインタビューアーにコーソを指名したからだ。「サン」紙の社主ミセス・ホーヴンに「借り」があるコーソは、気が進まないながらも、取材を引き受ける。ハイムズが死刑に処せられるまであと6日。果たしてコーソはハイムズが生きている間に真相にたどり着けるのだろうか。

 探偵役を務めるコーソは独特な魅力を持った人物だ。風貌はアクション俳優のスティーヴン・セガールを少し老けさせた感じ。あまのじゃくで、頑固で、自分が正しい道を歩いていることを信じることができる強さを持っている。かつては記者として華やかな舞台で活躍しながらも挫折を味わい、それでも、真実を追求するためには、社会や市民を敵にしかねないプライドを持っている。本書の魅力は二転三転するスリルあるストーリー展開だけでなく、コーソの人間的魅力にもある。
 また、コーソの周りにいる登場人物も印象的だ。タトゥー・アーティストだった元恋人に、全身くまなくタトゥーを彫られてしまい、自尊心を回復しようと精神的なリハビリに励むメグ・ドアティ、100年続く新聞社を守ろうとしている女王のような威厳を持ったミセス・ホーヴン、コーソと対立する一分の隙のない慇懃無礼な編集主幹ホーズ。さらには、警備員のおじさん、警察の女性広報官までも生き生きと描き出す。ミステリの楽しみは、ストーリーの起伏の激しさだけでなく、登場人物たちのリアリティあふれる言動にもあるということをあらためて思い起こさせてくれる。

 死刑執行までたった6日間。警察権力を敵に回し、市民の理解が得られぬまま、どうやってハイムズという怪物の無実を証明するのか。登場人物たちの人間くささを楽しみながら、息も着かせず進むストーリーに心奪われる。コーソを主人公としたシリーズはこれまで3作が書かれているという。今後の続刊にも期待したい。(タカザワケンジ/bk1エディター)

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紙の本ランドマーク

2004/08/27 12:36

天へと伸びていく巨大なランドマークの足下で起こっていること

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 巨大な建築物を造っている建築家と、鉄筋工という対照的な二人が決して交差しないまま生きていくという物語。吉田作品の常のごとく、文章は平易で読みやすく、物語のなかにすっと入っていける。鉄筋工の仕事も、建築家が好む建築の様式も、トリビアルな面白さを感じながら読むことができる。だが、「読みやすい」「面白い」では済まされない、さまざまに凝らされた仕掛けがある。

 九州出身の隼人は、単身東京に出てきて、東北人ばかりの工務店「桑田建工」で鉄筋工をやっている。寮の4人部屋に3人で暮らし。「現場」と寮を往復する毎日だ。セックスするガールフレンドもいるが、適当に遊んでいる。若い職人の一典型のような生活だ。ところが隼人は、インターネットで海外から男性向け貞操帯を買う。

 隼人にとっては、たまたま今通っている「現場」でしかないが、設計者の犬飼にとって、「O-miyaスパイラル」は初めて本格的に任された仕事である。35階建てのスパイラルな外観は完成すれば必ず国内外から注目されるという自負のある「作品」だった。基礎工事が始まってからは、大宮駅前のホテルに泊まり込んでいる。家にはめったに帰らないが、恋人との逢瀬は楽しんでいる。

 この対照的な二人の人生は決して目に見えるかたちでは交差しない。しかし、この交差しない人生が、巨大な建物を建て、都市の景観を作っている。あたりまえのことではあるが、よくよく考えると不思議だ。知識も技術もまるで共通点がないように見える二人が、すれ違うままに街が作られていく。このように小説に書かれることによって見えてくるもの、わかってくることがある。

 隼人は貞操帯の鍵を大量に作り、「O-miyaスパイラル」の1フロアーごとに埋めていく。なぜ、隼人は貞操帯をつけたのか。

 犬飼の不倫相手、菜穂子は「Queer as Folk」というゲイたちの恋愛ドラマを見て、犬飼とそれぞれ相手を買って4人でセックスを楽しむことを提案する。一方で、犬飼の妻はコンクリート打ちっ放しの壁に動物の毛皮を張り続ける。

 天へ天へと登りつめるように作られていくスパイラルのビル。人間の脳みそと手が作っていく巨大な建造物は何を象徴しているのか。現代的な景観のなかに起こっている小さな物語をすくい上げていく吉田修一の小説は、「今」読むべきだ。まさにいま同時代を生きている作家だと実感できるだろう。(タカザワケンジ/bk1エディター)

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シャッター・アイランド

2003/12/24 18:54

袋とじは伊達じゃない。もう一度最初から読み直したくなるミステリー

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 嵐の中の孤島シャッター・アイランド。1954年9月、精神を病んだ凶悪犯罪者を収容する施設があるその島に、2人の連邦捜査官がやってくる。女性の患者(囚人)が密室の病室から姿を消したのだ。その部屋には謎めいた暗号を記した紙切れが残されていた……。
 前作『ミスティック・リバー』が高い評価を受けたデニス・ルヘインの最新長篇ミステリー。結末部分と解説(池上冬樹)は袋とじされており、読者に挑戦状を突きつけたかっこうになっている。

