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先月(2017年8月)

mauさんのレビュー一覧

投稿者:mau

71 件中 1 件~ 15 件を表示

頭と心、両方に訴えかけてくる内容

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 死者は語ることは出来ない。生き残った者は語ることは出来るが、彼らは死者ではない。他でもない、生き残ったという事実が死者と生者を明確に区分けしてしまうのか。生き残った者は自分は生き残ったという事実に絶えず罪の意識を感じながら、死者に対して黙祷することしか出来ないのか。生き残った者の証言に死者を委ねることは、果たして間違いなのだろうか。

 著者は過去の生存者の証言を丹念に検証しながら、死者と生者の間に横たわる上記のパラドックスにじっくりと取り組み、ほどいていく。その手法は極めて高度に分析的なものだが、根底に真摯さ、謙虚さ、誠実さが無ければ決して到達し得なかっただろう地平を、著者は私たちに示してくれる。

 読みはじめた当初は、題名の「残りのもの」という言い回しに若干違和感を感じていたのだが、これに対し最終章で著者が展開する考察を読み進めるうちに背中がゾクリとし、ただ圧倒された。

 頭と心の両方に訴えかけてくる本。多分これから何度も読み返すだろう。訳者による巻末の解説がまた秀逸である。

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森雪はちゃんと働いていたか?

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ウルトラマン、ヤマト、ガッチャマン、009、ゴレンジャー…これらの共通点は?
 はい、どれも戦闘メンバーの中に女性が一人入っていますね。でもこの女性たち、本当に戦闘時に役に立ってるの? なんか足引っ張ってるようにしか見えないんだけどなあ…。

 そんな疑問にズバリと切り込んだのが、やはりこのヒト斎藤美奈子お姉サマ。類稀な分析力に加えてカッコイイ決め言葉をバシバシ連発、読者を爆笑の渦に巻き込みながら、子供向けアニメの世界観の裏に潜むものを暴いていきます。
 セーラームーン、エヴァ、宮崎駿アニメ、といった一見女性上位に見える最近の作品に対してもその鋭い刃を振るうのに容赦はありません。読んでいて、ああ、快感。

 それでも対象がアニメ&特撮だけでは、単なるオタク向け解説で終わったかも知れません。しかし「子供向け伝記」を同時に取り上げる事で、批評内容に幅と厚みを持たせることに成功しています。

 子供向け伝記の中身を検討すると、代表的な「女の偉人」ナイチンゲール、キュリー夫人、ヘレン・ケラーの人生が、実際の功績から随分歪められた形で子どもたちに伝えられていることが分かってきます。その改竄の仕組みをアニメの世界と重ねあわせてみると…あーら不思議、思いがけない共通点が見えてくるのでしたあ!

 とにかく笑いながらも唸らされる一冊。『妊娠小説』に続いて必読! であります。

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抱擁 1

2003/01/17 20:18

ロマンスなのにポストモダン?!

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共に19世紀の代表的な詩人である男女が密かに交わしていた往復書簡。前半は主にその内容を巡って、後半はその所有権を争って現代の学者たちの駆け引きが繰り広げられる。
その推理の筋道を辿るだけでも、あるいは手紙から明らかになるロマンスの行方を追いかけていくだけでも、これはもう充分に面白い作品だ。だから以下に記す内容はある意味、単なる蛇足でしかない。

発見した書簡を読み解いていく二人の学者・モードとローランドは、次第に明らかにされる前世紀の詩人達の恋愛に翻弄され、戸惑う。先鋭化された文芸批評理論が嫌というほど敷延している世界に住んでいる二人には、詩人達の感情をそのまま自分達の間に素直になぞらえることは出来ない。
ロマンスの意義を喪失し、それでいて性的に過剰な意味付けをされた世界に半ばうんざりしている二人は、「誰もいない清潔なベッド」というイメージに共通の価値観を認め合い、なぐさめを見出す。

