藤井幸介さんのレビュー一覧
投稿者:藤井幸介
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紙の本小説の解剖学
2002/10/11 19:52
基礎以前の常識
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
ここに書かれているのは小説作法の基礎以前の常識に近い内容といっていい。作家はもちろん読者も当然知っていなくてはならない事ばかり書かれている。しかし、その程度のことが、上手い下手のレベルではなく、多くのプロの作家にも出来ていない。小説を書いてみたいという人はもちろん、プロの作家に読んで欲しい。ただの読者にとっては読書のスパイスとして有用な知識だし、ちょっとした文章読本としても役に立つだろう。
本書の主張はほぼ一点に要約できる。すなわち「削れ」である。これはすぐにでも利用できる技術だと言う点ですぐれているし、なにか気の利いた形容詞を書きつらねるのが「文学的」だと思っているアホに冷や水をかける過激な主張でもある。本書のメソッドに従えば、世の中の大半のエンターテインメント作品の長さは確実に三分の二にはなる。紙資源も節約でき、地球に優しいメソッドと言えよう。
こういう物に対しては、「画一的な小説観がどうこう」とかの批判が出てきそうなものだが、こういう事を云う人はほぼ例外なくアホなので無視してよい。たとえば、中条氏とわたしの小説観はおそらくまったく違うもので、多少踏みこんだ読解になると(技術的な部分を越えて解釈の方に踏みこむと)、相当に違和感を感じることもある。が、にもかかわらず、常識的なレベルでは共有している部分の方が多いのである。
創作講座なんて役に立たない、とか、小説は技術で書けるものでははない、とかいう意見があることは知っているし、そうした素朴な文芸観に共感する部分がまったくないとは言わないが、それも基礎以前の常識が共有されていれば、の話である。おそらく、かつてはそういう時代があったのだろうが、今はそうではない。教養の概念がほとんど意味を持たなくなって、なんとなく気分だけで物を言ったり、あまつさえ小説を書いてしまったりするという状況の中で、それに流されないためには基礎的教養を身に着けることは、手っ取り早く、かつ有効な手段である。
ただ、本書の難点は、きちんとした文献リストがないことである。目次には、本文中で言及された作品のリストが掲載されているのだが、使いづらいと言うか全然使えない。
関係ないけど、いくつかの作品に目をつけて図書館で読もうと思ったのだが、ぜんぜん入っていないのだ。レイモンド・カーヴァーくらい揃えておけと言うのだバカどもめ。
2001/01/22 06:16
読書とは本来自由なものである
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子どもはみんなお話が好きなのに,どうしていつの間にか本が嫌いになってしまうのだろう。本を読むのはいいことだ,という前提は,即座に,良いことは実践しなければならない,という倫理的強制力と結びつく。そのうえに,本を理解しなければならないという気の滅入る重圧がのし掛かってくる。課題の感想文,10行ごとの要約,分析と解釈……。
いつの間に,本嫌いになってしまったんだろう。小さいころは親に「本を読んで」とせがんだ子どもたち,「早く寝なさい」ってうるさい親の目を盗んで本を開いたり,親の書斎からだまって本を抜きだしたりした子どもたちは。
この本は,そんなふうにして,読者と本との間に張り巡らされた垣根を取り払って,「本と和解」する試みだ。
リセの教師でもあったペナックの実践は,生徒の前でただ朗読すること。一切の先入観も予備知識も与えず,よけいな質問で白けさせたりせず,眠ってしまった子を叱りつけたりもせず,1時間に40ページづつ,週に5時間の授業で,200ページ。そして,うっかり居眠りしてしまった子どもは終業のベルが鳴るとこう叫ぶのだ。「ちくしょう! 寝ちゃったじゃないか! ガイヤールばばあの家で一体何が起こったって言うんだ?」
読者に与えられた10の権利てのがいい。
1.読まない
2.飛ばし読みする
3.最後まで読まない
4.読み返す
5.手当たり次第になんでも読む
6.ボヴァリズム(小説に書いてあることに染まりやすい病気)
7.どこで読んでもいい
8.あちこち拾い読みする
9.声を出して読む
10.黙っている
ああ,なんだか無性に朗読が聞きたくなってしまった。それに,教室で好きな本を朗読するのって気持ちよさそうだなー。
