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先月(2017年5月)

びんわさんのレビュー一覧

投稿者:びんわ

13 件中 1 件~ 13 件を表示

紙の本三国志きらめく群像

2001/10/04 11:31

正史『三国志』のおもしろ話集

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書は陳寿が表し裴松之が注を施した正史『三国志』を中心に、史書に現れた記事のうち著者が興味をもったものをピックアップして書いていくという内容の書物である。全体の構成としては、正史『三国志』に関する一般的な解説が冒頭にあり、『三国志』に登場する人物の伝記がそれに続くというスタイルとなっている。
 冒頭では史書の種類や読み方などが説明されている。分量にして30頁強であり、全体の一割弱に相当する紙数を費やしているが、単なる薀蓄の羅列ではなく要点を押さえたメリハリの利いた叙述となっている。これを読むことによって、三国志に限らず中国の史書を読む際の注意事項や、『三国志』を読む際の基礎的知識が得られるよう工夫されている。また、『三国志』の著者の陳寿の生い立ちや他の史書との比較による『三国志』の特色・裴松之の注の意義にも触れ、さらに、2000年近くにわたって行われてきた『三国志』に関する注釈・研究の紹介、さらには市井に流布した『三国志演義』についての簡単な説明が施されている。これらの叙述は、三国時代の出来事とは直接には関係しないが、興味がなくても読み飛ばすのはやめた方がよい。なぜなら、冒頭の説明はすぐ後の伝記と関連付けられており、冒頭の説明をも読むことによって本書がより面白くなるからである。興味深い話も紹介されているから、読んで退屈することもない。個人的には『三国志』の本文と注の文字数が時代によって変遷する話(文字は増減していないのに、たとえば注の「文字数」といわれるものは54万文字から32万字に減っている)が面白かった。
 伝記の配列は、特にこれといったルールがあるわけではないが、大雑把に言えば、曹操系の人、孫権系の人、劉備系の人の順で配列され、最後に三国志の4大スター(曹操・孫権・劉備・諸葛亮)が配されている。孫権系でも劉備系でもない者は曹操系に配列されているので、たとえば董卓や馬騰も曹操系に含まれている点にちょっと無理があるが、まあ気にするほどのことではない。そうした形式的な点はともかく、書かれた内容について感じたことを述べると、次の2点を指摘できる。
 第一に、著者の文章が生き生きとしていて読んでいて楽しいということである。学者が書く文章は往々読みにくいことが多いが、本書の文章は実に読みやすい。著者は現代に置き換えた話を例え話として用いることがあるが、これが絶妙で叙述の理解を助ける役割を果たしている。たとえば「三顧の礼」の故事について著者は次のような例え話を持ち出す。「荊州時代の劉備は、…いたって弱体無力な集団の頭領にすぎない。つまり劉備が諸葛亮を草廬中に三顧したというのは、中小企業の親父が、大学を出たものの思わしい就職口もなくてぶらぶらしている青年の家をおとずれて、『どうだい、ウチへ来て事務でもやってくれんかい』と誘った程度のことと思えば話のつじつまがあうのである」。第二は、著者が取り上げる出来事がこれまた面白いことである。最高に面白かったのは孫権と張昭の仲に関する記述(特に217頁以下)で、これを読めば、誰しも声を立てて爆笑してしまうと思われる。その他、他の類書が取り上げないような話が随所に盛られており、興味深いものがある。
 面白い出来事を生き生きとした文章で表現するのであるから、本書を読んでいて退屈することがない。三国志ファンは是非とも本書を手にとっていただきたい。

