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    体が硬い人のための柔軟講座 (NHKテキスト 趣味どきっ!)

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    中野 ジェームズ修一 (講師),日本放送協会 (編集),NHK出版 (編集)

    5つ星のうち 4.0 レビュー詳細を見る

三太郎さんのレビュー一覧

投稿者:三太郎

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宮台真司の問題意識

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

宮台真司は15年前から一貫して「入れ替え可能な存在を余儀なくされる成熟社会を生きるには…」という問題意識で持論を展開してきた。オウム事件や少年事件が多発していた時期は、入れ替え可能な成熟社会を生きるには学校教育を変革するしかないのだ、と宮台は主張していた。学校教育を成熟社会のシステムに適ったもに改変することによって、成熟社会を生きられるまともな人間をつくりだろうという試みだ。
教育問題を語るには、どのような社会がよき社会なのか、というビジョンを示す必要がある。宮台は、グローバル化の進展と過剰流動性によって生み出される情報管理テクノロジーの蔓延化した社会では、人々が社会に関わろうとする内発性や意欲が失われ、社会に実りがあると思う人々が減っていくであろうと危惧する。そして最近の宮台は、社会が実りあるものであってほしいと願う右翼的感受性を前面に押し出してきた。
この宮台の動きにビックリした東浩紀は次のような疑問を投げかける。『ぼくが始めてお会いしたころの宮台さんは、援助交際を始め広い意味でのサブカルチャーに深くコミットし、「終わりなき日常を生きろ」とはっきりおっしゃっていた。「オウムになるかコギャルになるかの二つしかないなら、コギャルになるしかないだろう」ということですね。ところが「オウムもコギャルもネオコンに踊らされているだけなんだから、抵抗するためには天皇と亜細亜主義しかないんだよ」と大文字の政治を語り始めた』のはいったい何故なのか。この理由が明らかにされるのが本書前半部だ。
後半に登場する大澤真幸はそのような宮台の動きに対し、オウム信者と同様の「アイロニカルな没入そのものに見える」と診断する。そして大澤は言う。オウム批判で有名になった宮台がそのようになってしまうなんて悲しい、と。これに対して東も「いま少なからぬ宮台読者が同じ感想を抱いていると思います」と同意を示す。鈴木謙介はネタとベタの違いを強調して師匠をフォローするものの「ネタであると言ってコミットするのがアイロニカルな没入なんです」と大澤に切り返され、「たしかにそれが宮台さんの戦略の失敗だと思います」と鈴木はすぐに認める。
そして大澤は「僕は彼がどうして小室直樹氏をあんなに尊敬するか、正直わからないところがある。」と呟く。また大澤は「宮台氏は単純に大学に飽きているんですよ。文章書いたり論文書いたりがおもしろくないんですよ。僕はぜんぜんそういうことない。まだ十分に興奮している。ぜんぜん飽きていない。宮台さんはあえてアカデミシャンというのを捨てて町に出よう、と言っているのではなく、どっちかと言うと、毎日論文を書きつづけるという終わりなき日常をやめて、お祭りを外に探しにいっているんじゃないかな。それはそれでいいと思いますが。」と言っている。
こういった発言ひとつ一つが宮台真司の問題意識を明確に浮かび上がらせることに成功しているのが本書である。なお、東浩紀の「ボクはこれからどうすればいいんでしょう」という私的相談がなければ本書はもっと締まった鼎談になっただろう。残念だ。

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