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かねたんさんのレビュー一覧

投稿者:かねたん

12 件中 1 件~ 12 件を表示

真相へ至る道のりの始まり

11人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

スクレイピー、BSE、ヤコブ病、これらの「伝達性スポンジ状脳症」に共通する原因である異常型プリオンタンパク質を発見したのは、スタンリー・プルシナーである。そして、プルシナーは、その功績によりノーベル賞を受賞した。
しかし、決定的な証明方法と考えられる「純粋に精製された異常型プリオンタンパク質か、あるいは人工的に試験管内で正常型から作り出された(つまり病巣由来の混入物を排除した)異常型プリオンタンパク質を、健康な実験動物に投与して、プリオン病を発症させる」実験に、プルシナー自身も成功していないという。
また、「感染動物の生体内でどのようなことが進行しているのか、まったくわかっていない」ともいう、そして、正常型プリオンタンパク質から異常型プリオンタンパク質への変化のプロセスが十分に説明できていないことが、プリオン説の大きな弱点であると筆者は主張している。
筆者がプリオン説に対して有力な仮説として挙げるのが、「レセプター仮説」である。これは、伝達性スポンジ状脳症の原因は未知のウイルスで、正常型プリオンタンパク質がウイルスの感染レセプター(宿主の体内へ侵入する際の足がかり)であり、感染の結果として、異常型プリオンタンパク質が出現するという説である。
つまり、異常型プリオンタンパク質は感染の結果として発生するもので、伝達性スポンジ状脳症の原因ではないことである。
しかし、肝心のウイルスは、現時点では見付かっていない。
そして、類似する例として、C型肝炎があるという。非A非B型肝炎の存在が明らかになったが、その原因となるウイルスを見付けることができなかった。結局、遺伝子クローニングという手法により、C型肝炎を引き起こすウイルスの存在は明らかになったが、そのウイルス自体を顕微鏡で見ることには成功していない。
もし仮に、筆者が考えるように、原因がウイルスであるとすれば、これまでのBSE対策は、ほとんど無効ということになってしまう。
例えば、異常型プリオンタンパク質がたまりやすい背骨の付近を避けたところで、ウイルスは、他の部分に存在するわけで、感染の結果として発生する異常型プリオンタンパク質を避けているに過ぎないということである。
本書では、プリオン説に対する疑問点を挙げるとともに、代わりの仮説に注目している。ただし、代わりの仮説についても、まだ不完全なものであり、現時点では疑問を並べているだけに過ぎないという見方もできる。
しかし、本書を読めば、プリオン説の不備が気になるようになるだろう。

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科学と宗教は両立する!

5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

著者のアヤラは、スペインのマドリッドで生まれ、現在はアメリカの市民権を得て、カリフォルニア大学の生物学・生態学・進化生物学の教授を務めるほか、進化学会の会長などを務めている。そして、ローマ・カトリック教会の信徒である。
その著者が、本書の謝辞で、本書を書くきっかけについて述べている。

出版社の編集長は、「進化論の役割や地位が、……知的設計の提唱者の主張や地位とどのように相違するかを説明するために、知性ある一般人向きの短い著作を書くことを考えてほしいと、私に頼んだ。」。

その結果として出来上がった本書は、進化論を正しく理解した敬虔なカトリック信者による知的設計(インテリジェント・デザイン、ID)の主張に対する反論である。そして、その反論は、進化論と聖書(あるいはキリスト教の教義)の立場から行われている。
反論の詳細は、本書を読んでいただくとして、ここでは、序言に書かれている、結論とも受け取れる文章を紹介しよう。

「ID提唱者の提出する証拠や議論は、悪い科学である。それらは、まったく科学的説得力をもっていない。そのうえIDは、悪い宗教である。生物の設計は知的ではなく、不完全で機能障害だらけである。IDが言う神の特質は、キリスト教や他の一神教に適合しない。」

