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  3. キイスミアキさんのレビュー一覧

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先月(2017年8月)

キイスミアキさんのレビュー一覧

投稿者:キイスミアキ

184 件中 1 件~ 15 件を表示

短編推理小説を確立した珠玉の短編集

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 コナン・ドイルによるホームズ譚、第一の短編集。
 初期の名作がそろう珠玉と呼ぶに相応しい短編集で、若きドイルのアイデアと情熱に溢れた勢いが感じられる。ポオの『黄金虫』を読んで衝撃を受けた幼いドイル少年が、偉大な幻想作家への畏敬の念、そして自らの文学に対する情熱を注ぎ込んだ先には、現代にも受け継がれる推理小説の形を確立するという偉業が待っていた。このことを、果たしてドイルが意識していたのだろうか。文学の大きな変化をもたらした彼は、世界を変えたとも考えられる。本当の天才だったということもできるだろう。
 特別な一冊だ。
 
 ドイルはこの作品集によって、短編推理小説のスタイルを確立させたと評される。今となってはホームズ譚は有名すぎるキャラクター──この点については、一度は自らの手で彼を殺めたこともあるコナン・ドイルもおおいに首肯することだろう──シャーロック・ホームズありきの物語として扱われていることが多い。だが、少し時代を遡るか、ミステリやその生い立ちについて考察している一部の人間にとっては、ホームズ譚は後の短編ミステリの優れた教本ともいえる、素晴らしい作品群だったのだ。
 胡散臭いヒーローとして見ている人たちにとっては、古い推理小説であることは認知されているだろうが、数多のホームズ像が存在する弊害なのか、エキセントリックなキャラクターとしてのホームズのイメージが非常に強いらしく、優れた短編ミステリとしての評価を下しづらいようだ。
 ホームズを愛するシャーロキアンたちにとっても、ホームズの心情やワトスンとの友情、事件の裏に隠されている事実や、当時の風俗や名士たちの存在を知るための《聖典》──シャーロキアンたちは、ドイルの遺した六〇の長編と短編を敬意を込めて聖典と呼び習わしている──としての丁重な扱いを受けるのみで、推理小説を確立させたという評価について触れているホームズの研究書を目にする機会は少ない。
 これでは、余りにも勿体ない。もっと単純に純粋に、この『シャーロック・ホームズの冒険』という作品が、短編ミステリを確立したと評される所以を愉しむべきだ。確立した云々という話自体も少しまどろっこしい。ただ単に、意外な結末が用意されている面白いミステリとして愉しむという、1890年代の状態に戻らないものだろうか。
 こんなことを考えながら、僕は久しぶりに本書を手に取った。期待は裏切られなかった。意外性からくる驚きを堪能し、コナン・ドイルのストーリー・テリング力が申し分なく高いことを再確認した。そして、ホームズ以外のキャラクターたちも、非常によく書けていることにも注目したい。短い物語であるにも関わらず、非常に生き生きとして、彼らの暮す日常をベーカー街221bにまで持ち込んでいるのだ。
 限られた紙の白い面と、少量の黒いインクだけで、何度もの読書に耐えうる素晴らしい小説の形態を生みだした、短編推理小説の父とも呼べるコナン・ドイルには敬意を表したい。

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《うさんくさい》ことが魅力の名探偵とも、これでお別れ

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 短編集。全十二作。
 
 一八九二年の『シャーロック・ホームズの冒険』以来、本作が上梓される一九二七年まで、実に三五年もの永きにわたって発表され続けたホームズの冒険物語は、四長編、五六短編、全六〇作に及ぶ探偵小説の金字塔である。
 
 本作は、ホームズ譚を締めくくる第五短編集であり、作者ドイルのまえがきにあるように、「読者諸君、いよいよこれでシャーロック・ホームズともお別れだ!」となる最後のホームズ譚。
 
 内容はとやかくいうまでもないが、深町眞理子による翻訳、ストランドマガジン掲載時のイラストを配した構成、有栖川有栖によるあとがき、日暮雅通による解説など、ドイルの没後六〇年が経ち、ようやく出版することができた創元社の気合いまでもが感じられる、素晴らしい一冊。
 
  
 以下、特に素晴らしいと思う作品の紹介を。
 
 
 『ガリデブが三人』
 
 同じガリデブ性の男性を三人集めれば、巨額の遺産を分け与えるという、アメリカの富豪が残したという奇妙な遺言。ホームズは、我が家を小さな博物館としている老ガリデブ氏、アメリカからやって来たという若いガリデブ氏と知り合い、事件に関わっていく……。
 
 冒頭にドイルの奇想が発揮され、最終的には意外な結末が明らかとなる、名作『赤毛連盟』と趣向を同じくする佳作。
 
 ホームズが見せる友情のシーンは、その珍しさからも、探偵の人間性を描いたという点においても、ファンの間では評価が高い。
 
 
 『ソア橋の怪事件』
 
 石造りのソア橋で死んでいた異国出身の妻は、自分の愛する女性によって殺されたのではない。多大な影響力を持つ富豪が、自らの妻を殺したとされる家庭教師の女性を救うために、ベーカー街を訪問する。
 
 素晴らしいトリックは、他の作家によるものの焼き直しであり、異国の女性に対するドイルのイメージにも首を傾げざるを得ないが、明らかに犯人と思しき女性の窮地を救うというホームズの活躍は、ヒーローとしてなかなかなもの。

 冒頭の「チャリング・クロスにあるコックス銀行の金庫室のどこかに、長旅に痛んだ、がたがたのブリキ製文書箱がひとつ、おさまっているはずである」という文章は、シャーロキアンのもっと多くのホームズ譚を読みたいという願いをかなえる、重要。この一文によって、ホームズの語られざる物語が存在しているということが、証明されるからである。
 
 
 『ショスコム・オールド・プレース』
 
 身体の弱い未亡人は、毎日、決った行動を繰り返していたのだが、ある日を境に、その生活がどんどん乱れていく。彼女に使える人物からホームズへの手紙によると、会話はおろか挨拶さえしなくなり、可愛がっていた犬に吠えられ、兄からも冷たい態度をとり続けられているという。
 
