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かずめさんのレビュー一覧

投稿者:かずめ

11 件中 1 件~ 11 件を表示

紙の本観用少女 1

2001/05/18 17:30

笑顔の効果

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 盆栽という物は、高級品になると一鉢数千万円からの値で取り引きされるとか。これを知って私は、なるほどそういう金の使い方もあるのだ、と妙に納得したものである。
 天使のように愛らしいが、目の玉が飛び出るほど高額で、毎日のミルクと週一回の砂糖菓子、そしてたっぷりの愛情によって養う生き人形「観用少女」。ただの人形でないことに、「プランツ」達は愛情をかけるほど美しくにこやかになり、上物になるほど、客を選ぶ。
 こう書くとまるで高級娼婦のようであるが、一生かかるほどのローンを抱え込んでも、プランツの笑顔のおかげで幸せになる人もいる。疲れてささくれだっているときほど、ただ無心に微笑みかけてくれる存在が効く。「観用少女」を扱う怪しげな店の、どこか浮世離れした兄さん曰く、ミルクを与えるときは「泣いている子供をあたためるような気持ちで」。あたためられているのはプランツか、それとも与えているヒトか。
 買って、一読して、でも何気なしにまた開いて、何度でも読み返してしまう一冊。この物語もまた、じわじわと効く。

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紙の本鏡の影

2004/01/29 15:45

何故誰も語らないのだ、この愉しさを。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

前の版が絶版になった経過を先に知っていたため、比較して語られる某書と同様これもヘルメス学と異端審問に関する衒学的な重厚にして陰鬱なドラマか——と予想して読み始めたのだが。
 全然違う。
 いや確かに、錬金術等に関わって異端審問に引っ立てられるという題材だが、これは、諧謔に満ちたとんでもないドタバタ喜劇じゃないですか。
 某書との間にどのくらい共通点があってしかも似てないか、に関しては既に方々に書かれているが、同じ素材を使ったというだけで、切り方も調理法も調味料も違う。言ってみれば飾り彫りの小箱と城塞くらい違う。オルフェウスの悲恋伝説とオッフェンバック「天国と地獄」、聖母マリア処女懐妊説話とシュワルツネガー主演「ジュニア」くらい違う(本書はハリウッド映画に似た感じはしないから、「天国と地獄」の方が近いか。読書中脳内に「カステラ一番」が鳴り響いていたわけではないが、ノリとしては近い)。
 主人公ヨハネスが「この世界を支え変えうる一点」を求めるのは確かにこの物語の骨格の一つだが、一番印象の強い流れは、色々な事情で方々を転々とするうちに、いつのまにやらヨハネスの「異端」としての罪状が膨らんでいく珍道中だということ。その実彼自身は涜神的な考えを持ったこともなければ妖術を行使したこともなく、実際ちょっとでも権力や知識の側にいる人間達は、彼が本物の妖術使いとはこれっぽっちも信じていない。全ては雑多な感情と思惑と成り行きが絡まり合った結果なのだ。
 野心的な騎士と幼い美姫、得体のしれない悪魔的な美少年、司教と陰謀家の秘書、説法一つで民衆を掌握した修道士、市長、その政敵かつ友人と、主人公よりよっぽど妖術使いらしい哲学者——すったもんだの末に街は包囲され、反目しあっていた主人公と騎士とは呉越同舟の異端審問の席に引き出される。
 どうしてこんなふざけた話(いや良い意味で)を誰もそう紹介しないのか。例えば「愉快な連中ですねえ」という牧歌的な台詞が、追い剥ぎ達が尼僧達を手込めにしようと追いかけ回している阿鼻叫喚を前にして吐かれる下りなど、私は疚しさを覚えつつも吹き出すのを堪えたのだが。
 どこの紹介文を見ても重厚で思索的そうな側面ばかり取り上げられていて、「すげー笑った!」と書く人がいないことが私には不思議だ。

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紙の本観用少女 2

2002/06/10 18:45

これは「癒しの物語」ではない

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 庶民にはとても手のでない価値と手間、天使の美貌と微笑みの、客を選ぶ生き人形「観用少女」の物語、第二集。
 だが、一巻からなんとなく感じてるのだが——この作品、ほのぼのと優しいだけではない。困難に直面しながらプランツとの出会いが良い結果を招いてめでたしめでたし、では済まないような。

 そういう話もあるのだが。
 金がかかれば欲が絡む。知らないうちに振り回される。そしてプランツ達は、根本的な所が微妙に「ヒト」とは違う。寄り添いすぎて遠くへ行ってしまうこともあれば、プランツの側が「大人」になるしまうことも、また思わぬ禍々しい一面を見せることもある。ここに収録された作品の中には、読後「——なんだったの?」と狐につままれたような感覚を伴う物も。

 いや、読んで「癒された」という方は、それはそれでいいのですよ。でもできることなら癒されながらも、それぞれのお話の底にある「苦み」をしっかりと味わって欲しいところ。

