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レビューアーランキング
先月(2017年6月)

ブルーノさんのレビュー一覧

投稿者:ブルーノ

4 件中 1 件~ 4 件を表示

紙の本アンテナ

2002/07/02 05:51

エロスの復活、身体性の復権

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 田口ランディは、三部作における第一作の『コンセント』において女性の性の遍歴(と見せておいて、実は魂の遍歴、でもあったのだけれど)を書き、この『アンテナ』においては23才になる大人とも子供とも言い切れない青年を主人公に、その魂の遍歴を描いている。本当は、両者ともに魂の遍歴であり性の遍歴であると言ってさしつかえない。誤解を恐れずに言えば、田口ランディにおいては性も魂も同じ意味なのである。ひとの魂は、当人のエロスと不可分である。両者の共通のテーマはそこにある。例えば、次の一節を見よ。「君さ、長年、変な心配事を溜め込んでない? 眠り浅いでしょ。手足が冷たい方でしょ。それで性欲湧かないでしょ、女に欲情しないでしょ。理屈っぽくて事なかれ主義でしょ」…SMの女王にこう言われた主人公は図星のあまり「体液が沸騰する」。性=魂を抑圧してきた男は、初めて会ったSMの女王に、彼の口臭が匂うという一点で、そのことを見抜かれてしまう。
 『コンセント』で、“女だてらに”性をあけすけに追求する主人公を描いた田口ランディは、今度は“男”の性に仮借のないメスを入れる。メス、と言ったのは慣用句でも何でもなく、その行為がひとえに“治療”を意味するからだ。“女”という制度に縛られた“女性”が性によって解放される如く(『コンセント』)、“男”という制度に縛られた“男性”もまた、現代においては、性によってしか解放され得ない。だから『アンテナ』の主人公は、男性に犯される夢を見るし、弟は女装するという環境におかれ、戸惑わざるを得ない。そして、SMの女王によって性の解放の兆しを見た彼は、夢において、地上のあらゆる生物と性交を繰り返す。それは原初へと遡り、すでに忘れてしまったエロスを取り戻すために必要な行為だ。田口ランディは、魂をおろそかにし理性ばかりを重んじる現代の男“制”性を、身体性を伴ったエロスによって再び原初に立ち返らせることをを教えた。しかし、現代においてエロスの向かうべき方向は、ただ生殖のみなのか。その問いは、田口ランディひとりに突きつけられた課題ではない。

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紙の本コンセント

2002/06/28 04:38

ランディの最初の読者

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ひと昔前だったらキワモノだったろうこの作品は、現代において第一級の小説作品である。それは作者たる田口ランディが時代に追いつこうとしたのでもなく、また時代が田口ランディに追いついたのでもない。それはただ単に幸福な一致なのである。ランディは不器用な一個の「行為者」以外の何者でもなく、“外部”からやってくる“異物”を受け容れようと必死なので、その真摯さのみが読者に訴えかけるのだ。イマドキここまで必死な作家は稀である。稀であることが即、“学芸会”的な所業なのかといえばそうではなく、ありとあるこの世の“現代的な”問題に果敢に取り組み、彼女自身の問題に“ある程度”答え得ていること、そしてそれがまた同時に、現代に生きる私たちの問題に答え得ていること自体が奇蹟に近い。彼女が取り組んでいる問題は私たちの予想をはるかに越えて深いので、無意識を抑圧する私たちに、時に暴力的に働きかけて息苦しくなる。それを耐えて読みすすめる者だけに福音が訪れる。現代において福音は必ずしも“喜ばしい知らせ”でなく、苦痛を伴う。その苦痛こそが私たちを“次の場所”へと誘ってくれる。“その場所”を無視してはならないのだと、ランディは言うのだ。ランディの福音を無視することは個人の(意識の)自由だが、ランディの抱える問題を無視することは適わない。“その場所”はそこに厳然として存在するからだ。それを、私たちの無意識は知っている。あえて言うなら、ランディの最初の読者は、“性”を抑圧するすべての人々である。

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不眠症 上

2002/08/31 05:48

今ある世界の、想像を絶する美しさ

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数多あるキングの著作において、本作は『ローズ・マダー』に連なる、と言ってよい。表面的には、女性に対する男性側からの虐待を扱っていることが挙げられるからだし、一方、その奥に隠された方向性としては、キング一流のファンタジーが目指されているのでもあるからだ。
本作の白眉は、キングによって描き出される「この世界が持つ・ふだん我々の目からは隠されている・恐ろしくも美しい」“色彩の豊かさ”にある。私たちは、本当には、今ある世界の美しさに触れていないのである。と思わせるところが、この作品におけるキングの真骨頂である。『ザ・スタンド』をその代表として、善と悪との闘いを、キングは今までにいくつも描き出してきた。この作品もその例に漏れない。その意味で、目新しい発見は何ら見出されないかもしれない。しかし、だからこそあえて、と言いたいのは、本書に描き出されているのが、これまでのキング作品に見られることがなかっただろう「世界の美しさ」だからである。破滅後の世界を垣間見た主人公たちや、過去の世界を郷愁として想起する主人公たちの目を通してなら、それはいくつもあっただろう。しかし、今度はそれが、「今を生きている・しかし最も死に近い・老齢の男と女」によって積極的に見出されるのである。「世界は・今そこにあるだけで十分に・そして想像を絶するほどに美しい」。それは老齢の男女によって初めて見出され得る事柄なのかもしれない。単純だけれど、それは素晴らしい発見ではないだろうか。その“発見”は、逆説的ではあるけれど、老齢に達した人々を「老人」としてしか認識できなかった私のような人間にとってのみ、初めて可能だったのかもしれないが。
ともあれ、この小説は、世界の持つ美しさを余すことなく、あるいはそれ以上に、描き出してくれている。そのことに間違いはない。

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ワンダー・ボーイズ

2001/01/03 02:23

くたびれた中年男もまんざら捨てたものじゃない。

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 いい映画を観ると、その原作を読みたくなります。作家が主人公の原作を映画化したというとジョン・アーヴィングの『ガープの世界』が有名ですが、僕、こういうの好きなんですね。『ガープ』と違って、こちらはかなり「現実味」があります。上司と不倫(彼女は妊娠が発覚する)している大学教授で作家のトリップは、いつまでも仕上がらない作品を書き続けていて、そのせいで親友の編集者はクビになりかけている。奥さんとは何回目かの離婚の危機にさらされていて、今度ばかりは回避できそうもない。変わり者の教え子は作家としての才能の片鱗を伺わせているが、彼の生活の狂乱ぶりに拍車をかける…まこと、他人にとっては笑い事、当人にとっては深刻な出来事が、軽妙な筆致で描かれています。何より、人生の半ばにさしかかって、「もしかすると自分の人生は失敗だったのか?」というような問いを自分に向かって発するような年代の人々にとっては、彼の身の処し方が非常に気になるような、そんな物語なのです。
 で、映画の話をしますと、主演のマイケル・ダグラスがむっちゃ良い。くたびれた中年男そのもので、人生の哀歓を漂わせて絶品です。原作では、主人公は肥満で巨漢の男なんですけど、ダグラスを配したところにキャスティングの妙がある。しかし彼の親友で編集者のクラブツリーは、原作ではハンサム男なんですね。映画ではロバート・ダウニー・jr.ですから、ここら辺はちっと…。惜しむらくは、主人公の奥さんの父親というのが映画には出てこないけれども、味のある存在です。原作でご堪能あれ。

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