 日常の最中に、ささやかな非日常が垣間見られることから、事件の真相を追及していく、ミステリの黄金律ともいうべき構造によって書かれた作品。タイトル、ホームズとワトスンが交わす会話、事件の真相など、どれをとっても素晴らしい。
 
 
 『引退した絵の具氏』 
 
 シャーロック・ホームズを訪れた老人は、チェス仲間であった友人に、若い妻と有価証券などまでも奪われてしまったという。姿を消してしまった彼らの捜索を依頼されたホームズは、ワトスンを依頼人の住む家に派遣する。
 
 謎の人物の登場や、ささやかな違和感から事件の真相が明らかとなる点、解明までの論理など、本格ミステリー的な作品である。
 

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紙の本猫語の教科書

2002/02/28 23:01

やられた……

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 希代のストーリーテラー、ポール・ギャリコによるユニークな作品。本作でのポール・ギャリコの役割は編集者。ツィツァという賢い猫がタイプした、猫の手による、猫語の教科書を翻訳している。第一章の《人間の家をのっとる方法》から、《愛について》《じゃまする楽しみ》、最終章の《終わりに》まで、全十九章。巻末には大島弓子による漫画も。
 
 なにかしらの暗号かとしか思われないような文章が、大手出版社に勤めているという、ポール・ギャリコの友人宅に届けられる。それをギャリコが解読し、人間でも読むことができるように、本にまで仕立てたという趣向。表紙の裏には、作者であるツィツァの写真と、経歴が載せられている。
 
 彼女は、交通事故で母親を亡くし、生後六週間にして独りで生きていくことを余儀なくされる。一週間ほどの野外生活を経たのに、ある夫婦が暮らす家を乗っ取ることを決意し、無事に成功をおさめると、真っ白な猫との恋に出産、四匹の育児などを経て、現在は幸せに暮らしているという。ギャリコは、顔写真が載せられていないが、編集者なのだから当然なこと。
 
 この本には、他にも仕掛けが施されていて、こう来るのかという感じ。素晴らしい《おあづけ》まで用意された、ものすごく面白い本。これは必見としか言い様がない。
 
 あえて言うならば、やられた……。

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紙の本隅の老人の事件簿

2002/02/27 23:31

連作形式の優れた安楽椅子探偵物はここから

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 コーヒーショップの隅に座り、チーズケーキとミルクを注文し、足を引き摺って歩き、痩せこけていて青ざめた顔、薄い色の髪を頭に乗せた、有名な裁判の傍聴は欠かさないという性癖を持つ、話し上手の男、が隅の老人である。何故か、自身が話し相手に選んだ女性新聞記者ポリー・バートンに向かって、挑戦的な態度を崩さないままに迷宮入りとなった事件の謎解きをする。それも、好きだからという理由で事件を解決するのだが、鋭い推理によって犯罪者と指摘する人物を賞賛こそはすれども、糾弾するような真似は一切しないという、変わった人物である。
 
 デイリー・テレグラフ紙を読むことを欠かさないポリー・バートンは、自分も優秀な新聞記者である。詰問するような茶色の目を持ち、冷淡な態度をとることも多いのだが、婚約者との待ち合わせ時間ですら、まるっきり失念してしまって、隅の老人が語る事件に聞き入ってしまう。あんまりにも極端に凡庸な思考の持ち主で、新聞記者でありながらも数多くの事件について、その存在すら知らないことから、ジュリアン・シモンズは彼女が新聞──作中で彼女は、ABCでいつもデイリー・テレグラフ紙に熱中しているはずなのだが──を読んでいない、とすら言っているほどである。
 
 隅の老人は《イギリスで一番の発明の才能を持った》といった具合に、事件の犯人を誉めそやす。その理由が本書の最後尾に収録されている作品で、彼の持っている他の性癖と共に明らかとされるのも愉しい。
 
 このシリーズで事件の概要は、隅の老人が傍聴したり、読んだりした新聞から得られた情報を、隅の老人自身が論理だって話すことで読者に呈示される。この概要が上手くまとめられているものなので、隅の老人が最後に明かす論理的な解決にも説得力があるのだ。もっとも、彼が語るのは彼自身が結末に辿り着いた事件だけなので、結果を知っているからこそ論理的に概要を語ることができる、といった意地の悪い読み方をすることもできる。
 
 彼の解決は、証拠も何もない、純粋に机上だけの純然たる論理的帰結に過ぎない。だが、ポリーをはじめとする彼の話を傾聴する人々──世界中の読者たち──は、痩せ細ってかかし然とした老人の話す事件の真相を聞くと、その真贋について、おおよそ疑えなくなってしまう。それほど、彼の話す真相が意外で魅力的なのは間違いない。
 
 エラリー・クイーンやヘイクラフトによると、隅の老人こそが、以降数々の名探偵を生んだ安楽椅子探偵の最初期を飾った一人であるという。また、ヘイクラフトによれば、隅の老人よりも早くに、シールによってプリンス・ザレスキーという安楽椅子探偵が登場しているというが、高木彬光が墨野隴人というパロディを書いているように、人気や知名度が高いのは、断然、隅の老人である。
 
 だが隅の老人は、他の安楽椅子探偵たちとは異なっている。ことによると安楽椅子探偵ではないのかもしれない。他の探偵たちが、出かけることも好まない──ネロ・ウルフに到っては身体を動かすことすらも億劫な──、知的な推理以外に関してはとても行動的とは言えない性質を持っている人物たちであるのに対して、隅の老人は、事件の起きた現場の村を訪れたり、興味のある事件の裁判の傍聴は欠かさないなど、非常に行動的な性格の持ち主であるからだ。彼は自分の話を語って聞かせる相手に、ただ静かに腰かけながら、紐を結んだりほどいたりする以外の行動は示さずにいる人間だが、意外なことに実は、非常に闊達な人間なのである。
 
 全作品を通して、複雑な筋を持った長編小説が、洗練された筆致と構成のセンスによって端的にまとめられているというような印象を受けた。後に歴史冒険小説の大家として、英国文壇を代表するオルツィの、作家としての本分を感じさせられた。

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紙の本ハリー・ポッターと賢者の石

2002/08/26 18:50

名前の力

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 赤ん坊の頃に両親を亡くし、いじわるな伯母夫婦に引き取られ、階段の下にある小さな納屋に押し込められて、辛い人生を送っているハリー・ポッター。彼は暗くどこか陰のある少年で、自分ではコントロールできないが、身を守ってくれる不思議な力を持っている。
 
