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  3. ががんぼさんのレビュー一覧

レビューアーランキング
先月(2017年5月)

ががんぼさんのレビュー一覧

投稿者:ががんぼ

13 件中 1 件~ 13 件を表示

エキサイティングな理論の世界

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 文学に限らず「理論」の時代だけに、こうした入門書的な著作はあまたあるだろうが、その中でも本書は相当によい本だろうと思う。「理論」と構えられると、つい腰が引けてしまうが、本書はほとんど心躍らせながら楽しく読めた。巻末の文献表も親切かつ有益でいいと思う。
 三人の著者は、もちろん実績もあげているにしても、年齢的には気鋭といっていいだろうし、そこで新しいものへの情熱と柔軟さを持つ一方、なおかつ暴走するほど若すぎもしないから、より明晰に知識をこなしている感じがする。それが生きたのか、それぞれの理論はそうそうたるものだけに要約も難しかろうに、コンパクトでわかりやすいだけでなく、読んでいて刺激の多いエキサイティングなものになった。これは、一つにはもちろん理論自体の豊かさによるだろうし、また著者達の文章力=知力+センスの力でもあるだろうが、それ以上に、彼ら自身がこうした諸理論を自らエキサイティングと感じながらこれに取り組んできた、そうした知の躍動感のようなものが如実に伝わってきて、何よりもそれが、本書の刺激性を支えているという印象が強い。実際、各項目を読みながら興奮して寝られなくなったことも何度かあった。私にとっては知的に元気の出る本だった。

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紙の本ホワイトアウト

2002/03/02 18:16

時代離れした高潔冒険ロマン

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 非常に面白かった。最初文庫の解説目録で読んで面白そうとは思ったが、これほどとは思っていなかった。何がいいかと言えば、結局ジャンル的には冒険小説だから、ただのアクション娯楽で終わってもいいところを、それだけではない人間味をこめ、それを叙情性によって支えていることであろう。ラストはまさにそうした叙情の完成であって、ちょっとこの時代に珍しいほど印象的である。
 要するに、ここにはただの面白さではなく感動がある。話の作り自体は単純でも、解説にいう「シンプルだが骨太」なのであり、そうした太く短く単純素朴に的を絞った情緒が心に訴える。その単純な情緒の中心にあるのは、いささか時代離れした誠実や真摯さである。作者は、写真の様子や、アニメーションディレクターだったという経歴などからすると、こうした骨太な情緒には無縁そうにも見えるのだが、やはり今の時代にも、高い精神性を求め、失われた素朴な情を懐かしみながら、より確たるものへの希求があるということだろう。
 そうした精神性は、それを必然とすべき人物設定に支えられている。即ちヒーローは、古風な美学が残る山男で、しかも親友を自分の過失で死なせたという傷を抱える身であり、ヒロインは恋人をなくした深い喪失感から立ち直れずにいる。この両者と、愛する妻子をテロリストに殺された人物も加わって、三様に、しかし「傷」という共通要素において関わりあうのは、冒険小説としてのプロットだけではなく、人間のドラマとしての成功を支えるものだろう。語りがこの前二者と警察側の副署長に分散され、かつ絞られているのも、緊迫感を増す効果があり、技術的な成功である。特にいいと思うのは、中心人物の二人が、再三互いのことを考えながらも、直接語り合う場面がついになく、最後の最後で一種超越的な交流が図られるところだ。これはにくい演出であり、ラストの感動をより引き締まったものにしている。
 既に映画化もされていて、そちらはよくある話であまりパッとしなかったが、この小説自体が、雪の叙情や、ダムの迫力、それなりのアクションシーンなどですこぶる映画的だ。しかし、一方ではそれは徹底して人物の内面に入り込んだ描写であり、アクションだけでなく、人間の心の動きを迫力をもって描き出してくれるのは、まさに小説の魅力であろう。知識面だけでなく、ちゃんと人間のことがわかっていると思わせるような、知性を感じられる文体もいい。

