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先月(2017年8月)

旅歌さんのレビュー一覧

投稿者:旅歌

86 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本堕天使は地獄へ飛ぶ

2003/06/17 17:10

『ブラック・ハート』に比肩する傑作

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ロス市警のハリー・ボッシュ刑事を主人公とするシリーズも本作で六作目。過去五作では『ブラック・ハート』がシリーズ最高作だと信じて疑わなかった。しかし、シリーズ六作目にして、とうとう『ブラック・ハート』に比肩する作品が登場した。ノン・シリーズも含めて平均点の高い作者の作品群の中でも、密度の濃さ、読み始めたら止まらないリーダビリティの高さ、緻密な捜査ぶり、時代性、物語の設定などなど、どれをとっても一級品の傑作だ。

 戸惑ったのは、一時の感情に流されず、噛んで含めるボッシュ刑事の大人ぶりというか成長ぶり。いつの間にか部下ふたりを持ってチームを率いている。一匹狼じゃないのだ。実は変わらず孤独なんだけど、ボッシュが諌める側に回るなんてね。あの切れるような内面を露出させたボッシュも良いけど、こっちのボッシュもかなりイケてる。ラスト間近、「正義」を翻弄する「政治的判断」に打ちのめされつつ、ボッシュは抑えきれない衝動に突き動かされる。そして、堕天使の羽ばたく音を聞いたボッシュの正義。決意。これを読まずして、ボッシュの後続作品は絶対に語れないだろう。

 ロス市警と係争中だった人権派黒人弁護士エライアスが殺害される。誤認逮捕と取り調べ中の暴力沙汰(ブラック・ウォリアー事件)の公判を間近に控えた警官が犯人かと上層部は色めき立つ。このデリケートな事件の捜査責任者に任命されたボッシュは、あろうことか仇敵の内務監査課刑事をチームに加えることを強要される。市警上層部の「政治的判断」の枷を嵌められつつ、「正義」を貫くため精一杯巧みに泳ごうとするボッシュ。しかし、先のロドニー・キング殴打事件とO・J・シンプスン裁判がロス市警に与えた影響は半端ではない。捜査の妥当性、証拠の正当性をとことん求められるのだ。手順に拘る姿はとても奇異なのだが、確実に悪を葬り去るためにはしかたがない。ロス市警の現場の捜査員は手かせ足かせを嵌められ、不自由な捜査を強いられる。もちろん、ボッシュも同じだ。

 更に、ブラック・ウォリアー事件の元となった、少女誘拐殺害事件の真相解明に乗り出したボッシュが味わう八方塞がりのジレンマ。更に更に、事件が引き金となってマイノリティの鬱積された不満が噴出する。暴動寸前のロス。十重二十重の袋小路でボッシュは「正義」と「政治的判断」の狭間で揺れる。まだまだ、細かい枷はいろいろある。ときには枷を味方にし、ボッシュの捜査は冴え渡る。この「政治的判断」を苦渋ながらも受け入れるボッシュの姿が、ボッシュ大人説というか成長説の根拠。捜査を盾に迫るアーヴィングに屈するのは、やっぱり悪を憎むが故なのだ。

 最初の一ページを読んだが最後、あっという間に物語に引きずり込まれ、一ページたりとも退屈させられることがない。未曾有の密度の濃さだ。ボッシュ・シリーズにつきまとっていた、ボッシュの内面を掘り下げる内向的な雰囲気が払拭され、警察小説本来の捜査に重きを置いたのも好感が持てる。もしかしたら、作者の内面に何か変化があったのかもしれない。まあ、そんな邪推は捨て置いて、シリーズ愛読者は当然のこととして、今までボッシュ・シリーズを敬遠していた人も、別の理由で読んだことのなかった人も、ともかく、一度手に取って欲しい。

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紙の本静寂の叫び 下

2001/08/07 05:54

ハンディッキャップと共感のサスペンス

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 この作家の大きな特徴は、ハンディ・キャップを持つ人々を物語の中心に据えることだろう。そのハンディが無類サスペンスを生み出すことは言うまでも無い。凄いところはそれのみに終わることなく、自らのハンディと痛ましくも健気に折り合いをつけようとする姿を存分に描いた上に、更に関わる者の内面とシンクロさせることによって不思議なドライブ感を生んでいくことにあるだろう。『ボーン・コレクター』では、リンカーン・ライムとアメリア・サックス。この物語では、アーサー・ポターとメラニー・キャロルだ。だが、ラストは少々やり過ぎで無理があるなぁ。

 これらを解き明かすキーワードは「共感」だ。人質と犯人、犯人と交渉担当者、そして交渉担当者と人質。この図形はさまざまに形を変えて作品に登場する。そういう意味では非常にヒューマンな作風なのだね。

 もうひとつの特徴は、抜群の人物造型とその描写にある。特に女性には抜群の筆力を示す。『ボーン・コレクター』のアメリア・サックス然り。映画でいうシャレードというか(ちょっと違うか…)、説明に陥らずに肉付けをするのがものすごくうまいのである。雪原を転がる雪玉のように、少しずつ大きくなっていく過程を暗黙のうちに理解させてしまうのだ。そして、その人物たちが苦悩しながらも未熟な者は成長し、自らに限界を感じる者は己を再発見していく。この物語では、FBIのポター捜査官と教師のメラニーがそれにあたる。

 人物造型のうまさは善玉だけでなく、悪玉にも十分に発揮される。この物語の脱獄犯ルー・ハンディは、数ある悪玉の中でも出色の出来じゃないだろうか。『ダーティ・ホワイト・ボーイズ』のラマー・パイと双璧と言っても過言ではないほどの悪玉だと思う。単なる極悪党ではなく、ミステリアスな一面を持ち合わせた魅力を持っているのだ。