紙の本赤毛のサウスポー
2001/01/22 06:00
幸せで爽快な野球小説
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大リーグで往年の名投手を父親に持つ,赤毛でそばかすの女の子が活躍したらどうするよ,という,冷静に考えればまるで他愛のない話。問題は,他愛ないことなのではなくて,読んでいる間はまるっきり冷静ではいられないってこと。
主人公のレッド・ウォーカーは女性であるがゆえに,言われない誤解や偏見と立ちむかわなければならないハメになる。チームメイトから総すかんを食うわ,相手チームは試合放棄するわ,偏見に凝り固まったコミッショナーには付け狙われるわで,えらい目に合うんだけど,負けず嫌いでお天気屋で映画マニアで野球が大好きなレッドは,監督やファンを味方につけて,左手一本で強く明るく美しく道を切り開いていく。大人になりかけてて好奇心のおう盛なレッドは,ちょっときわどい遊びにも手を出すし,恋もする。
温かみのある語り口,ありきたりだけど巧みに彫琢されたキャラクター,スポーツライターとしての確かな目に支えられ生き生きと描かれた試合シーン,ハッピーエンド以外は絶対にありえない,という盤石の安定感。1から10まで用意されたエンターテイメントの王道。とにかく上手い。
アメリカ人にとってメジャーリーグとはなにか、ってことも少しわかるような気がしてくる。
紙の本H.O.P.E. 2
2001/02/24 02:11
SFとしての奥行きを増してきたシリーズ第2巻
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病院への通勤途中に交通事故の現場に通りかかってしまった主人公勇人。事故に巻き込まれた人の中には、H.O.P.Eに入る前の小学校の同級生がいたり、上司の娘がいたりする。エリートならぬ同級生からの拒絶、実の娘を執刀する上司の姿に遭遇して戸惑う勇人。
事故の被害者らしい記憶障害の少女はなぜか勇人の名前を知っていて、敵意をもっているらしい。事故の裏には犯罪の影が見え隠れし、サスペンス風に展開する。
そうした中で、前作からの奇病の謎が、かなり詳しく明かされ、それとともにあらたにH.O.P.E.の真の姿という謎が提示される。
病に脅かされる重苦しい近未来像、未来のために現在を犠牲にすることは正義と言えるのか、病と人、そして世界とは、思わぬスケールの広がりを見せるシリーズ第2巻。
紙の本H.O.P.E.
2001/02/08 00:09
至近未来を舞台にした医療ドラマの好編
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さまざまな要素を折り込みながら、テンポよく緊迫感のある展開で読ませる、至近未来を舞台にした医療ドラマの好編。
タイトルが上手い。H.O.P.E. とは、飛び級制のエリート養成機関で、High & Open Professional Education の略なんだけど、この機関こそ作中世界の希望を担っている。また世間では期待の新人を「ホープ」なんて呼んだりするけど、主人公の相馬勇斗は、H.O.P.E. の医学校を15歳で卒業した天才外科医で、まさに期待の新人であったりもする。
勇斗はユリートであるがゆえに孤独でプライドが高く、周囲に認められたいという欲求が人一倍強い。卒業後研修医として配属された私立中央病院で、勇斗は上司とトラブルを起こし、第二外科にまわされてしまう。第二外科は「医師と患者のはきだめ」などと呼ばれていて、医師はガラの悪い外科部長小田切と、内科医で小田切の恋人、岩淵ようこの二人きり、入院患者は第一外科では扱いきれなくなった7人だけ、と言う有り様なのだった。そんな中、勇斗は、先輩医師との交流や、心臓疾患で入院中の銀色の髪と瞳の森田結花との出会いを通じてしだいに医師としての自覚に目覚め、人間的にも成長していく。
また、メインとなるストーリーの背景には、本書では多くは語られないものの、人類に危機をもたらす奇病の存在と、H.O.P.E. がそれに対抗する事を目的とした機関であるらしい事がほのめかされていて、よりスケールの大きな物語を予感させる。
勇斗の成長を描く部分には、もう1、2のエピソードが欲しい感じもあるけれど、先行きがたのしみなシリーズの開幕編として、ライトノベルとしては珍しい医療ドラマとして、ちょっと注目してみたい。
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