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canalinaさんのレビュー一覧

投稿者:canalina

13 件中 1 件~ 13 件を表示

紙の本ブラジルのポルトガル語入門

2001/04/20 13:12

ブラジルのポルトガル語を学びたい人には最適の本

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 ブラジルのポルトガル語を学びたい人に、今のところもっとも薦められる本だろう。「ブラジルの」というところがとても強調されていて、ブラジル全図と、サンパウロ、リオ・デ・ジャネイロの地図から本書は始まり、ブラジル人の挨拶、名前、地理、歴史、料理、行事、交通、宗教、ジェスチャー、文学、カーニバル、日系社会などの簡単なガイドが、各章ごとに付記されている。
 さらに、旅行者への多くの有益な情報とともに、実際にブラジルで生活する人にも役立つ情報が盛り込まれている。また、ブラジルと言えばサッカーか音楽という人に対しても、語学書の範囲を越えて詳しく説明されている。このようなブラジルそのものに対する広範囲な好奇心に対しては、最後の「ブラジルについてもっと知りたい方のために」と題された4ページが役に立つだろう。
 語学書としての本書は、会話も文法もバランスよく詰め込まれ、CDに録音された内容も過不足なく申し分ない。これだけの内容をもちながら、余計な色をつけたりせずにわかりやすく説明し、低価格に抑えているところに著者の誠意がうかがわれる。

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スポーツ全体が自然と志向している<しなやかな>身体芸術の一つの流れ

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 プロレスラー桜庭和志とのインタビュー(聞き手:山口日昇)16本と、「PRIDE」の試合やおふざけの写真もついて1000円という、桜庭ファンであればまちがいなく買うであろうお得な一冊。さらには、おもしろ豪華付録(「スーパー紙おもちゃ」と「特製サクシール」と特製ピンナップ」)に、細かいミニ情報や、花くまゆうさくの漫画などもあり…とくれば、桜庭ファンならずとも手が出てしまうのではないだろうか。是非この機会に、桜庭をよく知らなかった人も、時代の最先端を行くこのプロレスラーに触れてみてほしい。
 桜庭はよく知られているように、ゲームが好きで深夜まで興じ、酒が好きで内臓がおかしくなるまで連日飲み、緊張感もなくすぐにお昼寝をし、面倒くさいことは一切しないというような、これまでのプロレスラーのイメージとはまったくかけ離れている男である。リングに入場するときも、相手の意欲を削ぐようなおちゃめな格好であらわれ、それでいて、いざ試合が始まると集中力を発揮し無敵の強さを誇る。といっても、力づくで相手をなぎ倒すというわけでもない。摩訶不思議な身体芸術を披露するのである。
 私はリング上での彼の動きを見るにつけ、「これは、スポーツ全体が自然と志向している<しなやかな>身体芸術の一つの流れなのではないか」などと大袈裟なことを考えてしまう。力道山から猪木を経て桜庭というようなおおざっぱな流れは、中西太から長島を経てイチローとか、釜本からカズを経て中田とか、白井義夫から輪島を経て畑山というような、熱い魂をもった筋肉質の選手から、クールな頭脳と繊細でありながら鋼のような身体をもったプレイヤーへの流れを共有している。
 というような厄介なことを抜きにしても、ここに収録されている桜庭の発言の数々は、無条件で腹を抱えて笑えるものばかりである。買うときにちょっと恥ずかしくなる表紙だが、プロレスにあまり詳しくない人が買っても、間違いなく満足することができるだろう。

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「あなたはサウダーヂで苦しむことになる」!