また、同じく序言で、科学と宗教の関係についても結論を述べている。

「科学と宗教とが両立しないはずはない。なぜなら両者は、知識の重複しない領域に関係するからである。」

本書は、知的設計への反論だけで構成されているのではない。本文は、設計論の祖ともいえる、ウィリアム・ペイリの紹介から始まり、ダーウィンの業績などの紹介、進化論研究の概要、自然選択の概要などが述べられ、ダーウィンや進化論などについてのコンパクトかつ的確な解説にもなっている。

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紙の本売春未満

2012/03/21 00:24

カラダを売ることの裏側にあるもの

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本書は、『ストリートシュガー』という素人ヌード月刊誌に応募してきた素人モデルへのインタビューが中心となっている。

最初に取り上げられている女性は、既婚者で1歳の娘がいる。しかし、家出をして、別な彼の家に居候をしている。
援助交際やヌード撮影会のモデルの経験があるどころか、今もしているという。
居候している彼は、もちろん知らない。
その彼女に罪悪感はないし、この先どうするかの見通しもない。

正直なところ、最初から読むのが辛くなった。

しかし、一人や二人では終わらない。
著者は、ヌードモデルを希望した数多くの女性の、希望した動機を探り出そうとしている。
それぞれの動機がある。
借金、パートナーの浮気への報復、収入、エリートのストレス解消などなど。

結局最後まで読んだが、楽しい読書ではなかった。
しかし、これが現実のようだ。

環境を含めた「イマ」の女性を知りたいなら、有益な本だと思う。

ところで、ページが進むにしたがって、著者の目線が「上から目線」へと変化しているのが若干気になった。
著者があと半歩引き下がっていたら気にならなかったかもしれない。

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驚きの性生活

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本書では、「第一章 前戯編」、「第二章 本番編」、「第三章 後戯編」の3章に分けて、江戸時代の性生活を春画で紹介している。

例えば、第一章では、さらに「口を吸う」、「くじる」、「ながめる」、「乳を吸う」、「口淫で高ぶる」、「春画で興奮」、「精力剤を活用」、「湯ぼぼ酒まらの効用」に分け、それぞれの性技をしている春画を紹介するとともに、その春画や性技についての解説をしている。

「くじる」とは、現代の「指マン」に相当するそうだが、手の指を使って「くじる」ほか、足の指を使って「くじる」という性技もあったそうだ。
これなど、足袋や下駄などと縁遠くなってしまった現代人には難しいかもしれない。

読み通して感じたのは、江戸時代は、現代よりも多彩な性生活を送っていたのではないかということだ。
性技は、進歩するどころか、退歩しているではないかとすら思えてしまう。
オビに書かれている「現代以上に奔放にして多彩、大らかな性生活のすべて!」という言葉は、正にそのとおりである

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初期キリスト教の本当の姿に迫る

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2世紀に書かれ、19世紀後半になって最初の断片が発見された『マグダラのマリアによる福音書』(マリア福音書)について書かれた本である。

『マリア福音書』は、現時点で「ベルリン写本8502,1」、「オクシリンコス・パピルス3525」、「ライランズ・パピルス463」という3種類の写本しかなく、いずれも断片だけで、全体を知ることはできない。しかし、その断片から明らかになるのは、これまで語られてきたのとは、異なる初期キリスト教の姿である。

そもそも、マグダラのマリアが娼婦であったという根拠は聖書にすらない。さらに、『マリア福音書』を見れば、マグダラのマリアが娼婦であったことが否定されるだけでなく、キリストの弟子達の間にすらキリストの教えに対する見解の違いがあったということも明らかになる。

本書は、3つのパートに分かれている。
パート1「『マリア福音書』」では、序説、『マリア福音書』発見から公刊までの経緯、『マリア福音書』の日本語訳、『マリア福音書』の内容についての概説が述べられている。
パート2「『マリア福音書』における救済者の教え」では、『マリア福音書』についての詳しく述べられている。『マリア福音書』の内容は、救済者の教えを伝えることが中心となっているが、弟子の間の対立についても多く伝えているという。
そして、パート3「初期キリスト教における『マリア福音書』」では、初期キリスト教における『マリア福音書』について、イエス伝承、他の福音書との依存関係、キリスト教史などの観点から検討している。特に、キリスト教史の観点では、『マリア福音書』をグノーシス主義のものとする見方は間違っていることなどが指摘されている。