 そして、この力の存在が伯母夫婦を怖れさせ、彼にいっそうの迫害をもたらす原因ともなっている──のだが、不思議な力が魔法であり、ハリー自身が自分は魔法使いであるということを知り、新しい世界へと足を踏みだしたとき、彼の人生は一変する。今までの世界とは別の、知られざる魔法の世界では、彼の邪険に扱われる疎ましい少年ではなく、一番の有名人であり、力を持った存在として知られていたのだ。みじめな少年が、劇的に人生を変えられる、この一瞬の手際は見事だ。
 
 ハリー・ポッターには、名前について魅力的な面がある。ハリーを迫害している伯母夫婦の一人息子ダドリー・ダーズリー少年の名が持っている響き。やせっぽちのハリーと比べて四倍もの大きさがあると表現される彼の存在感を、名は体を表すといわんばかりに如実に伝えている。ローリングは名前を選ぶことが上手い。
 
 主人公ハリー・ポッターの名前からも特別なものを感じる。彼の名前が持つ力が、翻訳本が出版され世界各国で親しまれているシリーズの人気を支える、要因なのではないだろうか。ハリー・ポッターという名前は、世界で一番有名な創作上の人物シャーロック・ホームズとも通じる、何か有名になってしまうだけの音やリズムといった要素を含んでいるのかもしれない。もしかすると、彼の名前自体に魔法がかかっているのかも……。
 
 名前の力といえば、その名を口にすることも憚られる、恐ろしい名前を持つキャラクターがシリーズを通して陰の主役として登場する。その名もヴァルデモード。彼の名前は、悪しき力を持っている。中国の古代、例えば三国志の時代などでは、名は目下の者が口にできるものではなかった。代わりに字を使う。名軍師として有名な諸葛亮孔明は、諸葛が性、亮が名、孔明が字である。今でも彼は、諸葛孔明と名を省いて呼ばれることが多い。東洋でも西洋でも、名前には特別な力があるのは面白い。
 
 《ファンタジー・ミステリー》と称される作品だけに、謎解きの小説に必要な要素も欠かすことなく備えている。意外な結末はもとより、レッドへリングの配置、幾重もの伏線が実に見事に張り巡らされているなど、ミステリとしての構成も巧みだ。謎がいっぱいのホグワーツ城をハリーたちが駆け巡って冒険することで、謎解きの推理に必要な情報が集められるという展開が、数々の仕掛けが持つ面白さ、キャラクターの魅力といった力と一緒に、素晴らしく楽しい世界を造りだしている。
 
 たくさんの時間をかけ、おそらくは多くのことを調べた上で、じっくりと作り込まれた世界だけに、ハリー・ポッターという書物は、多くのことが始まるきっかけとなる。まず、多くの読者は続編を読みたくなる。イギリスのファンタジーに魅力を覚え、他の作家の作品を手に取った人も少なくないだろう。中にはもっとマニアックに、魔法や幻の動物についての研究書を紐解いた人もいるだろう。新しいことへの第一歩は、なにも読書だけに限定されるものではない。
 
 ローリング自身も自らが誇らしいと思えることとして、多くの子どもたちが本を読んでいることを挙げているが、まさしくローリングが社会にもたらした最大の貢献は、多額の税金納入なのではなく、子どもたちへ手元に置きたいと思える本を届けたことにある。素晴らしい読書体験というものは、一冊の本がもう一冊の本を生む。もしくは、もう一つのことを読者にもたらすきっかけとなる。だからこそ、ハリー・ポッターを読むことは素晴らしい体験なのである。
 
 ほんとうに、ハリー・ポッターという作品は素晴らしい!

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紙の本奇想の20世紀

2002/07/22 19:52

古いもの好きにはたまらない図版がいっぱい

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 どうしてなのか、僕は古いものが好きだ。ミステリにしても、メタ・ミステリと称されるものよりも、古典を手にとってしまう。古い建物が壊されて、大きなビルに建て替えられるという話を聞いただけで、無性に腹が立ってしまう。せっかく古く残ったものをどうして壊すのか? 古いものがこの時代にまで残ったことには訳があるだろうに、破壊してしまう理由はなんなんだ? といった具合に。
 
 こんな懐古趣味的な好みを持つせいなのか、本書の作者である荒俣宏氏の書く本も、殊の外好みである。平凡社で百科事典を編纂し、また、図像学の第一人者である氏の本には、多くの古い絵図が印刷されていることも素晴らしいと思う。本書にも、見ているだけで楽しくなるような、そして、想像する余地がたくさんあるというのに、デザインとしては現代のシンプルなものよりも遥かに洗練されているのではないかと思えるような、素晴らしい図がたくさん収められている。
 
 本書は、NHKの人間口座において使用されたテキストに、他の著作からの引用を足し、さらに加筆したもの。番組の放送中から、あまりの面白さと、次から次へと呈示されていく20世紀前半の姿に、今となっては失われてしまった光景に、身の踊る思いがしていたが、本となって目にしても素晴らしく面白い。
 
 パリ万博が未来の見本一であり、世界で始めての百貨店ボンマルシェが後の大量消費社会へと繋がる発明であり、未来は20世紀の専売特許であったという、目がくらむような理屈に酔った。そして、コルビジェの建築と郵便配達夫シュバルの理想宮がでてきたときには、思わず拍手喝采をしようかと思うほど、古くて面白くて嬉しかった。
 
 残念だったのは、ただの一点だけ。番組では、荒俣氏が自らシュバルの理想宮に赴き、嬉しそうな笑顔を浮かべておられたのに、その姿が本書には図として収録されていない。大きな身体の氏が、やたらと嬉しそうに幻想的な宮殿に立っている姿は、それだけで古いもの好きの琴線を快く刺激していたというのに。
 

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紙の本木曜の男

2002/04/21 03:24

奇想と幻想との、幸せな結実

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 《ある悪夢》との副題が付けられた、イギリス文壇の巨人チェスタトンによる、唯一の長編ミステリ。
 