 加えて、筋立ては大胆で緻密。『ボーン・コレクター』より落ちるかな、と思うのは、首を傾げて唸り声を漏らしてしまったラストと、より以上に安易と思う犯人の某人物と、設定が設定だけに少々中弛みが目に付いてしまったことくらいだろうか。FBIの人質救出交渉は非常に新鮮で、アメリカが関わったいくつかの事件を思い出しもした。でもねぇ、現実にはこんなにうまくいかないよねぇ。

 抜群の人物造型力に巧緻なプロット。こりゃ鬼に金棒だな。今更で申し訳ないんだけど、当分目が離せませんね。

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紙の本ハイペリオン 上

2001/03/21 22:51

物語のあらゆる要素を盛り込んだ、壮大なSF叙事詩の幕開け

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 ハイペリオン・シリーズ四部作の第一作目として知られ、数多あるSF作品の中でも指折りに数えられる本作。文庫化を期に読むことができたわけだが、期待に違わぬ壮大なストーリィにあらゆる要素が盛り込まれ、読書の楽しみを存分に味わえる作品だった。旅歌は感想を書く際に、5点満点で便宜的な点数を打っているが、文句なしの5点満点であるばかりでなく、これが5点なら過去の満点作品のうちいくつかは格下げしなくてはならないとの衝動に襲われた。『ハイペリオン』以後は、評点が辛くなりそうな予感がする。自分にとっては、それほどの衝撃を与える作品だったのである。

 SF小説は嫌いではないが、好んで読む方ではないから現代のSFはまったく知らない。耽溺していた時期もあるが、それとて遥か20年前。これ以前に何を読んだか、記憶を手繰っても思い出せないくらいだ。あ、梅原克文さんのアレはSFではないんだよね…(^^;;;。そんな旅歌をこれだけ耽溺させえたのは、SF小説というよりも冒険小説的要素が濃く、そこらへんがものの見事に旅歌の琴線を直撃する内容だったからだろう。これぞ、雑食本読みの本分。題材や看板が何であれ、おもしろいものはおもしろいのだ。SFだからと敬遠している向きにはこれを機会に是非オススメしたい。

 物語の舞台は28世紀。作者は現代からここに至るまでの、歴史、文化、社会、政治、経済、科学技術、その他の社会構成因子を完全に構築済みだ。だから、冒頭から未知の単語が執拗に、怒涛のごとく氾濫する。SF小説になじみの無い読者は、ここでくじけないことです。用語なんて軽く読み飛ばして結構。そんなものは読み進めるうちに自然と頭に入ってくる。この物語のおもしろさは、そんなものを超越したところにある(と思う)のだ。人物リストもない不親切な編集には腹も立ったが、下手にネットを駆使して人物リストや用語集を探さないほうがいい。旅歌はスケベ根性を出したばっかりに、不用意なネタバレに遭遇して情けない思いをしましたから。

 この壮大なドラマは、惑星ハイペリオンへと向かう巡礼6人が、それぞれのハイペリオンとの関わりを綴る6の物語で構成されている。ホラーあり、ハードボイルドあり、叙事詩あり、冒険活劇あり、愛情物語あり、の多士済済の6つの物語。文体を変え、視点を変え、変幻自在に語られる。これら6編の中篇小説がオムニバス的に並び、幕間に時系列に沿ってストーリィが進むのだ。それぞれが独立していながら密接に絡み合う。そのどれもが示唆に富んだアイディアに満ちている。それも単なるアイディアで終わらないバックボーンの広範さと文学的深みが備わっていて、その上で縦横なストーリィが波乱万丈に展開する。SF小説好きだけの物語ではなく、多くの本読みに受け入れられるのは間違いないはず。今更の旅歌の戯言ではありますが。

 こうして、徐々に解き明かされる28世紀の姿、徐々に増幅するハイペリオンの謎、それらが疾風のごとく一点に収斂していく、物語としてかつて味わったことのない醍醐味だ。読み進めるうちにある構図が浮かんでくる。これが物語を解く鍵なんだろうか。途中から薄々感づいてはいるが、ラストに至ってまったく解明されない謎が読者を身悶えさせる。当時の読者をどれほど悩ませたか想像に難くない。その点、旅歌は幸せかな。四部作の第一巻を読み終え、間髪を入れず第二巻『ハイペリオンの没落』に進むことができるのだ。こんなおもしろい小説を今まで未読だった負け惜しみではなく…。めくるめく物語に翻弄される日々がしばらくの間続きそうだ。

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悲鳴

2003/06/17 19:36

正統派ハードボイルドの逸品

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 東直己といえば、札幌を舞台にしたハードボイルドというか、軽めの探偵小説を書いている作家、くらいの認識しか持っていなかった。読んだのは10年くらい前の、ビル・プロンジーニばりの名無しの探偵<俺>シリーズの『探偵はバーにいる』と『バーにかかってきた電話』のみ。読了当時はそれほど好印象を持たなかったのだと思う。『フリージア』とか『渇き』などを頂いていたのだが、開くことはなかった。それでも、前に自分のサイトで「ご当地探偵」などという企画を考えた時に、一番に東直己の札幌の探偵を思い浮かべたくらいだから気にはなっていたのだと思う。不覚でありました。こんなすばらしいハードボイルド作家を見逃していたなんて……。ただただ、不明を恥じるのみ。

 東さんって、こんな重厚な物語を書く作家だっけ? まだこんなことを言っているタワケなのだが、ともかく、この物語は良質なハードボイルド・探偵小説の条件を全て兼ね備えた傑作と言って間違いない。ミステリ的な趣も強く、ラスト間際まで全く予測不能の展開に翻弄される。着地点も良い。背筋に一本太い骨が入ったような作品。テーマは明確だが押し付けがましくない。さりげなく浮き彫りにして、さりげなく時代を切り取ってしまう作家的な円熟にまいってしまったのだ。

