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  3. 藪下明博さんのレビュー一覧

レビューアーランキング
先月(2017年6月)

藪下明博さんのレビュー一覧

投稿者:藪下明博

8 件中 1 件~ 8 件を表示

紙の本文体練習

2000/11/15 03:16

究極の言語遊戯

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 『ある日の正午頃、混雑したバスの中で、趣味の悪いソフト帽を被った首の長い男が、わざと足を踏んづけたと隣の男に言い掛かりを付けると、席が一つ空き、男はすかさずその席に坐った。二時間後、広場で偶然にもまたその男を見掛けたが、今度は連れの男に、コートのボタンの位置が悪いなどと、何やら忠告を受けていた。』
            
 以上が本書に綴られているストーリーの“全容”である。どれだけ先を読み進めてもこれ以上の展開は見られない。またこれ以下の展開も見られない。ただ単にこれだけの内容を、九十九編+三編の異なる文章スタイルで綴ったものである。文字通り『文体練習』の見本市と言った趣の今世紀最大の珍書なのだ! (勿論、本書は“究極的な遊戯”として書かれていることは言うまでもないが…)。
 内容紹介など蛇足以外の何物でもないが、因に幾つか目に止まった書き方を紹介すると…荘重体、俗悪体、語頭音消失、語尾音消失、語順改変、コメディー、アレクサンドラン、ちんぷん漢文、アナグラムの文体など。…と、恐らくこんな説明では何の事やらさっぱり分からないであろうが、説明するのもすこぶる困難なので、何はともあれ、ご自分の目で確かめてもらうより致しかたない。取り分け評者のお奨めは、「女子校生言葉」で書かれたものや(勿論原文にはない)、「インチキ関西弁」で書かれたもの(同上)などが秀逸で、爆笑すること請合いである。また、英語の発音通り読み進めれば日本語として意味が通じる(ご理解頂けるかなぁ?)といったアクロバット的な力技も見られ、訳者の苦労がひしひしと伝わってる来る。このあたりは原書とは似て非なるものとなったに違いないが、出版社と訳者の勇気には心から声援を贈りたいものだ。乱れに乱れた言語を操る昨今の若者にも、日本語の『文体練習』としても大いに役立つ一書である。まさか、文部省推薦にはならないだろうが…。

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紙の本あやし 怪

2000/11/10 03:15

大江戸人情ホラー

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 宮部みゆきといえば“人情噺”である。しかも、江戸庶民の哀歓をベースにした、下町風情たっぷりの時代小説!
 今や、ミステリーはもとより、SF、ホラー、時代小説と多彩なジャンルを我が物とする実力派作家であることは言うまでもないが、その醍醐味は何と言っても「江戸物」にある。これは、宮部お得意とするところの“人情噺”が、江戸という舞台設定に最も違和感なく嵌るためであって、ミステリー仕立てでもホラー仕立てでも、江戸を舞台とした作品は決してファンの期待を裏切ることがないのだ。本書は、その「江戸物」の最新短篇集である。しかも、全編ホラーの渾身作だ。…
 宮部ホラーの特色は、ややもすればミステリー色が勝って、合理的解釈と超自然との狭間に立つ中間ホラーの印象が強かった。しかし、本書は収録作9篇中5篇が季刊誌『怪』に発表されたものなので、その性格上、かなり超自然を意識して書かれている。大店の若旦那に捨てられた女中の執念が、因縁深い染め手拭いの呪縛となって主人を相対死に追いやる『居眠り心中』、初代に殺された男の魂魄が奉公人の魂を奪うしきたりと化し、お店を呪う『布団部屋』、おみくじで引いた凶運を、他人へ肩代わりさせてしまった娘の末期を語る『梅の雨降る』などなど、どれもホラーとしては“意表を突く”ものでは決してないが、何故か読者を夢中にさせてしまうのは、その語り口の巧さと下町人情の哀惜がたっぷりと込められている為であろう。やはり、宮部みゆきにはスプラッターは似合わないのだ。家族に囲まれて安心して読める怪談噺をお探しの方や、涙もろいホラー好きの中年層に是非ともお薦めしたい一書である。