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 著者が本当に愛しているものについて書かれたものを読むと、こちらもそれを好きになってしまうことがある。たとえ、理屈ばかりが先に立っている文章や、未熟な修辞ばかりの文章であっても、著者が本当に愛しているものならば、読者はのめり込むことができる。そしてこの本は、理屈ばかりどころか臨場感のあるシーンに溢れ、未熟な修辞どころかリズムをもちながら巧みな描写に彩られている。
 ブラジルかバイクが好きな者、あるいは両方とも好きならば間違いなく、この本を楽しむことができることを保証する。ブラジルのこともバイクのことも知らなかった私は、ブラジルとバイクが好きだということに嫉妬を感じてしまった。そして、ブラジルとバイクのことが少しだけ好きになった。
 また、言葉だけで知っていた「サウダーヂ」(ブラジルが放つ独特の郷愁)とは何かを、初めて体感として知ることができたのも驚きだった。こういうことに関しては、学者の言葉など何の力にもならないのだ。黒色の肌のチャーミングなイザベルは、アマゾン川の上で著者に「あなたはサウダーヂで苦しむことになる」と言った。その理由はこの本にすべて書かれている。
 そしてこの本が、ブラジル音楽の魅力を伝えるための旅行記となっていることは言うまでもない。ブラジルの音楽こそが、彼を動かしたのだから。本文の最後に掲げられた「僕をブラジルに行かせた12枚のレコード」が参考になる。私のようなブラジル音楽の初心者にとっては、「ブラジル音楽入門」といった本よりも、はるかにブラジルとその音楽に近付けることのできた一冊であった。

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体裁はホラーだが、内実は悲劇の物語

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 人魚の肉を食べたものは死なない。これがこの物語の根幹だ。
 死ねない人間はすでに人間とは言えず、それは妖怪かお化け、つまりホラーとしての条件を備えていると言える。しかし一方で、死なないということ、不老不死ということは、人間が長いあいだ求めてきたことでもある。なぜ、矛盾するのか。それは、私たちが、お化けが本当は悲しい存在であることを知らないからだ。
 「死なない」から「死ねない」への長い道程の隙間を、この作品は私たちにのぞかせてくれる。体裁はホラーだが、内実は悲劇の物語だ。

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紙の本ダンス・ダンス・ダンス 上

2002/02/12 14:25

「小説を読んでいる時間もなかなかいい」と思わせる小説

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 小説でしか伝えられないことを伝えようとしている小説は、実はそれほど多くはない。言いたいことを強調するためや、わかりやすくするために小説を書く作家はいるが、物語にしなければ伝わらない内容を備えている小説はあまり多くはないと思う。
 たとえば、次のようなテーマで小説を書くとする。「子どもの悩みは大人にはもう想像もできず、子どもには子どもの独自の世界があるのだ」。そういう内容を忠実に小説に表現できたとしても、それはけっして優れた小説とは言えないだろう。言いたいことのすべてが、すでに見えてしまっているからだ。小説は逸脱しなければならない。
 おそらく、この『ダンス・ダンス・ダンス』は、作者自身もどのようなストーリーになるかはっきりとはわからずに書き続けられたのだろうけれども、結果的には、総体として、この長さのこの文体でしか伝えられないものを備えていると思う。この小説を読んで人は何かを考えさせられ、そして「小説を読んでいる時間もなかなかいいじゃないか」と感想をもらすはずだ。これはそういう意味で、とても優れた小説だと思う。

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紙の本「編集者」の仕事 決定版

2001/03/27 16:09

安原とは何者かを知りたいならばまずこの本を読んでみるのがいいだろう

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 安原の書く膨大な書評や斬新な編集方法がどれだけ正当性を確保しているのかは、しろうとの私には本当のところよくわからない(正当性とは何だろう)。自分の気に入らないものに対して悪口雑言を連ねるやり方はあまり上品なものとは言えないだろうが(上品とは何だろう)、確かに言えるのは『パイディア』や『マリ・クレール』や『海』や『リテレール』など彼が携わった雑誌は、私にとってはどれも間違いなく印象的な雑誌となっているということだ。
 それらの雑誌と同時代を生きることができなかった私は、その多くを古本屋から手に入れた。何が書いてあるのかよくわからないながらも、本から放たれるそれまで感じたこともないほどのエネルギーは、私の読解力のなさををカバーしてくれるに十分だった。編集者のもっているある方向性に伴う熱気が、モノとしての雑誌にこれほどまでに反映されている例を私は知らない。
 編集者の意気込みがどのようにして雑誌に注ぎ込まれるのかを知りたい人にとっては、この本は非常に興味深く読めるはずだ。文壇のゴシップ好きの人も、もちろん楽しむことができる。今では名を知られている鷲田清一やその他の有名人がどのようにして文章を書くよう促され、編集者の力を借りながら巣立っていったのかを知ることさえできる。今は亡き島尾敏雄らとの対談を読むこともできる。安原とは何者かを知りたいならば、まずこの本を読んでみるのがいいだろう。