いまだに進化論に対して信仰の立場から意義を唱える意見のあるアメリカで、キリスト教の本当の歴史に目を向けようとする、このような書が登場したことの意義は大きいと言えるだろう。

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タイトルに偽りなし-正真正銘のラブホテル裏話

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

著者は、ラブホテルで20年近く働いてきたという女性。
ざっと読んだだけでも、テープから原稿を起こしているなという雰囲気が漂ってくる。しかし、それは、本当の体験が本になっていることの証拠だろう。

内容は、ラブホテル従業員の体験談で、各章のタイトルは、次のとおり。
第1章 ラブホテル従業員というお仕事
第2章 ラブホテル珍事件簿
第3章 千客万来、それぞれの趣味
第4章 困った人々
第5章 色々な忘れ物
第6章 風俗の人々
第7章 ラブホテルの昭和史
第8章 忘れられない仲間たち

第1章は、「リストラおじさん」の話から始まる。
リストラおじさんとは、リストラされて再就職先を探しているような、元サラリーマン風のおじさんのことで、身なりはたいていピシッとした髪型にスーツ、ネクタイ姿だという。
しかし、そんな外見は採用にあたってプラスになることはほとんどなく、リストラおじさんが同僚になったことはほとんどないという。

第2章では、タイトルどおり珍事件簿の紹介。
部屋へ向かうエレベーターの中で始めてしまうカップルや駐車場に入るなり始めてしまうカップルがいるという。このほか、週に2回、1人でラブホテルに入って、毎回ゴツいバイブを3本注文するという若い女性、女優にすると騙されてラブホテルに連れ込まれた女性、盗撮を疑う客などが紹介されている。
驚いたのが15分でキャンセルした客の話で、キャンセルが可能な入館後15分で出て行った客の部屋へ行ったら、完全に使用された形跡が残っていたという。つまり、15分でシャワーから性交、退出までを済ませたということである。

第3章では、いろいろな趣味の客が紹介されている。
自分達の行為を見せたいカップル、従業員に性行為への参加を求めるカップル、男同士のカップル、女王様と奴隷などが登場する。

第4章では、困った客が紹介されている。
クレーマー、汚客様(トイレ以外の場所に脱糞する客)、使用済みコンドーム5個をサイドテーブルに並べて帰る客、地の底から響く唸り声を上げる中年女性、行為中に妙なかけ声を出す男性、痴話喧嘩をカップルなどが登場する。
月に1回、1人でチェックインするホームレスは、ラブホテルの風呂につかってゆったりすることが唯一の楽しみであるらしいが、彼が去った後の風呂は垢の始末が大変だという。

と、こんな感じで興味深い体験談が紹介される。

読み始めたら、けっこう面白くて一気に読んでしまった。
知らない世界のリアルは話は面白い。

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「新しいお金」が社会を変える

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本書の狙いは、著者によれば「電子マネー、ポイント、仮想通貨のそれぞれの動向と将来像を描くこと」、「新しいお金をメディアととらえ、利用者に受け入れられる本質について考えながら、新しいお金の勝者の条件を探っていく」、「電子マネー、ポイント、仮想通貨と地域通貨が融合した新しいお金がいかに役立つものとなるか、そのためには何をなすべきか、その姿を探っていく」(いずれも「はじめに」より)ということである。

 著者は、デジタル放送、ブロードバンドのサービス開発企業の代表取締役を務めるほか、「新しいお金」を具現化するEcoCa(エコカ)プロジェクトにも関わっている。その著者が、SuicaやEdyといった電子マネー、マイレージや小売店などが提供しているポイントサービス、ゲームやセカンドライフなどで使われている仮想通貨、ICカードなどを利用した地域通貨について、豊富な知識と経験に基づいて解説し、現状を紹介している。そして、「新しいお金」それぞれの将来を予測するほか、「新しいお金」の持つパワーについて言及している。