 作者が物語の中心に据えたのは、現代社会が生んだ闇である。一方の闇である心の闇を、他者からの疎外感というか、自らの価値基準に適わない他人に向ける情け容赦ない視線に集約して、その視線を投げる側と受け取る側からさりげなく分析してみせる。物語の発端となる調査を依頼した女性の闇が、単純な善悪の枠組みを超えて痛みを伴って迫ってくる。随所に優しさを感じさせるのが円熟たる所以。人間を見つめる目のなんと優しいことか。この優しい視線に支えられて、予測不能の物語がスピーディに展開する。

 「困ったもんだ」を連発する高橋を始めとした、クセの強い登場人物に混じって、探偵畝原のなんと普通で真っ直ぐなことか。この人物造型はすばらしい。畝原が娘と心を通わすシーンなど、ちょっとデフォルメがきついかな、と思わせる部分もあるが、エキセントリックな現代の良心と言えそうな畝原あってこその人物配置と言える。畝原の「普通さ」を際立たせておいて、なお、配置されたエキセントリックな人物たちを受容してしまう懐の深さ、というか人間的な深みが最大の魅力なのだ。噂に聞く作者ならではの洞察力といえそうだ。

 ストーリィの転がし方もすばらしい。札幌のあちこちに脈絡なく放置される死体の手や足。目的は? つながりは? 一見バラバラに見えた事象を緩やかにつなげる展開は見事の一言。これらに、またさりげなく札幌の情感豊かな描写が被さって、なんとも豊かで味わい深い小説空間になった。そしてタイトルとなった「悲鳴」。今ひとつ、テーマとのつながりが弱いような気もするが、もうひとつの闇の犠牲となった無垢の人々の叫び、あるいは他者との関係が脆弱になってしまった現代社会への警鐘、とでも読めばつながるか。ちょっと強引かな(^^;;;。

 備忘録も兼ねて付け加えると、作者の作品群の中では、<俺>シリーズとは別の探偵・畝原を主人公としたシリーズの三作目にあたる。畝原登場作が『渇き』(勁文社〜これはぼくの本棚に積んである……嗚呼)、第二作が『流れる砂』(角川春樹事務所)らしい。遅ればせながらこれから読みます。良質ハードボイルド・探偵小説を読みたいという人には絶対のオススメ。

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紙の本ボーン・コレクター

2001/08/07 05:57

究極の安楽椅子探偵登場

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 これは傑作だ。主人公の人物造型からしてが吃驚仰天なのである。元NY市警中央科学捜査部長で犯罪学者のリンカーン・ライムは、捜査中の事故で首から下の全身が麻痺している。かろうじて動かせるのが左の薬指のみという重度の身体障害者なのである。彼が、稀代のサイコ・キラーと自らの頭脳のみを駆使して対決するというんだから、名実ともに究極の安楽椅子探偵といえるだろう。そして、彼の手足となって脇を固めるのが、万年巡査の娘アメリア・サックス。裏の(ホントは表?)主役といえそうな彼女の成長ぶりとライムとの交流が、物語のひとつのポイントとも言えそうだ。

 その障害ゆえ、人生そのものに絶望しているライムはある選択をしている。これがもうひとつのドラマ。一方、サックスにも大きな精神的外傷がある。サックスのトラウマゆえの癖と、類まれなる美貌のアンバランスさがミステリアスで魅力的な人物を作り上げている。そして、ある意味似たもの同士のふたりが築き上げる不思議な関係。多少の甘さはあるものの、このあたりはエンターテイメントを知り尽くした作者のさすがの処理が光っているのだ。こういった生きていく上でのジレンマのほかに、捜査上でのジレンマもある。自ら動けないライムの焦燥、手足となって両面からライムの薫陶を受けるサックスの戸惑い、苛立ち、そして意外な方向から繋がってくる犯人。これはもう見事というしかない。さまざまなジレンマが生み出す極上のサスペンスをじっくり味わっていただきたい。

 サイコな犯人像に少々難ありとは思う。でも、そのほかには目立った曇りは見受けられない。中だるみ気味かと思われた中盤あたりも、読み終わってみればハイテンションの連続で疲れた脳味噌には心地よかったくらいだ。サスペンスでは常道といえる時間的なリミットが、これでもかと無理のない波状攻撃を仕掛けてくる。読者は疲労を感じるほどの緊張を強いられるだろう。テンションは上がりっぱなし。豊富な物的証拠に支えられた、裏方の地道な捜査によって積み上げられる犯人像と、それによって導かれるライムの驚異的な推理がバランスよく配置される。サイコ・キラーとライムの知恵比べが無類のサスペンスを生み出すのである。

 他の人物たちもキラリと光る連中ばかりだ。ちょっと残念だったのは、カメレオン=フレッド・デルレイかな。もうちょっと踏ん張って欲しかった。起承転転転転結の末迎えたラストでのライムの執念。う〜ん、ごちそうさま(^o^)。ホントに楽しませてもらえました。サスペンスの王道でございました。

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紙の本渋谷ルシファー

2001/06/16 09:40

花村萬月初期の傑作

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 好き嫌いだけで言ったら『ブルース』に次ぐ位置につけると思う。今まで何故読まなかったか、と自分の不明を恥じる気持ちよりも、こんな作品を今読むことができて心底嬉しい、という気持ちの方が先に立ってしまう。ともかく、ぼくはこの作品が好きだ。登場人物全てがいとおしい。