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強い自己イメージを抱くことなく、自身を束縛から解き放つためには・・

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 トランスパーソナル学会の第一回大会から第三回大会のあいだに講演をおこなった人々から、専門のバランスを考慮しながら16人を選びだしてまとめられた講演集。具体的には、さまざまな分野の学者や作家、セラピスト、医療関係者、アーティストなどである。
 <個を超えたつながり>を意味する「トランスパーソナル」を合い言葉に、生まれも育ちも異なるさまざまな人々が問題を共有しようとする、きわめて刺激的な内容となっている。それぞれの演者の、トランスパーソナルに関わるようになった入り口は千差万別であり、立場も考え方も多岐にわたる。しかし共通して、「癒しの作業」を進めるためには、既存の近代的な枠組みをどのように捉え直せばいいのかということが語られる。この分野の草分けとも言える吉福伸逸が「トランスパーソナルというのは、まず極めて個人的なことから始まる」と語るように、「納得のいく生を生きるために」「いまよりも気持ちよく生きるために」、どのように人生と格闘していけばいいのかが、体験を交えながらユーモアたっぷりに語られる。
 それでも、どのような生き方を選択するかは、当たり前のことだが読者に任されている。無数のヒントがちりばめられているとはいえ、スピリチュアリティへの気づきは自分自身を通して知ること以外に方法はないだろう。吉福は講演のなかで最後に次のように述べている。「トランスパーソナルな体験というのは、強い自己イメージを抱くことなく、自身を束縛さえしなければ、しっかりと日常性を歩んでいくことのなかで自然に浮上してくるものだ」。この時代において、これは簡単なように見えて非常に難しいことだ。

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気宇広大のてんこ盛り

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 対話形式(この本は3人)の場合、お互いの文脈が噛み合わなかったり、用意してきた資料が貧弱だったりすることもあり、「紙の無駄使いだなあ」と感じることも多い。自分の言いたいことをわがままに言い合ったり、「そうですね」や「うん」ばかりだったら「読むのはよそう」と思っていたが、いやはや、この本はまったくそういう心配はいりませんでした。
 というか、20万年前から現在までの! しかも、地球のあらゆる場所にわたっての! 気宇広大な対話の連続であり、てんこ盛りだと言ってもいい。普段、ちまちましたことばかり考えている人だったら、読みながら軽いめまいを覚えるだろう。あるいは、わけのわからない開放感を覚えるだろう。
 ここで、私が「おお!」と驚愕したお話のいくつかを引用してみたい気持ちにも駆られるが(毒ガスの製造が人口の爆発を誘発したとかね)、まあ、そういうエピソードがすべて、の本なので書くのはやめときます。ただ、これくらいでっかいスパンでものごとを見ている学問分野はないと思われるのに、文学の話も自然に出てきたりします。新書の対話形式ということを考えると、これだけの情報量を詰め込んだ編集者のご苦労がしのばれます。
 あと、この本が、スケールだけはあの『銃・病原菌・鉄』と気分的につながっていることを指摘しておこう。なんといっても、どちらの本も、扱っている時間や空間がメチャメチャ広い。たとえば、『銃・病原菌・鉄』でも、オーストラリアやユーラシアや南北アメリカ大陸に、大型の動物が存在しない理由を検証していた。つまりそれは、どう見ても、環境というよりは殺戮的な性格をもった人間による虐殺だったということを。そのことは、この本でも触れられています。
 瑣末な生活に疲れたときに手にとってみるといい本だと思います。

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学者たちの半生を綴ったような文章から、学問のおもしろさを感じとることはできるのか

