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レビューアーランキング
先月(2017年8月)

かもめさんのレビュー一覧

投稿者:かもめ

7 件中 1 件~ 7 件を表示

紙の本朗読者

2001/06/21 16:09

重たい物語

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 「21歳も年長の女性と少年の恋愛」というキワ物的な面が強調されていたので、長らく敬遠していましたが、読んでみてよかった。この物語には、私たち日本の戦後世代にとっても、考えなくてはならない重要なテーマがたくさん含まれていると思います。
 少年の視点から書かれているので、前半部は確かにきれいな初恋物語ですが、相手の女性にとって二人の関係が恋愛といえるようなものでなかったことは、「坊や」という呼び方を最後まで崩さないことからもわかりますし、かといって単純なラブアフェアーでもなかったことが、読み進むにつれて明らかになります。
 ナチズムは突然湧いて出た異物ではなく、ある種の必然に支えられて広まったのだということ、当時ナチズムを支持した人達の置かれていた深刻な状況…表立って語られることはないが、主人公の現在と切り離せないこれらの重たい問題が、底に流れ続けます。そしてそれが「ユダヤ人には似つかわしくない問題」だったことが、ナチス・ドイツを過ちの第一歩へ押し出したのかもしれません。「自由になるためにこの物語を書いた」と大人になった少年は言います。
 何かにとらわれることなく、自由に真実を見つめることが、未来の過ちをふせぐ唯一の方法なのです。しかしそれはなんと苦しく困難な道でしょうか。

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紙の本停電の夜に

2001/06/21 15:50

何度でも読み返したい

1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 アメリカで暮らすインド系移民の人々の物語。
 同じ場所と時間を共有しながら、心はいつのまにか遠く隔たってしまう夫婦を描いた表題作を皮切りに、二つの文化のあいだを行き来しつつ生き方を見出していく人の姿を、ユーモラスに、あたたかくみつめます。作品の配列など、隅々まで作者の心が行きとどいた美しい短編集です。
 最後の作品「三度目で最後の大陸」のなかで、一見何の共通点もない、インドからはるばるやってきた若い花嫁と百歳のアメリカ人老女が出会い、現実の遙かな旅路と長い時間の旅路とが寄り添う瞬間が、たまらなく好きです。

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紙の本ハリー・ポッターと秘密の部屋

2001/06/21 15:36

三冊目が待ち遠しい

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 なめてみたいよ百味キャンディー、もらってみたいよ吠えメール(出す方かな)。あちらのファンタジーは、ほんとうに、小道具に至るまで丹念に作り込んであってすごい。作者は子供の喜びそうなものを、実によく心得ていて、サービス満点です。
 大人としては、主人公ハリーの性格付けが平凡なことや、ステレオタイプの敵役、完全に先の読めるストーリー展開が文学的に少々気になるところですが、なあに、昔むかしの桃太郎を初め、物語のヒーローには個性なんか無い! みにくい鬼は悪のかたまりで、最後に必ずやっつけられる、そこが何度読んでもスカッと爽快なのでした。今どきの児童文学が、生身のこどもをおいてけぼりにして、先へ進みすぎたあとの隙間を埋めてくれる作品だったのだなあと思います。 
 結構長編ですが、中身は難しくないし、展開がスピーディーなので小さな子でも飽きないでしょう。誰でも知ってるおとぎ話のパロディーも楽しいですよ。三冊目では何を見せてくれるのか、とても楽しみです。

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アンジェラの灰

2001/06/21 16:03

それでも生きていくんだ

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 どん底。ここまで来ると、もう笑うしかない、へへへ…。というのが本書のユーモアです。心温まるほのぼのとしたおかしみではありません。こんな生活でも、ちゃんと生き延びて大人になれるんだ、と目を見張る思いです。
 私が小さかった頃は、日本でもこのような貧しさを目にすることがよくありましたが、今はほんとに少なくなりました。豊かになって、衣食住で困ることなんかなくて、子供は毎日楽しくてたまらないはずなのに、満ち足りていると、わずかな不足ばかり目に付いてしまうのでしょうか。フランク少年の世界では、私たちからみれば取るに足りないような幸せも、暗がりのなかのともしびのようにあざやかです。
 マコート一家の問題の大半は、宗教上の堕胎と離婚の禁止に端を発しているように思えますが、一方では重い足かせになる宗教が、ぎりぎりまで追いつめられたときには、現実的にも精神的にも、確かな救いとなってくれる皮肉。これをどう考えればよいのか、信仰を持たない私には答えがわかりません。
 ところで、本書でいちばん驚いたのは、訳者のあとがきです。食うや食わずのすさんだ生活で、両親は間違いなく早死にしただろうと思ったら、結構な年までちゃんと生きておられたのですね。なんというたくましさ! 特にお母さんの晩年は息子のおかげで不自由ない生活だったようで、ほっとしました。