 エンターテインメント小説の要素がふんだんに盛り込まれた作品だ。舞台は嵐によって本土と隔絶された孤島。凶悪犯罪者を収容した精神病院には、謎めいたそぶりを見せる医師とスタッフたちがいる。閉ざされた舞台設定は本格ミステリにおなじみだが、そこにサイコスリラーの要素も盛り込まれている。第二次世界大戦、朝鮮戦争と、戦争の記憶が生々しい1950年代という時代背景がスパイスとなって、スリルとサスペンスを増幅している。考え抜かれた設定とストーリーは、一読、驚嘆に値する。

 一方、ストーリーの面白さとは別に、じっくりと味わいたいのが登場人物たちの生き生きとした存在感だ。主人公の連邦捜査官テディは、妻を火事で失い、生きる気力をなくしかけている。第二次世界大戦で無防備のナチス親衛隊員たちを虐殺していたという苦い過去もあった。暴力によって損なわれた人間の心が上げる痛切な悲鳴が心を打つ。テディという人物を作り上げたことが、この小説の大きな魅力になっている。

 デニス・ルヘインはマサチューセッツ州生まれ。94年に『スコッチに涙を託して』でデビュー(日本では最初「レヘイン」と紹介されていた)。同作の主人公パトリック&アンジーの私立探偵コンビのシリーズが人気を博したのち、01年刊行の『ミスティック・リバー』がベストセラーに。日本でも高い評価を受けた(2001年度「週刊文春」傑作ミステリーベスト10第2位、宝島社「このミステリーがすごい!」第10位)。同作品はクリント・イーストウッド監督により映画化され、この冬日本でも公開される。また、『シャッター・アイランド』も『Uボート』『エアフォース・ワン』のウォルフガング・ペーターゼン監督により映画化されることが決定している。当代のストーリーテラーとして一作ごとに高い評価を得ている書き手である。

 道具立ての面白さ、謎解きの鮮やかさは、読み終えた後にもう一度初めから読み直したくなるほどだ。それもストーリーの伏線を確かめたいだけではなく、登場人物一人ひとりの立ち居振る舞い、言葉の一つひとつの意味を玩味したくなるのである。袋とじは決して伊達ではない。ぜひ2度読んで欲しい巧緻な作品である。(タカザワケンジ/bk1エディター)

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紙の本GMO 上

2003/08/28 15:29

「食」のグローバルスタンダードがもたらす「悪夢」

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 アグリビジネスという言葉をご存じだろうか? 文字通り、農業を企業化することだ。アメリカではとっくの昔に一般的なビジネスになっていて「穀物メジャー」と呼ばれる大手穀物商社は、農作物の価格を決定するほどの力を持っているといわれている。
 一方、農業の世界で革命的な技術開発が行なわれている。遺伝子組み替え技術による新種の開発だ。
 では、穀物メジャーが遺伝子組み替え技術を独占し、さらに協力に市場を支配するような事態になったら、いったいどんなことが起こるのか? 
 『GMO』は、そんな恐ろしい現実を題材に、上下巻を息もつかせずに読み切らせる、パワフルな長篇ミステリーである。

 かつては一流の科学ジャーナリストだった蓮尾一生は、あるスキャンダルを起こし、日本の出版界から逃げるようにアメリカに渡った。編集者に勧められるままにペンネームを使い、達者な語学力を生かして翻訳をこなす日々を送っていた。金はあるが空虚な毎日。しかし、そんな蓮尾の「つっかえ棒」になってくれた少年がいた。隣の家に住む少年、アダムだ。アダムは生まれつき片腕がなかったが、いつも小さな身体で風に向かって歩くような、さっそうとした少年だった。アダムは蓮尾にボートの漕ぎ方を教え、対等なつきあいをし、蓮尾は少年の将来に大きな期待を抱いていた。

 ところが、そのアダムがある日突然、火事で焼け死んでしまう。蓮尾はダメージを受けながらも自分を奮い立たせ、立ち直るきっかけをつかもうと動き出す。
 蓮尾がやろうと決めたことは3つあった。一つはアダムの謎めいた火事で死んだ死の原因を探ること。もう一つはもともと引き受けていたワインの本の翻訳をまっとうすること。そして最後の一つは、バイオテクノロジーを商品化する企業の倫理なき実態を容赦なく暴き、『沈黙の春』のレイチェル・カーソンの再来とも呼ばれている、若き天才科学ジャーナリスト、レックス・ウォルシュの新刊を訳すことだ。しかも、ウォルシュにかけあって、いち早く原稿をもらい、日米同時発売で出版するという無謀なプランだった。
 ウォルシュは蓮尾と面会すると、翻訳権を蓮尾に渡すことにあっさりと同意した。ウォルシュが取り込んでいるテーマは「遺伝子組み替え作物(GMO)」。秘密主義のウォルシュは穀物メジャー最大手の「ジュネアグリ」の野望と謀略を徹底的にリサーチしているらしかった。しかし、ウォルシュは蓮尾に目次と前書きを送りつけてきた後に、一方的に翻訳権譲渡の破棄を宣告し行方不明になってしまう。
 ジェネアグリはいったい何をしようとしているのか。ウォルシュが向かった南米のボリビアへ飛んだ蓮尾は、その真相に迫ることになる……。