 
 無政府主義者であることを高らかに宣言する詩人グレゴリーの演説に、やおら反駁した詩人サイム。秩序を重んじるというサイムは、グレゴリーの話は本当の無責任さが漂う無政府主義であると批判する。その後サイムは、街角で彼を待ち伏せしていたグレゴリーから、秘密を守れるのであれば非常に面白いものを見せられると言われ、無政府主義者の隠れ家に連れられる。
 
 そこでサイムを待っていたのは、それぞれに曜日の名を付けられた無政府主義者の幹部たち。特に絶対的な力を持つという《日曜》の存在感は圧倒的だった。サイムは、後に《木曜》となり組織の秘密を探ろうとするのだが……。
 
 
 目がくらむほどに鮮やかな世界が、時には流れる河のように整然として、時には嵐の海のように渾沌として広がっている。チェスタトン一流の哲学たる逆説が、読者に対して落ち着いて腰を降ろす暇も与えぬほどに鏤められ、偉大な詩人としての才能が、大いなる自然と深い人間の心理とを融合させた、まさに幻想と呼ぶに相応しい光景を描き切っている。本当に素晴らしい。
 
 
 様々な逆説が登場するが、自ら体現しているキャラクターがいる。日曜の存在を追うべく、スコットランド・ヤードに設立された新たな刑事局の局長は、いつも暗い闇にいるのだが、その理由は暗い部屋にいると明るい考えがまとまるから、というもの。暗い夜空にただ一つ浮かぶ月が映える、といった光景を想起させる逆説の存在で興味深い。端的に表現された人間でありながら、その存在する価値が作品に欠かせぬものとなっているところがいい。
 
 物語の展開に際して、太陽としてではなく月のように関係する局長は、見えていること、書いてあることを真実とは思わない、常に疑いを抱くことを知っている、チェスタトンの意志を象徴する存在であるとも考えられる。類希な作品を楽しむためにも、チェスタトンの《逆説》が持つ面白さは疑うことを知ることからはじまる、ということを特に記しておきたい。
 
 
 得体の知れぬ存在と、その未知なる未来への恐怖。そして彼のものが抱き、存在している証しでもある意識が、サイムを圧迫する。サイムが体験する物語前半の奇妙な冒険譚は、すべてが後半の恐怖へと収束されていく。彼を取り巻く運命は、圧倒的だ。
 
 そして、様々な形で顕れていた恐怖の木立は、運命によって暴れた根を白日の元に晒すことによって、一挙に姿を失う。《異様なスピード感》と評された後半部分の疾走感は、謎が明かされることによってもたらされる安心感や虚脱感とは無縁の、鮮烈ではあるが明らかに幻の終焉へと繋がっていく。『木曜の男』は、チェスタトン唯一の長編ミステリであるばかりではなく、唯一無二の傑作として評価されるべきだ。他にこのような作品は存在していないだろう。
 
 
 物語の終焉には、人間と自然が比べられているとも考えられる光景が広がっていた。
 
 それは、雲の流れ往く様が余りにも性急であるために、人間が失踪しているにも関わらず、まるで自然が世界が人間を一人取り残して疾走しているかのような光景だった。人は自然の中にありながらも、自然と調和して一体となることが出来ず、絶望的な孤立感を絶えず抱きながら、空間に自分の形の穴が開いていることを目にしなくてはならない。そんな感じがした。
 

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紙の本第四の郵便配達夫

2002/03/01 02:49

世界一魅力的な野良犬の登場

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 30年の間、タイタニックと共に海に沈み、還らぬ人となってしまった恋人を、待ち続けている老人がいた。彼には、恋人から手紙が送られてくるという確信があり、切手の収集という趣味を持ち、結婚もしないまま家族に囲まれて暮していた。
 そんなある日、老人の住む豪奢な一角へと繋がる路地で、郵便配達夫が頭を殴られて殺害されるという事件が起こる。しかも、同じ場所で、同じ職業の人間が、続けて3回……。
 
 お馴染のジェイクとヘレンのジャスタス夫妻によって、事件の混乱は加速され、マローンには世界一魅力的な野良犬が懐いてしまい、フォン・フラナガンは警官の身の上を嘆く──ドタバタの捜査が展開される、クレイグ・ライス一流のユーモアとペーソスに溢れた、《大》傑作ユーモア・ミステリシリーズ!
 
 
 ユーモアに溢れる会話、気のきいた台詞、大袈裟だけどセンスの良いコミカルな情景描写──クライグ・ライスという作家は、ただ優れた作品を遺しただけではなく、彼女を知った人がすべて親友となってしまうというほどに、魅力的な人物であったらしい。
 
 ライスの半生については、どうも謎に包まれている部分が多いらしく、正確なことがわからないので、どうしても、魅力的な登場人物──特に、ヘレンやジェイクたち──がライスの性格を切り売りしたものではないかと想像し、作家自身の実像をイメージしてしまう。
 
 だからといって、ライスという人が非現実的で、非日常的な生活を送っていた、自作の小説ばりにとびきりの変人だったとは思わない。『スイート・ホーム殺人事件』に登場する子どもたちと母親が、ライス自身とその家族をモデルとしていることから考えても、変人というよりは、普通の生活を普通に送る人物だったのではないだろうか。
 
 だけども、クレイグ・ライスの書く物語には、どこか違った何かが確かにある。面白いだけなら、笑うだけなら他の作家の作品でも十分に足りるのだが、特別なスパイスが入っていなくて、物足りないと感じてしまう。
 
 何かが心に残る──それは、ライスの目線に秘密があるのかもしれない。彼女には、他の多く人たちが目にしている物を見ても、確かに違う何かが見えてしまっていたのではないだろうか。もちろん、亡霊が見えていた、というのではない。
 
 多くの人たちならば、一目見ただけで通り過ぎてしまうような日常のごく限られた一部分を、の感覚で捉え、その面白さや悲しさを抽出してしまうセンスをライスは持っていたのだ。このようなセンスのない人間にとっては、説明されればわかるか、説明されてわかった気になるか、説明されてもわからないか、という選択肢しか、悲しいことに残されていない。
 
 クレイグ・ライスという希有な作家は、変人ではない。日常の中から、非日常的な面白さ──必ずしも楽しいだけではなく、心に残る──を見つけだす、少しばかり次元の違ったセンスを持っていたのだ。
 