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シリーズ(今のところ)最高傑作

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 シリーズ3作目のこの巻は、イギリスでも日本でも、これまでで一番面白いとされるが、全く同感だ。まず宿敵ヴォルデモートの弟子とされるシリウス・ブラックが脱獄して、いつどうやってハリーの前に現れるかわからない、というサスペンスがいい。ずっと緊迫した興味が続く。ついで、ハリーの両親と同級で、彼らの死にからんでいるらしいブラックとの絡みで、少しずつ明らかになる過去の謎解きの面白さ。そしてブラックの正体。事前にあれこれ考えていたが全く予想外だった。わかってしまえば、ありそうなトリックだが、その辺のトリックの心理的な性質がちょっとアガサ・クリスティのようでもある。そしてラストで、数回波状的に繰り返されるクライマックス。そこには時間旅行のおまけまで付くサービスぶりで、この手はあまり迂闊に使わない方がいいようにも思うが、思えば2巻目もこれを前面に使った構成だった。
 小出しにされる過去の謎はまだまだ残っているだろうし、今回出番のなかった御大ヴォルデモートは必ずや4巻目に登場するだろう。シリーズの今後の展開がますます楽しみだ。

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紙の本

2001/04/30 13:27

亀裂を生きる物語

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 解説にもあるように、デュ・モーリアの作品で日本語で読めるものといえば、新潮文庫の『レベッカ』だけだった。私もそうたくさん読んでいるわけではないが、どうしてこうも面白い作家がもっと日本で紹介されないのか、という不満はあった。だから本書の出版も、解説にある今後の企画も、実に喜ばしい。
 ジャンルとしてはミステリーロマンスのように言われることが多いデュ・モーリアの小説は、恐怖と謎とロマンスの混じり合う世界である。だが、あらためてこうして短編集を眺めると、その物語世界の豊かさ、多様さに驚かざるを得ない。
 ヒッチコックの映画化による「鳥」がいちばん有名だろうが、原作の緊迫感は映画をはるかに越える。ある日突然鳥が人間を襲い出すという話は、主人公が異変に気づく冒頭から、壮絶な戦いの末に取り合えず身を守る終わりまで、鳥がなぜ人を襲い、また今後どうなるかという重要な問いに対して一切の答えを与えていないのであり、それが怖い。
 おそらく最も多くの人が最も面白いと思いそうなのは、最後の「動機」である。幸福の頂点にありそうな婦人が突然自殺し、動機は全く考えられない。だが、粘り強い私立探偵の追求で、わずかな1本の糸から驚くべき過去が浮かび上がる。どうです、読みたくなりませんか。何しろ昔の作家だから、昨今のトリックに比べれば、わかってしまえば「コロンブスの卵」かもしれないが、そこに浮かび上がる人生の、この構想力はどうだろう。
 他に突然神秘の山に消えた妻を追い求める夫の苦悩を描いた「モンテ・ヴェリタ(真実の山)」の濃密な情念の世界、死んだ妻の呪いを受けた夫の運命を描いた「林檎の木」のじわじわと迫りくる恐怖感、などなど、デュ・モーリアを知らずに損をしている潜在的ファンはたくさんいるはずで、その人たちに嬉しい8編である。
 読み通して思うのは、どれもがきわめて心理的なドラマだということ。突然何か異様なことが起こるパタンが多いが、そこには常に当事者と部外者とのずれがある。そのために部外者は謎に苦しみ、あるいは当事者は人に理解されない恐怖に苦しむ。デュ・モーリアの心理描写は絶品だが、そこで我々は、人間の真実とはいかに心理的なものであり、またそれゆえ人は周囲とのずれにいかに苦しまねばならないかを思わずにはいられない。基本的に娯楽小説でも、そうした深みのある作家なのである。

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理論の後は実践

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 『ワードマップ現代文学理論』の続編。前著を興奮しながら読んだ私は、新聞広告で続編が出たと知って、喜んですぐに購入した。現代の文学理論をあれこれ紹介した前著に引き続き、今度はそれを実践的に諸作品に適用してみせる。
 理論の後は実践とは自然な流れだが、実はここからが難しい。理論がいわばどこにでも開かれているのに対し、実践は個々の選別である。論者の問題意識なり論旨なり展開なりが気に入らなければ、それまでともいえる。だから類書も多くはないようだし、本書も、少し読んでやはり『理論』に比べるとさすがにインパクトが落ちるか、と思った。わずか二人であれこれ作品と格闘するにも限度があろう。しかし前著の魅力はここでも生きている。その魅力は、元の泉は深いにしても、扱い方次第で美味くも不味くもなる<理論>を、あくまでエクサイティングなものとして、切り取り、展開する著者たちの、みずみずしい視線と卓抜な手並みにあった。本書で、作品や作家の各論について、必ずしも共感できない論旨が述べられていたとしても、総体としてやはりそういう視線は生きているわけで、それがここでも興奮を誘う。寝る前に読んで徐々に眠くなるどころか寝られなくなるという類まれな解説書の、これは第二段といっていい。愉しい。

