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先月(2017年8月)

十夜さんのレビュー一覧

投稿者:十夜

2 件中 1 件~ 2 件を表示

紫の砂漠

2001/01/05 12:57

透明で、せつない物語

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 生まれながらに性別がなく、たった一度の真実の恋によって「守る性」「生む性」の性差が決定するひとびとが住む世界。その世界そのものである〈紫の砂漠〉のはての塩の村に生まれた丸耳のシェプシは、砂漠に詳しい巫女や老人から砂漠の神話・伝説を聞いては、高い岩場に登って紫の砂漠を眺めるのが何よりも好きな風変わりな子どもだった。砂漠を侵すことを禁じた神の戒めを知りながら、なおも憧れてやまない紫色の地平線。砂漠には謎がある。そしてその謎に関わる宝物をシェプシは持っていたのだ。三神のうちの一柱、聞く神がずっと探し続けているとされる光る音響盤。この秘密を抱えて、どうしてじっとしていられるだろう。だがそんなシェプシもまもなく「運命の旅」を迎えようとしていた。
 子どもたちは七歳になると生まれ育った町村を離れ、聞く神に仕える書記の町で神の定めるところに従い、運命の親のもとへ授けられる。それから七年間は仕事を覚える期間で、続く七年間を運命の親のために働き、独立する。
 運命の親が砂漠を渡る商人だったら、とシェプシは思う。そうでなかったとしても、独立した後に一度でもいいから砂漠のなかを歩いてみたい。だがそれはシェプシには、あまりにも遠く先の出来事のように思われるのだった。
 そしてシェプシの運命の旅がはじまる……。
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 1993年に新潮社よりハードカバーとして刊行された作品の文庫版です。
 男女の性差なしに生まれてくる子どもと、その後の性分化システムは解説にあるようにル=グィン『闇の左手』を思い起こさせますが、本書が決定的に違うのはその性差を決定づける「真実の恋」と呼ばれる瞬間が一生にただ一度、ただ一人の相手にのみ起こるということでしょう。これは詩人が歌う真実の恋の歌の数々を知ると、別に不思議でもなんでもないあたりまえのことのように、すとんと腑に落ちます。語られる感情の普遍性に納得してしまえば、むしろ何の不都合もないのでは、とさえ一瞬思えてしまいます。
 そして極め付きが「静かに笑いながら生まれてくる赤ん坊」(P261)です。この驚きは忘れられません。物語から見れば枝葉末節の部分ですが……これには理想郷という言葉を強く感じました)

 全体を通してみると、とても透明で切なくて痛い物語です。印象的な場面は数多いですが、光る音響盤の「声」は不意打ちでした。いちばんお気に入りのシーンかもしれません。

初出(URL)http://www14.big.or.jp/~touya/books/200010.html#desert_violet

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旅というもの

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 キノが渡り歩いてきた国々が、今あるその姿になったのには全て理由がある。
 人々は皆、考えることを止めてしまったのだ。
「人間同士の思いを直接伝え合うテレパシーが極度に発達した国」では、人々はコミュニケーションをとる努力の大切さを忘れ、心から伝えたい言葉を真剣に考えることを放棄してしまった。
「悪政を敷いた王制を革命によって廃止し、“多数決原理主義”を選んだ国」では、“完全な平等”の幻想に酔った民衆が、より良い決定を選ぶことの意味を考えるのをやめた。
 そのほかこの本に収録されている「コロシアム」も「大人の国」も「平和な国」も、目のまえで起こっていること、それが常識だと信じきっていることに、なにも疑問を感じず思考停止してしまった者たちの姿が語られている。どことなく飄々とした内容の「レールの上の三人の男」でさえ、疑うことを知らない老人たちの姿は、たんに自分の判断を放棄しただけと目に映ってしまう。
 考えることを止めて、なにかに身をまかせてしまうことはたやすい。でもそれは、本当はとても哀しいことなのだ。
 旅というものは人にまかせっきりでは本当の旅ではない。それは自分で決めなければ一歩も進めない判断の連続だ。迷うことこそが、旅なのだといえる。
 まだ疑うことを知らなかった幼いキノに、ある人が教えた“自分で考える”というメッセージ。たとえ言葉には出さなくても、これを誰かに伝えるためにキノは迷いながら考え、どこへ向かっているともしれない道を歩んでいるのかもしれない。

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