 物語は『ゴッド・ブレイス物語』の続編、あるいは姉妹編といえるだろう。ただし、処女作の登場人物でこの物語に大きく影響するのは朝子と健のみ。特に健がガキのくせにいい味を出している。主人公は引退した天才ジャズギタリストで、今は渋谷で「ルシファー」というバーを経営している桜町と桜町が愛した美人ジャズ歌手の忘れ形見の映子。このふたりを中心に連作短編の形で4篇がひとつの物語を形成している。ヒロイン映子の人間的な成長とブルース歌手としての成長が主に描かれるのだが、巻末の池上冬樹さんじゃないけど、、なんて切ない。はらわたに染み入るような切ない物語だ。全ての登場人物がいとおしい。。ヤクザの代貸、その子分、桜町の先輩、映子、桜町、そして朝子と健。それぞれの心情が痛いほど伝わってくるのだ。

 これは萬月の出版された5番目の作品にあたる。読めばすぐわかるのだが、萬月作品のキーワードである「羞恥心」が非常にストレートに表現されている。あたりまえといえばあたりまえで、読み方によっては非常にクサイのだがそれでも萬月が書くと泣かせる。決して小手先のワザではないからだと思う。少なくともぼくは泣けたし、そう思っている。

 それにしても初期の萬月がロバート・ジョンソン注ぐ愛情は尋常ではないな。『ブルース』では「Love In Vain」をフィーチャーし、この作品では「Me And Devil Blues」だ。ロバート・ジョンソンというよりもブルース全体かな。ロバート・ジョンソンは生涯に41テイクしか残していない。興味を持たれた方は、CBS SONYから全テイク収録の2枚組のCDが発売されているから聞いてみるのも一興かも。最近では(と言っても古いけど)エリック・クラプトンが「アンプラグド」で「Malted Milk」を演奏している。聞き比べれば分かることだが、ギターのほとんどのパートはロバート・ジョンソンのコピーと言ってもいいくらい。重要なアイディアは全て原曲のままなんだからホントにすごいんだ。。

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紙の本オルファクトグラム

2001/05/18 06:09

驚異の臭覚小説

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 SFっぽい雰囲気を漂わせながらも、SFとは言い切れないような…。では、ミステリかといえば、もちろんミステリなのだが、異色さが際立っていて他の追随を許さない。こんなボーダーレス、クロスオーバーな作風が井上さんの特色なのですね。『ダレカガナカニイル…』もそうだったな。岡嶋二人のころの作品はそれほど読んでないが、紛れも無く中心はこのお方だったのですねぇ。

 この物語の何が異色といえば、発想なのだ。臭覚、なのである。更に凄いのは、匂いを臭覚として感知して鼻の知覚のみで終わらせない。おかしな書き方だが、なんとこの主人公は匂いを目で見てしまうのだ。豊かな逆転の発想。更に更にワンアイディアで終わらない。この匂いを視覚で検知する感覚の周辺、つまりそれによって起きうるあらゆる事態を想定して、細かくディテールを積み上げてリアリティを演出する。主人公は、普通の人間の数百万倍から数億倍の臭覚を持つ男、ミノルだ。ミノルが視覚的に臭覚を検知する術を会得してから、世界が全てミステリになる。世界はなんとミステリに満ち溢れていることか。

 こんなミノルが、姉を殺したシリアル・キラーを追う。緻密な構成で、かなり読ませる。ミステリ的な楽しみが随所に散りばめられていて、犯人の境遇などが明かされてからは一気読みだ。意外なところから、意外につながる点と線のおもしろさ。臭覚を画期的に扱ったおもしろさはもちろん、その能力が生むサスペンスも詳細に描かれ、まさに異色のミステリ小説に仕上がったと思う。

 へんに頭でっかちにならないところが、さすがに手練のエンターテイメント作家なのだ。このテーマを捏ね繰り回せば、人間の知覚の危うさ、世界の危うさ、とかね。意識しなくても文学的、あるいは哲学的で頭でっかちな物語に陥りやすいと思うのだ。それの方が簡単だしね。そういう作品の方が出来が良いように思われがちのような…。逆もまたで、犬並みの臭覚を持ったハンターに終始してしまえば、陳腐な三文小説になったことでしょう。

 そんな題材をバランスよく、良質なエンターテイメントに消化したところに、この作家の良さというか個性があると思うし、作品的成功があるのだと思う。作者が具体的に道を指し示さなくても、読者によっては言外の意図を読み取るもの。傑作だ。

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紙の本テロリスト

2001/04/21 07:11

シリーズ掉尾を飾る最高傑作

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 しかし……、滅多なことを書くもんじゃないな>自分。シリーズ全作読む前に第8作『密室』があまりに良かったので、これがシリーズ最高作と書いてしまった。とんでもない先走りでありました。サスペンス溢れるストーリィ展開、マルティン・ベック=シリーズ愛好者の思いを凝縮した人物配置、冒険小説好きを小躍りさせ本格マニアをも唸らせるであろうテロルの決算、しかもシリーズ初の法廷シーンまで登場させたこのシリーズ最終10作目こそが、マルティン・ベック=シリーズの紛れもない最高傑作でありましょう。

 シリーズここまでの作者の小説スタイルは、良くも悪くも淡々と事件を捜査する、言ってみれば地味な捜査小説と言うべき面が強かった。物語の中で明確なタイムリミットを設定した作品はなく、事件発生から解決までのスパンが比較的長いのが特徴だった。ミステリ的なおもしろさは、粘り強く捜査を続けるベック等の動きや謎解きのプロットにあり、決して手に汗握るサスペンスではなかったのである。唯一第3作『バルコニーの男』に若干サスペンス性が見うけられる程度だろうか。捜査小説としては、『密室』でベックに単独で捜査させ、作者のやりたいことは全てやり尽くしてしまったようにも思えてしまう。次作『警官殺し』から作風が変化してように見えるし。