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清王朝繁栄の歴史

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書は、中公文庫より公刊された『中国文明の歴史』シリーズの第9巻であり、中国清朝期のうち特に康煕・雍正・乾隆の三代150年の歴史に焦点を合わせた書物である。表紙には「責任編集・宮崎市定」と書かれていて、他にも共同執筆者が存在するかのごときであるが、本巻は宮崎博士の単独執筆である点に注意を要する。
 「康煕・乾隆」といえば清王朝に全盛期をもたらした帝王として名高い。したがって、清朝の歴史を扱う書物の多くが雍正をまたいだ康煕・乾隆二帝の治世に重点を置くことになるのは自然の勢いである。しかし、本書においては、その中間期にあたる雍正年間の叙述に相当の紙数を費やしており、他の類書に見られない特徴がある。著者の指摘によれば、「一般に康煕・乾隆と一口に言われるけれども、この二期はそのように癒着したものではなく、中間に雍正という特異な15年をはさんで、前後に異なる時代相を現出させる。前者は質実剛健の気風であり、後者は華麗優美な好尚である」とされ、雍正帝の治世に独自の存在意義を見出そうとする。そればかりか、帝王としての雍正帝の資質は康煕・乾隆より勝り、歴代の帝王の中でも最上に位するとさえ言い切る。
 文化史のところで、中国文化・日本文化が欧州に紹介され受容されていく経緯(およびその逆の経緯)が詳細に触れられている。東洋史家が欧州における東洋文化の受容を記述することは珍しいので、興味深く読んだ。

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紙の本雍正帝 中国の独裁君主

2001/10/04 11:27

生真面目な皇帝の治世を扱った書物

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書は清朝初期の雍正帝をテーマとする書物である。本書の冒頭で、雍正帝が即位するまでの簡単ないきさつが記述されており、また、本書の末尾では雍正シュ批諭旨[シュは、石へんに朱という字]の資料的価値が考察されているが、最も多くの紙数を費やしたのは13年間の雍正帝の治世である。そしてこれらの検討を通じて雍正帝という一人の天子の実像に迫ろうとしている。このように著者が一巻を費やしてまで雍正帝にこだわったのにはわけがある。
 著者はいう。雍正帝は世にも珍しい生真面目な天子であり、午前四時前には起床して政務を開始し夜も十時過ぎにならなければ寝なかった。仕事に追われて忙しいから旅行もせず、金のかかる遊興も一切しなかった。臣下がおだてを言うことを嫌い、自己を厳しく律して政治に望み万民の幸せを願った。満州族出身のこの天子の前に出れば、歴代の漢民族の天子は皆裸足で逃げださなければならない。こうした雍正帝の治世があったからこそ、乾隆帝以降の清王朝の繁栄があったのだ、と。
 雍正帝の治世の特徴は、天子個人があらゆる官僚と膨大の量の私信(奏摺)を直接やりとりした点にある。奏摺政治が行き届いた結果、中国全土の様子は細大漏らさず天子の知悉するところとなって臣下に対する独裁を確立したのである。そして、臣下の奏摺に対する帝の返事というのが興味深い。不真面目だったり成績の悪い臣下に対する返事は悪口雑言の教本のようなもので、読む分には痛快である。たとえば、「木石の如く無知、洵(まこと)に人類に非ず」とか、「良心喪尽、無知の小人」、「禽獣だも若かず」などの表現がある。いかに親書中の文句とはいえ、こんな悪口雑言を臣下に対して放った天子は、後にも先にも雍正帝ひとりであろう。
 著者は雍正帝の治世を絶賛しつつ、最後に次の指摘をすることを忘れない。「悲しむべきことは、彼の涙ぐましいほどの善意にあふれた政治も、それが独裁君主制という形をとったために、報いられることが案外に少なかったばかりでなく、予期に反した逆効果さえ生んだ点である」。本書の末尾で具体的な逆効果が指摘されているが、この巨視的な達観において宮崎博士の歴史家としての真髄を見出すことができよう。

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紙の本女帝エカテリーナ 改版 下

2003/02/07 23:48

ロシアは不可解だ!

