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先月(2017年4月)

Joaquinさんのレビュー一覧

投稿者:Joaquin

1 件中 1 件~ 1 件を表示

紙の本ピカレスク 太宰治伝

2001/02/20 16:49

名作の背後には名作になり損ねた無数の作品が横たわっている

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 膨大な資料収集と広範なインタビューによって浮かび上がる、20世紀初頭の時代背景(プロレタリア運動の様子など)のなかで、太宰のすでにかなり知られていた醜聞が緻密に暴露される。そして、その返す刀で、師であるとされる井伏鱒二のあまりよく知られていなかった、換骨奪胎とも呼べるほどの創作の際の醜聞が鮮やかに暴露されていく。
 資料の羅列が単調に続くところと、会話が中心の小説仕立てのところのつなぎの悪さがいくつかあり、さらに「これで終わり?」と思わせるような、最後が尻切れとんぼで終わっているところが気になるが、猪瀬の手さばきはいつものように見事であり圧倒される。読後、面白かったと感心すればするほど、このような資料収集の専門家による史実にのっとった評伝というのは、今まで余りにも書かれなさ過ぎたと思わざるを得なかった。
 もちろん、小説家がどのような動機で、どのような経緯によって文学作品を書き上げたかということにはそれほど関心がない、という者も多いだろう。あるいは、愛読者の視点から作家を分析していくような、好意に貫かれた評論家の手法ならば、ファンにとっても読んでいて気持ちのいいものであり、また問題も少なくていい。
 しかしそれと同時に、この作品でもわかることだが、どの作家が時代を生き残り、どの作品が名声を得るかというのは、その時代の限られた受け手のかなりいい加減なフィルターに頼っているというのも痛感させられる。私たちは「名作」というものに踊らされているのではないだろうか。たとえば、太宰よりも山岸外史の作品に重要性を感ずる者は、いつの時代にもいるに違いない。
 文学作品は書かれた時点ではまだ名作ではなかった。名作の背後には、名作になり損ねた無数の作品が横たわっている。当時の小さな差が、時代の経過とともに多きな差となる。そして、私たちがいざ本を読もうとする際に、文学作品として確立された「名著」がすでに無数に横たわり、その山の中から読んでいくことになる。そこに上田重彦(石上玄一郎)の姿がないのは言うまでもない。
 太宰を特別視しない目で書かれたこの評伝は、時代のフィルターを過信せずにマイナーな作家たちに新たな目を向けようとする契機ともなるのではないか、と私には感じられた。

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