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kazukauzさんのレビュー一覧

投稿者:kazukauz

4 件中 1 件~ 4 件を表示

銀と金 11巻セット

2000/07/21 03:28

競争社会の現実

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 主人公の一人、銀二の台詞、「結局、誰も悪党を倒せない。少なくともそれと相対する善なんて代物が悪を倒したりしない。もし悪を葬るものがあるとすればそれはつまりそれ以上の悪…だからおまえが誰かを助けるというか…贔屓(ひいき)したかったら、いっそ駆け上がれ巨悪に!」

 単純な勧善懲悪の話に飽きた人に絶対、おすすめの作品。もう一人の主人公の森田鉄雄と銀二が裏社会で活躍する物語。作者が銀二の台詞にこめるメッセージとは、「世の中、平等ではない。「勝つ」人間と「負ける」人間がいるだけだ。結局、「勝つ」人間が金や権力を持つ。人 間の善意や道徳は「負ける」人間の最後のよりどころ」。常に「競争」が要求される現代社会の真実を鋭く突く銀二の台詞は私達に重くよしかかる。そして作品の中には「勝つ」人間になるためのヒントがあり、勝敗を分ける精神状況を見事に描く「勝負」の物語があります。
 
 しかし、常に「競争」が要求される現代社会において生まれながらハンディを持った人もいることも真実である。この作品はその真実にも立ち向かいます。主人公の森田を裏社会から引退させた事件の犯人の最期の台詞、「…差別されたんだ(その後、絶句)」。森田は生まれながらハンディを持った人は競争社会において生まれながら「敗者」になってしまう差別を知り引退を決意します。彼らを救うためには国家が支えていくべきか、一人一人個人が支えていくべき か、はたまた結局、誰かの贔屓(ひいき)によるしかないのでしょうか。
 
 常に「競争」が要求される現代社会において「生きる」とはどういうことなのか?この作品のような「勝負」の精神状況を常に要求されたら人間の精神は参ってしまうだろう。だが常に「競争」は要求され終わりがない。そう割り切らなければなりません。森田の引退により自分も引退を考えていた銀二も最後に割り切ります、「今更、勝ち逃げなどできぬ。それだけはしちゃいけない。俺に残された道は壊滅的敗北を喫し去るか…あるいは勝ち続ける、灰になるまで…」。銀二の決意は固いですが、物語はこの台詞で未完になっていることは現実は本当にツライということなのでしょうか。

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Pink

2000/07/21 03:17

この世が無意味なユミちゃん

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 主人公のユミの「気分」を一番、表現した台詞。「この世では何でも起こりうる。何でも起こりうるんだわ、きっと。どんなひどいことも、どんなうつくしいことも」。「この世では何でも起こりうる」とは「何にも起こらないこと」も起こりうること。何でも起こりうることと何にも起こらないことを相対的に考えると、どんなひどいこともどんなうつくしいことも何でもありであり、同時に何でもなく意味がない。結局、この世が無意味なものに思えてしまうだろう。

 そんな「気分」を抱えたユミは普通のOLをしながらホテトル嬢のバイトをする女の子です。「ananのグラビアみたく暮らし」に憧れ、飽くなき欲望を求め機械仕掛けのように生きています。

 この世が無意味なものに思える、絶対的に自分が存在してもいいと思えないこと。つまり、無条件に自分を愛する、他人から愛されていると思えない。それらをユミは知ってしまっているのです。どこかで断念してしまっているのです。ついにp216では「どうしてあたしはここにいるの?」と自己に対する不安が噴出し泣き出してしまいます。

 どうしてユミはこの世が無意味なものに思えてしまうのでしょうか。

 ユミは幼い頃から継母に常に嫌われて育ってきました。生まれてはじめての他人である母親の愛を知らずに育ったからでしょうか。ユミはペットとしてワニを飼っています。ワニは本来、人間の生を脅かす存在のはずです。彼女はワニを「スリルとサスペンス」な生活の実現のために飼います。身近の日常生活に人間の死を感じられない環境だからでしょうか。

 ユミは最後にすべてを投げ出し、恋人とともに南の島へ行こうとします。しかし、作者はその南の島というユートピアへの逃避に対し悲劇的な結末を用意していました。

 僕は作者のユミの「気分」を丹念に漫画表現として描ききり、彼女に落しまえをつける態度に感動してしまいます。現在、作者の岡崎京子は交通事故に遭い療養中。一刻もはやい復帰を切に望みます。

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紙の本ドラゴンヘッド 10巻セット

2000/07/21 02:53

想像もできないことを想像すること

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 私たちは現在TVのニュースや新聞を通して、想像もできないような事故、自然災害、猟奇殺人、遠い国のテロ、虐殺のことを伝えられる。そして週刊連載が大部分を占める連載漫画の多くは、TVのニュースや新聞が伝えることを題材にすぐ取り入れようとする。例え、それがTVのニュースや新聞のメディアの都合により、万人に受け入れやすいように部分を切り取ったものや表層だけに過ぎないものとしても。連載漫画の多くは、想像もできないようなことを想像もせずに、メディアを通された部分や表層をそのままに表現しているのだ。

 さて、「ドラゴンヘッド」である。これには想像もできないようなことを想像しようとする過程や人間の意志が描かれている。人間の心の闇(特に恐怖について)という想像もできないことを、である。私はノブオの闇の恐怖に囚われた身体の姿をみた時、まさに想像もできないものを見せつけられたと思った。

 「ドラゴンヘッド」のラストでは主人公が崩壊後の新世界を想像をしようとする意志を示すところで終わる。ラストは中途半端な印象を受けるかもしれない。しかし、それは新世界への想像の困難、現在の閉塞感を表しているとも言える。作者はあえて新世界のイメージを提示せず、読者に想像もできない「未来」を想像させようとする課題を与えたのではないでしょうか。

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画のバランス感覚

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 解離性同一性障害いわゆる多重人格である主人公、雨宮一彦(小林洋介、西園伸二でもある、多重人格だから)があらゆる猟奇殺人事件に巻き込まれるサイコ・サスペンス物語。

 この作品は全体的にトーンをあまり使用せず鋭角な線で人物と風景を同じように描いている。そして掲載誌(少年エース)で連載初回が遅れたほど問題になった残酷な猟奇殺人の表現がある。トーンをあまり使用しない「白い」画に血が「黒く」映える。人物の髪や服装や血の「黒」と「白」の風景や人物の肌。均質な線で「白黒」に画のバランスがとれているが、とれすぎているために常に画に緊張感があり、ギャグの場面が面白くない。読者にとて笑う余裕がないのだ。また、そのバランス感覚が残酷表現にともなうはずの「痛み」や「臭い」といった表現の可能性を奪っている。残酷表現というのは本来、バランスの伴わない過剰で非合理なものではないのだろうか。

 しかし、逆にいえばその画のバランス感覚のおかげでサスペンス物語をきちんと味わうことができるといえる。残酷表現は時に凄すぎると「気持ち悪い」と感じ、先に物語を読めなくなることがあるのだ。私としては「うまい」物語も味わいたいが、たまには作者によるバランスを伴わない「まずい」画の表現も見てみたいのだが。


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