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 著者が第19章で引用するヴェルサイユ政府の外交官・コルブロンの嘲笑的な次の言葉は、本書の内容を適切に要約する表現でもある。「この国はどのように治められているのか、どのように支えられているのか、とたずねる方もあろう。偶然により治められ、自然の平衡によって支えられている、とわたしはお答えしよう。それは巨大な塊がみずからの重みのため堅牢になってあらゆる攻撃に耐え、腐敗と老化の絶えざる侵蝕だけにさらされているのにも似ている。」
 ゾフィーと名づけられたドイツの小領主の娘がいる。彼女は、ロシアの女帝・エリザヴェータの甥で皇太子の大公ピョートルの花嫁候補の一人としてロシアを訪れた。強運な彼女はロシアの女帝の鑑定に合格し、名をエカテリーナと改め、晴れてロシア帝国の皇太子妃として納まった。新郎のロシア皇太子は、幸か不幸か、自分よりも優れた存在に対して強烈な劣等感を抱く、いじけた、つまらない男であった。そして、大公ピョートルにとって致命的に不幸であったことに、大公妃に選ばれた女は、政治に関する優れた先天的才能と、いかなる逆境においても屈しない強靭な精神力を持っていた。
 少女ゾフィーがロシア皇帝に即位し、数十年にわたってロシアを統治したという事実は、いくつもの偶然が重なって成立した一つの奇跡である。もし、彼女がエリザヴェータの鑑定に合格しなければ、彼女の名前はとうの昔に忘れ去られていたことだろうし、ピョートルが賢明にして包容力のある男であれば、彼女は大公妃・皇后として幸せな一生を終えたことだろう。そうでなくても、大公に恐竜なみの頭脳(!)と蛮勇とが備わっていれば、エカテリーナのクーデターは成功しなかっただろう。なにより、ゾフィーが嫁いだ国が「普通の」世襲制の君主国でさえあれば(!!)、よそ者にすぎない彼女が帝冠を戴くことはなかったはずである。けれども、彼女はまんまとロシアの頂点に立ってしまった。「皇位継承者の母親」であることを根拠に即位を強行し、ロシアの諸侯たちは、この怪しげな資格しか持たない異国生まれの女が玉座に深々と腰掛けることを許してしまった。無知で貧しいロシアの農民・農奴たちは、エカテリーナが演出して作り上げた敬虔で慈悲深い姿に感銘し、ドイツ生まれの彼女を「ロシアの母」として受け入れてしまった。こうして、「皇位継承者」の母は、——「皇位継承者」の実の父親はロシアの帝室の者ではなく、しかもそれは上流階級の間では周知の事実であった(!!!)にもかかわらず、——皇帝になってしまったのである。これを奇跡と呼ばずに何と言えばよいのだろうか。
 自由主義的な思想に燃え、農奴廃止・ロシアの近代化を実現しようとした彼女も、年をとるにつれて変化していく。理想は忘れられ現実を受け入れるようになる。徳義にみるべき点がなく、帝位を守るために要塞に送った夫ピョートルを暗殺し、亡きエリザヴェータによって幼少の頃に廃位され要塞に送られたイヴァン6世も殺してしまった。謀略によって隣国ポーランドの領土を解体して自国に編入し、トルコを侵略して領土拡張に夢中になる。阿諛追従を好み、苦い良薬を嫌う彼女の周りはくだらぬ寵臣で一杯になっていく。にもかかわらず、帝国の統治は揺らぎもしない。
 ロシアは、偶然によって治められ、自然の平衡によって支えられている。それは、あらゆる攻撃に耐える巨大な塊が、腐敗と老化の不断の侵食にさらされているのに似ている。コルブロンの述べたことは正しかった。本書を紹介するには、彼の一言に触れれば十分である。

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紙の本ハプスブルク家

2002/06/21 00:48

汎ヨーロッパ的性格を備えた一族の歴史

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 神聖ローマ皇帝として数世紀に渡って欧州に君臨した名門中の名門であるハプスブルク家の歴史を概説した書物である。「太陽の没することがない」と言われるほどに広大な領土を獲得した秘訣は、戦争でも謀略でも脅迫でもなく「結婚」であった。本書では家祖・ルードルフ1世からフランツ・ヨーゼフ帝にいたるまでの700年の歴史を平板に叙述するのではなく、4人の人物——マクシミリアン1世、カール5世、マリア・テレジア、フランツ・ヨーゼフの4人——に重心を置いており、総じてメリハリの利いた内容となっている。