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 それぞれの著者の、人生を引きずった語り口の違い(永井均とか高山宏とか町田宗鳳とか)がおもしろく、とりあえず一気に通読できたけれども、興味が持てたのは三分の一くらい。それも学問とは関係のないところで「おもしろい」と感じてしまいました。
 したがって、表題通りに「学問はおもしろい」と感じ、副題通りに「<知の人生>へ出発」する人が出るかは少々疑わしい。学問のおもしろさを、こういう有名な学者たちの半生を綴ったような文章から感じとることは難しいし、もしもそこに学問のおもしろさを嗅ぎ取ってしまった人がいたとしても、そういう人こそ学者にはふさわしくないような気がします。
 この本のもっとふさわしい題名は「大学教授はやめられない」でしょうか。「ホームレスはやめられない」とか、あるいは「不法入国はスリリング」や「結婚詐欺で食べていける」などの「おもしろさ」と質は同じだと思います。ということで、もしもこの23人の著者のなかの誰かのファンであって、その人だけが目当てだというならば、立ち読みで十分でしょう。

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コリン・ウィルソンによる読書案内であるとともに自伝でもある

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  原題は「私の人生における本」。幼少の頃から本にとりつかれてしまったコリン・ウィルソンによる、著者自身の読書の歴史である。取り上げられる本も王道かつ多岐に及んでおり、彼のファンならずとも、本好きにとっては楽しめる内容となっている。
 主要なテーマは、言うまでもなく、子どもの頃の著者が、どのようにして本と巡り会ってきたのかを明らかにしていくというところにあるが、それに加えて、著者独自の視点によるそれらの書物の克明な解説という面と、さらに、それらの本とともに、彼が青春時代に何を考えてきたのかを知ることができるという面も備えている。
 コリン・ウィルソンに対するあるイメージが読者の側にすでにあるとしたら、この最後の面(青春時代のコリン・ウィルソン)におけるいくつもの意外な事実が、大部の本を最後まで牽引していく力となるかもしれない。
 それにしても、人がどのようなきっかけで何に興味をもち精力を投入するのかは、いつまでも明かされない謎であろうが、著者の本に対する思いは桁外れである。しかも、その思いは、自分のもっている判断基準への信頼に裏打ちされている。有名作品への一般的な評価と、コリン・ウィルソンの下す評価のズレもなかなか興味深い。

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フリーダ・カーロを知るための第一歩!

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 フリーダ・カーロとはどういう人物なのかを手っ取り早く知りたい、という人にはうってつけの本だろう。夫であるメキシコの画家ディエゴ・リベラとの出会いを軸にした、数奇な生涯のあらましを追体験することができる。彼女の人生に織り込まれた、絵を描くということの意味は何か。反復して描かれるこの特異な作品のテーマの裏側にある、アイデンティティへの執拗な模索を理解するカギを見つけることができるかもしれない。
 しかし実際には、メキシコのオーラが自然と引き寄せるアイデンティティの錯乱と、交通事故によって引き起こされた身体の障害から来る痛みの前で、私たちは、カーロのような人物を理解することの困難さを知らされることになるかもしれない。それでも読後、少しでも彼女を知りたいという気持ちが残ったならば、このとば口のような本からさらに詳しい本へと旅立つのがいいだろう。特別な才能と魅力を持った人物の輪郭を、一冊の文庫本から明らかにするのは無理がある。幸いなことに、日本語に訳されたカーロに関する本がすでに何冊か出版されている。
 また、筆者が旅をする視点によって書かれたこの本は、移動してゆくそれぞれの土地の描写それ自体を楽しむという読み方もできる。重い内容を読み安くするための筆者の工夫だろうが、しかし、人によっては鼻につくと感じる者もいるかもしれない。筆者の視点が牽引していくフリーダ・カーロの理解という手法が、時に空回りして筆者の旅行記のようになっているところもあるからだ。