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紙の本南の島のティオ

2001/09/03 14:09

南の光、海の風

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 人には安らぎがいる。くつろぎの時がいる。南の島で風に吹かれ光に包まれて海の音を聞いているような時間がいる。読書の世界でそうした願望を充たしてくれるのはこのような本だ。もともと児童文学の季刊誌に発表された短編を集めたものだそうで、小学館の児童文学賞をもらっている。親しみやすく、いわば透明感があるのも、そのことと無関係ではないだろう。だが、たぶん著者の書くもののテーマは、少しばかり形を変えても同じものなのだろうと感じさせるものがここにはある。この困難な時代に、人は何を求めれば幸せに生きられるのか。しかしそれは重々しいメッセージではなく、主人公であり語り手である少年ティオの自然で心豊かな生活と、主に島の外部の人間の行動とのずれとして、さりげなく描かれる。人が忘れていたものを、自然な形で思い出させ考え直させてくれる。だから大人にも子供にも、楽しんで読める本だと思う。舞台はミクロネシアのポナペ島とか。行ってみたいように思うが、そこでは自分のまとった汚れが露わになるようで怖い気もする。うちの小学4年生の子供にも、もう少ししたら読ませてみたい本。

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紙の本シネマの快楽

2001/09/02 21:06

愛情ゆえの愉しさ

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 もともとシネ・ヴィヴァンとかいう映画館の上映プログラムについて対談したものが様様な雑誌に載って、それを一冊の本にまとめたものらしい。だから最後の自由に語り合った最終章を除けば、そこで上映されたかなりハイブラウな映画9本についての対談である。そのうち私が見ているのは、途中で寝てしまった「ミツバチのささやき」だけ。にもかかわらず面白かった。ちなみに他には監督でいうとゴダール、タルコフスキー、ミハルコフ、シュミットなどの映画が取り上げられている。
 およそどんなジャンルでも、その道によく通じていて、かつその世界をこよなく愛している人たちによる対談というのは、彼らにその愛情を表現する力さえあれば、これを聞いたり読んだりするのは愉しいものだと思う。この二人は、この頃は年150本程度しか(!)見ていないけれども、10年前までは300本ほど見ていたという映画好きであり、また蓮見重彦は言うに及ばず(さすがに対談ともなれば著書と違ってわかりやすい)、武満徹も見事な雄弁さを持って映画の魅力を伝える。武満徹といえば、私は高名な作曲家としてしか知らなかったが、岩波の『世界』に映画評を連載した知る人ぞ知る名文家らしい。何しろ同じ『世界』の映画評といえば、かつて埴谷雄高、安部公房、花田清輝、吉行淳之介などという錚々たるメンバーが書いていたというではないか。
 話の内容は、私のような一般の映画ファンの目からすると高級だから、知識がなかったり理解できなかったりで、ついていけないことも多い。にもかかわらずそれがいっこうに苦にならずに、ここで話題にされる映画、今は安易な娯楽映画に流れがちな私には敷居の高そうな映画を見てみたい、という気にさせるのは、何といっても二人の映画への愛情と、それに類まれな鑑賞眼のせいであろう。さっそくビデオ屋に(本当は二人には映画館で見なさいと言われるだろうが)走ろうかという気になった。