原題は“Possession: A Romance”であり、このうち「ロマンス」の説明として冒頭にホーソーンの文章が挙げられている。
イギリス文学史を簡単におさらいしておくと、近代まで文学の主流は物語 (romance)、荒唐無稽で波瀾万丈、最後は大抵大団円といった内容が主流だった。
近代になってそれに対抗する形で台頭してきたのが「小説 (novel)」、もっと現実に即して人々の生活や感情を忠実に描こうという試みだった。この流れは現在まで脈々と続いており、既存の「ロマンス」は現代ではむしろ「ファンタジー」に近い位置づけとなっている。

現在、改めて本来の「ロマンス」を書くことは難しい。小説(novel)のリアリティを備えつつ、なおかつワクワクと読み進め、幸せな気持ちで読み終えることの出来る物語、「ハーレクイン」のように徹底して俗世での幸福を求めるのではなく、しかもポストモダンの流れで「物語の喪失」を体験してきた現代の読者にも受容される物語とは、一体どんなものか。

著者はこの点を充分に考慮した上でこの作品を書き進めている。現代の学者二人を19世紀の詩人二人に対置させることで、非常に正統的なロマンスを描きながら一方で既存のロマンスに対する批評的視点も極めて自然に物語の中に取り入れている。

実際には架空の詩人達の業績に現実味を与えるために、著者が周到に用意した詩・手紙・日記・伝記にも幻惑される。なんとも壮大な仕掛けに、一読者はただただ没頭して読みふけるばかりだ。

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紙の本日本語大博物館

2001/10/11 17:21

日本語近代化への熱き戦い

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 漢字と仮名が入り乱れる「悪魔の文字」、日本語。近代化を推進するにあたり、日本語の文字処理がどれほど技術的・工学的に問題点を抱えていたかは、容易に想像できる。

 何万字もの書体を整え、活字を作り、語義を定義し…黙々と働く事でしか報われないデータベースの構築。欧米のようにアルファベットだけなら簡単に出来るタイピングも、日本語の場合は熟練者でなければ思った漢字一つ拾えない。情報処理に手間取る時間のロスは、そのまま近代化の立ち後れに直結する。当時の指導者達の焦りは計り知れない。

 その苛立ちは、遂には日本語そのものの改造論へと発展していく。
 「全部漢字を廃止してカナ書きにしちゃえ!」
 「いーやローマ字表記だ!」
 「新しい文字を作るんだ!」
 「いっそ日本語をやめてしまえー!!」

 …中には間違った方向へ向かったまま、袋小路にはまりこんだ過激な案もある。けれどその真摯な思い入れと激しい情熱には、こちらの胸もつい熱くなる。

 考えてみれば、ワープロが普及して精々10−20年。PC一人一台なんて、昔は考えも及ばなかった。当時の問題点は決して解決されたわけではなく、今も「文字化け(文字コード問題)」など根深い問題を抱えている(この辺りの詳細は『電脳社会の日本語』(加藤弘一、文春新書)に詳しい)。
 インターネットの普及により、情報が世界を一瞬に駆け巡る時代が来た今こそ、日本語の文字情報処理問題は真剣に取り組まれなければいけない。

 豊富な図版により読みやすく、分かりやすく記された日本近代史の一面を、ぜひ知っておいて欲しい。


<目次>
第一章 幕末活字顛末記
第二章 活字との密約
第三章 起死回生の夢
第四章 ことばの海に漂う
第五章 カナに生き、カナに死す
第六章 ローマ字国字論の目ざしたもの
第七章 日本語改造論
第八章 漢字廃止論 VS.漢字万歳論
第九章 縦のものを横にする
第十章 営々と刻まれた一点一画
第十一章 五万字を創った人
第十二章 毛筆から活字へ
第十三章 日本語の工学的征服
第十四章 一億人のデータベース

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文字通り、外交を味わう一冊

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 エリゼ宮とはフランスの大統領官邸。外国からVIPが訪れた時の晩さん会なども、ここで催される事が多い。なんといっても食通の国・フランス。どんなメニューが供されているか、それだけでも興味はつきない。

