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たまごさんのレビュー一覧

投稿者:たまご

3 件中 1 件~ 3 件を表示

たのしくるしい家づくり。

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 この本は、わたしたちが家を建てようとして行き詰まったとき、本屋でたまたま出会ったものでした。自分たちが家を創ろうとしていること、そしてまた、ハウスメーカーに対して拒否反応を起こしていた最中のことでしたので、「個性的な家」と「ハウスメーカー」とが並んでいることのアンバランスに興味をそそられて、パラパラとめくっていくと、作者の悪戦苦闘ぶりが垣間見えてくる。そこにアマノさんという、たぶん「ハウスメーカー」の人であろうと思われる人間がちらほら顔を覗かせる。なんかおもしろそうじゃない、と買ってしまったわけです。

 ハウスメーカーと云えば、「注文住宅です」とか、「カスタマイズです」とか、いかにもご要望に応じた家作りをするようなことをいっておいて、肝心のご要望をお話すると「高くなりますよ」の一言で客を黙らしてしまうようなイメージしか持っていなかったものだから、どこのハウスメーカーでそんなことするわけ? という気持ちが、この本をレジに持ちこませたような気もします。

 イギリスで見つけた理想の家を1000万円台の予算でという作者の要望を、ハウスメーカーが実現していく話なのですが、実現したのはハウスメーカーというより、作者の井形さん自身の努力の賜物でしょう。
 結局、この本でわかったことは、自分の要望するものを手に入れるには、自分自身が苦労と努力を惜しまずに行動しないといけないのだということ。井形さんは、ここまでやるかぁ、と思うくらい凄い。
 でも、思うのは、こんなに苦労しないで家を手に入れた人より、人のしなかった苦労の分必ず得るものは大きかったはずで、自分のなかに蓄積するものは見えないけれどきっとたくさんあるのだと思うのです。人の知らない喜びと満足を得たのだと思うのです。そんなことが、自分たちの家創りを肯定してくれているようで、とても勇気づけられたのでした。
 それともうひとつ、営業のアマノさんと職人さんたちの人柄です。家を創るということは、自分たちの暮らし方、延いては生き方を確認していく作業のような気がします。ですから家づくりの業者を選ぶということは、一緒に生き方を形にしていく作業をしていくパートナーであってほしいと思うわけです。ここに登場する営業のアマノさんや現場監督の長谷川さんや職人さんたちの向いている方向が、みんなおんなじ方向を向いて進んでいけたことが重要だったのだと思います。最後の家の完成の場面では、思わず胸が熱くなってしまいました。

 かたちや方法は人それぞれだけれど、最後に、「あー、たのしかった」と、思える家づくりをしたいと再確認をさせてもらいました。もちろん、「たのしい」のなかには、「いやになるほど苦しい」も含まれています。

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紙の本蟹工船・党生活者 改版

2002/01/28 20:46

本当に戦うべきものに対しては命がけなのだ。

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 ひとつの時代の区切りとも云うべき新しい時代の流れのなかで、その境目のところには、混沌とした大きなうねりがあるものだと感じる。大きな時代の流れの中では、振り返ってみればそこがちょうど変わり目だとか、区切りだとか一言で片付けられてしまうような時代であったとしても、その時の当の当事者にしてみれば、これから先どうなるかなんてわからない混沌とした淀みの中でもがき苦しんでいるのだ。

 小林多喜二の時代、1920年代。被圧迫階級、貧しい農民や労働者による権力奪取での改革をめざす、共産主義思想の運動が盛んになった時代である。と同時に政府の弾圧の激しい時代である。
 これは「ヘンだ」ということを、自分たちの心の奥から湧き上がってこなければ改革は起こらない。怒りや悲しみや苦しみのなかに自分たちの湧き上がる闘志がなければ、前へは進めない。

 多喜二も命がけで、表現をした。この二つの作品からもひしひしと伝わってくる。とても重たい。でも何か明るさがある。それは、洞穴の暗闇の中で遠くに日の光が差し込んでいるのが見えるようなかすかな明るさである。それは、彼らが今信じて行動を起こしていることによって、きっと明るい光が差してくるはずだという確信なのであろう。

