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ケン・ケネスさんのレビュー一覧

投稿者:ケン・ケネス

5 件中 1 件~ 5 件を表示

弁護側の証人

2001/11/21 01:25

フェアプレイを貫いた本格ミステリの傑作!

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 あまりにも鮮やかである。これが新人のころの作品とは全くもって信じられない。ここ数年でこれほど見事に騙された作品は思い出すのが難しい。評判は聞いていたのだが、まさかここまでの傑作だとは思いもよらなかった。本作は全く先入観も持たずに読むべき傑作である。以下蛇足。

 本作が本格ミステリと呼びうるかどうかは意見が分かれるかもしれない。本作では論理は展開されない。名探偵が証拠を集め、あからさまに挑戦状が突きつけられるわけではない。また、探偵役が論理的な推理を披露するわけでもない。しかしである、ここには流麗な、いっそ奇跡とでもいってしまいたくなるようなミスリーディングの流れが貫かれており、また賢明な読者ならば物語に先んじて真相に達しうるだけの伏線が張り巡らされている。
 プロットとしてはごく単純なものだといえるかもしれない。本作の原型が150枚の中篇として描かれたこともそれを裏付けているといえるだろう。単純なプロットという一本の木に、愛憎という複雑極まりない飾り付けを施すことで、その輝きは贅沢な夢と歓喜を与えてくれる。
 プロローグには明らかに読者を欺こうとする作為が見て取れる。大半の読者は最大限の警戒をもって読み進んだはずである。だが、女史の技巧の前には我々の警戒など物の役にも立たないことを思い知らされることになる。いつのまにか、作者の罠に深く、強固に絡め取られているのである。しかも、無邪気なことに読者はそんなこととは露知らず、未だ以って自分の警戒網の優秀さに確信を持ち続けているのだ。
 この考えに考え抜かれた構成、選びに選び尽くされた言葉、そして意外な結末。作者は正面から正々堂々と読者に挑戦状を叩きつけている。アンフェアな部分は一つもない。この作者の姿勢こそ本格の醍醐味であり、本作は本格以外のなにものでもないと思う。
 これほど気持ちよく本を閉じたのは久しぶりである。すべてが意外性にのみ奉仕している本書のような傑作を今後、一体どれほど読めるだろうか。そう思うとあらためて小泉喜美子という、輝かしい才能の死を惜しまずにはいられない。

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ニジンスキーの手

2001/11/15 00:48

魔術的デビュー作

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 —なぜ静かに 魔法に耽ってはいけないのか—
 中井英夫が角川文庫版の解説で引用したソログープの詩の一節である。赤江文学は紛うことなき魔法である。もっとも、絢爛たる毒を含み、とても静かに読み進めることなど叶わないのだが。
 集中、多くの作品は何らかの既存の世界を下敷きにして構成されている。傑作「オイディプスの刃」では「オイディプス王」がそうであったし、表題作は孤高の舞踏家ニジンスキー、『獣林寺妖変』では歌舞伎の世界、『禽獣の門』では能の世界を強く取り込んでいる。しかし、多くの読者にとってはそれらの世界は初めて、若しくはほとんど馴染みのない世界であろう。従って中井英夫の如くその既成の世界の描写に不満を感じることはない。
 むしろ、それらの日常においては関心の外にある世界が赤江瀑の筆で彩られるとき、我々は“飛翔する魂”を確かに目撃するだろう。既成の世界そのものが幻想へと昇華し、作品世界とのパラレルな幻想とそこに含まれる毒を味わわねばならない。これがデビュー作などとは容易には信じがたいほどの完成度である。
 一番眩暈を感じたのは『殺し蜜狂い蜜』である。この作品では養蜂家の世界を題材にとっているが、他の作品ほど強く取り込まれてはいない。だが、ここには決して常人には理解できない狂気の世界が芸術的なまでの文体と構成で描き尽くされる。入れ子細工のような精神の共犯関係が観察者をも巻き込み、同時にすべてのことを確定することを許さない。そう、『殺し蜜狂い蜜』は明らかに量子力学の世界を下敷きに創造されている。そしてこの世界をこれほど完璧に小説に仕立て上げた作品を他に知らない。短編文学の最高峰に位置する傑作である。

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紙の本明日という過去に

2001/11/19 00:15

手紙だけで構成されたミステリ。これぞ超絶技巧!

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 短編の名手、連城三紀彦の長編。「暗色コメディ」や「私のいう名の変奏曲」などを持ち出すまでもなく連城が長編においてもその才を遺憾なく発揮する作家であることはいうまでもないことだが、本作もまたそれらの傑作群に加えられるべき作品である。
 書簡のみで構成される本作はまさに連城三紀彦の独壇場といった感を呈している。なにか仕掛けが施されていることは予想できてもそれがどこにあるのか、全く気取らせない。二人のやりとりで暴かれてゆく“嘘”に惹きつけられ、その遊戯的な空間に絡め取られてゆくのだが、二転三転する“真実”に翻弄され一体何が本当のことなのか確定できなくなってしまう。それほどの遊戯空間を創出しながらその中に、“明日”という一言を起点に確かに主人公たちのの情感をまざまざと、それだけが真実なのではないかと思わせるまでに刻み込んだ連城の超絶技巧には唖然とするしかない。
 冒頭と結末の風景の落差には呆然とさせられる。これぞ展開のアクロバット、連城のみに可能な流れるような力技である。これをミステリと呼ばずしてなんと何と呼ぼうか。

