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    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

    中野 ジェームズ修一 (講師),日本放送協会 (編集),NHK出版 (編集)

    5つ星のうち 4.0 レビュー詳細を見る

服部滋さんのレビュー一覧

投稿者:服部滋

2 件中 1 件~ 2 件を表示

紙の本暖炉 野溝七生子短篇全集

2003/02/21 18:03

後編:ここ東京よ。皇后様がいらっしゃるのよ。

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

<書評後編>
 そしてそれ以上に彼女たちに共通していえるのは、背筋をぴんと伸ばしたその稟質である。ここでは、本書に初めて収録された未刊行作品の中から「など呼びさます春の風」の一節を掲出しよう。

≪「伊吹大尉。」
 私は云ひました。
「私と一緒にお茶を召し上がりませんか。私、働く着物を着てゐますが、もしもそのことで私を笑ふ芸者が居たら、私、あなたの面前で、泣く時のほかは決して動かないやうに、その芸者の美しい頬つぺたを、一生涯、石膏のやうに硬ばらせて見せる。ここ東京よ。皇后様がいらつしやるのよ。真昼間、銀座の真中で、この人を不当に辱めてはいけません。」
 私は鳰子を指ざしました。
「この人は、たとひ、あなたにとつては何であらうと、今、遠く瘴癘(しょうれい)の地で、数万の兵と共に具に辛苦を嘗めていらつしやる方の令嬢です。しかも、あなたの奥様です。相応しいだけの尊敬を払ひなさい。」≫

 溜飲の下がるような気風のいい啖呵だ。昭和23年に発表したこの小説で野溝七生子はこう書いている。

≪私達、戦争をした日本人が、本質に於いても習性に於いても、今日、少しも変つてゐないとすれば、軍備並びに権力の正常な意味を行使することは不可能でせう、少くも困難でせう。私達は聡明でもなければ善良でもない。私達の生きてある限り、寧ろ軍備を全廃してしまふことです。それより他には日本を戦争から防遏(ぼうあつ)する手段はありません。≫

 今こそ再読にあたいする本というべきだろう。
 ところで、4月26日、齋藤史さんが亡くなられた。享年93だった。およそ1か月後の5月29日、史さんと同じ長野の地で、矢川澄子さんが自ら命を絶たれた。享年71。71といえば世間的には「老女」ということになるのだろうが、そうした呼び名とは懸隔した永遠の童女だった。心よりご冥福をお祈りします。

 風翩翻 はるか虚空にうたふらし わがみづうみのはつか彩(いろ)ふは   齋藤史
(bk1ブックナビゲーター:服部滋/編集者)

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ココシュカにあっては、魂(anima)は狂気(mania)と同義語である

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<書評前編>
 本書の概要および著者マリオ・プラーツについては、すでに何人もの方が書いていられるので、ここではある一篇のエッセイについてのみ触れておきたい。

 オスカー・ココシュカ。この奇妙な名をもつ画家をご存知だろうか。20世紀初頭、ドイツを中心に起こった表現主義運動——絵画・文学・映画・演劇・音楽、総じて芸術の諸ジャンルにおける革新——の担い手のひとりであったオーストリアの画家。本書第8部「ココシュカの人形」でプラーツは、かれのことをイタリアではあまり馴染みがなく、「その滑稽な響きのせいで、空想上の名であるかのように」思われるかもしれないと書いている。
 しかしココシュカは、文学におけるドストエフスキー、ストリンドベリに匹敵する存在であり、ロートレック、ゴッホの兄弟、「中央ヨーロッパのピカソとも言える画家である」と、プラーツはかれに最大の讃辞を捧げている。ココシュカの作品を「腐った水溜り」と罵倒したオーストリアの美術批評家への憤懣やら、イタリアで正当に評価されていないことへの反動やらを差し引いても、これは特筆にあたいする評価だろう。

 さてそのココシュカだが、第1次大戦末期、戦争やら、異性との「いくつかのつらい個人的体験」やらのために厭世的な気分に陥った。そこでかれはストックホルムのM嬢という芸術家に、人形の製作を依頼したのだという。手紙にデッサンまで添えて指示したその人形とは、等身大の女で、手足は関節をそなえ、「脂肪と筋肉が急に腱に変わるあたりや、脛骨(すね)など骨が表面に浮かびでているところを触って楽しめる」ようでなくてはならない。また、口にはむろん歯も舌もあり、「秘められた女の部分についても完璧に仕上げ、毛が豊かに生い茂っていなくてはならない」。

 つまりはいわゆるダッチワイフを要求したわけだが、服やらハイヒールやら下着やらを用意して到着を待ち焦がれていたココシュカのところへ届いたのは、丹念につくられてはいるものの要するに「グロテスクな怪物」であった。激怒したココシュカは人形を引っつかんで庭に引きずりおろし葬り去った。だがしかし、やがて公衆の面前に、オペラ劇場のボックス席などに、人形を連れたかれの姿が見られるようになった、という。
 プラーツは、「思うに、芸術家は人形に付き添われて、人形を抱く子供さながら、幸せな時を過ごしたことであろう」と書いている。「芸術家の魂は、永遠の『童子』の魂だと言われてこなかったであろうか」と。(後編へ続く)
 (bk1ブックナビゲーター:服部滋/編集者)

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