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紙の本三国志 1の巻 天狼の星

2001/07/27 22:18

新しい「三国志」

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 面白い。『三国志』といえば、これまで羅漢中の『三国志演義』をはじめ、吉川英治、柴田錬三郎から横山光輝の劇画版に至るまで、数種類に読み親しんできたが、今回読み始めたこの北方三国志も、先達の業に一歩も引けを取るものではない。あるいはこうした先行するビッグネームのせいだろうか、むしろ他の作家よりもオリジナリティが目立つように思うし、面白さもまさにそうした作者独自の部分にある。たとえばこれまで徳の人であったはずの劉備元徳の激しさ、狡さが描かれるのも、また、物語随一の豪傑呂布が、強いだけの単細胞ではない魅力をもって登場するのも、そうした英傑たちがそんな単純なわけがない、という北方流リアリズムだろう。
 もちろんリアリズムといっても、無粋な生々しさをいうのではない。北方謙三といえばハードボイルド小説の雄として知られているが、ハードボイルドというのはつまるところ一種のロマンチシズムであることをこの作品は再確認させてくれるのであって、ここには遠い歴史のロマンと相まって、匂い立つような男の美学がある。
 実は私は、もちろん名前は知っていたとはいえ、この作者の小説を読むのは初めてであった。別に刊行中の『水滸伝』の評判のよいのは聞いていたが、それに先立って『三国志」があることも、文庫版で新たに出た本書を書店で見つけるまで、まったく知らなかった。しかし意外に思いながら、これを手に取ってパラパラ眺めると、ほとんど瞬時にその魅力に打たれた。いきなり無名の「男」として登場する意外な劉備像のインパクト。そしてその冒頭部分を含めて、一つ一つの場面に感じられる、ある種の躍動するリリシズム、その緊迫した美しさは、他の作家にはない持ち味ではないだろうか。
 さらに魅力をいうなら、主だった人物の一人一人の内面に食い込んで内側から描写するような方法もいい。多少は他の作家もやっているだろうが、これだけ徹底していて、しかも呂布のような人物にまで適用するというのはユニークに思える。これによって従来どうしても劉備の周辺に偏りがちだった「人間」の魅力は、劉備サイドから見ると敵役である人物たちにも過不足なく感じられる。曹操や呂布がこれほどまで魅力的に、しかも読者を納得させる形で描かれたことはなかったのではないだろうか。
 戦術の描写や政治的策略の展開にも新解釈、あるいは新しい物語が織り込まれていて味わい深い。まさに新しい『三国志』の誕生といっていいだろう。1巻目を読み終えたと思ったら、つい先頃文庫版2巻目が出たのですぐに買って一気に読んでしまった。この終わりの呂布の描写は実に美しい。3巻め以降が待ち遠しいし、しばらく約束された楽しみがあるのが嬉しい。

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紙の本熊の敷石

2001/02/20 11:56

熊の敷石

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 面白く読んだ。芥川賞の選評(『文藝春秋』2001年3月号)の中に、エッセー風であることを弱みのように述べたものがあったが、そうは感じなかった。選評の中で共感できたのは黒井千次、日野啓三、田久保英夫のコメントである。物語性が足りないと書いた石原慎太郎と、主人公が作者を写したような人物なのはだめで、もっと対象化しないと真の創造にはならない、といった主旨の河野多恵子は、私は違うと思った。作者が問題化しているのは、自己とその関わる対象との距離、ないしはその関係の微妙さ、言い換えれば、「物語」の中に入り込めない立場の問題であり、すっきりとは対象化できない相手との関わりの困難である。それが主題である以上、創作というメタレベルをもってしても、その問題が「物語性」や「対象化」に類する言葉でそうそう割り切れるはずはないと思う。
 作者は1964年生まれ、「戦争を知らない子供たち」として、安保闘争すら遠い太鼓でしかないという、ある種の難しさを感じてきたはずの世代である。一方、作者が属するようなアカデミズムの世界はもとより、広く文化人、知識人であれば、己の生きた同時代として、20世紀を自分なりに整理せずには済まない。その際、二つの大戦やホロコーストをどう捉えるか。たとえばイギリス、より正確には、その中心をなすイングランドでも、新しい作家にとってもはや小説化すべき素材がない、だから毎年最高の小説を選ぶブッカー賞は旧植民地からしか生まれないなどということが言われ、比較的若い作家たちは過去の大戦やホロコーストに目を向けている。
 「熊の敷石」には、そうした世代の作家の位置と姿勢がよく現れている。直接取り上げられるのはホロコーストだが、作者と等身大の主人公は、もっと後の年代でもあり小説の舞台では異邦人の日本人でもあって、当然ながらそうした「歴史の重さ」からは隔たってしまった時代、隔たった環境に生きている。その友人のユダヤ人のヤンですら、直接にそうした経験を通過している親や祖父母の世代とは隔たっている。つまりここには個別の人間の様々な程度の「距離」があるのだが、しかしこの「歴史」との接触は、間接的ながらも真正なものとして描かれており、それを可能にしているのは、作家の力量である。そうした距離が生み出すものを、苦さではなく、一種静かなユーモアを交えて、背景にあるほとんど透明な哀感と溶け合わせて描き出すセンスもいい。どことなくアントニオ・タブッキの小説や、須賀敦子のエッセーを連想させるのはそうした点だろうか。
 そしてここでいう「歴史」とは、ホロコーストのような大事件だけを言うものではない。ヤンの部屋の家主のカトリーヌは、生まれつき眼球のない幼子を抱えている。その不幸と、隣人であるヤンの、そのまた友人である主人公はどう関わるのか。つまり歴史、あるいは総体として考える「人間」も、またより卑近な他者としての隣人の経験も、ここでは一つである。距離の問題は「歴史」の大きさに由来するのではなく、「歴史」に個人はどう関わるか、という問題は、他者の経験に、これと直接は関与しないように見える我はどう関わるか、という問題に通じている。どこまで「人間」、あるいは「同胞」を共有するのか。それをコミュニケーション、あるいは連帯の問題と呼んでもよい。が、問題にされるのは、どこまでも、その分断ないしは困難である。だから主人公も、全く個人的な、突然の歯痛に苦しまねばならない。

