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明日のジョーさんのレビュー一覧

投稿者:明日のジョー

6 件中 1 件~ 6 件を表示

紙の本靖国問題

2005/08/07 17:18

戦争神社としての靖国の本質

19人中、17人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

靖国問題について、戦前の仏教やキリスト教は靖国とどう対峙したのか。戦後直後に靖国神社廃止論というものはあったのか──という2つの疑問が私にはあり、本書を手に取った。
本書第三章「宗教の問題」で、著者は前者の設問に答えている。
ここで主に紹介されるのは、浄土真宗大谷派の行動だが、靖国神社に反対するどころか、積極的に迎合してこれを支えていることがわかる。「阿弥陀法の信仰は皇法の中に包摂される」つまり真宗の教義は、天皇に帰一する大政翼賛の体制の中に含まれ、そこから逸脱するものではないという「戦時教学」がその論理になっている。
こうした包摂を可能にする教学の論理は、戦時中のキリスト教団も同様だった。戦中の日本基督教団のリーダーは、植民地朝鮮で神社参拝の強要に抵抗して弾圧を受けている朝鮮のキリスト者を説得し、「転向」を促す役目も担っていたという。
そのような論理を立てなければ、信仰の自由を保てなかったという、戦時中の抑圧体制があったのだろう。ただ、それだけではなく、戦前の靖国神社には「非宗教というカモフラージュ」を擬装しながら、国家的祭祀を執り行う「神社非宗教」というカラクリがあり、他の宗教はそれに抵抗することができなかったと、著者は指摘している。他宗教と靖国のかかわりについては、公明党=創価学会の今後の態度を占ううえでも興味深い。
後者の靖国廃止論の戦後的系譜についてだが、石橋湛山の話が「おわりに」で紹介されている。その後、自民党の総裁にして総理大臣になった湛山が1945年10月に書いた文章である。「大東亜戦争の戦没将兵を永く護国の英雄として崇敬し、其の武功を讃える事は我が国の国際的立場に於て許さるべきや否や」と問うて、「否」と答え、靖国廃止論を述べている。
最近本書を批判した長谷川三千子は「敗戦意識にこりかたまった湛山など、放っておけばよろしい」(雑誌「正論」2005.9)とこのくだりを無視するが、戦後の保守本流の政治家のなかに明確に靖国廃止を語った人がいたことは、記憶にとどめておきたい。
靖国は鎮魂や追悼の神社ではなく、国家のために喜んで死に行く人々を「顕彰」し、そうした人々を再生産するための戦争神社であり、その性格は戦後も一貫して変わらなかった。太平洋戦争はもとより、明治維新以降の、富国強兵と植民地侵略の歴史をそのまま肯定する思想に裏打ちされている。その性格のままに、首相が首相の立場で参拝することは、これは中国、韓国に言われるまでもなく、戦後憲法下の日本人としては、「論理的に」許されない。たとえA級戦犯を分祀したり、無宗教の国家墓地を建設したところで、戦死者を顕彰するという思想の本質が変わらない限り、問題は繰り返されるだろうというのが、本書の基本的立場だ。
むろん、大東亜戦争は正義の闘いであり、日本の植民地主義は間違っていなかったという信念の持ち主には、そのこと自体は痛くも痒くもない指摘だろう。実際、靖国首相参拝支持派のなかにも、首相が靖国神社で「不戦の誓い」など述べること自体が、ごまかしだという人もいるくらいである。「私たちは、英霊のみなさんと同様、これからも国家のための戦争します。だから安心してください」と呼びかけるのが筋というものだ、と。
しかし、世の中はこのような靖国の本質を「正しく」理解し、それを確信する人ばかりではない。なんとなく「国のために戦った人を慰霊するのは当然だ」と考えているような人、「A級戦犯を分祀すれば問題ないんじゃないか」と思っているような人も多い。そういう人々にとってこそ、本書は一読に値する。高橋が展開する精緻で誠実な議論の前に、一度は靖国問題を自分の問題としてあらためて考えてみる必要にかられるはずだ。その議論のための素材とフレームワークを提供してくれる本だと思う。