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紙の本アンドレ・ブルトン伝

2000/11/03 22:34

人間ブルトンへの焦点

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 アンドレ・ブルトンとは、一体何者か?
 シュルレアリスムの法皇、時の黄金の探索者、絶対的反抗者、革命家、思想家、詩人、オートマティスムの発案者、美術評論家、夢の理論家、異端文学のアンソロジスト、去勢されたライオン。などなど…
 こうしたブルトンを巡る紋切り型で断片的な数多の肩書きは、既に強固な大理石に刻印され、今更疑う余地のない実像として固定化されている。しかしながら、改めて問い直してみたいが、果たして彼は何者だったのだろうか? 
 この余りにも稚拙な疑問(しかし、これほど難解な疑問もない訳だが)の解明を大いに期待して、膨大な本書を繙いてみたのだが、結局のところ「謎は謎のままに」終わってしまったようだ。これは、本書の著者や訳者に原因があるのではなく、そもそもブルトンという人間は、一言では語る事の出来得ない、複雑多岐な人格の持ち主であるのだと理解するしかないだろう。
 ブルトンを語る場合、必ず付き纏うのがシュルレアリスム運動そのものの詳述であるが、本書は多分に「人間ブルトン」そのものに焦点を当てている事に注目される。その点では、本書によって新たに知り得た認識も少なくはない筈だ。 徹底的にモラルを尊ぶ反面、複雑で矛盾に満ち、悲痛な恋愛に悩み、弱さを備え、持続性のない、多くの挫折に苛まれた、優柔不断な性。…今まで、厳格さばかりが強調され勝ちだったブルトンだったが、本書では余りにも人間臭い側面が表出されていて、違和感にも似た「真実に近いブルトン像」が露呈されている。ただし、ブルトンの遺言に従って(近親者への配慮が伺われるが)個人的な書簡の公開にまでは至っていないのが何よりも残念であるが…。
 没後30数年経った現在でも、波乱に満ちたブルトンの全貌を知るには、ここまでが限界なのだろうか? まあ、いずれにしても、アンドレ・ブルトンを知る手掛かりとして、今のところ本書を超えるものはない。

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詩のような小説

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 詩のような小説を書くと云うことは、小説のような詩を書くことよりも或いは難しいのかも知れない。少なくとも、詩のような小説を読む方が、小説のような詩を読むよりも幾分か疲労感が付き纏う。ただ、この疲労感は、山頂から下界の絶景を眺めたときの、あの心地良い息切れに似ている。…
 本書は、そんな“詩的エッセンス”に溢れたタブッキの美しい小品集である。太平洋の真っ只中に位置するアソーレス諸島、およびその周辺の海とクジラと(特に捕鯨)女に纏わる日常を題材にしたもので(そう、そこに住む人々にとってはクジラも捕鯨も難破も日常些事の以外の何物でもないのだ…)、小説と云うよりも寧ろ限りなく詩に近い断片を編んだものである。換言すれば“幻想”と呼ぶに相応しいイメージの集積である。クジラも難破も女も、ここでは一つの詩的隠喩と捉えた方が、本書を理解する上で分かり易いのではないだろうか? 
 タブッキ自身、序文の中で述べている様に「幻想をはぐくむほうが品格からしてもふさわしい年齢に達した」として、その方が「自分の生来に合った」書き方であると証言している。これは自惚れでもなんでもなく、少なくとも本書に於いては、その書き方が効を奏していると断言出来よう。同じ版元から出された前作『夢のなかの夢』に較べて(と云っても発表年は本作のほうが九年も前に溯るが)、遥かに幻想性の高い優れた作品と云えるだろう。これは、偏にアソーレス諸島に蠢く人と海の魔力の成せる業と疑わざるを得まい。
 捕鯨と云う行為に関しても、単に“保護”の観点だけでは捉えられない面を沁々と感じさせられた。ヒステリックな動物愛好家団体にも是非一読願いたい一書である。