 
 お馴染の登場人物が、その姿を見るたびに、《警察のマスコットに……》と言ったり、《家を用意できる……》《世話をしたい……》《そんな犬が欲しかった……》と言わしめてしまう、世界一魅力的な野良犬が登場し、作品の始めから終りまでを楽しく彩っている。
 
 この犬は、三度、殺人の現場となった路地の近くをうろついているところ、マローンと出会い、彼に懐いてしまって後を追いかけるのだが、泣き声や仕草によって、ただでさえユーモア抜群で、独特な間合いを持っているライスの会話シーンに、更なる抜群の間合いを創りだしてしまうのだ。ヘレンの運転する車の中で、マローンたちと犬が繰り広げる密室劇的な会話のシーンは、本当に可笑しく、面白い。
 
 皆から好かれてしまう不思議な犬が、最後にはどのような運命をたどるのか。これも、『第四の郵便配達夫』で見逃すことが出来ない、幸せな問題である。

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時計は三時に止まる

2002/03/01 02:45

本格ミステリなのに、可笑しくて吹いてしまうって……

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 過去に『マローン売り出す』のタイトルで、光文社から発売されていたことがある、至上最高のユーモアミステリ作家、クレイグ・ライスのデビュー作品。
 
 
 ジェイクは、自らがエージェントを務めている人気バンドのリーダー、ディック・デイトンが駆け落ちをするための小旅行に付き合い、上手く宣伝効果を挙げようと考えを巡らせている。バンドマンと資産家の令嬢が、伯母の反対を押しきって結婚したとなれば、ディックにとって二重の喜びとなるだろうと踏んでいたのだが、待ち合わせの場所に肝心の花嫁が姿を見せない。仕方なく、花嫁の邸宅を訪れるのだが、そこにいたのは大勢の警官で、彼女は伯母を殺した容疑で逮捕されたという。
 
 さらに逮捕されたホリーの陳述がすごい。事件のあった午前三時に屋敷中の時計が一斉に止まってしまったこと、他の寝室をのぞいてみたらすべてのベッドがベッドメイキングされていたこと、吊るされる夢をベッドの中で見ていたこと、などなど。
 
 
 最大の謎は、一斉に止まってしまった時計。作者は、謎の答えを用意しないまま書き始め、第二章に移るまでの一年半の時間をかけてしまったらしいが、確かに魅力的な謎なのだから、ゆっくりと明らかにされればいい。本文中でも、ジェイクの物忘れという撹乱によって、この謎はのんびりと解決されるが、物語全体のテンポは非常に軽快、答えが知りたくてしかたがなくなったとしても、すぐにページを100回めくってしまうのだから、半自動的に答えを知ってしまうことになる。
 
 このシリーズの美徳は、作者ライスと同様に数知れないが、会話の妙ときたら、他の優秀なユーモア味溢れる作品の追随を、未だに完璧に許していない。つまり、《天国のこちら側で一番うっかりものの三人組》が繰り広げる、バカで、お洒落で、愛情に溢れた会話の愉しさは、このシリーズだけでしか味わうことができない。
 
 マローンたちの活躍を楽しむ際には、注意しなくてはならないことがある。作品と同様にテンポよく読み切ってしまったのならば、新たに同じような愉しみを得ることは、潔くあきらめたほうがいい、ということだ。
 
 
 クレイグ・ライスは、三十一歳でこの作品を書きあげると、十数冊の作品を残しただけで、五〇歳を目前に「見たところ自然死」の状態で死んでしまった。もっと多くの作品を残して欲しいと思ってしまうが、作品を書くことで彼女の人生は短くなってしまったのかもしれない。

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毒入りチョコレート事件

2002/03/01 01:07

【6人の探偵、6通りの解答】

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 犯罪学に造詣が深いだけでなく、その応用を可能とする知性を持ち合わせた人間のみが入会することを許される《犯罪研究会》。その会長であり、素人探偵として実際の捜査にあたったこともあるロジャー・シェリンガムは、会合のゲストとして旧知のスコットランド・ヤード主席警部モレスビーを招く。彼が離すのは、一見単純な事件に見える『毒入りチョコレード事件』。
 だが、6人の素人探偵たちはそれぞれが信じる方法論に従って推理したものだから、百家争鳴の推理合戦が繰り広げられて……。
 
 
 事件を語るのは、プロの捜査官モレスビー主席警部。彼は、現実的にも真実だと思われず、本格ミステリという創作中にあっては滑稽とも思える「狂人による犯行」という説に傾いている。このような、非本格ミステリ的な犯人の存在を、我らが素人探偵6人集が見逃すわけもなく、それぞれが独自に調査を進め、私説を会合で披露することになる。
 
 序盤、モレスビー首席警部によって呈示される事件の様相は、それほど詳細ではなく、長編ミステリというよりは短編ミステリの序盤という印象。しかしながら、一見単純そうに見える事件を、6人の素人探偵が互いの才を競い合い、ときには同士を犯人扱いしながら自説を展開していくことで、見せかけ以上に難のある事件であることが読者にもわかってくる。
 
 本格ミステリに登場する謎としては、小粒で目立たないくらいの『毒入りチョコレート事件』だが、ただのつまらない事件だと思ってしまっては大間違い。《犯罪研究会》の面々が繰り広げる迷推理や、コリン・デクスターの初期作品を思い出してしまうような二転三転する真相によって、読み進めていくうちに俄然興味が高められていく、様々な可能性を持った深い事件なのだ。
 
 一つ目の推理を提出するのは、弁護士のワイルドマン。彼は、犯人が被害者を何故殺したのか? というホワイダニットとして事件を扱い、利益を得るのは誰か? という問いによって真相を明らかにしようと試みる。
 
 二つ目の推理は、劇作家フレミングによるもの。彼女は、隠された人間関係にこそ謎を解く鍵があると考え、特に犯人に狙われた人物を中心とする《三角関係》の各頂点を見極めることに全力を傾ける。
 
 三つ目は、推理作家ブラッドレーによる、犯人はどのようにして犯行に至ったのかというハウダニットとして謎をとらえ、推理を展開する。
 
 四つ目の推理は、ロジャー・シェリンガムによるもの。彼は、ブラッドレーによる推理からヒントを得て、演繹的な手法と弁証法的な手法を組みあわせた推理を披露する。
 
 五つ目の小説家ダマーズによる推理は、四つ目の推理を基にしながら、独自に掴んだ新たな人間関係を露呈させた、心理的演繹法によるもの。
 
 六つ目の推理は、《犯罪研究会》にどうしているのかわからないほど目立たない好人物チタウィックによるもの。彼は、これまでに披露された推理から、真贋を見極めた正確な論拠を選び抜き、意外な犯人像を形作っていく。
 
