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先月(2017年5月)

Fuzheさんのレビュー一覧

投稿者:Fuzhe

1 件中 1 件~ 1 件を表示

紙の本海辺のカフカ 上

2002/09/18 20:52

新たな物語の予感

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「アンダーグラウンド」から作者が何を持ち帰ったのか。それがこの作品を読む上でもっとも気になった事である。
「ねじまき鳥クロニクル」のクライマックスで起きた異世界での殺人未遂が、この作品では殺人となって物語の前半に現れる。「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の決して交わらなかった二つの世界が後半に出会うが、それがクライマックスではない。物語にはその先がある。その先への踏み込みが村上春樹の作家としての進化、または深化を感じさせる。
 特筆すべきは「ホシノさん」の存在である。中日ファンでトラック運転手で昔ちょっとぐれていた。そんな普通の人物が「ナカタさん」と出会い、「ナカタさん」の目を通してものを見ることによって、物語の主要な登場人物となってゆく。しかし、それは「ナカタさん」から譲り受けた自我であり、与えられた物語であった。終盤「ナカタさん」がいなくなったとき、「ホシノさん」は一つの決断をする。物語を終わらす役目を担うことを。その時この作品は「ホシノさん」の固有の自我に基づいた固有の物語へと変わる。村上作品おなじみの喪失を抱えた特殊な人物である「十五歳の少年」の物語とは違う新たな物語となる。
 「アンダーグラウンド」での命題は、オウムがいるあちら側の物語に負けないこちら側固有の物語の創造であった。大切なのは一人一人が固有の自我を持ち、それに基づいた固有の物語を作りだすことだった。「ホシノさん」のような普通の人物でも、固有の自我を発見し固有の物語を作りだせるということ、これが作者が「アンダーグラウンド」から持ち帰った大切なことではないだろうか。
 この作品をもって「十五歳の少年」が代表する特殊な登場人物の物語は一先ず決着した。今後、作者は「ホシノさん」が代表するような普通の登場人物達が複雑に絡み合うような物語創作へと移行していくような気がする。

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