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先月(2017年6月)

PASSERさんのレビュー一覧

投稿者:PASSER

2 件中 1 件~ 2 件を表示

日本精神分析

2002/12/02 00:50

理想と現実のコラボレーション?

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 著者はこう述べる。「つまり、精神分析は治癒を目標とするのであって、治癒をもたらさないような分析は意味がありません。同じことが「日本精神分析」についても言えます」。つまり、ここで展開される持論は、柄谷流「日本への処方箋」、を意図して書かれていることになる。はたして、本書は本当にそうなりえているのだろうか。簡単に内容から検証していきたい。
 本書は国家と文字・議会制・資本制などとの関わりをそれぞれ述べた第一・三・四章と、日本の精神分析/日本精神(=やまと魂)の分析、を兼ねたという表題作・第二章「日本精神分析」の四章からなる。一、二章が分析に重点をおいたとすれば、三、四章は現状打破の柄谷なりの方法論といえる。
 一章では文字が国家と民族の接着剤となって、国民国家(ネーション=ステート)の生産に大きな役割を果たしていることを述べれば、二章では一章の内容を援用しながら日本/日本精神の分析をすることによって、確固とした日本あるいは日本文化の本質の存在を否定する。この点は、正直に言えばこう語ること、それ自体が柄谷的な日本本質論にすり替えられる危険性がある。ただし、この点は柄谷自身がそれに言及することと、分析そのものが一時的・相対的なものに過ぎないと脱構築して語ることによって、エクスキューズされ成り立っていると捉えておくべきなのだろう。
 この二つの章の分析を受け、後半が展開される。三章であれば議会制(だけではないが)の欺瞞を暴いた上で、その権力集中に対抗する手段として籤引きを提案する。そうすることによって、偶然性の導入による権力の流動化を企図している。四章であれば資本制=ネーション=ステートという三位一体による強固な国家システムの元となる資本の蓄積を避けるため、市民通貨「Q」を提案する。それにより、資本制の根幹となる、資本の蓄積を回避することが可能になるという。
 分析については、同時に文芸作品を用いて展開するなど、相変わらず手馴れた感じで分かりやすいし、妥当なところだ。したがって、本書の評価は後半の現代社会への提起を、読者がどう受け取るかにかかってくるだろう。一見すれば大それた夢物語のようにも聞こえるが、効果から考えれば、確かに最初から捨てたものでもない。特に後半の市民通貨に関しては、「円」との共生を模索するなど単純な理想主義に走るのを抑え、あえて現実も視野に入れているし、ただ批判に終始するだけの批評が多い中、実践も視野に入れての具体的な展開は、意欲も含めて評価したい。
 ただ、柄谷自身述認めるとおり、現実を考えれば実現は近い将来ではない。本書は最近柄谷達が進めている社会運動の理念的な導入書としての位置付けなのだろうが、これだけでは現実への浸透力はまだまだ弱いといわざるを得ない。理想と現実を沿わせようという努力の跡はうかがえるが、より現実に、実践に即した展開を今後期待する。何も理想を持った知識人だけに広がればいいと思っているわけではないのだろうから。

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紙の本ザ・フェミニズム

2003/02/09 23:23

不知の罪と選択の自由と

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 大仰なタイトルに「何か」を期待すると肩透かしを食らわされる。それがこの『ザ・フェミニズム』である。しかし、二人の著者にとってそれは必然的なものであることが、読み進めるうちにわかるはずだ。本書は大阪公開対談編と、東京密室対談編に分かれている。前者は多数の(?)聴衆を前にしている分、林真理子のフェミニスト性や田中真紀子についてなど一般に身近な内容が多く、また語り口にも二人のサービス精神が存分にあふれ気軽に読める。上野千鶴子の関西弁には当初面食らってしまったが、それもまたありだ。一方、後者は著者同士の対談である分、フェミニズムそのものについてお互いの現状認識や問題点などより深く切り込んだ内容になっている。それでも、二人の語りによるやり取りは重苦しくなりすぎず、あくまで軽妙な語り口は残し読者を離れさせない。
 この二人のテンポのいい語りがウリになっているのだが、同時にフェミニズムについての考え方の違い、それがポイントだ。最終的な到達地はともかくとして、そこにいたるまでの考えはお互い大きく異なる。女性性を内面化しているという指摘に「だからこそフェミニズムは存在する理由がある」と答える上野と、それに対して「女性として均一に女性性を内面化されなかった人のために、フェミニズムはさらに進化しなければならない」と答える小倉の位置は明らかに異なる。上野にとってフェミニズムは自己実現の「手段」であるが、小倉にとっては「=自己実現」である。その分講座を聞いたおばちゃんたちが「ああ元気出た、早く家に帰ってご飯作ろう」ということばに、上野が「ああ、よかったな」と受け止められるのに対して、「ああ、これはこういうことをずっとやってちゃいかんな」と小倉は拒絶感を示すのだ。それは現状を認識しつつ用いようとする上野と、自らの理想に現実を近づけようとする小倉の、どうにも超えがたい認識の相違がそこにはある。
 だが、この相違こそ本書を成り立たせる最も大きな要因であり、フェミニズムは一枚岩ではない、というメッセージを自分たちで端的に示している。ただ、あとがきの「自分に都合のいいフェミニズムを武器にして生きのびればいい」という小倉のくだりにはちょっと首をかしげてしまったけど。 
 いずれにせよ、フェミニズムの現状や問題点を今に引き付けてわれわれにわかりやすく提示しているのは評価されていい。対談という形式上、話が包括的でないだけにフェミニズム入門書というにはややためらいを覚える。が、「フェミニズムってどんなのだろう……」と興味はあってもいまいち手の出なかった人にはおすすめである。二人の軽妙な語りの裏に隠されたフェミニズムの雰囲気を存分に味わわせてくれるだろう。もしかしたらあなたにとって、天の啓示になりうるかもしれない。逆に、それがあなたにとって耳障りの悪いノイズに聞こえたとしてもまったくかまわない。知らないことは罪かもしれないが、選択しないことは個人の自由だからだ。

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