 しかしそこはやり政治・外交の場。相手がフランスにとってどれだけ重要なお客様か、それによって持成しも違ってきて当然だ。
 例え口先では巧いこと言っていても、実際に供されたメニューをよく見ると「あれ?そんな待遇でお茶濁してるわけ?」みたいな料理を出していたりする。逆もまたしかり。

 ワインなどは元々級分けされている差別的な?飲み物ゆえに、待遇の差が特に顕著に現れる。この人には特級であの人には2級、だったらどっちを大事に思ってるかは明白。勿論いろいろな要素を考慮して選んでいるので、そこまであからさまにしない配慮はあるが。

 そんなメニュー作りの過程や、実際調理するときの苦労話などが、当時の政治情勢と絡めて語られている。国際政治の世界が、一味違った視点で楽しめる、正に極上の味わいの一冊。文庫になってますます多くの人に読まれる事を願う。

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紙の本美味礼讃

2001/05/29 23:38

異文化を理解する、ということ

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 今でこそフランス料理も、東京を中心に名シェフが本場の味を競う時代になったが、その基礎を作ったのが辻調理師専門学校の校長を務めた辻静雄氏、この本の主人公である。

 1960年代はフランス料理とは名ばかりで日本風西洋料理(いわゆる「洋食」)か、せいぜいが、西原理恵子なら「おーほっほ、今晩は舌平目のムニエルですわー!」という程度の知識しかシェフ自身も持ちあわせていなかった。

 その状況を打開するために、辻氏はフランス中の名レストランを訪ね、調理法を覚え、食材の入手・シェフの育成に尽力する。「たかが料理じゃないか」、そんな後ろめたさも覚えながら、それでもフランス料理の真髄を日本に正しく伝えようとした彼の姿には、ただただ頭が下がる。

 この本を読む度に、異文化を理解し、紹介するとはこういうことなのか、これほどの努力と情熱をかけて初めて、他の国について何か述べる資格があるのではないか、と思いしらされる。

 私は今たまたま欧州に住んでおり、普段はあれが気に入らんこれがよろしくない、とぶうぶう文句たれているが、実際自分はどれほどこの国の事を理解しているのか、表面的な事でぎゃあぎゃあ言ってるだけではないかと、これを読んでは反省する。その意味で、私には大切な「戒めの書」でもある。

 伝記仕立ての小説だが、結構「根性もの」っぽい展開でグイグイと一気に読ませる。辻氏を支援してくれる欧米のシェフ達もまた人情厚い人ばかりで泣かせる。料理に興味がなく、「物語」として割切って読んだとしても、充分面白い内容だと自信を持って勧めたい。

参考:辻調グループ校HP
(ここのサイトも読み応えあり!)

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紙の本翻訳夜話

2000/11/24 04:52

幸福な競演

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 クリスマスプレゼントを一ヶ月前にいただいたような、そんな喜びに浸りつつ、じんわりと読んだ。

 アメリカ現代文学の翻訳者として絶対に外せない二人が、思い入れたっぷりに語る翻訳テクニック。オースターとカーヴァーの競訳に若手翻訳家を交えての解釈論議までついて、こんな贅沢な企画、年を越す前に何か罰が当たるんじゃないだろうか。

 本書全体に溢れる二人の翻訳への、そして文学への愛情。物語が好きで好きでたまらないからこそ、忙しい最中にもついちょこちょこっと訳してしまう。そんな想いに乗せられて、こちらまでわくわくと嬉しくなってくる。彼らに愛され、訳された作品は、本当に幸せだ。

 私個人は柴田氏のファンだが、本書全体としては創作と翻訳の違いを丁寧に解説していることもあって、村上氏の発言に印象深いものが多かった。文学の好きな、全ての人に読んでほしい。

