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先月(2017年8月)

苫屋潤一さんのレビュー一覧

投稿者:苫屋潤一

2 件中 1 件~ 2 件を表示

ピカソ論

2000/07/14 10:05

贋金としてのピカソ

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 原題はThe Picasso Papers、本書の場合、その意味するところは「ピカソの一件書類」といったところだろうか。記号論や精神分析などのさまざまな解読技法を駆使して、著者は「ピカソ」という芸術家を作り上げてきた構造を明らかにしてゆく。

 『オリジナリティと反復』に始まり、モダニズム美術の論理を執拗に追究してきた著者は、もちろんここで素朴にピカソという人物の伝記を書こうとするわけではない。本書では伝記という言説そのものが考察の対象にされている。その結論を乱暴に要約してしまえば、ピカソの人生それ自体がすでに、作品に内在する論理によって強いられた、でっちあげの虚構なのであり、ピカソの伝記とはそんな三文小説をなぞった三文小説、剽窃の剽窃である、ということになる。われわれがピカソについて知っている事実など、起源からして捏造されたものにすぎない。

 アンドレ・ジッドの『贋金使い』をめぐる記述とともに書き起こされた本書は、キュビスムから古典的絵画の剽窃へと転じた1910年代後半のピカソの変貌を、彼が抱えていた不安に対する、フロイトが言う「反動形成」の徴候として読み解く。反動形成とは、禁止された欲望を反対のものに転化することで、この欲望を隠蔽しながら秘かに保持する無意識の働きである。そのとき、ピカソが恐れた対象とは、キュビスムの内部から生まれていた、芸術を機械的に自動生産するかのようなメカニズムだった。彼はそんなメカニズムから逃れようとしたのだが、しかし、その結果として手がけた古典絵画の剽窃は、同じ機械的反復を繰り返していると著者は指摘する。

 こうした「強いられた剽窃」こそが本書の主題である。そして、ピカソの人生すらもがそこでは三文小説の剽窃なのだ。紋切り型の贋作としての人生を生きる、この「ピカソ」という芸術家は、モダニズムの論理の副産物である。この画家が生きた贋金作りのゲームは、気ままに始めたりやめたりできる類の代物ではなかった。ピカソ自身、「作品は私より強い」ことを自覚していた。キュビスムにおいて、画家の統御のもとにあった記号の論理は、やがて画家自身を支配し始める。そして、画家はそんなメカニズムへの反動形成として古典主義の剽窃に転じ、それを通して、自分の人生を偽造するにいたるのだ。

 本書はこのような贋金事件の「一件書類」にほかならない。そこにはたまたま「ピカソ」という名が付けられてはいるものの、この事件の主人公はあくまでモダニズムの歴史的な論理である。そして、無意識的で特定の主体に属さないこの論理から、虚構として生み出された唯一無二の芸術家「ピカソ」こそは、最高価値の贋金だったと言えるだろう。

 大きく精神分析に依拠することで、著書の議論そのものがフロイトの作り上げた虚構をなぞった三文小説ではないのか、という疑いも残る。しかし、よしんばそれにしても本書はきわめて精緻にできた贋作である。美術批評の「真作」に飽き足らない方におすすめしたい。訳文は読みやすく明快だが、ところどころに誤字・脱字の散見されるのが残念だ。

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紙の本錯乱のニューヨーク

2000/07/11 22:27

マンハッタンという胎児の見る夢は…

2人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 ハリウッドのシナリオ・ライター、レム・コールハースは、年老いて恍惚となってしまった映画スター〈マンハッタン〉の伝記を書く。この主人公の頭は整理されていないため、コールハースはゴーストライターとなって、自分で勝手な結末まで書かなければならない。——本書はそんな経緯で成立した偽の自伝、副題によれば〈マンハッタンのための回顧的なマニフェスト〉である。

 それはマンハッタンのうちに〈過密の文化〉としてのメトロポリス的アーバニズム、〈マンハッタニズム〉を見出し、理論的に定式化して、未来の都市のためのマニフェストにしようとする試みだ。そのとき、現実の建築物ばかりではなく、失われた建物や流産したプロジェクト、大衆の空想もまた、マンハッタンの一部をなすことになる。過去・現在・未来の多重性において存在するこうしたマンハッタニズムを叙述するために、本書ではほぼ一貫して現在時制が用いられている。そして、それはまた、役者の行動を指示するシナリオの卜書きの時制でもある。

 そのシナリオの筋書=敷地(プロット)は、マンハッタンのグリッドを模したいくつかのブロックに分かれている。年代記的な順序に従って現れるそれぞれの登場人物は、コニーアイランドの遊園地、摩天楼群、ロックフェラー・センター、そして二人のヨーロッパ人、ダリとル・コルビュジエだ。さらにここに第5のブロックとして、マンハッタニズムを無意識的な次元から意識化された原理へと抽出して生まれた、コールハースたちの一連の計画案が〈虚構としての結論〉と題されて続く。

 この結論から回顧的に眺めるとき、歴史的な叙述の形をとった4つのブロックもまた、一つの虚構=物語であることは明らかだろう。しかし、コールハースの作り上げたこの物語のなかでは第5のブロックだけがいささか色あせて見えてしまう。そしてここに〈回顧的なマニフェスト〉という方法の限界がある。マンハッタンの建築家たちは、〈自発的な無意識〉のなかに積極的に浸りながら奇跡をなし遂げた。つまり、マンハッタニズムとは、あくまで自分を明確にすることなく、どこまでも自己意識化を先送りする原理なのであり、従って、マンハッタニズムを意識化しようとする試みは、最初から矛盾を抱えているのである。意識化そのものがマンハッタニズムを衰弱させる可能性がそこにはある。建築家コールハースが時代の寵児になる一方で、世評の高かった本書が16年もの間、絶版を続けた理由の一端は、こうした矛盾にもあったのではないだろうか。

 いずれにせよ、このマンハッタンの偽の自伝は、コールハースが建築家として自らを生み出すために必要とした虚構の神話だった。それゆえに、ここでは〈子宮〉や〈保育器〉といった隠喩が反復的に登場して、誕生や起源をめぐる物語を展開している。例えばドリームランドの保育器ビル、あるいは〈成人用保育器〉としてのダウンタウン・アスレチック・クラブ、そして、マンハッタニズムを懐胎した〈子宮〉であるヒュー・フェリスのドローイング…。本書におけるマンハッタンの歴史の最初と最後(1853年と1939年のニューヨーク万博)に現れる針と球のイメージもまた、同様の物語を喚起する。だがそこで、明晰な建築理論家レム・コールハースの誕生の陰に隠れて、彼が生まれると同時に捨て去った分身(双子の兄弟)は、いまだニューヨークという狂える母の子宮のなかで、無意識の生をまどろみ続けているのではないだろうか。マンハッタニズムとは、決して生まれでることのない、そんな胎児の見る夢であったように思われるのである。

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