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紙の本美亜へ贈る真珠

2003/09/04 18:56

「メロドラマ」という原点

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 近作「黄泉がえり」をはじめ数々の叙情SFで知られる梶尾真治氏の、特にタイトルに女性名を冠した短編ばかりを収録した短編集。
 この本の解説で山田正紀氏が看破しておられるように、この本の収録作は「メロドラマ」だ。しかし「メロドラマ」と聞いて、古くさい、陳腐、と切り捨てるのは愚かだろう。
 おそらくこの作品群は、最上質のメロドラマだ。一見陳腐に見えたとしても、それは「人の情」を描く形の原点なのだろう。表題作は梶尾氏のデビュー作ということで、発表から三十年近く経っているのだが、そこには懐かしくも、しかし今の時代でも変わらない切なさがある。手の届かない相手を慕い続けたり、亡くなった人の思い出を抱きしめたりする、人間のそうした情は、三十年程度では変わらなかったらしい。
 ここに収録の作品の多くで誠実で純粋な恋を阻むのは、「時間の流れ」と「死」。それはいまだに人間が乗り越えられない鉄壁の壁だけれど、SF的仕掛けによって、それは乗り越えられるどころか余計に複雑怪奇な問題になる。目の前にいる想い人に触れることも出来ず年月を経ることや、死んだ恋人を取り戻そうとしながら手の中からすり抜けていくのを知ること。あるいはかりそめの関わりしか持てないと知りながら、それでも一生をかけること。登場人物達がそれぞれに最善を尽くしているだけに、物語は余計に哀しみを増す。
 作品の質は申し分ないのだが、ただ一つ難点を挙げると。私はこの短編集を目にして、思わず心中で叫んだのだった。「ずるいよ早川書房! こんなの出されたら買っちゃうじゃないか!」なぜならずっと以前、表題作を収録した「地球はプレイン・ヨーグルト」を買っていたから。これも実に愉しい一冊だったので、もう一度傑作選という形で買うのはどうか、と思ったのだが。幸か不幸か、自宅を探しても「地球はプレイン・ヨーグルト」は見つけられず、心おきなく続巻も併せて買うことにしたのだった(それでもなんだかとても悔しい)。
 だから「地球はプレイン・ヨーグルト」や「チョコレート・パフェ浄土」をお持ちでない方々は何も迷う必要はない。この短編傑作選を、全巻まとめてお買い求めになるようお薦めする。

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紙の本あやし

2003/07/04 19:55

ゆっくりとしみる恐さ

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 まことによくできた、時代ものの恐怖/幻想短編集。
 舞台はいずれも江戸は深川周辺で、商家の主人一家やその奉公人、それを手配する口入屋などの物語。時代は違っても、ごくあたりまえに働いて苦労して、とりわけ裕福でもなくささやかな楽しみを持っている、という庶民の暮らしが描かれる。登場人物達の心情は実に鮮やかに親しみやすく書かれている。
 ——が、共感しやすいだけに、ここに描かれる怪しいものたちは怖い。それは恐らく、誰にでもある暗い部分から発するものだから。奉公先の若旦那と一緒になれるわけないと分かっていたはずが恋情に囚われる女(居眠り心中)、よくできた母へ姑への劣等感と反発から悪鬼の如き残酷なしうちに出る夫婦(影牢)、一時の妬ましさ悔しさの生んだ呪いの反動で十五年も床についたまま一生を終える娘(梅の雨降る)。そんな奇妙なことや過酷な運命は滅多にないが、それは元はと言えばありふれたささやかな希望や不満や反発であったはず。分かっていながら、そちらへ落ちていくこともある。(時雨鬼)
 そういう物は凝り固まって、あるものは代々店に不幸をもたらしたり(布団部屋)突然人に取り憑いて暴れたりする(灰神楽)。あるものはただそこにあって、しかし見る者の心を映す(安達家の鬼)。
 そして、なんだか分からないものもいる。何をするでもなく、何故そうなのかも分からない、あたりまえの人に交じってあたりまえに暮らしている(蜆塚)。ただやはり、あたりまえではないのだ。
 ここに書かれたのと同じではなくとも、そういうものはそこにいる。どこの町にも誰の傍にも、誰の中にも。
 きっと少しずつ年を取って、そういうものに覚えがあると思えるほど、この一冊は一層怖く感じられることだろう。——これからだよ(「安達家の鬼」より)

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紙の本やみなべの陰謀

2001/10/31 18:03

これはすごい。

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 SF、ラブストーリー、時代物……それぞれ異なるジャンルの短編が、繋がり合って一つの大きな物語を成している。
 と、いう仕組みの見事さよりも。こんな「妙」な話を書く作家は、田中哲弥氏をおいていないであろう。いや良い意味で。
 この本に収録されている「マイ・ブルー・ヘブン」のラストほど、馬鹿馬鹿しくも哀切な場面を私は知らない。
 これほどふざけた、これほど切なく、これほど爽快な物語。この三つのそれぞれなら他の本にもあるが、三つが同居している作品に私はいまだに巡りあっていない。
 田中哲弥氏の新作を心から待望する。