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植草甚一の時代性あるいは反時代性

7人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

J・J氏こと植草甚一について私は決して熱心な読者ではなかったが、70年代サブカルチャーのカリスマの一人だったことはよく覚えている。

ただ、個人的にいろんな意味で切羽詰まっていた学生時代のこと、「雨降りだからミステリーでも勉強しよう」などという心とおカネの余裕はなく、彼の散文をちらちらと読むことはあったものの、植草ワールドに深く浸ったという経験がない。一昨年、世田谷文学館で回顧展が開かれていたことも知っていたが、見逃してしまった。それでも、あの爺さん、どういう人だったんだろう。なんであんな変な人があの時代に脚光を集めたのだろう、という関心は持続していた。

本書は70年代の若者からカリスマ的な人気を集めた植草甚一を世に送り出した一人である、晶文社の名編集者・津野海太郎による評伝だ。

津野は植草と時代を伴走した人なのだが、評伝を書くにあたっては個人的な回想は極力控え、絶妙の距離感を維持しながら、ときには自問自答を繰り返しつつ、ゆっくりとその人物像に迫っていく。津野の軽やかな文体には、もしかすると植草の影響があるのだろうか。その味わいも本書の特色の一つとなっている。惜しむらくは、この本が経営危機の最中にある晶文社から出ずに、新潮社から出ざるをえなかったことだ。

描かれるのは、日本橋の没落した木綿問屋の道楽息子だった植草が、大正期モダニズムや、左傾化と同義でもあったアバンギャルド芸術の風を浴びながら、大震災と戦争をくぐりぬけ、戦後の鬱屈した中年期を経て、そして70年代、突然のように脚光を浴びるまでの時代だ。

江戸川乱歩をも驚愕させた海外ミステリーに関する博覧強記、ミステリーにとどまらない膨大な海外小説や映画あるいはモダンジャズについての知識、しかもそれらを決して体系的にまとめることはなく、雑学のコラージュのように展開する手法はなぜ生まれたのか。

津野は、たんに植草個人や植草家に関する調査にとどまらず、彼がその周辺にいて、建築、演劇、映画、文学などの分野でさまざまな影響を受けた人物──たとえば村山知義、今和次郎、飯島正、徳永康元、淀川長治らとの知的交流の様子を、都市モダニズム文化の青春群像として描き出す。キーワードは、植草が抱えもっていたのではないかと推測される、山の手文化や帝大アカデミズムに対する、ある種のコンプレックスだ。

植草の本業ともいえる、映画、ジャズ、海外小説批評とて、けっしてその専門集団のなかでは主流とはいえなかった。それは植草の独自性でもあるが、同時に彼の鬱屈の原因でもあったと、津野は分析する。

しかし、永遠の非主流派であった植草の教養が、時代と交差する一瞬が70年代に訪れる。最後の大爆発をする老星の光芒が、都市化と大衆消費文化の70年代に火の粉のように降りかかる。高度成長期の日本で、遊歩する都市の楽しみを見失いつつあった当時の若者によって、植草は「見いだされた」。たまたまその時代は、これまでメインカルチャーの影に隠れていた、映画、ジャズ、ミステリー、街歩き、ショッピングなどのサブカルチャーが、あらためて発見された時期でもあった。いわば、植草は変わらないけれど、時代が変わったのだ。津野によれば突然に当てられたスポットライトのなかで、植草は永年のコンプレックスから解き放たれ、悠々と一人「老年の祭り」を演じていたのではないかというのだ。

都市の「散歩者」としての永井荷風や、同じ日本橋の没落商家の息子としての谷崎潤一郎との文化史的な比較も面白い。そうすることで、本書は植草の時代性ないしは反時代性を浮き彫りにすることに成功している。

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サッカーという名の神様

2007/09/27 22:17

常識でこね固めた世界観にフェイントを

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

サッカー本はそれなりに読むが、ロナウジーニョのパスの秘訣、中田がロッカールームで怒った理由、トッティの彼女はスーパーモデルなんてのは、まったく関心がない。ましてや「オシムの戦術は企業経営にも活かせるか」(無理だろうけど)なんていう手合いのサッカー便乗本は願い下げだ。