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理想の政治家像

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 林則徐は、中国・清王朝末期の高級官僚である。阿片貿易を取り締まるため、清の道光帝から欽差大臣に任命されて広州に赴任したが、阿片戦争の勃発によって責任を負わされて失脚した。

 本書を読んでつくづく感じたことは、林則徐は決断力に満ち、自らの職務を忠実に執行し、出処進退が明白な政治家であったということである。それは、イギリス政府やその後押しを得て暗躍するアヘン商人たちと正面から向かい合って、アヘン問題を解決しようと取り組む林則徐の姿勢から看取される。アヘン禁絶政策という極端な政策を打ち出して実施するには非常な決断力を要することである。イギリス商人から没収した二万箱にもおよぶアヘンを黙々と焼却したことは、職務に忠実であることのあらわれである。政争に敗れて失脚させられても未練がましいことは一言もいわない。今の日本に欲しい政治家の理想といえる。

 本書はアヘン戦争を中心テーマに扱った書物であるが、林則徐の生い立ちや官界における交友関係などについても触れられている。それらの記述があることにより、林則徐の実像が、より立体的に明らかにされているという効果があらわれている。人物伝記を扱う書物として、なすべきことをすべてなした、と評してよい。

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紙の本子産 下

2001/03/19 14:03

すばらしい歴史小説(上巻の続き)

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 下巻は、子国が内乱に巻き込まれ、鄭で専権を振るっていた宰相の子駟とともに殺されるところから始まる。変を聞いた子産は、しっかりと防備体制を整えた上で公宮に攻め入り、乱を平定する。子産を政権の中枢に迎えた鄭は、変節外交から礼に基づく平和外交へと脱皮する。晋(とくに政権担当者の士氏)と固い信頼関係を築き、晋の鄭に対する不信感を払拭することにつとめる。両国の信頼関係が深まったことで、楚によってもちかけられる国際政治上の難題が、鮮やかに解決していく。

 子産の政治で有名であるのは、成文法を制定し農政を改革し、言論の自由を認めたことである。成文法の制定については晋の賢人・叔向による批判が、農政改革に対しては国人の批判があった。これらのエピソードを著す宮城谷氏の筆の運びが堅苦しくなくてよい。

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紙の本子産 上

2001/03/19 14:03

すばらしい歴史小説

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 本書は、春秋時代の鄭の国の大臣である子国・子産父子の物語である。

 北の晋と南の楚という超大国の中間地点に位置する鄭は、晋と楚から代わる代わる攻伐を受け、その都度一方との同盟を破棄し、他方と盟約を締結するという自転車操業的な外交を繰り返してきた。この小説では、苦肉の外交を続ける鄭の内情と、鄭に影響を及ぼす大国の思惑が、二人の人物を主軸としてうまく表現されている。国際関係論(または国際政治学)の古代バージョンのような性格を併有する小説である。

 上巻では、父・子国が鄭の将軍として武名を挙げて活躍する様子が描かれている。息子の子産は、家の史官とともに学問にいそしんでいる。物語は、子国の武勇伝を描くかたちで進行していくのだが、物語の節々(子産と史官との会話、あるいは父子の会話の場面など)で著者の国際関係論的な史観が提示されている。史観の基礎に「礼」の思想が存在する点が特徴である。上巻のクライマックスは、晋楚がエン陵の地で激突、楚・鄭連合軍が敗北する場面である。戦勝に勢いづく晋軍が鄭の本国に向けて進撃を始める。晋軍に立ち向かう子国の武勇が光る。