 本書は、7つの章から構成されている。各章の主な内容は次のとおりである。
●第1章 日常生活から現金が消える
「新しいお金」によって社会が変わりつつある
●第2章 ついに本格到来、電子マネー社会
SuicaやPASMO、Edy、nanacoなど各種の電子マネー
●第3章 ケータイ会社は銀行になりたい
おサイフケータイを利用したクレジット
●第4章 企業通貨になったポイント
マイレージや小売店などが提供するポイントシステム、ポイント交換、電子マネー乗り入れ
●第5章 仮想通貨が現実世界につながる
セカンドライフの独自経済、モバゲータウンのモバゴールド
●第6章 新しいお金の戦国地図
各種の「新しいお金」の間で行われる覇権争い、Suicaが強い理由、覇者の条件
●第7章 新しいお金と持続可能な社会
エコマネー、地域通貨、新しいお金には社会を変える可能性がある

 電子マネーやポイントシステムなどについて、要領よくまとめられており、これらについて知りたいと思う読者には、現時点でのベストである。しかし、発行時期の関係からWAONについての言及がないなど、書籍ゆえの限界はある。本書の情報がいつ陳腐化するかは、予測困難であり、陳腐化を避けることはできない。そのことだけは、念頭に置いておきたい。

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アメリカの音楽史を駆け足で眺める

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「はじめに」には、「本書はアメリカのポピュラー音楽史を(擬装)というテーマで読み解くものである」と書かれている。
「擬装」とは、他人になりすますことであり、アメリカのポピュラー音楽を駆動してきたのは他人になりすます欲望であるという。そして、その代表としてマイケル・ジャクソンを挙げている。

筆者は、慶應義塾大学法学部准教授で、専攻はアメリカ文学とポピュラー音楽研究であると、見返しに書かれている。
「あとがき」によれば、本書は2006年度から2008年度にかけて慶應義塾大学法学部(地域文化論)、同大文学部(米文学)、青山学院大学文学部(米文学特講)で担当した講義をもとに執筆したということである。

本文を読み終わったあとに、あとがきを読んで、すぐに納得した。
それは、本書がアメリカのポピュラー音楽史を駆け足で眺めていると感じたからだ。
大学での限られた回数の講義で、アメリカのポピュラー音楽史を概観しようとすれば、駆け足になってしまうことはやむを得ないと思う。
ただ、この駆け足が読者にとってどう作用するかは、読者が何を求めて本書を読むかによって異なるだろう。
細部はともかく、アメリカのポピュラー音楽全体を概観したいと思っているなら、オススメできる本である。
一方、例えば、特定のジャンルについて詳しく知りたいと思っているなら、それぞれのジャンルについて詳しく説明している本を読むべきだろう。
しかし、細部に目を向けるにしても、事前に概観しておくことは有益だと思う。

では、具体的な内容に目を向けてみよう。
本書では、アメリカのポピュラー音楽における唯一の革命として「ビバップ革命」を挙げている。チャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーらによって起こされた革命は、黒人文化の解放/抵抗を表しているという従来の見解に対し、芸術性の獲得を表していると筆者は主張する。
そして、ジャズ史上最も影響力のあるアルバムとしてマイルス・デイヴィスのカインド・オブ・ブルーを挙げ、このアルバムで用いられた「モード」という奏法について、こう評している。

「西洋クラシック音楽の呪縛から逃れ、コードの重力から解放された『モード奏法』こそが<黒人音楽>としてのジャズを決定づけるもっと重要な断絶だとはいえないだろうか。」

これらの考え方に対して、仮に100%の肯定はできなくても、反論するのは容易でないと思う。筆者の考え方は、アメリカで急速に進んでいるジャズなどについてのアカデミックな研究に基づいており、最近の研究成果の一部を知るための資料としても、本書は有効だと思う。
ただし、次の記述には、少々違和感が残った。

「少しでも音楽活動を経験したことがあるものは、たとえばペンタトニック・スケールが即座にブルースを連想させる音階であることを憶いだしてほしい。」

ペンタトニック・スケールで作られている曲というと、「蛍の光」がとっさに思いつく。
しかし、蛍の光を聞いても、残念ながらブルースは連想しない。
あるいは、日本の民謡などで使われる陽旋法もペンタトニック・スケールと同じ構成音であるが、こちらもブルースは連想しない。
ブルースを連想するスケールとして筆頭に挙げるべきなのは、ブルーノート・スケールではないかと思うがいかがだろう。長調と比較した場合に、第3音と第7音、場合によってはさらに第6音が半音低いブルーノート・スケールを聞けば、即座にブルースを連想する。