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紙の本文人悪食

2000/09/19 18:20

「食」に見る文士達の業の深さ

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 祝・文庫化!ということで再読したが、何度読んでも傑作は傑作だ。
 漱石・鴎外から太宰・三島まで、37人の文士と食べ物とのエロティック?な関係を、豊富な資料と彼ら自身の作品群からの抜粋で切り取る、食欲からみた近代文学史。食を通じて俗な欲望が絡み合う、その艶っぽい表現には、読んでいるだけで舌なめずりをしたくなる。気取り澄ました文豪たちが、にわかに人間臭さを帯びて、手元に引寄せられてくる。

 しかも著者は自らも料理の達人、編集者としての企画力も申し分なしの嵐山光三郎。御見事な包丁捌きで作家の本性を解体する。あまりの鮮やかな手口に巻末の解説者も、もはや解説することがなくて困っているくらいだ(笑)。

 こんな美味しい本、そうそう巡りあえるものじゃない。文庫化を期に、もっともっと多くの人に読んでもらいたい。

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紙の本グランド・ミステリー 上

2002/05/15 19:59

人生という謎

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「下らないミステリを読むくらいなら、むしろ『人生』という名の謎を解け」
というのが私の持論なのだが(ミステリが下らないと言っているのではない、念のため)、この小説の扱っている謎は、まさに人生もしくは運命であったりする。

物語は真珠湾攻撃の日から始まる。当日の興奮と混乱の中で闇に葬られた幾つかの不可解な事件を追求していくうちに、あることに気づいた人物がいた。私は日本に何が起こったかを既に知っている。日本がこの戦争に負けることを知っている…。

一度記された人生は変えることができるのか。変えられないからこそ運命と呼ばれるのか。変えようとするその試みは、やはり無駄に終わってしまうのか。
複数の叙述形式を巧みに入れ替えながら、知らず知らずのうちに多層的な時間の流れに読者を巻き込んでいく手腕が素晴らしい。かなりの大作だが、ダレることなく緊張感が持続していく。

試みの結果は、実はかなり悲惨なのだけれど、最後の「エピローグ」に救われる思い。これだけでも全てが無駄ではなかった、と思わせてくれる。

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紙の本奇跡の泉ルルドへ

2001/08/02 02:54

現代における「奇跡」の意味

3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 「…『では彼女に、医者に禁止されたと言って説得すればいいですね。』と私が言うと、主治医は電話の向こうで大きくため息をついた。『あのね、病人がルルドへ行きたいと言い出せば、医者にはそれをとめることなんてできやしないんですよ。』」 (p207、あとがきより)

 神の恩寵により病が癒される、という奇跡。

 現代ではいかにも非現実的・非科学的に思える話だが、フランスの聖地ルルドには今も大勢の病人と看護人が訪れ、聖水に浸かり、病気の治癒を祈る。そして実際にそれで直ってしまう人も、ほんの少数だが、存在する。

 一体この「奇跡」とは何なのか。なぜそのような奇跡がルルドで見られるのか。著者はその歴史的・思想的な背景を丁寧に辿りながら、現在のルルドへ私たちを導いていく。

 「奇跡」の本質的な部分を担っているのがキリスト教(特にカトリック)であることは間違いない。19世紀に少女ベルナデットが見た幻の聖母の導きにより、ルルドは聖水の湧く泉を与えられ、聖別化された。その信仰の強さが、病人に一種のプラシーボ(偽薬)効果をもたらすのは当然のことだろう。

 しかし著者の考察はそれだけに留まらない。明日をも知れぬ命を賭けて旅してきた重病人を、ためらわず受け入れるルルドの地。ここでは病人も貧者も巡礼者として歓迎される。ホテル、ホスピタル、ホスピスの語源となっている hospitality(歓待)の精神が、大勢のボランティアの人達を動かしている。病人が病人としてではなく、一人の人間として尊厳を持って迎えられ、大勢の人(中には自分より更に重病の人もいる)と出会い、新しい経験を得る機会がここにはある。