 上下巻に渡る長篇小説だが、たっぷりとネタが詰め込まれており、充実感がある。読者ははじめ、ワインと遺伝子作物の関係に目を瞠り、やがて、その陰謀がもっと大きな陰謀の一部分でしかないことに唖然とさせられる。物語が進むにつれて、だんだんと「遺伝子作物」がぼくたちの生活を大きく変える「爆弾」であることがわかってくる。
 人類の歴史の中で、農作物に対して人間が加えられる手はたかが知れていた。食物はすべて自然の恵みであり、人間は自然に対して畏敬の念を抱いてきた。ところが、その農作物を遺伝子レベルから人間が好き勝手にコントロールできる──それはいったいどういう事態を引き起こすのか。

 作者は起伏に富んだストーリーを用意し、科学技術の難しい話をわかりやすくかみ砕いて一気に読ませる。ぼくたちが謳歌している豊富な「食」の世界がどんな危険な状況にあるのか。ぜひとも読んで欲しい問題作だ。(bk1エディター)

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紙の本天使の爪 上

2003/07/30 09:50

脳移植を施された、美貌の天使VS.凶悪な悪魔

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 『天使の牙』で誕生したヒロイン、神崎アスカが帰ってきた。

 男勝りの女刑事、河野明日香は、護衛中だった神崎はつみとともに、麻薬密売組織の凶弾に倒れた。しかし、損傷を免れた明日香の脳は脳死したはつみの身体に移植された。はつみの外見を利用して組織に潜入した明日香は組織の壊滅に活躍する。ここまでが『天使の牙』のストーリーだった。
 戸籍上、河野明日香は死んだ。そして、神崎はつみ改め、神崎アスカが誕生した。脳移植の事実は伏せられたまま、アスカは麻薬取締官に転職する。しかし、1年間の留学を終えて帰ってきたアスカに与えられた任務は、米国FBI、DEAとの連絡係。脳移植を受けたアスカの健康状態が捜査活動に耐えられるのか、誰にも判断がつかなかったからだ。アスカの希望とは裏腹に、捜査現場への復帰はかなわないかに見えた。しかし、ロシアからやってきた「悪魔」の登場で、ふたたびアスカは血と硝煙のただ中へ巻き込まれていくことになる。

 「ヴォールク(狼)」と名乗るロシア最悪の殺し屋がいた。請け負った殺しをたぐいまれな残虐性で冷酷無比に実行する。そのヴォールクが ロシア当局の手に掛かり、命を落とす。ところが、ヴォールクもまた、アスカを手術したコワルスキー博士の手によって脳移植がなされた。白い肌のロシア人から、日本人によく似た外見のカレイスキー(朝鮮系)へ。しかも、その肉体は格闘技に長けた元特殊工作員のものだった。肉体のコントロールを司る小脳だけがそっくり残され、意識と記憶を貯蔵するヴォールクの大脳を足されたその身体は、史上最強の殺人マシーンとなった。

 そのヴォールクが日本へ乗り込む。彼を操るのはKGBの末裔、SVR。しかし、ヴォールク自身が求めていたのは、自分のほかにたった一人だけしかいない脳移植者、アスカだった。アスカに亡き妹のイメージをダブらせたヴォールクは、大量殺人を犯しながら、アスカへの執着を募らせていく。一方、アスカは警視庁、米ロ諜報機関の暗闘に翻弄されながら、錯綜する事件の真相へ迫っていく。

 ストーリー冒頭から鮮やかだ。全裸のアジア系美女が麻薬取締官の事務所を襲う。そして、チェチェン人マフィアから金をだましとった中国人マフィアの首領を引き渡せと要求する。その使者に立つのがアスカだ。そこから、話がどう転んでいくのかはぜひ『天使の爪』を読んでいただきたいが、スピーディーな展開と、巧みな場面転換で、ページを繰る指は休む間も惜しい。
 「脳移植」という設定は、虚構の面白さへジャンプするための荒唐無稽の道具立てだ。しかし、シリーズ第2作目では脳移植者への苦悩を細やかに描き、前作以上にアスカのキャラクターが際だっている。女だてらに格闘技に通じ、頑強な肉体を持っていた明日香は、きゃしゃなはつみの身体になじめない。そして、はつみの美貌のおかげで、素直にもともとの恋人、古芳刑事からの愛へも疑いのまなざしを向けてしまう。脳移植者ゆえの悩み、苦しみを描くことは、すなわち敵役のヴォールクの輪郭をはっきりとさせることにもつながってくる。脳移植者の孤独を描いて、人を愛すること、求めることの強さを描く。
 ヒット作の単なる続編ではなく、そのモティーフをより深めた作品として、花も実もある絵空事となった。読み応えのある長篇アクション巨編である。(bk1エディター)

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