まあ、これは主観によって違いがあることだし、重箱の隅をつつくような話でもあるので、本書の価値を揺るがすものではないが。

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紙の本コルトレーン ジャズの殉教者

2012/02/26 14:55

コンパクトにまとめられたコルトレーンの伝記

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

オビには、「ジャズの可能性を極限まで追求した男の全生涯を描く」とある。
その言葉どおりだと思う。
また、カバーに印刷された紹介には、「本書は、コルトレーンをよく聴く人はもちろん、これから聴き始める人にも格好の決定版評伝である。」とある。これらの言葉にも偽りはないと思う。
全体を見れば、新書という比較的コンパクトなサイズにまとめられたコルトレーンの伝記である。
100点満点ではないが、まあ推薦できる本だと思う。

ただし、2か所ほど気になった記述があった。

まずは、87ページの5行目。

「ひとつのサックスから同時に複数の音を出す方法、いわゆる倍音を響かせるハーモニックス奏法や」

同時に複数の音を出す奏法は「重音」である。
また、「ハーモニックス奏法」は、高次の倍音を響かせる方法で、基本的な音域よりも高い音を出すことができるのと音色の変化が特徴である。

次が106ページの5行目。

「ソプラノサックスは、テナーサックスと同じE♭キーであるため」

ソプラノサックスもテナーサックスもB♭キーである。
前の方にアルトサックスがE♭キーであるという記述があったので、単純なミスとも考えられるが、ミスだとすれば、ちょっと恥ずかしい。
ミスでないとすれば、根本的な知識不足である。

音楽の専門家でないということを考えても、ちょっとオソマツかもしれない。

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ロシア音楽という世界へ踏み込むための第一歩

4人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本書は「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2012」のオフィシャルBOOKである。
2012年のテーマは、チャイコフスキーやラフマニノフなどのロシア音楽。
そして、筆者はロシア文学者にして東京外語大学の学長である。

プロローグは、筆者の音楽体験から始まり、筆者のロシア体験へと展開する。
これらは、筆者の回想録と感じられた。

「第1章 メロディの謎、またはノスタルジーという経験の全体性について」では、ロシア生まれの作曲家が二十世紀音楽に果たしている役割の大きさから始まり、ロシア音楽がノスタルジーと暴力の二分法で言い尽くせるかということへと展開する。

「第2章 ロシア文化の二分法」では、「正統の都モスクワ」と「異端の都サンクトペテルブルク」を対比して、それぞれの文化の違いなどを明らかにしている。

「第3章 熱狂とノスタルジー-十九世紀のロシア音楽」と「第4章 暴力とノスタルジー-二十世紀のロシア音楽」では、それぞれの時代を代表するロシアの作曲家を紹介している。
第3章はグリンカから始まり、チャイコフスキーで終わり、第4章はスクリャービンから始まり、ショスタコーヴィッチで終わる。

「第5章 知られざる現代ロシア音楽」では、デニソフやグバイドゥーリナら現代ロシアの作曲家を紹介している。

「第6章 偉大な芸術家に会った」は、ロストロポーヴィッチとゲルギエフへのインタビューとなっている。

全体を通して、筆者の回想が織り込まれ、ノスタルジックな印象を強めていて、回想録のようであると感じられた。
その一方で、第3章から第5章は、ロシアの作曲家を紹介するガイドブックという体裁となっている。

回想録風という印象は、以前に読んだ公式BOOKでも感じられた。
もしかすると、これが公式BOOKのスタイルなのかもしれないが、あまり賛同はできない。
自分が筆者となるなら、感情的な表現はそぎ落として、ガイドブックに徹するのに思った。