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思想家と評論家の組み合わせの妙も楽しめる

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 月刊誌『正論』に連載された「シリーズ/日本の思想家=論」から、日本の近代化に正面から格闘した「思想家」8人を選び出しまとめたもの。最初の時点で、『正論』の編集者がどの思想家を選び出し、そして各々の思想家にどの評論家を当てているのか、というのがまず単純に興味深い。対戦相手は、以下のようになっている。福沢諭吉と佐伯啓思、内村鑑三と山折哲男、柳田国男と大月隆寛、西田幾多郎と松本健一、小林秀雄と小浜逸郎、三島由紀夫と高澤秀次、吉田茂と西部邁、丸山真男と加地伸行。
 原稿用紙35枚から40枚という制限のなかで、すでに評価の定まっているように見える思想の巨人たちにからめ取られることなく、それぞれの評論家がどのようにして独自性を出すかというのはかなりの困難が伴ったものと想像できる。実際、「評価の定まっているように見える思想家」の意外な面を見事に照らし出している章(福沢諭吉など)もあれば、既存の評価の範囲内からあまり踏み込めていないような章(柳田国男など)も見受けられる。評者による切り口と仕上げ具合のうまさという点からいくと、私は西田幾多郎や小林秀雄などを楽しむことができた。
 しかしそれとともに、「評価の定まっているように見える思想家」が専門家によって辛辣に批判されるのも、読者にとっては楽しめるものである。世間の評価ほどには内実を伴っていないと激しく糾弾される丸山真男の章は、そういう意味ではもっとも徹底している。「おもしろくもおかしくもなく、かつ読みづらい内容」の『日本政治思想史研究』と『現代政治の思想と行動』を評者が読んでの結論は、「丸山は西欧のことがわかっていなかったし、私から言えば、東北アジアのこともわかっていなかったというのが真相である」となる。
 限られた枚数のなかで、いかにして説得力ある文章を書き上げることができるかという面から、プロの文章を相互に比較してみるのも面白いだろう。自分の興味があるところだけを立ち読みするというのも悪くないが、アンソロジーの力を借りながら自分の世界を広げるためにあえて買ってみても、十分もとのとれる一冊である、新書だし。

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トオイと正人

2001/02/28 08:43

いくつもの境界線を越えて旅する物語

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 日本語とタイ語を往還し、日本語と福島方言の境界線の存在に気づき、ウドーンタニの匂いによって一瞬にして越境し、日本の血とタイの血の混淆に思いを巡らす。この物語はいくつもの境界線を越えて旅する物語だ。いくつもの境界線を越えながら、自分とは何者かを遡及する物語。
 たとえば、筆者がタイにおいて日常的におかれた状況は、次のような描写からうかがい知ることができる。
 「タイを知らず南ベトナムしか知らない青年と、タイしか知らずハノイに姉妹がいるもののベトナムに行ったこともない母が嬉しそうにベトナム語で話し合い、その横で父が、中国のどこにも電気などがなかったが北ベトナムのハノイは電気が灯っていて綺麗な町だったとベトナム語で割り込んで、その父のベトナム語がときどきタイ語にもなったりして、ハノイもタイ語も知らないリンさんを困らせたが、他人が見たら奇妙な光景でもわが家では普通のこと」
 のちに写真家となる筆者の感性は、このようなクレオール状況のなかで養われたのだろうか。筆者とは、日本人の父親と、ベトナム人の血を引くタイ人の母親とのあいだに生まれた瀬戸正人。8歳まで暮らしていたタイでは「トオイ」という名で呼ばれ、日本では「正人」と呼ばれたという。
 筆者によるこの「自分探しの旅」は、瀬戸正人という写真家をより鮮明に浮かび上がらせる結果となっている。写真家としての彼を知るためには、欠かせない一冊と言えるだろう。しかしそれとともに、この旅は、瀬戸正人というヴィークルに乗っていくつもの国家や言語を旅する物語でもある。私は、瀬戸正人という個人史をたどりながら、従来にはない旅行記を読むことができたような気がする。
 文章はけっしてうまいとは言えない。写真家が捉える映像は、言葉を順番に並べようとする技術には長けていないようだ。その代わりに、視覚以外の感覚が重要な場面で多用される。特に「匂い」。写真とは視覚の産物であると当然のように思っていた私にとって、この「匂い」という感覚は興味深かった。視覚にたよって切り取られる風景は、視覚を乗り越えることができないのだろう。その場の匂いを感知し、身体の反応にまかせつつ、おもむろにシャッターが押される。実は私たちは、優れた写真家が撮る写真のように、日々行動している。

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