 本当に戦うべきものへ対しては、命がけなのだ、と思う。多喜二の時代のように死ぬの生きるのということでなくても、自分の意志を貫くための戦いは、自分が傷ついたり、なにかを失ったりすることも覚悟で立ち向かわなくてはならないのだと思う。自分が痛まなぬよう傷つかぬようにしていては、戦えないのだと思う。

 多喜二が戦った時代が良いとは思えないが、こんな時代があったことは忘れてはいけない重要なことだ。多くの人たちが虐げられ、一つの価値観だけで人々を弾圧した時代でさえ、今になればそれは正しくはないということになるものの、その当時は何が正しくないのかさえわからなかったし、それに気づくのにかなりの時間がかかるのである。
 ただ、「改革」は、自分たちのなかから、その想いが沸きあがってきたときに、はじめて実現できる可能性をもつ。虐げられた人々が、それに気づくように多喜二たちは運動をしつづけたとも云えよう。結局、多喜二たちが目指す「改革」をするのは、虐げられている人々本人たちなのだ、ということだ。

 今のようなぬるま湯のような世の中でも、実はなにか戦わねばならぬことが起きているのかもしれない。ただ、私たちが気づいていないだけなのかもしれない。

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やさしさは強さだ。

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 会社の支店長の勧めでオットが読んでいた本であった。「改革とは制度の壁を破ること、物質(金銭)の壁を破ること、意識の壁を破ること。このうちで意識の壁を打ち破ることが一番大事であり、一番難しい」という上杉鷹山のことばがあげられていた。そうなのである。意識の壁は厚くて高い。
 ビジネスだけでなく、普段の生活の中にも難儀な「意識の壁」があるじゃないか! 「一般に」考えられていることにふりまわされて苦労しているではないか! 「一般に」とか「普通」とか「みんなが」とか、そう云う意識が問題なんだ。と、自分に重ねて実感をした次第。

 たしかに、ひとの意識というのは、大きな意味で云えば、正解はあっても間違いは無い、と思う。それぞれの人たちにとって、それぞれの正解というのがあって当然、というところである。ただし、それが云えるのは「それぞれの人生のなかにおいて」という意味なのであって、会社のようなところでは、ある程度の正解、少なくても向かう方向をいっしょにする、ということが必要になる。まずは会社の向かう方向をきちんと見据えて、それに利となる行動をとらなくてはならない。そう云う意味で、会社は自分の自由にならない、のである。

 でも、どうしたって楽をしたいから、会社に所属していることが「絶対的な権利」のように思い込んでしまって、なぜか「守られている」と勘違いしてしまっているかもしれないな、と思った。わたしたちのどこかにそんな甘えの意識があって、会社と云う温室の中でぬくぬくとして、知らず知らずのうちにつらいことから逃げてはいないか。
 仕事をする上で、きれい事だけでは済まされないわけである。やりたくないこともたくさんあるし、つらいことも山のようだ。でも、それは全部自分で背負っていかなくてはいけないのだということだ。そういうことから逃げてはいないか?

 「スナック菓子を食べている小学生は社会に出て仕事ができない社員になる」と著者は云う。ずいぶん極端な、と思ったけれど、自分の好きなものばかり食べること、嫌いなものは食べないこと(自分の好きなことばかりやって嫌いなことはやらないこと)は、つらいことに耐える力、つまり心の体力が養えない。栄養面の体力もそうだが、心も弱い人間がどんどん増えているということなのではないか。大人も、会社と云う温室のなかで、ぬくぬくとしている癖がついてしまうと、いざというときに力がでないのではないのか。会社で生きていけないというよりも、心の体力が弱って生きていく上でへこたれてしまうのではないのかな、と思うわけである。

 この本を読んで思った。やさしさは「なまやさしい」ではない。やさしさは強さなのである、厳しさなのである。上っ面のやさしさは世の中に溢れかえっているが、ほんとうのやさしさが必要なのだ。「愛」ある上司はきっと支持されるであろう。

 ほんとうのやさしい人間になるために。それは、自分に対して「鬼」になること、なのである。

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