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第八回創元推理短編賞・評論賞発表

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 文庫サイズに変わってから二冊目の創元推理21。久しぶりに受賞作の出た創元推理短編賞と評論賞佳作が見逃せない。
 短編賞受賞作の氷上恭子「とりのなきうた」は受賞も納得の完成度である。書簡形式にした必然性がやや物足りないかとも思えたが、特異な犯人像と静謐な雰囲気の成立には確かに効果的な選択であったかもしれない。真犯人の意外性はないに等しいが、作品全体を覆うイメージの鋭さはそれを補って余りあるだろう。次作が楽しみな新人である。
 評論賞佳作の柳川貴之「推理小説の形式的構造論」は難解で読者の理解を拒むような評論が多い中、必要以上に晦渋になることもなく、分かりやすく推理小説とゲーテル理論の結びつきを論ずることに成功している。結論がややインパクトに欠けるきらいがあるものの、よくまとまった興味深い評論といえるだろう。より読者に近い評論家としての活躍が期待できる。
 新人作家の各短編はどれも型に嵌まっている印象を拭えない。人物造詣、アイディアともに新鮮味がなく、文章にも稚拙さを感じざるを得なかった。その中では山野辺若の幻想的な路線が少しは期待できる。現時点ではどこかで見たような風景であるが、今後に期待できるかもしれない。
 それにしてもこの文庫サイズには違和感を覚える。連載評論はなかなか力作揃いだが、創作ではサイズの変更と共に質までもが落ちてしまっているような気がしてならない。老舗の本格ミステリ専門誌として質の向上を願いたい。

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スリリングな傑作アンソロジー

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 鮎川哲也から引き継いだ芦辺拓が編集長をつとめる「本格推理マガジン」の一冊目。いずれも甲乙つけがたい“幻の名作”が発掘紹介されている。本作は今まで読んだアンソロジーの中で最上級の部類に属する。鮎川哲也の意思を継ぐ偉大なるアンソロジストの誕生である。

 岡村雄輔「ミデアンの井戸の七人の娘」。これほどの作品が今まで埋もれていたとは信じがたい。黒死館を向こうに張って堂々たる完成度を誇っている。無論、あらゆる点で黒死館に叶う筈もないが、この種の試みにおいて単なる二番煎じや後追いに終わっていないというだけで、特筆すべきことであろう。また、芦辺拓も指摘するとおり、本編は本格ミステリといい得る作品である。黒死館がしばしばアンチミステリと評されるように、ミステリとして破綻していることは明らかであるが、本編はあくまで、本格ミステリたろうとしている。ここにあるのはトリックのためのトリックであり、意外性のために創られた遊戯空間である。そして論理性はともかくとして意外性は保たれていると思う。何よりこの時代で探偵小説のガジェットを現代にも通じる人工性にまで突き詰めていることに驚嘆せざるを得ない。

 宮原龍雄、須田刀太郎、山沢晴雄による「むかで横丁」はミステリの世界において度々試みられてきたリレー小説である。事前の相談が禁じられるリレー小説において通常の統一性や論理性を期待することは無茶な要求というものであろう。知る限りではそのことに成功した本格作品はないといっていい。従って我々がリレー小説に接するとき期待するのは各執筆者の技巧であり、結末の辻褄合わせの面白さである。「むかで横丁」においては発端篇の巧さと解決篇の愉しさが際立っているといえよう。さすがに辻褄が合わぬところが隠し切れないが、構図の良さといい遊び心といい文句なく楽しい試みとなっている。

 本作品集で一番気になる作家は「二つの遺書」の坪田宏である。この作家の作品は初めて読んだのだが、その論理を重んじる姿勢に非常な好感を持った。といっても、名探偵の論理が優れているわけでもないし、アクロバットが見られるわけでもない。むしろ、論理が展開される場面は少ないといえるが全篇に渡ってすべての可能性を検討しようという作者の姿勢が感じられるのである。構成の美しさもさることながら山風にも通じる心理と論理の饗宴に唸らされた。傑作である。

 宮原龍雄「ニッポン・海鷹」にはぶっ飛んだ。探偵小説と本格がこれほど見事に融合している作品も珍しいだろう。冒頭に示される幻想的な謎の魅力は比類ない。そして何より、あくまで現実に着地しようとするトリックと探偵たちの論理的な推論はまさに本格と呼ぶに相応しい。それは探偵小説の魅力の一つでもある伝奇的要素の高度な達成と洗練された物語性と相まって、本格探偵小説の傑作というこの上ない称号をものとしている。惜しむらくは枚数の関係か、若干書き急いでいる感が否めないことだが、当時の出版事情を鑑みると致し方ないだろう。それにしても「むかで横丁」の発端編といい本作といい本物の本格作家であることは間違いない。全作復刊を強く希望する。

 鷲尾三郎「風魔」も見逃せない。読んでいてとにかく楽しかったのはこの一篇だ。新本格も真っ青の大トリックもさることながら、芦辺拓も指摘するように謎の成立ために確信犯的に現実性を無視している点は注目に価する。謎が成立してしまう遊戯空間自体を笑いにしながら、本格ミステリとしても一級品に仕上がっている。連作を通して読んでみたいシリーズである。

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