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先月(2017年1月)

ハチミツさんのレビュー一覧

投稿者:ハチミツ

5 件中 1 件~ 5 件を表示

紙の本言葉にのって

2001/02/24 21:50

哲学者としてではなく1人の人間として

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 哲学や思想に興味のある人なら誰でも知っているデリダ。
 しかしそれは「グラマトロジーについて」や「声と現象」を読んだことによるのではなく、蓮實重彦や柄谷行人、東浩紀の批評欠かせない人物として、知られているのではないだろうか。
 とはいえ大学で哲学科に籍を置く私は、少なからずデリダについては知っているつもりであった。しかし本書を読んでその思い上がりは一掃されてしまった。デリダは世界に対して痛ましいくらいに真摯であり、一貫して誠実だったことがわかったのである。
 イデオロギーというものが消滅し、現実から眼をそらしていれば「幸せ」な生活が手に入る現代。批評家も思想家も机上の空論を弄び、結局は自己満足のために仕事をしているに過ぎない。言わば始めから責任逃れの体勢なのだ。しかしデリダは違う。痛みを全身で引き受け、湧き上がる怒りの中でこそ赦しを真剣に考えているのだから。彼がについて思想し続けたレヴィナスに共感するのも当然である。
 大学のレストランでこの本を読み始めた私は、時々感嘆の声をあげながらそこで読み終えてしまった。デリダの語りは中断を許さなかった。読み終えたあと、なぜか涙がこぼれた。数多の哲学書など、デリダの言葉に比べれば取るに足らないものだったのだから。
 哲学者としてではなく、1人の人間としての姿勢に私は打たれたのだった。

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基本を学習し終えたらこの1冊

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 情報処理の試験はとにかく範囲が広い。ゆえに効率的に勉強するには、分野別の達成率がわかりやすく1冊で試験の全容を把握できる問題集が必要となる。しかもそれは、問題を解いてゆく過程で自ずと要点を理解できる本でなければ意味がない。
 本書はそういった要素を満たす数少ない問題集である。出題分野7+総合問題=8章の構成で、項目ごとにすぐ解説のわかる<例題>があり、その後<基本問題>が30問程度、<解説>となっている。この解説が簡潔で良い。
 一応参考書で勉強を終えたものを前提としているため、初学者には不親切に思えるかもしれないが、学習を終えたあとはこのレベルでないと満足できなくなるはずだ。また色を使用しないシンプルなテキストも見やすい。
 この1冊を3回復習できれば、試験で戸惑うことはないだろう。

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来るべきノスタルジー

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 島田雅彦の小説は長編のアンチロマンも格別だが、ドラッグを体験しているかのような短編のキレ味には白昼夢のごとくたまらない魅力がある。『ドンナ・アンナ』や『アルマジロ王』は確かにそんな短編集だった。
 しかし『そして、アンジュは眠りにつく』を表題に掲げた本書では、青二才も歳をとったなと感じさせるような、島田にしては少々珍しい短編が揃っている。
 その中の3つの作品はそれぞれ、「茶の間を旅して」は『忘れられた帝国』の、「カタストロフの理論」は『内乱の予感』の、「そして、アンジュは眠りにつく」は『彗星の住人』の序章として読むことも出来よう。だがそれにしても島田ならではの斜に構えた姿勢と毒舌は健在であるが、どこか穏やかな眼差し、人生への憐憫が行間から漂ってくるのは何故か。
 不本意にも「そして、アンジュは眠りにつく」の切なさに涙腺が弛んでしまった私は、これも島田の新たな戦略かと苦笑した。ただ島田はあとがきでこう書いているのだ。「自分の小説も世界の茶の間に静かに鳴り響く音楽になればいい」と。また「私と隔離された共闘を行ってくれる読者には千の握手を」とも。
 何という方向転換!とはいえこのただならぬ静謐さは演技で醸し出せるものではない。
 島田がノスタルジーにこだわっていたのであればその着眼点は成功している。それも村上春樹の「もののあはれ」的感傷ではなく、武装としてのノスタルジーとして。何に対しての武装か?ルサンチマンに対しての、未来への安直な悲観に対しての武装である。
 この時期、島田は読者や批評家への戦略を棚上げにし、文学への或いは運命への戦略をあみ出したのである。それをノスタルジーによって方法化した島田は後の『彗星の住人』では余すところなくその力を披露することになる。
 絶望を突き詰めた先にこそ新たなる価値の創造を見たニーチェの弟子として、島田は他の誰にも為し得ない戦術を見出したのだと言えよう。その萌芽を本書で体感できるのは、読者としてこの上ない快楽ではあるまいか。

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紙の本あやしい探検隊北へ

2001/03/18 12:36

笑いの必読書

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 椎名誠のあやしい探検隊シリーズは、ストレスを発散したいときに読むには最高のエッセイであります。いつも純文学や実学書ばかり読んでしかめつらをしている貴方も、たまにはこういう本を読んで神経を弛緩させるのがよろしいかと思います。
 そしてシリーズの中でも、単純に楽しめるオバカ話が満載なのが本書。アウトドア好きな方や釣り好きな方は必読です。特に「福島県警の赤色勝負」でトランシーバーを使って交わされる会話は、誰もが同じことをしたくなる面白さ。
 ちょっとブルーな気分のときの特効薬として本棚へ常備しましょう。

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紙の本まどろみ消去

2001/03/29 15:17

これはまどろみではないのか?

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 森博嗣本人は「本書に自分の全てが詰まっている」と語っている。しかし『すべてがFになる』や『夏のレプリカ』などを夢中になって読んだ私からすれば、この本は「おち」最優先であり、それもどこかで読んだようなおちや手法ばかりにしか見えない。短編集だから仕方がないのかもしれないが、これでは星新一や筒井康隆ではないか。それに明らかに内輪うけで閉鎖的な作品もある。
 とはいえこれも森の本領なのかもしれない。「本書が嫌いな人は他の森作品にも見切りをつけた方がよい」と本人が言っているのだから、この読みやすさ=単純さも読者サービスとして受けとめるのがファンのあり方ということか。
 ただ私は森作品を娯楽として楽しんではいるが、熱狂的なファンではない。だからこの作品は(森作品の中では)駄作だと断言するし、間違ってもミステリー好きの知人に薦めることはない。しかし森作品を読んだことがない人、時間がない人には本書は良質なエンターテイメントであるかもしれない。ちょっとした移動時間にはぴったりと言えよう。

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