 類似した事件をあげて推理の説明とするところは、クリスティの安楽椅子探偵ミス・マープルのシリーズと似ているなど、探偵小説に登場しては純粋な推理のみによって事件の解決を図るという、本格ミステリの初期に活躍した名探偵たちの手法が、六人の素人探偵による珍説奇説に姿を変えながらも、羅列させられていると考えられる。本格ミステリ、名探偵たちのパロディと言っては言い過ぎだが、著者の本格ミステリへの傾きぶりが手に取るようにわかる。
  
 六通りの解答を用意する本格ミステリという独創的なアイデアを、見事なまでの構成力と論理的な思考によって、オールタイムベストとして評価されるに相応しい本物の本格ミステリとして完成させている。まさに、アントニイ・バークリーが、奇才と呼ばれる所以だ。

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紙の本陸橋殺人事件

2002/03/01 01:03

名探偵は誰なのか?《ノックス師の十戒》で知られる作者による古典本格ミステリの最高峰

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 あまり気分のよくない天気の中、ゴルフ場でのプレー中に聖職者が口にした「気分転換のために人殺しでもやってみたくなる」という一言。これがきっかけとなり、ゴルフを楽しんでいた四人の素人探偵たちはそれぞれに推理について語りだす。
 
 大きくスライスしてしまったボールを追い、めいめいの推理は途切れるのだが、駆けつけた陸橋の下には、本物の事件を明確に知らせる男の死体が。先ほどの推理談義よろしく、四人は死体に関する調査を開始、証拠の隠滅、不法侵入、身分を偽っての聞き込みなど、素晴らしい探偵ぶりを発揮するのだが……。
 
 
 彼自身が《十戒》によって求めたのは、作品を規制で縛り上げることではなく、可能性を削ってしまうことでもなかった。あくまで、本格ミステリにとって欠くことのできない、作者から読者へのフェア精神を重要視した結果が、十戒として形になったに過ぎない。事実、彼自身の本格作品から、真意やユーモア、十戒とは似付かわしくない意外なほどの奔放さを感じとることができるのだ。
 
 
 四人の素人探偵によって披露される、迷走気味の推理によって真相が右往左往するという構図が楽しい。そしてそんな彼らの姿が、何かに似ていると思いながら読んでいたのだが……、結末にまで読み進めるに至り、やっと気がついた。日本の新本格に度々登場する学生サークルのノリに似ているのだ。
 
 メンバーは学生ではなく、元教授や聖職者、元陸軍で働いたという人物とその友人という顔触れ。大人である彼らが、死体の発見というこの上ない名誉によって、事件の真相に近づくことを義務のように感じ、楽しげに推理を披露していく様は、読んでいるこちらまでが楽しくなるほどのはしゃぎぶり。
 
 『陸橋殺人事件』は、誰がそう言ったのかはわからないが、《推理小説ファンが最後に行き着く作品》と評されているらしい。通好みの作品としてこう表現されたのかもしれないが、日本の新本格が本格の復権を目指すかのようにして書かれたことを考えれば、別の解釈も可能だ。新本格の旗手の一人、有栖川有栖の作品に、学生サークルに属する素人探偵たちが推理を披露する本格作品があることを考えれば、確かに最後に行き着いている、と言うことができるだろう。
 
 
 本書を手に取り、まず気がつくのが、カバーの裏面に書かれたお馴染の登場人物紹介に記されている人名の数が極端に少ないということ。登場するのは、四人の素人探偵を含め、たったの八人のみ。そこから死体となる人物を引くと、残りは七人となる。
 
 この限られた登場人物の中から犯人を捜さねばならず、途中までの展開では、ややアンフェアな結末となることも予想されてしまうのだが、すべては驚くべき結末によって明らかとなり、もちろん、アンフェアと聞けば思いだされるような、例のアンフェアぽいものは存在していない。
 
 最終行に行き着くまでの展開は、コリン・デクスター並の錯綜したプロットによるもの。しかも、推理を披露するのがモース(デクスターの作品に登場する警部)のような捜査のプロ一人ではなく、四人の素人探偵たちなのだから、混迷ぶりは素晴らしいの一言に尽きる。推理の上書き、推理の破棄などが繰り返され、ラストはあっさりと、しかも意外な結末が控えている。
 
 
 犯人捜しとして本作を考えても、数少ない可能性の中から、驚くべき真相を用意し、読者を手玉にとってしまうのだから、作者の上手さには舌を巻くしかない。あとがきで戸田氏が書いているように、良い意味で裏切られてしまう、本当に信用のおけない人物というのは、ノックスのような人のことを言うのだろう。聖職者であり、自ら《十戒》を遺したほどの人物が、その経歴を壮大なミスディレクションとした喰えないミステリー作家でもあるという事実。頭を下げる他はない。

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紙の本単独飛行

2002/03/01 00:30

飛行機乗りの見た第二次世界大戦

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 少年時代の日々を書いた自伝『少年』に続く、アフリカにシェル社員として赴任し、戦争が始まってから戦闘機のパイロットとして各地を転戦し、怪我によって帰国を余儀なくされるまでの三年間を描いた、ロアルド・ダールの自伝小説。
 
 『少年』が幻想的といっていいような、様々な葛藤を抱えつつもとびきりの幸せな時間だったとすれば、『単独飛行』はまさしく一人の人間が、戦時という悲惨な状況にあっても、なんとか楽しみを探しながら生きていく姿を描いた、一つの貴重な戦争の報告である。
 
 同じ英国人のチャーチルが、二次大戦をまとめた記録で、ノーベル文学賞を受賞しているが、西の端に位置するこの国の人間は、戦争の渦中にあり、過酷な運命を強いられていたというのに、どこか自分を含めた世界のことを客観的に見る、面白い感性を持ち合わせているのかもしれない。中東を転戦するダールの記憶も、不思議な感性の持ち主である彼の魅力を伝えるとともに、こちら側に強烈に訴える光景を逃さずに記録している。どうやってそんなことを見ていたのか、と驚かされるエピソードばかりで、ダールという人の感性に心底惚れ込んでしまった。
 