 もちろん、歓待の精神(&ボランティア精神)自体もカトリックと深く結びついている。しかし重い病を前にした人達に、宗教の差異はもはや無意味となる。希望という名の信仰の下に、宗教を越えて多くの人がルルドに集まってくるのだ。

 「癒し」を得るために費やされた歴史と信仰の重みに、改めて唸らされる一冊。

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紙の本大真面目に休む国ドイツ

2001/06/20 17:13

「旅行大好き」ドイツ人の実態

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 題名を見て、思わず膝を叩いて笑ってしまった。
 正にその通り!と言いたくなるほど、とにかくドイツ人は有休が多い(平均6週間)。しかも日本人みたいに使い残すことは滅多にない。権利というよりは義務に近い感覚だ。
 客観的には羨ましい制度だが、忙しいときに同僚にスカーッと休まれると「なんかむかつく」というのが日本人駐在員の正直な心境ではないだろうか。

 で、休んで何をするかというと、とにかく旅行。ドイツ人の旅行好きには、ホント目を見張るものがある。欧州(特に南)どこに行ってもドイツ人ドイツ人ドイツ人。君たち、そんなに母国が嫌なのかね!?と尋ねたくなってしまう。

 そんな現状を適確に捉えたこの本は、なかなか辛辣なメッセージも含んでいる:
 福祉充実のために重税を課せられ、低い可処分所得でやりくりする日常。
 残業による所得増加も見込めず、有り余った自由時間は安ーい「パック旅行」でひたすらノンビリゴロゴロすごす。
 現地の住民とは一切接触せず、ドイツ化したリゾート地に納まって満足。
 就職先がないため、ひたすら学生業を引き延ばし続ける「永遠の学生」たち。
 南の島を占領する一方で、旧東独に関心を向ける人は少ない…。

 上記のような現象は、もちろんドイツだけの問題ではない。福祉充実を図っている全ての先進国に当てはまるのだが、その中でもドイツは群を抜いており、またそれゆえの行き詰りを如実に示しているともいえる。時短・有休が必ずしも生活にゆとりをもたらさない、という皮肉的な状況が明らかにされる。

 日本ではあまり紹介されない現代ドイツの一面を鋭く突いていて面白い。同シリーズ『破産しない国イタリア』(内田洋子、平凡社新書)と合わせてお勧めの一冊。

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紙の本カルトか宗教か

2002/05/15 20:05

世界の多様性を許容せよ

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新興宗教の類から「健康」「癒し」「自己啓発」までを含めたカルト集団の見分け方と、その対処法。

今や伝統宗教として確固たる地位を築いたキリスト教(特にカトリック)も、かつては「異端」であり、カルト的な暴走を繰り返した過去を持つ。その歴史と反省を踏まえて、欧州のカルト対策は明解にして迅速だ。
信者各人の「宗教の自由」は充分に確保しつつ、「社会的悪行」に対しては厳しい制裁を取る。宗教という言葉の曖昧さに騙されないだけの知恵が感じ取れる。

著者はフランスでカトリック史、エゾテリズム(秘教主義)史という、ある意味日本人には一番取っ付きにくい分野を研究しているわけだが、うわべだけの神秘性やオカルティズムに惑わされない広い視野と深い考察が、この新書を読むだけでも充分うかがえる内容になっている。
世界の複雑さ・多様性を許容することが人生を豊かにする、という提言は、一元的な定説で自己弁護を図るカルト集団とは一線を画する。これからの著作活動も注目していきたい。

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紙の本今夜、すべてのバーで

2001/05/05 07:16

ストイックな語りの裏の業深さ

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 らも氏の、多分ほとんどが実体験に基づいたアル中男の物語。

 書かれている内容自体は、『さかだち日記』等のエッセイでも明らかにされたエピソードだが、小説では極めてストイックな語り口に徹している。「アル中」という症状について登場人物は様々な意見を繰り広げるが、否定も肯定も併せ呑む形で物語は淡々と進む。