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楊貴妃伝

2002/03/07 10:41

美しく悲しい歴史小説

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 この物語は、玄宗皇帝が我が子寿王から妃を取り上げ、自分の妃(楊貴妃)とするところから始まる。玄宗は開元の治と呼ばれる唐帝国全盛の世を築いた名君であったが、楊貴妃を妃に迎えて楊一族を重用したため、これに反発する北方の実力者・安禄山の離反を招いてしまう。名君としての資質を備え、実際に名君として唐帝国に君臨した玄宗皇帝であったが、その彼でさえ官僚の派閥争いをやめさせることはできなかった。楊貴妃と安禄山に対する寵愛によって党派間の均衡を崩し、唐帝国滅亡の危機を招来してしまった。
 玄宗の寵愛を受けた楊貴妃は兵士に迫られて自殺を賜り、楊一族はことごとく殺戮される。寵臣だった安禄山は反乱を起こして京を落とし、皇帝の位についたが、やがて非業の死を遂げる。巴蜀の地に逃れた玄宗皇帝は、京を回復した粛宗(玄宗の子供)に迎えられて再び京に還御する。格調高い井上氏の文章の行間で、玄宗皇帝と楊貴妃、そしてそれを取り巻くさまざまな人の運命が静かに明暗を分けていく。

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紙の本華栄の丘

2001/05/02 23:47

型破りな宰相

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 本書は中国古代の春秋時代の宋を舞台とし、宋の右師(宰相)まで上り詰めた華元を主人公とする歴史小説である。

 華元の祖先には、専横を極め宋の国政を混乱させた華父督がおり、右師の家柄に生まれながら華氏は冷遇されてきた。ときの君主・襄公からも重用されることがなかったが、その処遇にとくに不満を唱えることはなかった。悪政を布いていた襄公が内乱で斃死し、襄公の弟・文公が宋の君主に即位。文公の擁立に功のあった華元は右師に任命される。華元の政治が始まるである。

 本書で表現される華元は、戦下手で謀を好まないという型破りな名宰相である。文公の即位を面白く思わぬ反乱分子の動向をつかみながらこれを討とうとせず、鄭との交戦中、必勝の地の利を占めながら、御者(羊斟)に拉致されて敵陣まで連れて行かれたり、春秋五覇の一人に数えられる楚の荘王の200日を超える攻城を宋の文公とともに防いだりしたことが印象的だった。家宰の子(華呉)が楚の子重に使いをする場面は、迫力があって良かった。

 文公死去後に物語が終わってしまうのは残念だった。

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紙の本花の歳月 新装版

2001/05/02 23:32

涙が出る物語

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 漢の初め、呂后が君臨していた時代に、河北で暮らしていたある農家の娘の物語。「天子の気」を発していた娘は県の役人に見止めがられて宮中に送られ呂后に仕え、やがて代国を治める劉恒の姫となる。いっぽう、娘を宮中に送り出した河北の実家は一家離散の憂き目に遭う。すなわち弟は人さらいにさらわれ父は病死し母は自殺してしまうのである。

 代王がやがて皇帝に即位し(文帝)、娘は皇后に立てられた(竇皇后)。そして、人さらいにさらわれていた弟が探し出され感動の再会がかなうのだが、その場面の描写は見事であり、読んでいるうちに胸がつまって泣いてしまう。物語の最後は、いかにも宮城谷さんらしく綺麗に結んである。

 熱心な老子の崇拝者だった竇氏は、景帝の御世におもしろい事件を起こしている。竇氏は轅固生という儒者に老子のことをたずねたところ、轅は「下僕の言葉にすぎない」と答えた。この返事に激怒した竇太后は、轅を猪の柵の中に投げ込んだのである。景帝が儒者に同情して刀を与えたのでことなきを得たが、老子に対する太后の心酔ぶりを伺うことができる。その他、守旧派の竇太后は、武帝の世にも政治に口を出し、儒教主義の政治家を政府から次々と追い出したりしたようである。この作品では、これらのことにまったく触れられていないが、興味を持たれる方もあろうから書いておく。