 そして、最後を飾る『テロリスト』だ。『密室』『警官殺し』と続いた味わい深い小説的深みを継承した上で、更にそこにタイムリミットを二重に設けサスペンスを煽る。中盤以降はページを繰るのももどかしいほどだ。『密室』で見せた円熟の境地から、もう一歩突き抜けようとする貪欲なまでの作家の自己追求。見事に結実している。最後まで飽きさせない。追い詰められたテロリストはベックまで付け狙う。照準器に映し出されるレアの乳房。ひゃああっ! レアは撃たれるのか、ベックの運命は……。

 見事な法廷シーンと殺人事件解決の前半部と、アメリカ上院議員警護の後半部が繋がらないじゃないか、と思う方もいるかもしれない。実際、圧倒的な後半部のため、読後は前半部を忘れたくらいだ。しかし、時が経つにつれ、じわじわと前半部が生きてくるのだ。作者の意図はあの前半なくしては成り立ち得ない。悲しきテロリスト。作者の示すテロリストとは一体誰のことか。同情を禁じえない悲しきテロリストの末路。第25章、弁護士ブラクセンの罪状認否の長広舌に作者の思いが込められている………。語り尽くせぬ魅力に満ちたシリーズ最終巻でありました。
 
 残念ながら、稀代の警察小説マルティン・ベック=シリーズはこれでおしまい。作者の意図は後半作品になるほど強くアピールしているようだ。これだけの名シリーズを今の今まで未読だった自分を恥じる気持ちもあるが、多くの人に読んで欲しいと願う警察小説の傑作シリーズでありました。

 おっと、冒険小説ファンには絶対のオススメの『テロリスト』だが、これだけ読んでもダメ。是非ともシリーズ1作目『ロゼアンナ』から順番に読み進みましょう。執筆年代の古さを全く感じさせない普遍的警察小説のシリーズだから…さ。

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紙の本密室

2001/04/21 07:05

シリーズ八作目は、緩急自在の傑作。ベックの悩みは深い

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 マルティン・ベック=シリーズ第8作は、作家的成熟を充分に感じさせる傑作であった。前作『唾棄すべき男』で感じた厭世感が強くなっているようには感じられるが、それこそがスウェーデンの現実だったのだろう。『笑う警官』で描かれた警官たちは、一様に溌剌として希望に溢れているように見えたものだが、それからわずか4年半の間にここまで変わってしまったのか。ストレートな正義感は善と悪の間で揺れ動き、機構改革を発端として湧き上がった警官たちの閉塞感はペシミズムへと移行するしかなかったのだ。作者自身の変化なのか、スウェーデン社会全体の変化なのか。どちらが是というつもりもないが、個人的には奇麗ごとに終始したように見えた『笑う警官』よりも、こちらの方が遥かに好みなのは間違いない。プロット、ストーリィテリング、硬軟取り混ぜた構成、戯画的な人物とその配置、謎解きの妙、どれを取っても納得できるシリーズ最高作品だ。

 なんといってもプロットが最高ですね。真犯人の意外性という点では最高じゃないでしょうか。過去7作のベック・シリーズに薄かったのがこの点だと思うのだ。いずれも未知の人物。このような意外性こそがミステリのおもしろさで、絡みつく謎解きのおもしろさと共に十二分に味わわせてもらえる。密室の謎解きも、チャンドラー・ファンという作者ならではで好ましい。

 構成もうまい。巷では連続強盗事件が起きている。それを仕切るのが“ブルドーザー”の異名を持つドン・キホーテ、地方検事ステン・オルソンだ。彼の一挙手一投足には笑うに笑えない毒がたっぷり練りこまれて、非常にブラック。グンヴァルド・ラーソンやコルベリまで引っ張られて右往左往だ。その一方で銃弾から15ヶ月ぶりに復帰したマルティン・ベックの孤独な捜査が描かれる。対象は密室で発見された死体。強盗捜査を動とするなら、ベックは静。動と静を緩急自在皮肉たっぷりに描きながら、ベックの魂の浄化までやってのける。こんな荒技を余裕綽々でやってのけるんだから、凄まじいばかりの筆の冴えだ。いままでの若干教条的で冷たく堅苦しい作風から一皮むけて、静かな中にも熱を帯び、しかも作者自らが楽しんで書いているようにもみえる。最後の最後までこの姿勢は崩れることがなかった。

 ベックの癒しの女神として登場するレア・ニールセンだけど、この人はベックの恋人になるのでしょうね。ちょっと作りすぎだなあ、この人は。でも、一瞬にして恋に落ちた二人がベックの密室をこじ開ける姿は心温まる。国家と対比されているような気もするし。眠るだけのベック……いいですね…。ベックのペシミスティックな姿勢は変わることがないかもしれないが、警官という職業を愛し折り合いをつけていく姿は共感できることが多い。残すところ2作。読むのが惜しくなってきた。

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紙の本二重螺旋の悪魔 上

2001/04/13 05:43

バイオ・ホラー・アクションの金字塔

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 ここまで凄いと、自分の貧弱なボキャブラリーでは賛辞の言葉を思いつかない。
 わが国バイオ・ホラーの先駆けとか代表作との定説がある、瀬名秀明『パラサイト・イヴ』に先行すること二年。鈴木光司の『リング』と同じ年(1993年)に出版されたこの作品は、馴染みの薄い朝日ソノラマという出版元も手伝ってか、上記ニ作に比べるとかわいそうなくらい忘れられた存在だった。

 ところがところが、今ごろ読んでおいてこんな言い方もないもんだと思うが、梅原克文『二重螺旋の悪魔』こそ、その後ブームとなったバイオ・ホラーのまぎれもない先駆であり、内容の凄まじさ、作家の創造力、稀有なストーリィ展開、ジャンルでは語れないハイブリッド感覚、どれを取っても凡百の小説では歯が立たない、上記二作を遥かに凌ぐ、バイオ・ホラー・アクションの金字塔だったのである。