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もののかたり

2000/10/06 01:18

「もの」に憑かれた「霊力」のすれ違い

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 「ものがたり」とは「もののかたり」であり、「もの」が「もの」について語ることである。そしてこの「もの」とはもののけ(物の怪)」の「もの」であり、人間の中に累積されて来た数々の霊魂、即ち祖先の霊や進化の過程に於ける猿や他の動物などの霊が、人間の口を借りて自己の遠い過去の経験を語る事を言う……(ちょっと、厄介である!)
 著者は本書の序文の中で、こうした観点から日本に於ける「ものがたり」の系譜を辿り、『竹取物語』、『伊勢物語』、『源氏物語』、『今昔物語』、『平家物語』と概観し、とりわけ『今昔物語』に焦点を当てて興味深い論を展開している。即ち、『源氏物語』が「もののあはれ」の文学であるとするならば、『今昔物語』は「もののをかし」の文学であり(ここでの「もの」とは宮廷社会に限定されるものではなく、飽くまでも一般庶民のものである)、その多様性に於いて『今昔物語』は『源氏物語』に勝る、と言うのだ。
 本書は、その多様なる「もの」の存在に強く共感を抱き、中から九つの話しを選び出し、著者の内に宿る「もの」の霊力によって再びそれらを世に現出せしめようとしたものである。かの芥川龍之介直系の流れを汲む果敢な仕事と言えるのだが、残念なことにその「霊力」は、必ずしも芥川の水準に達しているとは言い難い。その良い例が、天が下の色好み「平中」の話しであるが、ここには痛烈なアイロニー精神など微塵もなく、専ら「をかし」の精神が前面に現れて過ぎて、それが余りにも回りくどい筋立てを導く結果に終わってしまった、と言う印象が拭い去れないのだ。尤も、これが本来の『今昔物語』だと言えばそれまでだが、著者が意図したところの「をかし」の精神が、果たしてどれだけ読者に伝わったものか?
 「面白いか面白くないか?」と言う問題は、著者の内なる「霊力」と、読者の内なる「霊力」の、大いなるすれ違いと理解すべきかもしれない…。

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紙の本肉食屋敷

2000/10/05 15:07

グロテスクの妙味

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 小林泰三といえばホラーよりも、むしろその変態的なまでにドロドロと描写された“グロテスク味”に一目置きたい作家である。書評子は、第二作品集『人獣細工』を読んだ時に、思わず“いけない躍動感”を憶えてしまった。変格ホラーを偏愛する読者ならば、きっと思い当たる節があるだろう…。
 さて、本書にもこの躍動感溢れる(?)グロテスクの醍醐味が存分に用意されている。表題作「肉食屋敷」及び「ジャンク」の二編がそれである。とりわけ「ジャンク」は、シュチュエーションそのものが異形で(うーん、井上雅彦監修の『異形コレクション』に収録されるのも頷ける)、B級映画よろしく、ジャンク屋、ハンター・キラー、売笑婦といった、いかにもそれらしいキャラクターがワンサカ登場する変格ウエスタンものである(おまけに臭いエンディングが嬉しい…)。この大袈裟な筋立ては、まるで牧野信一の「インディアンもの」を髣髴とさせ、ジャンルがホラーでなければ“幻想文学”の金字塔として後代に残る特異作であろう。
 「肉食屋敷」は、異星から隕石とともにやって来た地球外生命体を、クローンとして現代に復活させてしまうという、これまたB級バリバリの筋立ての作品。しかも、屋敷全体が怪物なのだとする、思い付いても中々書くのに躊躇する発想を、見事に実現化した作者の勇気には心から敬意を表したい。
 「妻への三通の告白」は、ピュグマリオニズムを扱ったもので、内容は乱歩の「ひとでなしの恋」に近く、プロットは久作の「瓶詰めの地獄」に近い力作である。しかし、手は込んでいるものの正直言って新鮮味に欠けるのが少々マイナスである。
 「獣の記憶」は、多重人格を扱ったミステリーで、巷のそれとは一線を画するどんでん返しに気負いが感じられる。とにかく、捻り度は本書中NO.1の秀作である。
 とまぁ、以上四篇を収録したものだが、作品の出来・不出来があるものの、本書は小林泰三の多彩振りを十二分に伺える好短篇集である。書評子としては、今後も更なる“グロテスク”の妙味に磨きを掛けて頂きたいと思うのだが…。

