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先月(2017年5月)

vioさんのレビュー一覧

投稿者:vio

3 件中 1 件~ 3 件を表示

紙の本「学ぶ」ということの意味

2002/06/28 20:09

「学び」はもっとも人間的な営みという著者の考えに共感

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

子どもと教育というシリーズと知らず、タイトルの『「学ぶ」ということの意味』から、この本はなぜ学ばなければならないのかについての本かと思い、読んでみましたが、どっこい。「人はなぜ学ぶのか」とすでに人は学ぶことを前提にして議論が進んでいくのです。先生が話さないヒーリー学級の紹介、ワロンの自我発達論、著者のドーナッツ論と進んでいき、人は生を授けられてから常に「学ぶ」いきものだと納得しました。

著者は、学びはもっとも人間的な営みだといい、「自分探しの旅」と定義しています。これは、今ある自分が本当の自分ではなく、どこかに本当の自分がいるはずと考え、今ある自分を省みないで、右往左往するような俗っぽい流行の自分探しのことではありません。「なってみたい、自分」を探す旅という意味として用いています。この意味で「学び」の概念を規定することで、学ぶことに希望が見え、学ぶ原動力になると思いました。

文化的実践としての学び、関係論的視点など目からうろこが何度も落ちるおもしろい議論が盛りだくさんの本です。

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紙の本ナショナリズムの克服

2003/01/13 15:34

すっきりできる反ナショナリズム書

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 たとえば、通りで目鼻立ちがはっきりしていていほりの深い顔をしたイタリア系の人とすれちがったとき、ぼくはその人を「日本人」かもしれないと思ったことはない。もしかしたらその人が日本国籍の持ち主で、日本に長く住んでいる可能性もあるのに。そんなことは考えもせずにガイジンと決め込んでいた。
 こんな見方がおかしいことをこの本を読んでいて気づいたが、もっと過激なことに本書は人間を〇〇人や〇〇民族という枠にはめ込んでみる見方そのものを不可能だと否定している。民族は強者が弱者をつくりだすためのスティグマだという。そして弱者が立ち上がる武器としてのみ民族という言葉が意味をもつべきだとされる。
 本書はおもしろい考え方のオンパレードだ。「日本人にしかわからない日本の心や神髄なんてものは、じつは日本人にもわからない」。「少数者や異物が排除された社会というのは多数者にとっても住みづらい社会なんだ」。
 強者にとっては弱者をつくりだして排除すればいろいろ楽ちんかもしれないが、それではなにも前向きなことは生み出せない。数的に言えば、強者<弱者なんだから、強者のいうままに統合されるナショナリズムの病気には気をつけようと思う。本書はその処方箋として最適ではないだろうか。

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芸術は知恵の宝庫

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 東京都現代美術館の横尾忠則・森羅万象を見に行った。横尾忠則の絵を見るのはほとんどはじめてだった私は、彼の絵をほとんど理解できずにただ不思議な力に圧倒されてどっと疲れた。彼の絵を少しでも理解できればと思い、美術館の書籍販売で手にとったのがこの本だった。横尾さんの不思議な絵の源泉に近づくことを期待してのことだが、横尾さんの霊的な世界観やマザコンチックなまでの母性を愛する人間性、さらには淀川さんのことまで垣間見えて、思った以上に得るものが多い本だった。
 横尾さんは、普通の人には見えない世界を見たり、感じたりできる人のようだ。霊媒を使って、死んだ親と会話をした体験など霊的な現象を夢や幻想ではなく本当の話として話している。淀川さんは、そんな横尾さんを「電気のはいる人、電気のかたまりなのよね」と言って、信じているのか、いないのかよくわからない反応をしているが、ありうる話として受け止めているようだ。そんな電気の強い人だから不思議な絵を書くのかと合点がいった。
 淀川長治さんは、僕が高校3年生のときに亡くなられた。テレビの「さようなら。さようなら。さようなら」と高卒であそこまで上り詰めたすごい人としてしか知らなかった。この本からは、淀川さんが映画を愛していることものすごく知性のある人だということが伝わってきた。映画を愛しているという言葉は、映画を見る人だったら、誰しもそうだと言うのかもしれないが、淀川さんよりもこの言葉がよく似合う人はいない気がする。どんなつまらない映画でも、ひとつでもいいところを見つけて、その映画を好きになるという淀川さんの映画への思いは、はかりしれない。映画への大きな愛は、人間に対する愛でもある。淀川さん独特の口調は、優しさであふれていて、読んでいて、涙が出そうになった。
 読み終わった後、映画や美術といった芸術には、人生を豊かにしていく知恵がつまっていることをふたりから教わった気がした。

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