サイト内検索

詳細検索

ヘルプ

セーフサーチについて

性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示を調整できる機能です。
ご利用当初は「セーフサーチ」が「ON」に設定されており、性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示が制限されています。
全ての作品を表示するためには「OFF」にしてご覧ください。
※セーフサーチを「OFF」にすると、アダルト認証ページで「はい」を選択した状態になります。
※セーフサーチを「OFF」から「ON」に戻すと、次ページの表示もしくはページ更新後に認証が入ります。

  1. hontoトップ
  2. レビュー
  3. イカレ=ポンティさんのレビュー一覧

イカレ=ポンティさんのレビュー一覧

投稿者:イカレ=ポンティ

15 件中 1 件~ 15 件を表示

ラテン世界を紙媒体に再現してしまった稀有な本

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

多くのイラストと漫画と写真(どれもが秀逸)に、抱腹絶倒の文章(ときに真面目に)がからまりあいながら、カラフルかつ大胆なレイアウトによってデコレートされている、きわめてファンタスティックなブック。

地味ながら洒落た表紙をひとたび開ければ、あなたはウソみたいに賑やかなメキシコ・中米世界におののき、そして知らないうちに引き込まれてしまうだろう。この奥深くもでたらめな世界を、あなたはどこまで泳いでいけるだろうか。

老婆心ながら、手に入らなくなる前に早めにお買い求めになることをお薦めします。

しかしこんなラテンな本、説明しようがないわな。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

フットボールの魅力の源泉に近づくために

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 人はどうしてボールを追うゲームに熱中してしまうのか。古代メキシコのトラチトリなどという名前を出さなくても、世界中で人はいままでボールと戯れてきたという事実がある。どうしてなのだろう。

 もちろん現在でも、フットボールは世界でもっとも親しまれているスポーツの一つである。しかし、ワールドカップにときに象徴されるように、ナショナリズムの喚起に附随する興奮によってフットボールが楽しまれているのだとしたら、それは人間が本来もっているボールゲームへの魅力の源泉を享受していることにはならない。

 フットボールをする身体の「いま」という瞬間に表れる美と快楽の動きを通して、フットボールへの「愛」の理由をさまざまな方向から説き起こす著者の筆致は、その魅力の源泉へと限りなく近づいているように見える。

 だから、ここには勝つための戦術やプレイヤーのテクニックを分析するようなページは一つもない。それらはフットボールの魅力の源泉に近づくのには役立たないからだ。フットボールに魅かれてしまう人間の心性は、そのようなレベルにはない。

 さらに言えば、ここで描かれているようなフットボールを愛する著者の心の持ち方を理解できない者は、なぜ著者が文化人類学に携わっているのかもおそらく理解できないだろう。近代的な価値観によって押しながされてしまった呪術性や祝祭性に魅かれてしまう人間の根源的な心性を探るという点において、著者のなかでは両者に向かう姿勢は同じものだといってもいい。

 私たちも著者のように、人を愛するようにフットボールを愛し、フットボールを愛するように人を愛することができるだろうか。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本新しいヘーゲル

2002/02/12 14:27

ヘーゲルの著作を実際に読む前に読む本として非常に有用

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ヘーゲルを読んだこともなければ、この著者の文章もいままでに読んだことがないから、その他の作品との関係を述べることはできないが、重厚なヘーゲルとその周縁を新書にまとめるにあたって「これしかない」といったコンパクトでわかりやすい内容だった。
 作品としては『精神現象学』が取り上げられ比較的詳細に論じられながら、ギリシアからデカルト、カント、ルソー、ルターらとヘーゲル、その後、ヘーゲルの影響下に登場したキルケゴール、マルクス、メルロ=ポンティらが、「近代」というキーワードを中心にしてまとめられている。
 「近代」ということに関しては、西洋から日本に輸入される「近代」という視点で一つの章が設けられ、そこに、次のような文章があり印象に残る。「西洋の近代精神は、お手本としてこれを消化・吸収しようとする接近のしかたをきびしくしりぞけるような、そういう精神なのだ。お手本をもたないで生きていく、というのが、すなわち精神における近代化ということなのだ」(p.146)。
 ヘーゲルの著作を実際に読む前に読む本として、ヘーゲルがどのように位置づけられ、位置づけられるべきなのかを知るためには非常に有用な本。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