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教科書でおぼえた名詩

2002/02/21 10:38

かゆいところに手が届く

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 今まで知らなかったが、嬉しい本があったものだ。かゆいところに手が届くとはこのことだろう。
 まだ人生も世界もろくに知らない若い頃、つまり教科書で国語を習っていた頃、意味もわからず暗誦させられていた詩歌が、ふと何かのきっかけでよみがえることがある。そのとき、ああ、そういうことだったのか、とその後の人生の蓄積がもたらした知恵と知識によって、深く頷くことがある。他方、ふとある種の感慨を得たときに、そういえばこんなことを詠った詩を習った、と記憶の奥底を揺り起こされることがある。そんなとき、こういうアンソロジーは実にありがたい。ページをめくると、それぞれの詩歌を読んだそのときどきの年頃の思いが、あれこれと一度によみがえるようで、こみ上げるような懐かしさがある。正直言って、いわゆる国語教育に不満がないわけではないが、ああして詩歌を念仏のように唱えていたのは決して無駄ではなかった、という気になる。それをこうしてあらためて思ってみることが、また、大切なのではないか。干からびかけた感性を潤してもらえる気がする。自分のものとは別の教科書の詩も、他の人々の同じような感慨につながっているかと思えば、味わい深いものがある。いや、いい本を作ってもらいました。この本を手にした今日はいい日だ。