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冬の異界の

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 本書のせいかどうかは知らず、21世紀のはじめの数ヶ月、東京は例年にない度重なる大雪を経験した。もしやこの本を読んだ読者の「雪」のイメージが、天候を左右したものでもあるまい、と余計な想像をしたものだが。
 「雪女」といえば冬の怪談。冷たく美しいもの。厳しい寒さと死のイメージで知られる妖である。
 本書では雪女というテーマで、既に名作と言われる作品と、現在活躍中の作家による書き下ろしとが並んで紹介される。一般に知られる「雪女」の物語として小泉八雲のテキストが提示されるので、そしてその様々なヴァリエーションとして他の短編群を読むこともできるだろう。
 ただし、さすがに新作書き下ろしは単純なヴァリエーションではない。「冷たい」「女」というイメージの結合の点だけを残し、物語は現代の夏へも飛躍する。炎天下に冬の冷気を想えば、かえって暑苦しく生臭くやりきれないヒトの世が浮き彫りになることもある。
 あるいは「雪女」とは、美しい死、終末への甘美な憧れの象徴であるのかもしれない。

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紙の本ぶたぶたの休日

2001/05/22 13:05

ぬいぐるみの暮らし

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 我らがぶたぶた氏、今回はお休みの日の一こまから。
 寝坊をしたけどゴミを出す。洗濯物を干す。布団も干す。お買い物にも行く。スクーターボードに大荷物くくりつけて。雨が降ればスーパーの袋が合羽代わり。
 その他のお仕事もしている。新宿で占い師代理というか人生相談。定食屋さんでは頭をつぶしながらのお運び。料理も作る。休み時間や週末には少年野球チームと草野球(あの体型でどうするのか? それは本文を!)。そして刑事も続けているらしい(いや、別に刑事をやっているぶたぶた氏がいる、のか?)。立川君や島さんも再登場。
 しかし何より、ぶたぶた氏は、お父さんなのだった。ぬいぐるみだけど愛されて、頼られている。
 ぶたぶたがいるとみんなが振り返る。ぶたぶたと話すとみんななんだか力が抜ける。安心する。嬉しくなる。それは実は、読者でさえ例外ではないような。
 点目でバレーボール大でピンク色のくせに、相変わらず山崎ぶたぶた氏、なかなかどうして侮れない「おじさん」なのである。

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紙の本ぶたぶた

2001/05/18 17:08

もしかするとどこかで

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 私たちも「ぶたぶた」に会うのかもしれない。臨時代理のベビー・シッターの彼に。タクシーの運転手の彼に。パソコンを操って営業している彼に。あるいは美味しいフランス料理を堪能した後、ふと開いた厨房のドアの向こうでフライパンを操っている彼に。または人気のない季節はずれの遊園地のプールで、ちょっとくたびれて座っている彼に。
 こんなことあるわけないじゃん、と片づけるのは簡単だが。あるのかもと思うとなんとなく楽しくなる。
 ところで私も彼に遭った。昨年の12月、原宿のファンシーショップでのことだ。なんだかしぼんで疲れた様子で座っていた。呼びかけたものの返答はなく、放っておけなくなって、所定の手続きの上で自宅に連れて帰った。
 もしかしたら内偵中だったのかもしれないが、未だに彼が動く様子はない。眠っているのかも知れない。まあそれはそれでもいいのだけど。
 彼はぶたぶた。ぬいぐるみだけど生きている、精神は多分、中年の男性。それでいいのだ。

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柳沢教授の柔らかい側面

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 既に定評のあるモーニングの長期連載漫画「天才柳沢教授の生活」から、特に猫とのエピソードの回のみを抜粋して一冊にした物。
 こうして改めてみると、猫を相手にする教授の姿は、日頃与える頑固で偏奇な印象よりも、特に柔軟で愛情深い面が強く出ているような。教授も要するに一人の猫好きということか。
 カバー見返しに書かれている、著者が愛猫を看取った事についての記述が痛々しい。この方も筋金入りの猫飼いなのであろう。

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紙の本六番目の小夜子

2001/06/04 18:57

やられた。

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 まるで「あの場所」をそのまま写したような小説がある、と聞いていたのだが、文庫化を機にようやく読むことができた。
 処女作らしく、人物の描写の流れなどに荒さはあるが、ここに描かれた「学校」の空気の魅力はどうだろう。始業前の「器」のはりつめた空気や、受験への焦燥や、祝祭の期待と興奮。学生という身分になま温かく守られて、しかし一方ではそれが不安でもある。「学舎」という約束でくくられた空間の魔力を、鮮やかに切り取っている。
 読み始めてすぐ、しまったやられた、と思った。あの風景を、あの空気を、いつか誰かに何かの形で残して欲しいと思ってはいたけれども。秋の章の冒頭の一行に、私は思わず高笑いした。こんな場所が日本に2つも3つもあろうものか。
 ちなみに、この作品が発表された1991年、既に共通一次制度はなくなっている。それもこの作品が、恩田氏にとって「あの場所」へのオマージュに他ならないのではないか、などと想像する理由の一つである。

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