 主人公は最後に一応退院するが、それが「アル中からの生還」という明朗な結論を導き出している訳でもない。またいつどんな形で崩れ落ちるか分らない、そんな自意識の危うさの予感を多分に秘めたまま、とりあえず今夜は…という終わり方。そこに、らも氏の抱える業の深さを見る。

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紙の本The Blind Assassin

2002/03/19 17:02

二十世紀を締めくくるにふさわしいブッカー賞受賞作

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 2000年度ブッカー賞受賞作。
 「大戦が終わってから十日後、妹のローラは車ごと橋から転落した」。
 そこから始まる物語は現在八十を越えた姉の日常と当時の回想、それを客観的に裏付ける新聞記事、そして妹が書き残した小説 "The Blind Assassin"のテキストが交差しながら進んでいく。

 二十世紀初頭、釦工場の成功で一時は裕福だったチェイス家も時代の波に取り残され、新たに台頭してきたグリフィン家に半ば乗っ取られる形で吸収される。チェイス家の二人姉妹のうち、姉のアイリスはほとんど強制的にグリフィン家に嫁がされる。敬虔であるがゆえに奇矯な行動を繰り返す妹のローラは、社会主義者として追われているアレックスという男に出会う…。

 粗筋だけ追っていくと、レトロな話ではある。しかし著者の残酷なまでに詳細な筆致は、読者を有無を言わせずに物語の渦にねじ込んでいく。当時の名家女性に対して世間が無意識に強制する抑圧の重さ(それこそ「足を見せるのはふしだらだ」から始まる)、そして現在、語り手が老い衰えて人の助けなしで通常の生活が営めなくなる過程などは、げんなりするほどリアルでぞっとする。

 作中に挟まれる"The Blind Assassin"はローラが書いた物語なのだが、身分違いの男女が人目を避けて逢瀬を繰り返す中、男が戯れに女に語る「寝物語」として登場する。つまり作中小説の、そのまた作中小説という設定。従ってこれをSFと呼ぶには余りに他愛ないのだが、その刹那的な部分が、行き所のない男女の絶望を象徴しているように思えて、かえってやるせない(この辺、周りがSF色を強調した15年前の作品『侍女の物語』のパロディというか脱構築の形なのかもしれない)。

 このように幾つもの話が交錯しながら集約・融合していく最後の数章は、予想通りとは言え、圧倒的な感慨をもたらしてくれる。まさに二十世紀最後の受賞作品にふさわしい。現代小説の御手本のように、極めて上手く構成され、読み応えがあり、そして何より読んで面白い。かなり重厚だが最後まで読み通す価値のある作品だ。

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TVメディアとの奇妙なシンクロ

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 超能力者。その言葉にまとわりつく胡散臭さを振り払いつつ、彼らの日常を追うTVドキュメンタリーを撮ろうと著者は葛藤する。しかし振り払った先に見えてくるものもまた、TVといういかがわしさをまとったメディアなのだ。

 いつからTVは、ここまで信用されないメディアになってしまったのだろう? 「百聞は一見に如かず」、つきつけた画は嘘をつかないという信念はもはや消え失せてしまった。ハッタリやヤラセは当然入っているもの、と視聴者は誰もが「お約束」を黙認した上で楽しみ、観終わった後はさっさと忘れてしまう。

 そのTVが一時期、頻繁に特集番組を組んでいた「超能力」。TVが無ければ70年代のユリ・ゲラーのブームはなかっただろう。所詮トリックだ手品だと叩かれるようになり信用されなくなる経緯は、TV自身の辿った道筋と不思議なくらいシンクロしている。

 TVの実演シーンを観ても超能力の存在を全く認めない人も、実際に目の前でスプーンが曲るところを見ると激しく動揺し、あっさり主旨替えしてしまうことも多いようだ。一体何を信じるのか、何だったら信じられるのか。著者は絶えずメディアの内側から問いかける事を止めない。

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