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プラトニック・セックス

2001/02/01 00:50

見事な構成の本

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 芸能界で安定した地位を確立した著者が、自己の半生を著した本。この本を手にした読者は、読みながら次の疑問を感じるであろう。
 第一に、なぜ、今この時期に出版するのか。第二に、どうしてここまで暴露し尽くさなければならないのか。第三に、著者は何がきっかけで本書の執筆を思い立ったのか。第四に、著者は、この本の執筆を通じて何を伝えたいのか、という四つである。
 それなりに収入の安定している著者には、この暴露本を出版して印税で一稼ぎをするという意図があるとはおもわれない。また、本書はもっぱら著者の過去を対象とするのみで、誰かに対する復讐の意図があるわけでもない。それでは、著者がこの暴露本を世に送り出した目的は何なのか。この本を通じて、読者に何を訴えたかったのだろうか。
 これらの疑問に対する著者の解答は、なかなか明らかとならない。不良少女時代の事件が次々と記されていき、悟りきった今の自分が過去の自分を批判的に回想するということが繰り返される。何がきっかけで過去の自分を批判的に回想するようになったのか。それはあいまいにされたまま話は先へ進んでいく。次々に発生する事件の興味深さゆえに、読者は批判的な目をつぶりつつ先を読んでしまう。
 本書においてもっとも迫力があるのは、冒頭に挙げた疑問点が、本の末尾において一斉に明らかとなるところである。著者の構成力は大したもので、前半の不良少女時代の暴露は、実は物語りの前置きに過ぎなかった。読者は暴露の内容の凄まじさに目を奪われがちであるが、彼女が伝えたかったことは、彼女がようやく手にした平凡な幸せであった。彼女が暗い過去を克明に著したのは、平凡な幸せにたどり着いたときの感動を、そのまま読者に伝えたかったからである。そして、その意図は成功を収めている。そう評したら、誉めすぎだろうか。

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紙の本イギリス王室物語

2002/06/06 13:37

ゴシップ記事の集大成

3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 皇太子の離婚やダイアナ元皇太子妃の事故死、エリザベス皇太后陛下の逝去など、この国の王室に対する世界の注目は依然高い。イギリス王室の歴史に詳しくないので、イギリス王家のことを知りたいと思って読んだ。読み終えてガッカリしてしまった。
 こうした本には二通りの書き方があると思う。第一は満遍なく解説するものであり、第二は特定の人物や時代を選んでメリハリ良く記すものである。自分はどちらでも良いから伝統あるイギリス王家の歴史を概説してくれるものが読みたかった。もちろん、堅苦しい話ばかりでは息が詰まるから、ときどき面白いエピソードがあると良いなという期待はあったが、それはなくても構わなかった。
 本書はゴシップ記事の集大成ともいうべき書物であり、そうでなければ、ワイドショーのプロデューサーが英王室の特集を組む前に熟読すべき書物である。著者の関心は「性的スキャンダル」に集中しており、本書の約8割くらいが「性」に関する記述となっている。なるほど、著者の言うようにイギリスの王室には女好きの王様が多かったかもしれぬ。しかし、たとえ女好きの王であるにせよ、朝から晩まで女と一緒にいるわけではあるまい。だから、女好きの王がどのような政治を行ったのか、それが後世にどのような影響を及ぼしたのかなどに相当の紙数を費やしたならば、メリハリの利いた内容となったであろう。しかし、著者は王の女性問題(あるいは同性愛問題)を生々しく取り上げることはするが、それ以外の事柄は申し訳程度に筆をすすめるにすぎない。自分の関心領域を余すところなく伝えた著者はさぞ満足だろうが、ハメを外しっぱなしで下品で締まりのない本を読まされた読者は呆れてものが言えない。
 栄えある英王室の歴史を知りたいと考える者は決してこの本を手にしてはならない。この本において読むに耐えるのはごく一部だけである。期待外れであった。

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