 それよりも、なんというか、サッカーをもうちょっと違う視点から、たとえば政治・経済・文化の観点から位置づけて語るというのが好き。もちろん、ピッチでの90分のボールと足の動きは、それ自体は政治ではないし、戦争でもないし、ましてや経済でもないけれど、サッカーというスポーツを人類の営みの一つとしてメタにとらえれば、そこに色濃くあらわれる政治・経済・文化の影を意識しないわけにはいかない。

 そういう意味でこれまで読んだサッカー本のなかで最大の賛辞を贈りたいのは、サイモン・クーパーの『サッカーの敵』(白水社)だ。
 2002年W杯に合わせて翻訳が出た本だけれど、サッカーをナショナリズムや宗教やマフィアビジネスに利用しようとしている世界の腹黒い輩の実態を、ひょうひょうとしたタッチの取材で暴露し、サッカーというスポーツの「純粋性」をそこから救おうとしている。
 実際、救えるかどうかはわからないけれども、現代サッカーがそのような「サッカーの敵」に取り囲まれながら息も絶え絶えになっているという事実を知るのは、けっして無駄なことではない。

 本書『サッカーという名の神様』は、サッカー本のなかで私が好きなもう一つのタイプに属する本だ。これまで挙げた、サッカーの光と闇のどろどろみたいなお話じゃなくて、ずっとのんびりとしている。
 トリニダード・トバゴのスタジアムでスティールドラムが打ち鳴らされる様子とか、南海の楽園・モルディブにサッカーを見に行った話とか、ちょっと気の利いたサイドストーリーを集めたエッセイ集だ。著者は写真家であり、本文にはさまれるモノクロ写真がいいアクセントになっているが、なかでもひいきチームのゴールに歓喜するアルゼンチンのスタジアムを撮った一枚はすごい。

 小高い山ほどもあるスタンドに鈴なりに群がる観衆のエンスージアズム(熱狂)は、全体としてみれば、巨大な津波のようでもあるが、細部をみれば、まるで人類が喜ぶときに見せるありとあらゆる表情をコレクションした細密画のようだ。どんな宗教やセックスやお金も、これほど多様な喜び方を人類に提供することはできなかったかもしれない、と思うぐらい。

「ブラジルはなぜ強いのか、その秘密を探ってきてくれ」と雑誌編集者に依頼されて、著者がブラジルの人々に聞き回る話が面白い。
「ブラジルでは、サッカー選手が地面からどんどん生えてくる。ロビーニョみたいな選手を1本刈り終えるころには、もうその周りでロビーニョが3本ぐらい芽を出し始めている」
 という、現地のサッカー指導者の答えには腹を抱えて笑った。フッチバル映画『GiNGA』でも活写された、そんな特殊な腐葉土が堆積する国とは、これから先三百年経っても勝てっこない。

 サッカーという窓から見渡すと、世界はまた違った様相に見える。常識でこね固めた世界観が、あっさりフェイントをかけられて覆ってしまう。いわばサッカーによって世界が「異化」される瞬間というか。私が野球をではなく、サッカーを好きなのも、それがあるからかもしれない。

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紙の本転がる香港に苔は生えない

2003/07/16 02:48

香港がつまらなくなったという人に

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 2003年7月、基本法23条反対のデモで揺れる香港から帰ってきた翌日に、星野博美『転がる香港に苔は生えない』を読み出す。580ページを一気に読了。これ、とてもいい。

 私もしがないフリーランスのライターだが、フィールドは経済・ビジネス畑。ある雑誌の仕事で、ここ5、6年毎年1回、香港の経済事情を取材に行く。マクロな経済の話となると、取材先は、エコノミストや金融系アナリスト、香港系、中国系、日系の企業経営者、いわゆるホワイトカラーの専業人士(プロフェッショナル)ばかり。もっぱら香港島サイドで取材をし、泊まるホテルは高級で、移動はタクシー。取材もほとんどが英語だ。この本の著者の星野さんがこだわった、九龍サイドのごみためのような庶民の街とは対極にある、まさに「100万ドルの夜景」の下にいたのだ。