コリアン世界の旅

2002/07/18 21:07

在日は日本と韓国の懸け橋

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

日韓共催のワールドカップを終えて、韓国に対する何らかの興味をもっている人が増えているのではないだろうか(ワールドカップが終わり、収束してゆく熱狂とともにすべてが雲散霧消してしまった人もいるかもしれないが…)。

韓国への感情がいいものであれ悪いものであれ、いまは韓国について知ろうとするもっともいい機会である、と私は考えてみた。そこで本屋に行ってみた。

韓国について書かれた本はとても多かった。しかし、私のように漠然と「韓国ってどういうところ?」、「韓国人や在日の人々は何を考えているの?」というようなことを知るには、どこから入ればいいのだろう。

結果的には、古本屋で手にしたこの本は私の期待をはるかに上回って、知的刺激を与えてくれた。変に「韓国とは!」みたいな、いきなり本質に迫ろうとするものではなく、在日や在米などの海外に在住しているコリアンに対象が絞られているのがよかったのかもしれない。在日の方々は、日本と韓国の懸け橋なのだ。

それにしても、在日の方々について、私たちは余りにも知識がなさ過ぎるし、想像以上に身近な存在であることを思い知らされる。最初の「にしきのあきら」の章を読むだけでも、そのことがよくわかるはずだ。カルチャーショックを起こしつつ、一気に引き込まれてしまうだろう。大宅壮一ノンフィクション賞おそるべし。

これからは、国家とアイデンティティがきれいに一致しないさまざまな人々(日系アメリカ人など)についても調べてみようと思った。そしてまた、韓国本体にも、徐々に近づいていければと考えている。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

人間が人間である限り憧れてしまう生き方

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 屋内で遊びがちな子供からは野性味が失われ、また、学力の方も下がっていると聞く。自然のなかへと入っていく機会は少なくなり、学校で学ぶ内容も質も年々下がってきているようだ。
 もちろん、現代の子どもたちには子どもたちなりの新しい価値感があり、大人たちと異なっているからといって、単純に非難することはできないかもしれない。古い世代には思いもよらないような、素晴らしい価値観があると信じることも必要だ。
 それでも、時とともに失ってしまったものに対して、そのまま忘れ去られてしまってもいいのだろうか、とたまには立ち止まって考えてみることも必要だろう。私たちはそれをまだ必要としているかもしれないのだから。
 著者のこの半生記を読むと、こういう人が同じ時代に生きていていいのだろうか、とまず驚かされる。具体的な例は実際に読んでもらうとして、著者の自然への介入の仕方は尋常ではなく、語学への取り組み方は生半可ではない。というよりも、社会との接点の持ち方が独特なのだ。それは、現代に生きる私たちのほとんどが失ってしまった熱情なのだろうか。
 「個性を育てよう」と簡単に言われるけれども、それは人間に備わっている好奇心に素直になることだということが、著者の生き方から読みとることができる。そして「個性」とは、過去へのある地点に、どれだけ思いきってジャンプできるかどうかにかかっている、ということもわかる。したがって、個性自体は、私たちが人間である限り色褪せることはない。どのような時代においても、人間が人間である限り憧れてしまう生き方が、ここには提示されている。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本文壇アイドル論

2002/07/19 17:01

書評家のお仕事

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

著者の視点の素晴らしさは、これまでの作品と同様、なかなか切れ味鋭いものがある。何度もうなずきながら、そして笑いながら読ませていただきました。

それとともに、あとがきでひとこと「感謝」と書かれている、資料収集をヘルプしてくれた方に対しては、「大変だっただろうなあ」としみじみとしてしまいました。この本には、当時の週刊誌とか雑誌とかからの引用もふんだんに出てきますからね。

そこで私は、すでにかなりの有名人となりその影響力も増した著者が、誰かによって積まれた資料の山を崩しながら、ひたすらばりばり読み、整理しながら、かりかり書いている姿を想像してしまいました。