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紙の本D−ブリッジ・テープ

2000/10/04 01:44

斬新な表現手法

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 全く以て個性的な作品である。第4回・日本ホラー小説大賞短編賞受賞作となった作品であるが、ホラー味はほとんど感じられないにも拘わらず(グロテスクさは嫌と言うほど発揮されていたが…)、背筋がゾクゾク、身の毛のよだつ、何とも奇妙な作品である。ホラーの真髄というものが、ホラーの濃淡のみに存在するのではないという事実が、改めて認識させられた作品であった。
 時は近未来。そして場所は横浜ベイブリッジ。そこは、永年にわたる不法投棄のおかげで、ゴミの山と化した渺茫とした無法地帯であった。そして、そこから一本の録音テープが発見された。それが、問題の「D−ブリッジ・テープ」なのだ!
 テープの中は、このゴミの山に捨てられた少年、いや、かつて少年だった者の声が吹き込んであった。彼は何者かに対して、ここでの荒廃した、余りにも物悲しい生活のディテールを逐一述べている。本書は、この不可解な一本のテープをリプレイすることによって展開されていくのだが。…
 冒頭に本書を個性的と言ったのは、この物語の表現方法が群を抜いて斬新な為である。一行一行が少年の独言で表現されており、時折、シナリオのト書のような説明文とで構成されているのだ。更に、どこかの会議室で、このテープを聞いている数人の男女の描写が入れ子構造になっており、非常にミステリアスな雰囲気を醸し出している。
 市場社会の行き詰まりに警鐘を鳴らした、シリアスな社会派小説とも読め、若しくは、一種のサバイバル小説とも読めるなど、かなり奥行きの深い作品となっている。ただし、ストーリーそのものは稚拙で、ホラー版「家なき子」といった人情物に近いが(ホント、涙が出てくる…)、表現の斬新さがそれらを帳消しにしている。エピゴーネンは後を絶たないだろうが、本作を凌ぐ作品は、ここ数年出現しないであろう。

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詩のボクシング声の力

2000/11/03 21:28

読まなくていい、聴いてくれ!

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 相変わらず現代詩は難解で、自意識過剰で、何よりも“面白くない!”と非難を浴び続けている。その証拠に、書店で現代詩の新刊書を探すのはコンビニで英和辞典を探すよりも骨が折れる。…
 とまぁ、それはともかく、本書は現代詩が活字メディアによる表現のパラダイムから脱出できずにいる中で、活字ではない、「音声」としての詩の構築に焦点を当てたものである。旧態依然とした詩の朗読会に留まらず、読者=(聴者)という必要不可欠な媒体との一体化に、今後の現代詩の可能性を見出したものなのだ。
 その救世主的役割を担うものが「詩のボクシング」である。以前NHKでも放映されたことがあるのでご存知の方も多いと思うが、何とリングの上で、チャンピオンと挑戦者がそれぞれ交互に自分の詩を朗読し、これを10ラウンド戦い続けるという壮絶なボクシング型朗読会である。多分にお遊び的な一面もあるのだが、これが何とも面白い。いや、ただ面白いだけではなく、充分に「詩を鑑賞する」といった満足感に酔い痴れることが出来るのだ。
 本書には、この「詩のボクシング」の模様を収録したCDが付いているので(ねじめ正一VS谷川俊太郎のタイトルマッチ)、本文は読まなくとも、是非ともこのCDだけは聴いて頂きたい。見事に「声の力」の猛威にノックアウトされることだろう。…(これで2000円とはお買い得!)
 勿論、中身は伏せて置くが、谷川の言葉の天才振りが改めて認識され、ねじめの狂態振りに腹を抱える試合だということだけは記しておきたい。現代詩離れした読者諸兄も、本書を読んで、いや聴いて、新たなパラダイム転換に目を向けてもらいたい。

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