 作者の梅原さんは、二年後に上梓した『ソリトンの悪魔』で日本推理作家協会賞を受賞して、各方面に知られるようになった。が、それとておもしろさでは『二重螺旋の悪魔』の比ではない。その後、積もり積もった怨念が炸裂したのか、サイファイ宣言で物議を醸したのは記憶に新しいところ。というか現在も継続闘争中。あれだけでかい口(失礼m(__)m)を叩くのだから、さぞや凄いんだろうと思った最近作『カムナビ』ではがっかりさせられたものだが、これほどのポテンシャルの高い作家ならば簡単に見捨ててはいけないですね。ケンカを売るかのような一方的で不毛な論争にばかりに力を傾けないで、作品の質を上げることに力を注いで欲しいもんです。

 この物語を読めば、梅原さんのおっしゃるサイファイがどういうものかとてもよく解るだろう。『カムナビ』はサイファイ・テキストに相応しくないですね。本家SFマニアたちの、陳腐だの、底が浅いだのとの酷評も納得できてしまうから。だが、この物語にそういう言葉は相応しくない。

 当然、エンターテイメント小説はおもしろいことが大前提である。なんでもありで結構だが、読者に擦り寄っていくような姿勢だけはいただけない。『カムナビ』には某出版社の超訳本のような不健全さがあって、どうしても納得できなかった。この物語だって、登場人物の心根には似たような不自然さがある。だが、まだ熱さがあるのだ。大仰でステレオタイプな人物たちに、血の通った温かみが感じられるのだ。主人公の深尾がなんでも自分のせいだと叫んでも、成長と考えても上下巻で違い過ぎるの深尾直樹の大げさぶった人格も、男女関係の機微が描けていなくても、ここまでなら許せる範囲だと思うのである。

 何とか及第点の人物に、破格の創造力に支えられた無類のストーリィが被さる。山場がいくつもあり、時系列的に連なった短い時間の中で密度濃いストーリィが、決して読者を飽きさせることなく爆発的に展開する。次から次と問題が発生し、ころころとストーリィが転がっていく。実に無理なくスムーズに転がるので、例え仕掛けが陳腐に見えても、読者は文句なんか言っている暇がない。これも『カムナビ』とは大きな違いだ。物語作りのツボを知り尽くしているかのストーリィ。逆説的発想。もう見事と言うしかない。

 いろいろな先駆者の影響はあるでしょう。でも、補ってあまりある作者の類稀な想像力なのです。神の姿には失笑が漏れるかもしれないが、それとても全体を俯瞰すれば、バランスがとれているように見えてくるから不思議なもの。ラストにもっと捻りを期待していたので、少々残念な気もしたが、叫ぶ深尾直樹はこれで良いのだと結局納得してしまった。この神はおもしろ過ぎかな。

 『パラサイト・イヴ』や『リング』が最高! と思っている人には是非読んで欲しい。根本的に違う疾走感を感じてもらえると嬉しいのだ。もちろん、その二作だっておもしろいんですけどね。

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紙の本ブラックライト 上

2001/03/24 05:38

血の絆が織り成す、極上のエンターテイメント

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 幸せに浸りつつ、幸運に感謝している。この物語を読むことができたこと、そして、なによりもこのシリーズを発表順に読むことができたことに……謝謝。『極大射程』『ダーティホワイトボーイズ』の登場人物たちが微妙にからまってこの物語に登場する。だが、単純に『ダーティホワイトボーイズ』の続編でもなく、『極大射程』の続編とも呼べないかもしれない。互い強く影響し合って、壮大なひとつの物語を形成しているのだ。

 主人公はボブ・リー・スワガー。もうひとりの主人公は『ダーティホワイトボーイズ』の悩める警官バド・ピューティの長男坊ラス・ピューティだ。だが、本当の主人公は「銃」なのだ。物語中、ボブの父親が死出の逮捕劇に出かける刹那、息子に言う。悪には種類がふた通りある、と。ひとつは自らが望む悪、いわば確信犯的な悪。もうひとつは善であろうとしているのに、なし崩し的雪崩れ的に堕ちていかざるを得なかった悪。堕ちゆく者が手を伸ばした先にある銃。正義の使徒にも、地獄の演出者にもなってしまう。もちろん、アメリカに限ったことではない。ただ、現代のアメリカ社会においては非常に象徴的かもしれない。堕ちゆく者を見つめる作者の目は冷徹なのだが、この上なく優しい。運命論的な諦観すら漂う。『ダーティホワイトボーイズ』のラマー・パイは極端な後者といえよう。そして、ジミー・パイも、その従兄弟も。

 血の絆の織り成す物語はもちろん極上のおもしろさだが、忘れてはならないのはミステリー的な要素だろう。『極大射程』ではスーパーアクションに登場したダイイングメッセージで面食らってしまったが、この物語でもミステリーの要素が非常に強い。大方の予想通りといえばそれまでなのだが、もうひとつ隠し玉があってそっちには吃驚仰天だ。ただし、周到な伏線が張ってあるから、いちいち納得。ディテールへの拘りは尋常ではないのだな。ホントに凄い作家だ。

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極大射程 上巻

2001/03/24 05:34

これぞエンターテイメント!