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真っ黒なおとぎばなし

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 青年らしい理想主義と反抗心から、医師ギャリガンは志願して混沌の地ウガンダに渡る。文化の違いにとまどいながらも、仕事に恋に、充実した日々を送るのだったが、政変が起こり、ひょんなことから新大統領アミンと知り合って彼の侍医として招かれたとたん、周囲の幕が切って落とされたかのように、ギャリガンを取り巻く世界は一変する。距離を置いていたつもりが、いつの間にかアミンの手の内にとり込まれ、もはや自分自身すらコントロール出来ない。恋人や友人たちの属するなつかしい文明世界さえ、アミンが息を吹きかけると、突如裏返ったかのように、全く違う顔を見せる。その中心にあって、魔王のようにすべてを支配し、気まぐれに破壊してゆくアミン。紳士の国の理性も知性も、何の役にも立ちはしない。
 ゴールディングの「蠅の王」やマードックを読んだときも思ったのですが、英文学はこういうシニカルでイヤーな話を書くのが本当にうまいです。高をくくっているうちに、抜き差しならないところへ嵌り込んでゆき、主人公は自我の崩壊寸前に。「ハンニバル」が子供だましに思えるくらいショッキングな場面の連続。逃げても逃げても魔王の手のひらから逃れられない恐怖。全編にアミンの哄笑がひびきわたります。怪作です。

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信じやすい人は読んだほうがいいかも

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 えせ科学の嘘をわかりやすく解説した本です。
 邦題を見るとちょっと誤解してしまいそうなのですが、著者の言おうとしているのは、科学をよそおったインチキにだまされてはいけない、ということ。
 電磁波問題、タッチセラピー、UFOなどなど、日本でもおなじみの話題がやり玉にあがっています。実は、中には私自身けっこう信じていた話もあって、アメリカではとうの昔に実体があばかれていたと知り、とてもがっかりしました。これが危ないとか、こんな素晴らしいことがあるんだ、というニュースは人目を引きますが、種明かしはたいていあまり面白くないのできちんと報道しないマスコミの問題点についても論及されています。 
 ただ、詐欺や、全く根拠のないことが証明されたものは別として、例えば宇宙開発などは、壮大な無駄遣いではあるけれど、有害とまで言えるのかどうか。科学の進歩は、こうした錯誤や無駄の上に築かれて来たのではないのか、という気もするのですが。

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取り替え子

2001/08/10 15:02

私達は「取り替え子」なのか

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 読了後、やりきれない気分になった。
 これまで折に触れて手にしてきた大江作品は、あまり平易とは言えない文章を「よーし、がんばるぞ!」と腕まくりして辿っていくと、最後に必ず予想以上の果実をもたらすものだったが、「チェンジリング」は、前半部がほとんどモデル小説であることも災いして、大団円にしろ破局にしろ、読む側を別の世界に引き込む力がない。

 物語の終盤近くに語られる、作者の分身長江と自殺した友人吾良が少年時代に巻きこまれた異常な事件のあたりから、いつもの調子を取り戻したかに見えるのだが、結局結末は長江自身ではなく長江の妻千樫によってもたらされ、長江はまるで吾良とともに消えてしまったかのようだ。
 千樫の、神話的な女性のイメージ(再生するもの)による回復は、未来への希望(まだ生まれて来ない者)を意図して書かれたとは思うが、以前の作品に繰り返し現れたもののような力強さを持たない。「死んだ者を生み直す」話は、感動するよりどこか薄気味悪く、むしろ現在の自己を虚構として否定するニヒリズムを感じた。そのために、作者の出した結論が、無理に絞り出したもの、ないしは他力本願のようで、例えば「新しい人よ眼ざめよ」の圧倒的な幸福感とは、はるかに隔たってしまった。

 作者にとって、吾良のモデルである友人の死はまだ解決のつかない問題なのではないか。そのような宙づりの状態で、それ自体をテーマにした作品を発表することは、これまでの作者のあり方に照らして、正しいやり方と言えるのだろうか。

 それとも、作者は、この世のすべてが「取り替え子(チェンジリング)」であって、自由も、非暴力も、民主主義も、その反対概念たるファシズム等のアンチテーゼとしてしか存在しえず(それならば、戦後に生まれた我々の世代はこれらについて語る根拠を失ってしまう)、それ自体独立した力あるものではないと言いたいのだろうか。まさか。

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