このように、大量の資料を腑分けしながらある流れを作り出していくというのは、著者の築いた独自のスタイルですが、これは従来の「文芸評論家」という肩書きに収まるものではないですね。

「書評家」とでも呼べる人の仕事かもしれません。著者の本を読むと、そこに書かれている本を読みたくなりますし。私としては「書評家」が生まれる余地はまだまだあると思っています。しかし、斎藤さんのような鋭い切れ味の書評家がいると、なかなか仕事がしづらそうですが。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本梶原一騎伝

2002/07/17 15:44

この本はもっと読まれた方がいいと思う

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

知力と体力があり余っていた梶原一騎の日本人離れした暴力に満ちた人生から、彼の魅力的な作品群がどのように生まれ、彼を取り巻く人々がどのように翻弄され引きつけられていったのかがわかる。

事実だけを列挙するとあまりにもわがままで無謀な人生だったと人はとるかもしれないが、この本の読後感はそう簡単なものではない。きっと、梶原という人物をよく知らない人でも十分に楽しめるだろう。

もちろん、梶原の作品に夢中になり影響を受けた世代にとっては、この本を読むのは義務だ。こういう人物の作り出した漫画に、僕たちの感受性は育てられたのだから。

少なくとも、変な組み合わせかもしれないが、『あしたのジョー』と大山倍達が好きな人は、この本を是非読んだ方がいい。かならず新しい発見があるはずだ。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本「おじさん」的思考

2002/05/24 10:43

こういう「おじさん」になりた〜い

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 『ためらいの倫理学』の姉妹編。著者がホームページで公開している、おもしろくてためになる日記から選ばれた二十二編と、晶文社のウェブサイトに連載されていた「漱石論」の二本立て。
 『ため倫』よりも、内容的に柔らかく身近なものが選ばれています。個人的には、同じ出版社から、同じような体裁で出してほしかったと思います。あの異様にシンプルな装幀はどうなんでしょうかねえ。
 内田さんの文章の魅力は、推論のおもしろさにあるのは言うまでもないことなんですが、その語り口自体のおかしさも重要な要素を占めています。あのほのかに断定的な文体にのせて繰り広げられる、刺激的な導入から結論への自信たっぷりな展開は、流れに身を任せていると実に心地いい。「内田マジック」と呼んでもいいほどです。
 だから「よくよく考えると、僕はその意見にはどうも賛成できないんだけれど、でも、先生のおっしゃることはよく伝わってきます。だって、説得力があるし、おもしろいんだもん!」ということになってしまう。文体自体が訴えかける読書の楽しさ、というのがあります。村上春樹もそういうところがありますね。読んでいるだけで気持ちいい。
 それにしても、ほぼ毎日書き継がれている日記の「分量」と「内容」の半端じゃないボリュームを考えると、この人は(著者だから当たり前なんだけど)「おじさん」として完成されていますね。「おじさん」的思考分野の老師のようです。私としては「こういうおじさんになりた〜い」と思わせてくれる人に久々に出会えて、とてもうれしい…です。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本危険な思想家

2002/07/22 22:44

他人の頭ではなく自分の頭で考えること

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

私たちは、自分が生まれ出たこの社会のなかの限られた場所からしか、何かを考えることができない。生まれてからずっと、ある特殊な時代と場所のなかで歪められてきた常識を、もう私たちは相対的かつ客観的に捉え直すことができないようだ。自由で奔放なはずの想像力でさえもが、この制約から自由になることはそう簡単なことではないだろう。

この井戸のなかの蛙のような、堂々巡りの議論に風穴をあける方法はあるのだろうか。

そんなことを考えながら読んでいた。私は著者の思想や推論を証明したり受け入れたりすることに何の欲望も感じないが、一般的に信じられている「正しさ」に対する懐疑と意義申し立てに取り組もうとする著者の姿勢には、とても影響を受けた。

自分の身体が体験したことの意味を、他人の頭ではなく自分の頭で考えることの大切さは、私たちがどのような時代と場所に生まれようとも、忘れてはならないことなのかもしれない。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本もてない男 恋愛論を超えて