 著者は、ビクトリアピークから見るこの夜景が嫌いだという。まだ啓徳空港があった頃の話で、市内のど真ん中に空港があるために、飛行機を誤誘導しないよう香港のネオンサインはあえて瞬かないようになっている。その静的なネオンが、あたかもその下ではいつくばるようにして生きている人々の息づかいを殺しているようで、彼女はいやだと思ったのだ。

 香港が怖いのは、この天と地のような二つの世界が地下鉄で20分の範囲に同居しているところ。その棲み分けのルールはただ唯一、金があるか、ないか。著者も指摘しているように、香港は資本主義の原理が冷徹・苛酷に完徹される、世界でも希有な都市なのである。香港からみたら日本は平等原理の社会主義世界だという話もよくわかる。

 もちろん、私とて、この香港庶民世界が嫌いだったわけではない。80年代前半に初めて香港を訪れたときに、私もまた、猛烈な匂いと汗と喧噪にまみれた九龍の下街の風景に魅了された。著者のように、そこに住もうとは思わなかったが、日本という清潔な管理社会に慣らされた我が身のひ弱さを一瞬恥じたことはある。

 しかし、そのときの感覚からずいぶんと離れてしまった。そのくせ「返還後の香港は面白くなくなった」とグチってみたりして…。しかし、それはたんなる短期的観光旅行者の感想にすぎなかった。多様な人種と経歴をもつ人々が、規制と管理を嫌い、ゲリラのように生き抜く下町の庶民の生活が面白くないはずはない。「つまらない」と思うのは、たんにそれが見えないように、高速で街を通り過ぎてしまうからだ。

 ガツーンと一発脳天をやられたような、迫力がこの本にはある。香港を知ると自負する人であればあるほど、その衝撃度は大きいかもしれない。若い女性ライターらしい、心に秘めた恋の話など情緒的な記述もなかにはあるが、それもまた本書の魅力の一つ。もちろんたんなるウルウン滞在記ではなく、香港の置かれた地勢的・政治的・経済的位置についての分析も正確だと思う。私がこの数年、それなりに接した「香港人なるもの」への印象と重なりあう部分も多々あった。

 そして、この本の最大の魅力は、話し手たちが抱えた歴史の多様さを引き出す、ノンフィクション作家としてのイマジネーションだ。なによりもこの語り口の物語性が、本書の質をたんなる滞在記からある時代の物語へと高めている。大宅賞受賞にふさわしい労作。もうちょっと早く読んでおくんだった、と切に思う。