スタイルについての不満はともかくとして、いわゆる西洋音楽史からは外されることの多いロシア音楽の特徴がまとめられていると思う。
ロシア音楽あるいはロシア音楽史へと踏み込む最初の段階で読む本としては、ベターだろう。
巻末の「主要参考文献」も役立ちそうである。

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紙の本ダーウィンと原理主義

2008/06/21 04:14

キリスト教原理主義と科学原理主義

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本書は、本文の3ページから82ページまでが一つの章とも考えられる構成になっており、目次を見ても内容の流れが分からないので、まずは、おおざっぱな流れを紹介しよう。

・創造論と進化論の対立
・ダーウィン以前の創造論
・ダーウィンの生涯(概略)
・自然選択説の概要
・バトラー法(進化論を教えることを禁止する法律)とバトラー法違反の裁判
・創造科学の内容と支持者の活動
・極端な進化論の問題点
・結論

日本語版の出版にあたっては、東京大学情報学環の佐倉統教授による解説「進化論と創造論、自然科学と原理主義」と「読書案内」が付加されているが、いずれの内容もすばらしく、この部分だけでも十分に価値がある。
ちなみに、この部分だけの評価は★×5。

著者は本書で、創造論と極端な進化論の両方を批判している。
創造論については、次のように批判している。

「科学的な創造論者も、聖書に基づく創造論者も、若い地球を唱える創造論者も、その他どんなタイプの創造論者も、どのようなかたちであれ聖書解釈をあらかじめ排除するので、聖書に基づく創造論がモリスと同様に望んでいるのは、古き良きアッシャー大主教と紀元前四〇〇四年説の復権である。」

「聖書解釈」とは、聖書に書かれていることを字義どおりに受け取らないことである。創造論者は、英王ジェームズ一世が47名の学者に英訳させ1611年に公刊した『欽定英訳聖書』に書かれていることを、そのままに受け取ることを求めているという。しかし、英訳という作業により人間の思考力が聖書に入り込んでいるため、「人間の思考力を神の創造性より上位に位置づけるという」罪を犯す結果となっている。
そして、創造科学などについて記述している部分の終わり近くで、ヨハネ・パウロ二世が1996年に教皇庁科学アカデミーで行った講演の一部を紹介している。

「……新しい知識に基づくと、われわれは、進化理論に単なる仮説以上のものを認めざるをえない……。個別になされた研究の成果が、意図的に追求されたり、でっち上げられたりしていないにもかかわらず重なり合うこと自体が、この理論を支える重要な論拠である」

一方、極端な進化論については、「科学原理主義」という名称を与え、その代表として、リチャード・ドーキンスを挙げている。また、進化論には、二つの対立する思潮があり、ドーキンスを中心とする「ダーウィニズム原理主義者の陣営」とスティーヴン・ジェイ・グールドを中心とする「ナチュラリストの陣営」に分かれているという。そして、この対立は、「進化論を現代的総合を超えるところへ運んでしまった」という。

結論では、ドーキンスで代表される「ダーウィニズム原理主義者」とグールドで代表される「ナチュラリスト」、それぞれの問題点を挙げ、「闘いの相手はダーウィンではなく、彼に付与され、彼に属するとされた権威であり、彼の解釈者」であり、その闘いにキリスト教原理主義者が参加してきたと書いている。そして、次の文で結んでいる。

「宗教的あるいは科学的な偏狭さのかわりに、われわれが必要としているのは、間違った理由で間違った考え方を推進する神話的なステレオタイプを超えて物事を見ることを可能にする、批判的な対話なのである。」

評価を★×3にしたのは、訳文がこなれておらず、やや読みにくいためである。内容だけの評価なら★×4、そして、解説と読書案内は★×5である。

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科学の本ではない

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「長~いまえがき」から断定が多く、タイトルにもある「科学する」態度とは異なるのではないかと思いつつ「第1章 音楽と科学」、「第2章 音楽が不可欠な現代社会」まで読み進めたが、やっぱり違和感があって、「第3章 音楽を科学する」を読み始めたところで、読み進めることを放棄した。

そして、「長~いまえがき」でやめておけば良かったと後悔している。

全ての読者にとって無価値だとは思わないが、小生には価値のない本だった。

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