 特に素晴らしいのが、ドイツから亡命し、パレスチナで暮しているドイツ語なまりのユダヤ人男性と、彼が守っている大勢の孤児たちのエピソードだ。このユダヤは、自分の抱える問題がキリストの時代から続くものだと言うのだが、当時のダールにはまったく理解ができない。そしてダールは、この男性に好意を感じたり、怒りを感じたりするのだが、その気持ちがとても正直で、この出会いから40年以上も経っているというのに、自分の無知を言い訳することがまったくない。
 
 ダールに驚かされるのは、すべてを自分の意志によって行っていること。戦中に移動を命じれたが、自分の車を持っていたので、戦闘機に別の人間を乗せるように司令部に懇願し、それが受け入れられると砂漠を一人でドライブして楽しんでしまっている。悲惨な任務を受けてしまうこともあるが、本のどこを見ても愚痴っぽいことなどは書かれていないので、すべては自分が信じる道を進んでいるだけだ、というわかりやすさが伝わってくる。
 
 『少年』の時代から、ダールという個人からは、非常に強い《自分》を持っている、個人主義的な傾向が見られる。戦時に、しかも戦闘機に乗って空にいるときにまで、自分というものを歪めることなく、真っ直ぐに保っていた彼の感性は、本当に素晴らしい。
 
 この感性の持ち主が書いたのだからと納得することで、『チョコレート工場の秘密』のような不思議な物語に対する不思議が、少しだけ解消されたような気がする。
 
 
 あとがきは、宮崎駿。『あなたに似た人』や『チョコレート工場の秘密』を読んだことがあり、『単独飛行』にインスパイアされて『紅の豚』のワンシーンを作成したらしい。『紅の豚』とダールの飛行機がでてくる話には、どこか似たような印象を受けていたが、子どもに興味を持っているという点を含めて、クリエイティブな性質に似通った領域があるのかもしれない。
 
 傑作中の傑作です。

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ケンネル殺人事件

2001/11/17 14:50

あんまり星5つをつけたくないけど、付けちゃおう!本格探偵小説の大傑作!!

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 自ら鍵をかけ、服を途中まで着替えた状態で自殺した男。その男は、死んだ後に部屋の鍵をかけただけでなく、銃で頭を打ち抜き、自殺を繰り返してさえいる。蒐集している中国の陶器を眺めながらの不可解な死は、果たして自殺なのか? 銃で頭を打ち抜いたのは、死体なのか別の人間なのか? そうであるなら、いったい何故なのか?
 
 割れた中国の高価な陶器や、怪我をしたテリア(犬)の存在、疑わしい容疑者たちなどの謎が、執拗に繰り返される探偵ヴァンスの尋問や理解しがたい捜査、明晰な推理によって、最終的に完全な形で解決されます。
 
 この解決が、また、心地いい……。これ以上ない、本格探偵小説の傑作です。
 
 作者のヴァン・ダインは、「ヴァン・ダインの二十則」なる本格のルールを残すなど、本格探偵小説に多大な貢献を残した作家です。彼は、良質の探偵小説を書けるのは、一人につき三冊までであるというような趣旨の発言を行っていたそうです。
 
 ですが、実際に彼が残したファイロ・ヴァンスものは、全十二作。三ではなく十二という数字となったことには、乞われて作品を書き続けたということの他、一ダース十二という数字へのこだわりを持っていたことが関係しているんだとか。本当のところは、どうなんでしょうか。
 
 ヴァン・ダインの作品は、一般的に前期の三作はこの上ない名作と評価され、後期の半ダースに関しては、初期作品の規準を満たしていないと評価されています。この作品は、前期半ダースの最後、六冊目の長編にあたります。
 
 書かれた時期などを無視し、他のファイロ・ヴァンスものと比べるのではなく、純粋にこの一冊の作品を本格ミステリの一冊として評価して、僕は紛れもない本格探偵小説の傑作だと言い切りたいと思います。初期段階に行われる謎の魅力的な呈示から、最後に明らかとなる犯人の数までが(もちろん一人!)、本物中の本物です。
 
 まず、魅力的な謎がいい。この謎が本当に解決されるんなら、是非とも本を最後まで読まなくては、という気にさせられてしまいます。全ての重要な作品には、意外性に満ちていて、探偵によって解決されて欲しいという欲求を読者に与える、良質な謎が用意されているものですが、この作品にも素晴らしい謎が扉を広げて待ってくれています。
 
 あとは、駆け込むだけ。 

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紙の本チョコレート工場の秘密

2002/05/12 05:53

夢と自助の物語

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 90歳以上の老人4人や両親と共に暮すチャーリー少年。彼の生活は貧しく苦しいものだったが、家族の皆はチャーリーに対してとても優しかった。生活を切り詰めてお金を貯め、チャーリーの誕生日にはとびっきりのチョコレートをプレゼントしてくれるのだ。
 
 チャーリーたちにとって、一番の苦しみは空腹、薄いキャベツのスープやジャガイモだけでは、とても満腹にはならない。しかも、彼らの家のすぐ近くには、お菓子作りの天才ワンカ氏が所有する、世界一のチョコレート工場があって、毎日甘い匂いが風に乗って流れてくる……。
 
 チョコレート工場の見学ができる金券を手に入れたチャーリーは、ジョーじいさんをお伴に、毎日外から眺めていた工場の中に入る。他に招待された4人の子どもたちと一緒に、ワンカ氏のあとについて工場の奥深くへ進むチャーリーの目前には、とびっきり甘くて、とことん奇妙な世界が広がっていた!
 