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 これぞエンターテメント。文句無く楽しめる。上下2巻でちょっと長いけど、長さが全然気にならない。…でも……ラストは引っ張ったなぁ。物語の中に仕掛けがいろいろある。それは時限爆弾みたいなもんだから、より劇的にってのも頷けるんだけど、あそこまで引っ張らなくてもね。。そんな仕掛けといえば、ダイイングメッセージまであるのだ。これで本格物の読者まで射程に入れたか…射程は大きく…極大射程…って(^^;;;。

 何といっても、練りに練られたストーリィが抜群におもしろい。伝説のスナイパーボブが罠に嵌められ、大統領暗殺犯の汚名を着せられる。そして、もう一人の主人公と交錯する。FBIのニックだ。ニックもまた運命に翻弄される。間一髪逮捕を免れたボブは自らの汚名を削ぐため、愛する人を守るため、陥れた組織を相手に戦争を仕掛けていく。

 この大胆な戦争を仕掛けていく主人公ボブの信条は、
 「自分や自分の大切なものを傷つけようとしている相手以外は、誰も傷つけてはならない」
 「自分の義務だと思えることをする」   このふたつだ。
 これはまるでハードボイルドのヒーローのセリフだが、ボブのストイックさはハードボイルドそのものといえよう。銃という武器を持つ者の誇りを端的に表している。この信条を胸に、ボブは人間離れした殺傷力で数多くの窮地を切りぬける。
 作者は「ワシントン・ポスト」の映画批評欄のチーフらしい。だからなのかどうかは解らないけれど、時間経過や場面転換がやけに映画的。騙し騙されの殺戮ゲームはドラマチックに進行し、長いエンディングの末迎えたラスト。大きな時限爆弾が爆発するのだ。賢明なる読者はとっくに気がついているんだけど。これで良いのだな。

 それにしても、、それにしても、アメリカにはこんな銃オタクがウヨウヨしてるんだろうか? 作者からしてが大変な銃知識。この本に書かれた銃に対する薀蓄は楽しめる人とそうでない人がいることだろう。武器を持つ人間にはボブ・リー・スワガーのようなダンディズムが必要なのかもしれない。物語そのものに銃天国アメリカの言い訳めいた一面を見たような気がしたのだけれど…

 日本では不遇の作家-スティーヴン・ハンター。邦訳順がめちゃくちゃで古くからのファンはかなりご立腹。この物語は伝説の名スナイパーであるボブ・リー・スワガー物の第1作にあたる。続く作品の『ダーティホワイトボーイズ』『ブラックライト』が先に翻訳されて、しかも、どれも「このミス」では上位入賞。怠慢だよなぁ。一体誰の?

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エンディミオンの覚醒

2001/03/21 23:09

シリーズ掉尾を飾る時空を超えた恋愛物語

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 シリーズ掉尾を飾る物語は期待に違わぬ傑作だった。次々と暴かれる謎。ダイナミックに展開する波乱万丈のストーリィに小躍りしながら読み進めた。まあ、確かに、みなさんおっしゃるようにアイネイアーをはじめとした説明口調には辟易したし、いつでもお預けを喰らう情けないロール・エンディミオンには軽蔑の眼差しすら向けたが、その程度で壮大なスケールの物語が縦横に展開する全体の感想が薄れるものでもない。
 主人公ふたり。アイネイアーとロール・エンディミオン。正直な気持ちを言えば、このふたりにはあまり魅力を感じない。元来、旅歌は恋愛ものが好きで、健気なヒロインには必ず恋をし、苦悩する男には必ず感情移入するのだが、このふたりはどうもいけない。アイネイアーは、ぼくの中では人間としての像を結ばない。生身の人間としての温かみを感じないのだ。ロール・エンディミオンに至っては、アイネイアーの下僕の如き情けない振る舞いに憤りを感じて、前述のように軽蔑の眼差しすら送った。読み終えて、このふたりの恋愛小説的大団円のラストは、考えようによっては美しいのだけれど、そこここにアイネイアーの傲慢さみたいなものがプンプンしてしまう。ロール、お前はそれでいいのか! しっかりしろ! ってね。気持ちはわかるのだが…。
 確かに感動的だったですよ。でもね、物語の構造を考えるとき、主人公ふたりに感情移入できないってのはつらい。物語そのものが、思わせぶりで過剰な思いやりと、それを許容せざるを得ない情けない男に支えられていることに行き着いてしまう。アイネイアーだけでなく。これは『エンディミオン』の方により強く感じたけど…。それからもうひとつ。綿密な前振りと、壮大な中盤に比べて、後半が駆け足だったのもマイナスかもしれない。あまりの長さに、さすがの作者も息切れしたのかな? もっとじっくりと読ませて欲しかったような。
 これだけ、主人公ふたりに不満タラタラで、それでもこれだけおもしろかった本は記憶がない。『ハイペリオン』から『ハイペリオンの没落』を経て、『エンディミオン』で新たに加わった謎までもが、一気呵成に解決される快感は脳髄が痺れるほどだ。むさぼるように読んだ。決して比喩ではなく、隣にいたカミさんによれば、本に噛み付くんじゃないかと真剣に心配したらしい。2段組800ページが物足りなく感じたほど。もうこれで終わりか? ホントに終わりなのか…。シュライクの謎がちゃんと説明されていないじゃないか。機械の神と人間の神の戦いはどうなったんだ? <獅子と虎と熊>っていったい何なのさ? 実は、こうしていくつか残った謎すらが心地よかったりする。だって、続編を期待しちゃうでしょ(^^;;;。
 作者ダン・シモンズって人の筆力はものすごい。雲の惑星の描写、惑星天山の描写、アウスターの不思議な空間、バチカンのアイネイアー…、他にもうなるような描写の連続だ。大冒険活劇でありながら、これだけの叙情性を維持し、なおかつ作者の痛烈なメッセージを受け取ることができるぼくらは本当に幸せなのである。解説で言及されたり巷間言われるような、過去の名作からの本歌取りなんか、旅歌のようなSF門外漢にはまったく関係ない。パクリであろうとなんであろうと、作品の出来が全てを超越してしまっている。おもしろいか、おもしろくないか。感動したか、しなかったか。物語にどれほどの奥行きを感じたか…etc。これくらいはSF者でない旅歌だってわかるのだ。それが勘違いでなければ…。
 作者のメッセージ。ダン・シモンズの神や宗教に対する解釈にはとても親近感がある。でもね、シモンズさん、「輪廻転生」と復活キリスト教の「復活」は全然意味が違いますよ。まったくダライ・ラマが反論しないんだもんなぁ。ま、ご愛嬌ご愛嬌。