2002/07/17 21:50

若いときにもてないのも悪くない

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

好きな女ができ、ものにしようと奮闘し、ものにしてからは何かといざこざがあり、別れてからは意気消沈し、という一連の過程は、非常に時間とお金がかかる。あとから考えて無駄だったとは言わないが、もてないのも悪いことばかりではないだろう。

その証拠に、実際にもてなかったという著者は、性欲過多な青春時代に、男と女の煩わしい関係に巻き込まれなかったおかげで、古今東西の膨大な本を読むことができ、また映画を見ることができたようだ。

表題からはどのような内容かわかりづらいが、引用されている本や漫画などは、学者らしく一般人が気づきそうもないようなカタイものも多く含まれていて、とても勉強になる。女に振り回される時間の代わりに、これだけの本を読むことができたわけね。

ただ、この程度の本なら二週間で書けると「あとがき」に書いているように、こっち(読む方)も半日で読むことができてしまって、もの足りない。もう少し本格的な内容の著者の本を読みたくなった。

はっきり言って、人生のなかのどこでもてようが別にかまわないと思う。著者もこれから「もてる男」になればいいではないか。勃起しながら女を口説いているような季節を過ぎて、著者くらいの年齢になってからもてる方が、この日本では重要なような気がする。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

非常に興味深い人物

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

野口晴哉という人物について、私はまったく知らなかった。それなのに、どうしてこの本を手にとることになったのだろう。おそらく、身体とか整体に関しての知識を得たいと思ったのだろう。結果的に、読みながら私は、この人物に非常に興味をかき立てられることになった。近いうちに、箱根と御殿場のあいだにあるという野口晴哉記念館を訪れることになるかもしれない。また、野口本人が書いた本も読みたくなった。そういう興味深い人物を取り上げ、一冊の本にまとめあげてくれた著者に感謝したい気持ちだ。とともに、やはり素人には理解の届かないところが多かったのも事実である。線を引きながら読んだのだけれども、その部分を読み返してみても、いまではあまりこちらに伝わってくるものがない。線を引いていた時点で、全体像が見えないまま引いていたようなところがあるせいだろう。読みながら全体的にまとまりがないと感じたのも、きっとこちらに責任があるのだろう。同じようなことが何回も書かれているのもけっしてこの本の欠点ではないが、愉気や活元や天心などの言葉が、全体像のなかでどのように布置されていくのかを著者がもう少しだけ説明してくれたらさらによくなると感じた。さて、私はもう一度この本への旅を始めようと思う。読み終わったときに、薄くかかっている霧がもう少し晴れてくれたらと願っている。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

「男運が悪い」とはどういうことか

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「あたしよりも悲惨な女がいるのね〜」というような、カタルシスの効果でこの本を読んでいる女性がいるとしたら、その人はかなりメデタイ。

というか、それ以外のことでこの本を購入する理由が見つからないところがカナシイ。

自分をデフォルメして落とすだけ落としておいて、最後の方に出てくる作者の写真もイヤラシイしなあ。

恋愛せずにはいられない「恋愛強迫症」の病にこそ、男をつけあがらせる原因があることをちゃんと書いた方がいいのではないだろうか。

そういう女と出会ったら、どんな男も「だめんず」に堕してしまうのであって、「男運が悪い」という安易な言葉ですますことのできる問題ではない。

ちなみに、暴力夫やストーカーに真剣に悩んでいる人には、役立たない本であります。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本現場主義の知的生産法

2002/07/17 15:13

ひたすら実践的な本

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「現場」を調査し、資料を集め、データを作り、結果を本にまとめるまでの、実践的なノウハウが惜し気もなく明かされている。さらにいえば、いつどこでどのように文章を書き、講演はどのようにするかについても述べられている。

このように、「現場」に赴き、文章にまとめ、大学の授業をこなし、講演に出かける著者の、ひたすら忙しい日常を読んでいると、こちらも「このままではいけない」とやる気が湧いてくるから、そういう意味でも実践的な本である。

