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S.MATSUさんのレビュー一覧

投稿者:S.MATSU

3 件中 1 件~ 3 件を表示

瑠璃の翼

2004/03/25 13:12

背筋の伸びた男達と、背後から立ち上る組織腐敗の腐臭

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 すごい小説だ。電車の車中で読み進めたのだが、何度も涙を流してしまった。

 日本陸軍が猛悪としか形容しようのない無責任な指揮でソ連陸軍に対して壊滅的な敗北を喫したノモンハン事変、その中で陸軍航空隊は最後まで互角以上の体勢を維持し続けた。その立役者である、戦闘機部隊「稲妻部隊」を隊長の野口雄二郎を中心に描いた作品である。小説といってもほとんどが事実に即しており、小説としての作意は最小限に抑えられている。おそらく、プラモデルで言えば「墨入れした」という程度ではないだろうか。

 野口以下、現場の戦闘機パイロットは、満州国の国境警護という任務のために自らを極限にまで鍛え、戦闘が始まれば死地に飛び込み、任務を忠実に遂行して力の限り戦った。作者はその生き様と死の有り様を必要以上の形容を排した淡々とした文章で描いていく。辻正信を初めとしたノモンハン敗北の原因を作った無責任な者らについては最小限の描写しかしていない。

 しかし、そうやって野口以下「空の侍」としか形容のしようのない男達をくっきりとした輪郭で描くほどに、描かれざる陰画もはっきりと見えてくる。無責任な戦争指導、功名心むき出しの参謀、いがみあう関東軍と東京・三宅坂の陸軍省、そういったものも描かれざるが故にかえってはっきりと姿を現す。

 戦争は勝つことによって国に利益をもたらす経済行為だ。だとするなら、旧日本陸軍はなんと利敵的な性格を持つ組織だったのだろうか。ひとりひとりの戦闘機パイロットの生き方が悲劇的ではあるが背筋の伸びた清々しさを感じさせるほどに、その悲劇の向う側にある絶望的なまでの組織腐敗が見えてくる。

 野口雄二郎は、作者の祖父だという。きっとこの小説は、「何があっても書かねばならぬ」ものだったのだろう。とにかく、あの司馬遼太郎がさんざん調査したあげく結局書けなかった「ノモンハン事変」という題材に食らいつき、最後まで書ききったことに拍手を送りたい。

 野口は、日本に軍事航空が導入された草創期にパイロットを志し、現役の戦闘機パイロットのキャリアをノモンハンで終え、戦後、ソ連に10年抑留されて病死した。技術者として、一つの新しい技術が勃興するその場に居合わせることほど幸福なことはない。戦闘機パイロットも技術者の一種だから、野口の人生は、激動の日々ではあったけれども決して不幸なものではなかったのではないだろうか。そう思う。

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紙の本ΑΩ

2001/08/17 20:25

邪悪な才能が、堕天使ルシフェルのように輝く

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 小林泰三をホラー小説の作家だと思っている人はこの小説を読んで認識を改めよう。小林泰三は、ホラーの枠にくくれる作家ではない。もっと全方位的な才能をもっている。

 おそらく、「ΑΩ」には、小林が親しんできたものすべてが入っている。ネット上で愚か者を愚弄する手際の良さから「邪悪なオッサン」などともあだ名される小林らしく、引用される事物は歪み、曲がり、変形しているが、それでも、ここにはおそらく「小学生ヤスミ君」が親しんでいたであろう世界がすべて入っている。

 ──ウルトラマン、デビルマン、少年ジャンプのマンガ、手塚治虫などなど、小林はそれらをつなぎ合わせるのに二種類の媒質を使う、一つがハードSF,もう一つがスプラッタホラーだ。おそらくはより生理的なスプラッタホラーは、万人向けの媒質であり、そしてハードSFは「分かる人には分かる」強烈なスパイス臭を放つ媒質と言える。

 だから読者としては、まずはスプラッタホラーとして本書を読めばいいだろう。血と肉の腐臭を感じつつ読み進むと、いつしかプラズマが光り太陽風が吹き荒れるハードSFの世界にまで連れて行かれるのだ。

 もう一つ、この小説は「笑い」の要素すら含んでいる。グロ描写がえんえんと続く中に、時々「もうこれは笑うしかない」という部分があり、しかもそれを作者が意図しているということまで読み取れるのだ。いちびりの果てに現れる吉本新喜劇的な笑いすら、作品に取り込まれているのである。

 邪悪な才能が、堕天使ルシフェルのようにまぶしいほどの光を発揮した作品だ。

追記
 しかし思い出せば、小林は以前から笑いを意識していたように思われる。うそだと思う人は、彼の処女作「玩具修理者」を、男:加藤茶、女:志村けん、玩具修理者:高木ブー、というキャスティングを想定して読んでみてほしい──ほら、ぴったりでしょ。

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紙の本ふわふわの泉

2001/04/19 19:46

野尻抱介がヤングアダルトに投げ込んだ爆弾

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 この小説にはヤングアダルト系なら当然あるべき要素が全部ない。あえていえば主人公の泉ちゃんが、眼鏡をかけた女子高生ということだけだろう。

 泉ちゃんのシャワーシーンもなければ、彼女が副主人公の昶君とラブラブになることもない。いや、人物描写そのものが小説としては言語道断なほど平板なのだ。感情の盛り上がりも、汗と努力のサクセスストーリーもない。

 小説の定義に「人間を描くこと」と答えるような人から見れば、「ふわふわの泉」は小説ですらない。

 そのかわり、「ふわふわの泉」には通常の小説が読者に与える感興以外の「感動」がすべてがつまっている。新物質「ふわふわ」の正体が明らかになっていくスリル、ふわふわによる社会の変容、それまでの常識を覆す巨大構造物の建築、そして地球外知性とのコンタクトと、そのあんまりといえばあんまり、すばらしいといえばこの上なくすばらしい結末──。

 これは野尻抱介がヤングアダルトの世界に投げ込んだ「世界を変えるため」の爆弾だ。

 そう、人間なんて自然から見ればたいしたことはないのだ。人間に感動するひまがあったら自然に感動しろ!自然に能動的に働きかける過程での人間に感動しろ。そして人間も自然に含まれる以上、自然への働きかけは必然的に「人間」をも変えずにはおかないのだ。原型をとどめないほどに。

 A・C・クラークの小説を連想する人は多いだろうし、またタイトルそのものもクラークの「楽園の泉」を意識したものなのだが、私としては「野尻抱介の『スキズマトリックス』」と呼びたい。「人間らしさ」をぶっちぎって、疾走するラストは、ブルース・スターリングの傑作とどこか響き合っているように思えるからだ。

 あるいは北杜夫「船乗りクプクプの冒険」とも似ているかもしれない。クプクプも元の世界には帰らないが、泉ちゃんはもっと徹底して振り返らないのである。

 SFファンなら読め。ラスト、大統領とともに「ごああ」とうなるべし。

 宇宙が好きなら、宇宙開発が好きなら読め。ふわふわのとてつもない可能性にうっとりしよう。

 ティーンエイジャーなら読め。ラスト、泉ちゃんと一緒に笑い転げろ。

 傑作だ。バンデグラーフ起電機万歳!

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