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紙の本ダーティホワイトボーイズ

2001/03/24 05:35

真っ当な大悪党が光る、スワガー・シリーズ外伝

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 『極大射程』のボブ・リー・スワガーのシリーズといわれているが、外伝と言った方がしっくりくるかもしれない。この物語では、ボブとボブの父アールの名前がたった1回出てくるのみ。一方の主人公は、『極大射程』でも言及していたボブの父アールが殉職した事件で、アールが射殺したとされるジミー・パイの息子ラマーだ。これが妙に魅力のある稀代の大悪党で登場するのだ。

 重犯罪刑務所に収監されていたラマーは、いとこのオーデルと元美術教師のリチャードを連れて脱獄する。彼らの前に立ちはだかるのは悩める警官バド・ピューティだ。悩みの種はバド自身の不倫。これがサイドストーリィとなって物語をドラマチックに盛り上げ……う〜ん、このあたりは見解が分かれるような気がする。登場人物は誰一人取っても非常に極端な人物造型なのだが、バドの不倫相手は特に極端だと思う。正直言って、ぼくは興ざめしながら読んでいた。もちろん、バド側から描かれる彼の心理はかなり読ませたのだけれど…。

 アメリカの望まれる父親像的なバドとは対称的な大悪党ラマーがとっても良い。最近の犯罪者は一様に変態性欲者であったりするのだけれど、この悪党ラマーは非常にまっとうな(^^;;)大悪党なのだ。犯罪常習者で悪の権化には違いないのだが、なんとも華麗でミステリアスな魅力に満ち満ちているのだ。まさに悪の華。物語の読後に涌き出てくる味わいは、このラマーに起因すると言っても過言ではない。ライオンに強い憧憬を持つラマーは、ひ弱な元美術教師リチャードに命じてライオンの絵を描かせる。リチャードは画家の目を通して徐々にラマーを理解していく。そしてラマーになりきる。ここには血縁とは全く別の父親像がある。バドとは実に対称的なのだ。

 各所で展開されるアクションシーンも印象深いが、68歳のC・D・ヘンダスン警部補や農場の老夫婦らの名脇役も非常に心に残った。味がある、としか言いようがない。特に老警部補に与えた見せ場はいいね。

 人生はなんともミステリアス。ラマーを通して語られるのは一体なんなのだろうか。

 そうそう、翻訳について一言。随所に見られる傍点や強調文字にはどんな意味があるのでしょう。同じ作家・訳者の『ブラックライト』読んでいるけど、やっぱり強調文字が出てくる。傍点は無いけど。原書にもあるのなら、全然かまわない。でも訳者が勝手に、翻訳では表現できない原書の何かの意味を表現したくてつけているのなら勘弁して欲しい。まさかとは思うけど。もしそうなら見苦しい。

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警察署長 上

2001/08/07 05:35

良くも悪くもアメリカ的な

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 良くも悪くも、とてもアメリカ的な小説と言えそうだ。自らを振り返ることにかけては、他国の追随を許さないアメリカ的良心の物語。舞台はアメリカ南部、ジョージア州の架空の田舎町デラノ。1919年から1963年にかけて、当地の警察署長を勤めた3人の人物を通して、アメリカ近代史がひもとかれる。1920年代、40年代中盤、60年代初頭と、おおよそ三つの年代に集約されて描かれる最大の問題は人種(黒人)差別問題だ。これが圧倒的なドラマ性をもって描かれる。南部の雰囲気、匂い立つ肌触りは驚きの一言だ。すでに評価の定着している物語だから、改めて説明の必要はないかな。

 時代の流れを見つめるのは、デラノの成り立ちから見守ってきた、銀行家のヒュー・ホームズである。清濁併せ持つこの政治家の動きが、いずれの場面でも事を左右する。この人物こそが旧弊のアメリカそのものと言えそうだ。そして、物語は一点に収斂していく。凄いぞ、、後半は息苦しいほどだ。もちろん、物語の帰結はある程度想像できるのだが、それでもサスペンスは否がうえにも盛り上がる。ページを繰る手が止まらない。そしてラスト。自ら画策した変化が一人歩きし、御しきれないほどの大波となって飲み込まれようとする寸前、ヒュー・ホームズは初めて自然体となった。デラノ開発と発展の末に迎えたこの結末は、非常に暗示的で象徴的だ。この皮肉な結末がまたアメリカ的。考えれば考えるほど奥が深い物語だ。

 だが…熱狂して読み終えてしばらくすると、少々の悪臭も漂ってくる。アメリカ人のアメリカ人によるアメリカ人のための小説。偽善的と言っては言い過ぎかもしれないが、鼻についてしまうこともかなりあるのだ。そう思い始めると際限なく思いは巡る。おもしろいには違いないけど、所詮自分たちの過ちを正したに過ぎないじゃないの。差別の根幹には踏み込まない。踏み込んだとしても、甘い。上っ面をなぞったような印象しか残らない。立ち向かう人間が政治的権力を持っているというのも気に食わないかな。ぼくは、こんな大上段に構えた小説よりも、トマス・H・クック『熱い街で死んだ少女』のような小説に惹かれてしまうかな…。あ、おもしろいんですよ。それはもう間違いなく。

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