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先月(2017年2月)

こ・と・はさんのレビュー一覧

投稿者:こ・と・は

2 件中 1 件~ 2 件を表示

紙の本コッコさんとあめふり

2003/07/29 12:13

あめふりの日におうちで読むのにぴったり。おなじみコッコさんの絵本。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 やっと、やっと、という感じです。これは1991年9月に年少版・こどものとも(福音館書店の月刊雑誌)として出されていたもので、今回新しくハードカバーになって出版されました。雨の季節に読むのにぴったりの絵本で、図書館でお話し会をしていたわたしは、毎年この季節になると、昔出されたペーパーバックのものを引っぱり出してきては、子どもたちと一緒に楽しんでいました。ちょっと小ぶりの絵本なので、大勢に読むには向かないのですが、雨降りの日はお話し会に来る子も少なめで、ちょうど良かったのです。あらすじをいうと、雨降りが続いて、晴れてほしいコッコさんが、てるてるぼうずを作ってお願いするという、ただそれだけのお話なのですが、繰り返しと、その度にちょっとずつおまけがついていく、音楽でいうところのクレッシェンド(だんだん大きくなる)という整った形が、聴いている子どもたちの心をピタリととらえてしまいます。
 そして、なんといっても片山健さんのこの絵。絵が描けないわたしは、感心するばかりなのですが、どうしてあれだけの線で、こんなにも生き生きと、人の表情を描き出すことができるのでしょう? 片山健さんが描いた「人」を見ると、わたしは「人が描かれている」ということを強く思います。この感じを言葉にするのは難しいのですが、例えば、「子ども」が描かれているのではなく、「幼い人」が描かれているというように思うのです。うーん、全然説明になっていませんね。わたしの文章力ではうまく伝えられない。でもきっと、絵を見ていくと、なんとなくわたしの言いたいことがわかってもらえるのでないかと思うのですが…。
 この本と同じコッコさんを主人公にした絵本が、何冊かあって、どれも子どもの心をよく掴んだ素敵な作品です。わたしは、その中の「だーれもいない、だーれもいない」を読んだ時には、「わたしの子どもの頃のことをかいてくれたのだ」と思ったほどでした。それもそのはずで、片山さんは、自分のお子さんを育てていく中で、これらの絵本を作っていったのだと聞いたことがあります。「あめふり」と同じサイズのものが、ほかに「おやすみなさいコッコさん」「コッコさんのともだち」「コッコさんのおみせ」、そしてもう少し大きい版で「コッコさんのかかし」があります。もう一冊、こどものとも年中向きの1995年6月号が「コッコさんおはよう」という作品なのですが、これもハードカバーになることを願っています。

(こ・と・は/図書館の学校・児童書選書委員会)

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紙の本バドの扉がひらくとき

2003/07/22 18:26

ひとりぼっちだった少年が、粋なおとなたちに助けられながら、「ほんとうの居場所」をみつけるまでを描いた心暖まる作品

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バドは、会ったことのないおとうさんを探しにでかけた。手がかりは、ママが遺したジャズバンドの水色のチラシだけ。ひとりぼっちだった少年が、粋なおとなたちに助けられながら、「ほんとうの居場所」をみつけるまでを描いた心暖まる作品。アメリカの児童文学賞、ニューベリー賞受賞。

 この本を読む直前、わたしが読んでいたのは、リンドグレーンの『さすらいの孤児ラスムス』でした。ラスムスを題材にした映画がロードショーになるというのをチラシで知って、映画を見る前にと思い、ちょうど岩波少年文庫になって新しく出版されたのを、読んでいたのです。そして、次に開いたのがこの本。なんか同じような出だしだなぁと思っているうち、やはり孤児の話とわかって、ちょっとびっくり。リンドグレーンがラスムスを書いたのは1956年。物語の設定は、そのちょっと前の時代でしょうか? そして、こちらの物語の設定は1930年代のアメリカ。同じような設定の話を2冊続けて読むことになった偶然と、そのうち1冊はつい最近出版された本だということに、ちょっと驚いてしまったわけです。
 時代は、大恐慌に続く不景気の最中、舞台は、黒人差別の激しいミシガン州のフリント市、主人公のバドは、あずけられた家で、同じ黒人たちからもひどい仕打ちを受けるといった具合で、物語の始まりは暗い話を予想させます。けれども、そこをちょっと我慢して読み進み、バドがあずけられた家から逃亡するあたりまでいくと、物語も暗い色調を抜け出します。何よりも、バドが出会うおとなたちがみんな粋。世の中って悪くないと思わせてくれる素敵なおとなたちに、ちょっとずつ助けられながら、けれども、決して頼りきることはなく、バドは自分の足で歩いていきます。まだ会ったことのないおとうさんを自分でさがそうというのです。
 バドのママが死ぬ少し前、ママはあるジャズバンドの公演のチラシを持って帰ってきて、すごくそわそわしていました。チラシをテーブルの上に置いたり、手に取ったり、また戻したり。その様子を見ていたバドは、ある日、ママが遺したそのチラシを眺めていて、ふとひらめきます。このチラシの写真の人、ジャズの巨匠・ハーマン・E・キャロウェイがぼくのおとうさんに違いないと。そして、このひらめきは、種が育つように大きく育ち、ついにバドは、彼に会いにいくことにするのです。
 読後感は、単館ロードショーの地味だけれど良い映画を見た感じといったところでしょうか(大雑把な表現ですみません)。本当に映画化されたのを見てみたいと思う作品でした。
 作者は、2作目にあたるこの作品でニューベリー賞を受賞。1作目の『ワトソン一家に天使がやってくるとき』(くもん出版)も、ニューベリー賞次点ということで、今後の作品が期待されます。

(こ・と・は/図書館の学校・児童書選書委員会)

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