 
 どの国の童話だったか、主人公の兄弟たちが悪戯をやめないものだから、祖母が彼らを豆に変えてしまい、最後には豆スープにして食べてしまったという話を読んだ記憶がある。このお話は、とにかく怖い。読んでいる子どもが、愉快さや爽快さを感じることはけっしてなく、決定的な恐怖心を抱かされてしまうくらいだ。愉しくもなんともないお話だが、この物語に秘められている、大人から子どもへのメッセージは単純明快である。《悪戯が過ぎると大変だ、親の言うことは良く聞きましょう》これではつまらない。
 
 『チョコレート工場の秘密』は、イギリス生まれで、後にアメリカで活動した作家、ロアルド・ダールによって書かれた童話である。この作品も、前述の童話に負けない恐怖が、本文がはじまった途端に、読者に襲いかかってくる。表紙のカラフルなイラストと、本文の薄暗い雰囲気の挿し絵とのコントラストがとても激しい。とにかく、気味の悪い挿し絵が、怖いのだ。
 
 イラストのチャーリー少年を見て感じるのは、伏し目がちで控え目だということ、そして、瞳の表情が失われてしまっているようだということ。童話に登場して、強烈なお仕置き──豆にして食われるような──を受けるような、典型的な悪戯好きの少年にはけっして見えない。
 
 
 チョコレート工場の奥深くで繰り広げられる見学は、見学というよりは、冒険と呼ぶ方が相応しいほど荒々しくて危険なもの。チャーリー少年は、工場の機械などを見てまわるのではなく、天才ワンカ氏によって創りだされたチョコレートの川や湖などの世界を進み、ドイルの『失われた世界』やヴェルヌの『八十日間世界一周』に登場する、チャレンジャー教授をはじめとする冒険小説の主人公と同じような冒険を、たっぷりと味わうことになる。
 
 この冒険の中で、チャーリーは様々なものを見て、最後にはとても大きな幸福を手に入れる。このチャーリーの冒険を見ていると、チョコレートの川が流れているほど、突飛で現実にはありえないような世界を冒険しているのに、どこか現実の世界に似通った出来事が起こっていること、その出来事によって引き起こされた感情は、現実のものとそっくりそのまま同じであることに気がつく。
 
 そして、ロアルド・ダールの素晴らしい才能によって存在する、この素晴らしい本を読み終えたときには、夢の世界みたいなチョコレート工場が、けっして想像の世界だけに終わっていないように感じさせられてしまっている。
 
 ダールは、チャーリーのように子どもで貧しいといった弱い立場の人間を通して、私たちが──特に子どもたち──が困難に陥ったときに、どのように対処すればいいのかを『チョコレート工場の秘密』という、とびきりたのしいお話の中に書き残している。彼は、特別な才能を持った作家ロアルド・ダールであると同時に、特別に心優しい一人のおじさん、ロアルド・ダールだったのである。

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不死の怪物

2002/04/21 03:16

畏怖すべき古典作品の輝きと影

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 深い杜(もり)で美女が八つ裂きにされて殺された。彼女を見るも無残な姿に変えてしまったのは、領主ハモンド家に取り憑いている不死の怪物。ハモンド家をゴシップが襲う中、怪物の襲撃を逃れた当主は、名高い心霊探偵に謎の解明を依頼する。
 
 魔神のごとき知識の塊である荒俣宏と、彼の僚友であり本作の翻訳を担当した野村芳夫が、過去に出版の実現のために奔走した経歴を持つ《埋もれた名品》。
 
 
 物語として、この作品は実に豊かである。そして、素晴らしく美しい。
 
 吸血鬼、北欧神話の神々、心霊術といったガジェットが、物語を構成する語彙や好奇心を掻き立てる展開に、美しくちりばめられている。そして、登場人物が抱く疑念、感情を生起させる人間関係、愛情の姿形が美しい。夜の闇や風に騒めく木々の軋みといった、誰にとっても抗いがたい普遍的な自然だけが持つ恐ろしさもまた、美しいのである。
 
 荒俣宏があとがきに著しているように、まさに《さながら『千夜一夜物語』のシェラザードのごときストーリーテリング力を発揮し、一行たりとも弛みがない波乱万丈の伝奇ホラーに挑戦した成果が、本書である》のだ。
 
 
 本作が優れているのは、作者の文章を書く力量によるところばかりではない。
 
 ケルーシュという作者は、1922年に書かれた、今では古典作品として扱われる物語に、非常に現代的な感覚の形跡を残している。作者が女性であったことも関係しているのだろうが、同性に対するいわれのない偏見を払拭するかのような発言を登場人物に喋らせ、バランスのとれた新しいとさえ感じさせる感性を披露しているのだ。
 
 古典作品にありがちな、現代の読者である僕からすると古さを感じずにはいられないような、凝り固まった思念の残存が、まったく無い作品なのである。ただ美しい文章を書くだけが作者の才能なのではない。小説作品を読むということは、美しい文章を味わい、意外な展開に好奇心を刺激されるだけではなく、合わせて作者本人の感性に触れることなのだ。
 
 真に美しい文章というのは、美しい物語にのみ存在が許される。そして、美しい物語は、作者の感性によって作られる。改めて感じさせられてしまった。
 
 
 この作品は、超自然に人間が翻弄される物語であるが、伝奇ホラーとしてのみではなく、ホラー・ミステリの傑作としても高く評価されるべきだ。
 
 その理由として、美貌の心霊探偵ルナ・バーテンデールが華麗に披露する、《原因・媒体・結果》という三位が一体となった美しい論理の存在がある。つまり、怪物によって八つ裂きにされた美女という結果は、媒体となった存在が物質化したという過程を経ているが、それには媒体に結果を生ませた原因が存在する、という因果である。
 
 ルナが披露する心霊探偵としての捜査は、心霊に対抗する冒険であり、三千年もの時を遡る発掘調査であり、三位が一体となった論理によって支えられた推理でもある。そして、原因を追及していく過程が、実に洗練されていて美しい。ミステリファンに本格ものとして認知されているハードSFの大傑作『星を継ぐもの』に通じるところがある。
 
 ただ探偵が存在するからミステリなのではなく、論理が存在してこそのミステリなのだ。本作にはまったく関係のない話だが、胡散臭くても、似非論理であっても、殺人がなくても、小鳥が水浴びをしていても──なんでも、論理が存在しているからミステリなのである。
 
 
 冷たく湿った暗闇の杜が生みだす恐怖の怪奇、美しい自然と遺跡に建築物など、豊かな滋味を有する舞台が浮かび上がらせる幻想、そして揺るがぬ論理の使い手である美しい心霊探偵の冒険と推理。
 
 これらが三位一体となった『不死の怪物』は、まさに、一行たりとも弛みがない完璧な作品である。
 

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