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紙の本ハリー・ポッターと賢者の石

2001/03/12 13:57

構想すぐれたシリーズものの魅力

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 「ハリー・ポッター」シリーズの人気についてはいまさら言うまでもないだろう。今年末に映画化されたものが公開されれば、もっと爆発的に話題になるのは間違いない。我が家では、まず親の方が本棚に山積みの1巻目、『ハリー・ポッターと賢者の石』を1冊買ってきたのが始まりだった。解説で作者や翻訳の松岡さん(がんばってください)の苦労話にも興味を引かれて、まずこちらが読んだ。何しろいったん娘に渡すとなかなか返ってこない。
 面白い。寝る前にちょっと眺めよう、ぐらいに思っていたら、そのまま朝の3時過ぎまでかかってとうとう読み終えてしまった。魔法やら各種怪物やら学校生活の愉しみがふんだんに盛り込まれて、なるほどこれは世界中の子供を虜にするわけだ。大人の目で見て、個人的には、同じイギリスの作家の「ライラの冒険」シリーズ(新潮社)はもっとスリリングでいいと思うのだが(これもお勧めです)、小学生にはこれが最高だろう。
 無名だった作者は、まず7巻目から書き始めたという。つまり7巻シリーズの大団円である。これはすごいことだ。いつも日本の小説が西洋のものにかなわないと思うのは、その構想力である。ハリーが魔法学校に通う7年間が1冊ずつの本になって、それぞれで恐ろしい闇の魔法使いヴォルデモートやその仲間との戦いを繰り返しながら成長して、最終的に7巻で決着をつけるということだろう。こうして構想がしっかりしていると、ずっとドキドキしながら先先へと興味を持つし、ハリーやその仲間たちの成長も楽しみだし、謎の過去が少しずつ明らかにされるスリルもある。既に英語では4巻目まで出ているそうだが、翻訳は2巻目まで。この時間のずれは残念といえば残念だが、翻訳の出るのをワクワクして待つからいっそう楽しいとも言える。
 うちの小学三年生のお話大好き娘は、1巻と2巻をそれぞれ何度も自分で読み、さらに寝る前に母親に読んでもらい(赤ん坊の頃から続いている習慣である)、さらに今度は目の悪い祖父母にも読み聞かせている。というわけで我が家はハリー・ポッター一家になってしまった。
 1,2巻の内容にちょっと触れると、1巻はもちろん導入で、それまで何も知らなかったハリーが自分が魔法使いだと知り、不思議いっぱいの魔法学校ホグワーツに入学しての1年目の話。この後ずっとハリーと共に活躍する、あるいはハリーを苦しめることになる仲間たちも続々登場する。クライマックスはもちろん、宿敵ヴォルデモートとの最初の戦いである。
 2巻目、『ハリー・ポッターと秘密の部屋』は、大人である私には、正直言って初めやや退屈だった。シリーズものの2巻目にはありがちなことだろう。ところがクライマックスはすごい。この迫力は1巻目の戦いの場面をしのぐのではないか。そしてこの巻の興味は、何よりも過去の謎にある。昔ホグワーツに学んだ謎の人物の日記は何を意味するのか。ハリー・ポッターのシリーズは、どの巻でも、こうした推理小説のような謎解きの要素が埋め込まれているようで、これがとても楽しいのである。

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ネット活用、エピソード満載

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 青山南といえば、文学や映画、音楽などのしゃれた楽屋話を楽しく提供するエッセイスト、というのが私の理解。今回も基本的にその手の本だと思うのだが、1992年段階の小話を10年後の2001年に辿りなおして変化を追い、しかも後のほうはインターネットの威力を駆使してあれこれ調べてあって、あわせてネット情報も提供するという企画が面白い。一般に、著者の書くものは、守備範囲は広いし、読み物としてもなかなか面白いのだが、ネットを使いこなすようになって話題提供力にはますます磨きがかかったといえると思う。たとえばあの人気沸騰の『ハリーポッター』がアメリカでは禁書寸前だった、などというへえーというエピソード満載。

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紙の本ローワンと魔法の地図

2003/07/09 14:13

大人にはちょっと

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 「ハリー・ポッター」シリーズの人気沸騰のせいか、この頃児童文学全体が元気に見えるのだが、あるいはそれはこちらの意識がシリーズを大喜びしている小学校4年生の娘に行っているだけだろうか。いずれにしても、今度はこの本を見つけて買って来た。娘にも面白い本を読んで喜んで欲しいし、ついでにこちらも子供の世界に遊んで楽しみたい。話題としてはあまり目立たない本だが、オーストラリアでは大人気で賞も取っているらしい。娘に渡す前にどれどれチェック、ということで読んでみた。
 正直言って失望した。『ハリー・ポッター』に比べると大分劣る。これだと本気で楽しめるのはせいぜい小学生までだろう。小学生の娘は喜んで読んでいたから、それなりにどんどん前に読ませる力はあるのは認めないとフェアではない。だが、こちらもこうして児童文学にコミットしてしまうと、自分自身が満足できるレベルのものに出会いたい。むろん個人的印象にすぎないが、率直に言って大人の鑑賞には堪えないと思った。
 何よりもプロットが直線的で平板だ。主人公ローワンが気弱な男の子で、それが冒険を通じて勇気を獲得するのだが、それにはあまり必然性がない。その点を評価する声もあるようだが、はるばるM78星雲から地球人を助けにやってくるウルトラマンのように不自然な気がする。
 ローワンが無根拠にがんばって、一方強いはずの大人たちが次々に脱落するたびに説教臭い説明が加わる。冒険の質自体も行き当たりばったりで、予言にしたがって一つ一つ出てくるだけだ。要は奥行き広がり深みがないわけで、単純すぎるのだ。シリーズは本国では4まで出ているらしく、あるいはだんだん面白くなるのかもしれないが、我が家としてはこれだけでいいように思った。

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