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紙の本ベルリン陥落1945

2006/12/28 09:06

ベルリン攻防戦、憎悪の連鎖を描く上質ノンフィクション

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

戦史ノンフィクションものはめったに読まないのだが、夏に行ったベルリンという都市が、60年前にはどのような状態であったのかという興味から手にとってみた。ベルリン攻防戦は、東ドイツ国家の成立を含むドイツの戦後過程、そして東西冷戦の原点に当たるものだからだ。
これがむちゃくちゃ面白い。面白いというと顰蹙を買うかもしれないが、ソ連軍の進攻とナチおよびドイツ国防軍の抵抗を軸に、刻々と変わる戦況を、兵士や市民の手紙も含む膨大な資料と証言から再構成するその筆致は見事というしかない。1926年生まれでロシア語やポーランド語も解するという訳者・川上 洸氏の、当時の軍事用語を駆使した的確な翻訳ともあいまって、上質のノンフィクションに仕上がっているというのが第一の感想だ。
私が知らなかった重要事実について、いくつもの精緻な記載がある。たとえば、ソ連赤軍が行った略奪や婦女子への戦時性暴力の実態。ベルリン市内に限ってみても、「レイプされた10万の女性のうち、その結果死亡した人が1万前後、その多くは自殺だった」という記録が引用されている。ソ連兵は、ナチの収容所に囚われていた女囚や、隠れていたドイツ共産党員の娘や妻をも陵辱したという記載はショックである。
本書の原書が2002年にロンドンで刊行されたとき、当時の駐英ロシア大使が抗議文を新聞に発表したほど、その記述はセンセーショナルで、その凄絶さは、こうした性暴力は戦争には常につきものという、生半可な「了解」を超えるものだ。
もちろんソ連兵を暴行と略奪に駆り立てた背景には、ドイツの対ソ戦の過程で行われた占領地における徹底した暴力への、当然の報復という面があった。つまり、象徴的にいうなら、ベルリンはスターリングラードの記憶と切り離せないものだった。こうした報復の連鎖の禍々しさは、ベルリン市民の一人がSバーン列車内で聞いた、ドイツ復員兵のアジテーションに象徴される。
「この戦争には勝たねばならん。勇気をなくしてはならんのだ。もし相手が勝ったなら、そしておれたちが占領地でやったことのほんの一部でも敵がここでやったら、ドイツ人なんか数週間で一人も残らなくなるんだぞ」
ナチは占領地を略奪し、多くのソ連市民を「奴隷」としてドイツに拉致した。だからこそ、その報復として、ベルリンが崩壊すれば女性は全員がレイプされ、男性は全員がシベリアの強制収容所に連行されると、ナチは宣伝していた。そして一部はその通りになった。
戦争は、憎悪の連鎖であり、報復の鏡である。相手に与えた暴力と恐怖は、そのまま自分にも跳ね返るのが常だ。そして、その復讐のチェーンは、いまなお、世界各地で繰り返されている。
他にも、ヒトラーとスターリンの戦争指導力の実態、互いの宣伝戦や謀略、斃れゆく兵士の膨大な数と一つひとつのエピソード、敵前逃亡や裏切りを摘発するナチ憲兵や人狼部隊、同様にソ連側のNKVD(内部人民委員部)やスメルシュの暗躍など、相互の描写のなかから浮かび上がるのは、戦争一般がもつ悲惨さと同時に、ナチズムとスターリニズムの相似の表情である。

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謝罪します

2002/10/14 17:47

人間性喪失と回復の物語として

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よど号事件の亡命者の元妻の手記。内容は、すでに新聞・テレビ等で数多く引用されているが、あらためて読むとショッキングだ。漠然と自己実現をはかりたい、世の中を変えたいと思っていた、70年代には無数にいた政治的ミーハー少年少女たち。「北朝鮮の社会主義を現地で勉強してみないか」と誘われ、喜び勇んで北に行くと、強制結婚をさせられ、思想改造(洗脳)の果てに、有本恵子さんの拉致に関わっていく。国全体が密告社会ともいうべき北朝鮮では、拉致・詐欺の被害者もまたなんらかのかたちで加害者に転化しなければ、生き延びることができない。「数奇な運命」といってしまえばそれまでだが、奇怪な革命思想にとらわれることで、まっとうな人としての感覚を失っていく姿は、切ないというしかない。
評者も著者と同じ世代。70年代の大学のサークル室の隣には「チュチェ思想研究会」があった。一般には「三無主義」と呼ばれる虚無が若者を支配していた時代で、だからこそ、なにか実践的な社会活動をしたいという思う少数派の学生もいた。その思いは貴重なものだが、若者の観念的な社会批判が、現実との接点を失えば、そしてその意思決定を安易に他人に預けてしまえば、結果は悲劇に終わるしかないことは、その後のオウム事件でも証明されている。つまり、八尾恵の悲劇は、北朝鮮だから起こりえたことではなく、日本の今でも十分に起こりうることなのだ。
だが同時に、この本は著者自身の人間性回復のドラマでもある。平気で妻をなぐる「革命家」の夫たち。日本の自称革命家たちの“伝統”ともいうべき抜きがたい家父長主義を批判する視座を得たことで、著者にはほかのグループメンバーとは違う風景が少しずつ見えてくるようになる。その後の、旅券訴訟や名誉毀損訴訟を支えてくれた仲間との出会いも貴重なものだ。『宿命〜「よど号」亡命者たちの秘密工作』高沢皓司(新潮文庫)を併せて読むことで、北朝鮮におけるよど号グループの位置づけとその対日工作の全貌はより明らかになろう。

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