また、文化人類学者のフィールドワークが、長期間にわたったどこか浮き世離れした雰囲気があるのに対して、経済学者である著者の旅は、時間のない私たちが普段行っている旅行に近く、携帯していくモノなどの旅に関する叙述もおもしろかった。

もちろん、学者にもいろいろなタイプがあるので、同じような興味をもっている学者が同じように行動しても著者のような成果は得られないだろう。極端にいえば、「現場に行けばどうなるってもんでもないだろう」と考える学者の言い分も、それはそれで正しい。当たり前のことだが、これは著者のやり方であって、これがベストであるというわけではない。

私は「この人は旅が好きなんだろうなあ」と、目的と手段を取り違えながら読んでいた。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本コンセント

2002/06/04 07:31

どうしてこんな小説にみんな騙されるのだろう?

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 読後の評価はどうあれ、ここに書き込まれた膨大な数の書評が、この作品の存在を特徴付けている。読んだ後に何かを言いたくなる作品であるとしたら、もうそれだけでその小説の存在価値はあるというものだ。

 しかも聞くところによると、当代きってのプロの本読みたちが、無視したり「まあまあなんじゃないの〜」と流すことなく、猛烈に評価したりあるいは貶めたりと、激しく反応しているそうではないか。

 そうなると、著者のコラムもエッセイも読んだことがない、しかも流行に疎い私でも、少しは気になる。ということで、とてつもなく遅ればせながら、ブックオフで100円で売っていたので読んでみました。

 確かに、短い文を重ねていく書き方は読みやすく、入り込んでいきやすい。文章自体も下手とは思いませんでした、むしろ上手いと思ったくらい。テーマの選択も「現代的」で一般受けしそうですね。

 しかし、なんか「あざとさ」を感じるのは私だけでしょうか。どこかで(おそらくネット上で)仕入れた情報を、適当にちりばめてそれっぽく仕上げてるような印象が、読みながらずっとつきまとっていました。

 トランス状態の描写やセックス描写を読めばわかるが、この人は実際にはこういう体験をしていない。それでも、そういう事情に詳しくない「識者」を欺くくらいの文章力を、この人はもっている。

 私としては、情報以上のものを読者に提供できなければ、小説という形式を選択する必要はない、と考えます。「カイタイセヨ」のような、一見気のきいたキーワードも鼻につく。

 う〜ん、もっとはちゃめちゃで、もっとソリッドで、もっと自分の問題として引き受けた、どこかへと突き抜けてしまったような小説かと思ってた。情報と頭で書くのでもなければ、体験だけで書くのでもない小説。

 それにしても、どうしてこんな小説にみんな騙されるのだろう? 
 

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本カルロス・カスタネダ

2002/05/21 15:10

よくまとめられているが、あまりおもしろくない

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 著者の島田さんという人は、誠実で真面目な人なんだなあという印象です。そういう島田さんによって丁寧にまとめられた本は、カスタネダをこれから知ろうとする人にはきっと役立つはずです。早くこういう本が出てきてほしかった。
 私自身は、カスタネダの本にはだいたい目を通しているので、後半のカスタネダの各著書をまとめている部分は、少々退屈に感じました。前半部分のような著者の私的な思い入れを越えたところで、独自の視点を介入しながら統一感を出してほしかったと思います。はっきり言って、後半は読むのがつらかった。
 ドン・フアンの実在の可能性を追うこと、それに留保をつけること、それに関してはまったく異義はありません。実在しないのに、これだけ世の中を振り回すことができるというだけで、私にとっては十分に興味をもつことのできる対象です。存在するか否か、がすべてではないでしょう。
 ついでに言えば、おそらく「オウム」との対峙の仕方も、誠実で真面目な著者の真摯さからくるものであり、大部の『オウム』を書き上げた愚直なまでの真面目さも、同じところからくるのでしょう。時間がたてば世の中が忘れるとばかりに、決着もつけずにおそるおそる出てきた中沢新一とやらが責められずに、島田さんだけがいまだに「オウム」で責められるのだとしたら、私はその責めている人の見識を疑ってしまいます。これからも「文筆業、劇作家」として頑張ってください。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

15 件中 1 件~ 15 件を表示